第4章:離れないー003ー
出来ない選択でも決断しなければならない。
少し前のマテオなら、簡単だった。
現在は、共に過ごした時間が確かにある。
ははは、といきなりリーが笑いだした。
懊悩していたマテオだったから「なんだよ」と不機嫌が隠せない。
「いや、ごめん。少し自分が意地悪だったな、と思ってね」
マテオが睨みつければ、「そんな怖い顔しないでくれよ」と笑いを滲ませ続ける。
「アイラを我が組織、キミたちは『PAO』と呼んでいるみたいだが、自分としては頼まれたって入れる気はない」
そうなのか、と心底から安堵するマテオである。
リーは組織の長だ。その彼がメンバーに加えないとする意見ならば、その通りとなるだろう。嘘でなければ、であるが。
「考えてみたまえ、マテオ。アイラが我が組織に入ったら、ウォーカー家の長とその息子が全力で連れ戻しにくるぞ。北米随一の強大な能力を所持する親子を相手に、今の我が組織では抵抗しきれない」
「ホントかー」
「こっちも自分へ代替わりする際に、いざこざがそれなりにあってね。以前より弱体化しているが現状なんだよ。そこへ全力を挙げた異能力世界協会に乗り込まれたらひと溜まりもない」
そうなのか、と前のめりのマテオだ。
「ここまで打ち明けたんだ。そろそろ信用して欲しいもんだね」
「そういうけどな、リー。だからといってここまでしてくれる理由は見えてこないぞ。だからこのまま任せて逃げていいものか、考えてしまうんだよ」
視線の先では鬼と機械人形が死闘を繰り広げていた。
かたや粗暴で、一方は生命に忖度しない作りものだ。
血が噴き肉が欠けていくなか、部品へ還るほど千切られている。
ちっ、とリーが白黒仮面の下でする舌打ちが聞こえた。
今回はかなり機械人形側が劣勢に立っている。
鬼側は祁邑姓を持つ者が中心となって戦闘へ挑んできている。個々の力に頼りきりで襲撃してきた、これまでとは明らかに違う。
統率された鬼の集団は強い。
「理由なら後で教える。ともかくマテオ、今は逃げろ。信用なるならないにしろ、ここにいたって、どうしようもないぞ」
確かに言う通りであれば、「わかった」とマテオは流花の手を引く。後でな、と付け加えの言葉も出た。
返事はない。
ともかくこの場は逃げるしかなかった。
公園で行われている戦闘の喧騒が聞こえなくなるほど遠くまで来ればである。
わりぃー、といきなり頭を下げたマテオが逆に不思議そうに訊く。
「流花、驚かないのか」
「もぉう、マテオは流花の能力、知ってるでしょー。バレバレだよ」
相手の心象が色となって飛び込んでくる能力を所持する美少女が笑っている。
マテオは開いた手で頭をかく。
「そうだったな。流花って、普段がボケだから忘れてた」
「ヒドくない。流花は快くマテオを送り出してあげようとしているのにさ」
流花のにこにこに反比例するかのように、マテオは苦渋へ陥っていく。
「おまえじゃねーや、流花。いいのか、行って」
「気になってしょうがないんだよねー。うん、わかるよ。流花だって心配だもん。リーさん、とっても苦戦してるよー」
「悪いな、あいつの身の上、聞いているせいか。なんか放っておけないんだ」
そっかそっか、と流花が納得しながらの笑顔である。
「ちゃんと例の場所で待ってろよ、いいな」
「そっちこそ、ちゃんと来てよね」
唇を尖らして答える流花に、今度はマテオが笑顔になる。わかってるってー、と返事をする。
繋いでいた手を離した。
すぐにマテオは踵を返す。
いいな、ちゃんと行けよー、と背中越しへ投げる。能力おろか満足に駆けだせもしない負傷した身体だ。
だいじょうぶぅー、と返事があれば白銀の髪から覗く灰色の瞳は軽く緩む。
信頼の足取りで真っ直ぐ戦いが行われている場へ向かう。
だからマテオは気づけない。
……バカ、と呟いては顔を落とす流花の姿を。