第3章:医と看と金とーエピソード・瑚華ー007
まるで一触即発だった。
聡美にしたら、昼間に会ったばかりである。
道輝を見つけて欲しい、ときた人物でもある。
探していた相手と出会すことにも成功した。
なのになぜ、これほどの緊張が走るのか。
聡美には解らない。
解らないが、なぜか道輝が取る切迫した態度が了解できた。
上空から舞い降りた黒衣の青年は、にこやかに断定してくる。
「良かったよ、道輝がこの街を出ていかなくて」
「まだ心を決めてかねてます、としたら、どうする気でしたかな、夕夜殿」
「それは、もちろん」
夕夜の明るさが、理由も解らないまま聡美の背筋を凍らせる。
「道輝が逢魔街から出ていかないよう、どんな策でも使うつもりさ。例えば大事に想っている相手の命と引き換えになるぞー、とかね」
気にもしてこなかった川のせせらぎが、大きく聞こえてくる。
沈黙の間、聡美が背から見る道輝が今までにない感じだ。
気迫とするだけでは足りない、まさに無事ですまさせない殺気を漲らせている。
夕夜は只ならない雰囲気は察知しているはずだが、相も変わらずだ。
「自分としては、道輝にいなくなってもらっては本当に困るんだ。だからそれを阻止するためにも手段を選ぶ気はないよ。そうだな、手始めの相手としてはツインテールのかわいい看護師さんの命としよう」
「させませぬ」
間髪を入れない道輝の答えが挙がると同時だ。
灯りがなくても、能力の『金』が煌めく。
病院で鬼を殲滅したような一瞬ではなく、黄金の砂塵と形を為して向かう。
笑みを絶やさない夕夜が腕を突き出した。
能力の『風』が、金色の砂塵と激突する。
輝く奔流と吹き巻く気流が一進一退の圧し合いを続けていく。
「やっぱり凄いな、道輝は。能力の放出をこれほど続けるなんて、自分は初めてだ」
腕を突き出し発現する夕夜は、心から愉しそうだ。
道輝の態度といえば、少々苦味が漂っている。
「こちらこそ、夕夜殿はさすがですな。能力が底知れませぬ」
風が、金を押し始めた。
正面からぶつかる風の奔流が徐々に長さを増していく。
このままでは道輝へ届きそうだ。
夕夜が相変わらずの涼しい顔で尋ねてくる。
「どうだい、道輝。もう、降参したらどうかな」
「能力の量では負けているようですな。しかしです。チカラでは、まだまだ解りませぬ」
「その点は互角だと思うけどな〜。今のところだけどさ」
夕夜はそう言った直後だ。
貼り付けたような微笑が、初めて揺らぐ。
ん? と微かな不審を目許に描いた。
風は確かに前進し続けている……と思いきや、彩りを変えている。
呑み込まれるように金色へなっていく。
伸ばした右手から金粉を放ち続ける道輝が息荒くも口を開く。
「夕夜殿の風。拙僧の能力は貴方を呑み込みますぞ」
「想像以上だね、道輝のチカラは。けれど……」
追い込まれたからこそ愁眉を開いた夕夜が薄く笑う。
「自分の能力に底はないよ」
放つ風が幅を広げ、力強さを増し、押し込んでくる。
金色染まる己れの風まで吹き飛ばすべく威力を込めていく。
またも押し出されはしたものの、「なんのっ」と道輝は気合充分だ。
風と金の押し合いへし合いは激しくなる一方である。
周囲へ撒かれる余波は近くの橋梁でさえ揺らした。
「ちょっと、あんたたち。いい加減にしなさいよ!」
夜空に届きそうな女性の一喝は、能力を振り絞る男たちの気を集めた。
示し合わせたように能力の発現する手を緩めた夕夜と道輝に向かって、つかつかと瑚華が歩いてくる。
「道輝に、夕夜。自分の能力で夢中になって遊んでるんじゃないわよ」
「そ、そんな拙僧は真剣にやっておりますぞ」
道輝は反論を試みるも、どこか言い訳めいた調子が否めない。
夕夜などは、いっけね、とばかりに頭をかいている。
二人の間へ立った瑚華は腰に手を当ててふんぞり返った。
「ウソおっしゃい。途中から私や聡美ちゃんの存在なんか忘れてたくせに」
うう、と唸るだけで道輝は言葉を返さない。変に素直となる気質が、ここでは弱みを握らせてしまう。
「あんたたち、本来の目的がなんだったか憶えてる!」
瑚華に強く問い質されて、即座に出てこない『風』と『金』の能力者である。
はぁー、と瑚華がわざとらしく大きなため息を吐けば、反応したのは夕夜だ。ポンっと右手の拳で左の手の平を叩く。
「そうそう、そうだった。自分は道輝を街から出て行かせないために来たんだった」
「あんたがそのためには聡美ちゃんをどうこうするなんて言うから、話しがややこしくなったんじゃない」
「自分がそんなことをするわけがないじゃないか。彼女は道輝を探し出してくれた、頼りになる素敵な協力者だぞ」
「冴闇夕夜。一度あんたの脳を切り開いて見たいから、病院へいらっしゃい」
面倒だと言わんばかりの瑚華だ。
うーむ、と顎に手を当てて考えこむ夕夜は「一度で済むもんなんだろうか」と呟いている。陽乃さんに聞いてみよう、と独り言が終わらない。
諦めたように瑚華が声をかける。
「道輝がこの街から離れていかないよう説得するのは、私に任せてくれない。どうなるか解らないけれど」
そう言って瑚華が向けた視線に、どきっと道輝は震え身を縮こませている。
「別にいいけど、説得、できるのかい?」
夕夜の疑問に、瑚華が笑いながらだ。
「さぁ、どうかしら。でも道輝が出て行く意志を変えず殺すならば、それは私がやる。この男が甘露瑚華以外の手で殺されるなんて絶対にさせないわ」
参りましたな、と道輝が少し照れたようにこめかみをかいている。
少し離れた位置にある聡美が、ちょっと寂しそうな顔つきをしていた。
状況は収束しつつある。
だが全くと言っていいほど空気を読めない者が、ここにはいる。
「そんなー、道輝を殺すなんて困るよ、うん、困る困る」
これまでの涼やかな態度をどこかに置いて、焦り叫ぶ黒衣の青年がいた。