第5章:大漢の柄にもない気持ちーエピソード・奈薙ー001
だから俺は嫌だったんだ、と叫びたい衝動をなんとか抑えた。
この街、いや世界で屈指かもしれない怪力で奈薙は薙ぎ倒す。
敵も能力を加えているかもしれないが、武器とするのは奇怪な装備だ。
どいつもこいつも腕がドリルときている。
軋むような回転音を立てて、向かってくる。
ただ文字通り大男の奈薙からすれば、そんなものである。
肉を抉る先端であろうと、届く前にぶっ飛ばず。
届いたところで上からドリルの腕を叩き折るから、多少の傷でしかない。
逢魔街で暗然たる影響力を持つとされる『神々の黄昏の会』に招かれただけの力を誇って見せていた。
奈薙が自身に関して心を凍らせる事態など皆無と言い切ってもいい。
ともかく悩まされるは、押し付けられた役目だ。
まったく得体が知れないというか、油断ならない『風』の能力者である冴闇夕夜からの依頼など本来なら引き受けたくはない。
しかしただ飯喰らいの立場に安んじられない性質である。
奈薙の生真面目さを夕夜に利用された感もなくはない。
ただ会の他のメンバーで『光』の咸固新冶と『金』の箔無道輝といった年長者二人に勧められたこともある。
選りによって夕夜が『東』から逃亡してきた三姉妹を匿った。問題になるは必至だけに、届く限りの目を置きたい。
そう説得されれば、引き受けざるを得ないとなる男が奈薙である。
もっとも任される相手が、幼女とは思わなかった。
少し考えれば、一番末の娘である可能性は当然ある。
五歳の女の子がいることを確認しなかった落ち度を否定はしない。
でもだからといって、自他認める無骨ものに任せるなんて、どうかしている。
奈薙こそが適任さ、と笑顔で告げてくる夕夜に、こいつ以上に信用ならないヤツはいないと確信したものである。
子守りなど出来ない。
お兄さんより、おじさんと言われやすい奈薙だが、これでもまだ十七歳なのだ。
手を焼くだろう、と覚悟はしていた。
実際に会えば、予想と違った苦労に直面だ。
初めて会った日は忘れられない。
依頼された祁邑の三女の元へ向かおう道中で、ふらり姿を現した夕夜が教えてくる。
公園の砂場にいるよ、と。
奈薙からすれば、なんでお前が言ってくる、といった心具合である。
これから居候する代わりに家事一切を取り仕切っている姉に訊くつもりだった。
本心を言えば、ちょっと他人と暮らす夕夜の家を覗いてみたい気があった。
でも先んじられては、仕方がない。
知らされた場所へ真っ直ぐ向かうことにしたものの、ふと湧いた懸念を確かめずにいられない。
「おい、夕夜。ええと、『悠羽』とか言ったか。まだ年端もいかない子供なんだろう。公園とはいえ、一人で行かせていいのか」
それとも他に誰かいるのか、と訊く前に、夕夜が笑って答えてくる。
「へーき、平気。うれさんなら、ぜんぜん大丈夫さ」
こいつが陽気にもの言う時は碌なことがない、と奈薙の警戒心は強まっていくばかりだ。
いくら相手が子供とはいえ、いや子供だからこそ初対面はしくじれない。
緊張を抱えて、居るとされる公園へ向かう。
出入り口から敷地内を眺めれば、だ。
人っ子独りなく、周囲から人がいる気配も漂ってこない。
都会のエアポケットよろしく、閑散とした空気が覆う。
当初は誰もいないのか、と勘違いした奈薙である。
やがて気づく。見つけたとも言える。
砂場に、いた。
膝を折ってぺたんとした女の子座りだ。両手の平は開いた腿の間へ置いている。
顔は上方を向いている。
いったい何を見ているのか。
気になった奈薙は上空を仰いだ。
昼間でも薄暗くするほど雲が張っている。
雨の心配をしたくなる空模様である。
それ以上のことを、奈薙には読み取れない。
顔を正面へ戻せばである。
砂場の幼女が目を向けていた。
女の子座りに両手を地面に付けた姿勢のまま、静かだが鋭い視線を投げてくる。
奈薙は見つめ返す格好を取った。
正直に打ち開ければ、どうすればいいか解らず反射的に取った姿勢にすぎない。
たかが五歳の少女に圧倒されていたと気づくのは、当分の後である。
兎にも角にも、それから数分後に訪れる拒否に頭を巡らさなければならなくなる。
砂場に座る悠羽は手強かった。