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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第3部 彼女がチート篇

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第3章:医と看と金とーエピソード・瑚華ー002

「痛い、痛いですぞ。さすがに瑚華(こなは)殿、それはないですぞ」


 悲鳴に近い訴えをする者は道輝(どうき)である。

 額を床につけた坊主頭には、ハイヒールのかかとが押し当てられていた。

 細く高いヒールの先端は光りそうな硬質な素材である。歩行よりも武器としての使用さえ可能としそうな履き物だ。

 瑚華は土下座した道輝の頭を容赦なく踏んづけていた。


「なに簡単にやってくれているわけ。ちっともありがたみがな・い・の・よっ」


 冷たく言い放てば、さらに踏む力を込めていく。


「勘弁、勘弁ですぞぉ〜、瑚華殿」


 被害を受けているほうが、必死に謝罪している。


 傍で見ている聡美(さとみ)は、ついだ。

 妖艶な女医にしばかれて喜ぶ中年僧侶の構図を描いてしまう。サドマゾ的な性的行為の絵面として瞳に写していた。

 つまりエロい目で見てしまっていたわけである。


 もちろん聡美の妄想と違って、実際は堪えきれぬ痛みに頭へ手を当てて上体を起こす坊主だ。しかも涙目ときている。


「頭に穴が開くかと本気で思いましたぞ」


 泣きが入った道輝は、まさにしょぼしょぼのおっさんだ。

 だからこそ踏みつけてやりたくなってしまう聡美である。

 瑚華もまた同様の感性が働いているのだろう。

 冴えない親父だからこそ調教したくてたまらなくなってしまう。

 ふんっとふんぞり返っている瑚華もまた自分と同じ気持ちだ。

 そう考えていた聡美に、ふと疑念が湧いた。


 瑚華が本気で怒っている姿を見たからだ。


「言われてハイハイ土下座してんじゃないわよ。どうせ私を安っぽく見ているから簡単にできるんでしょうね」

「まさか、そんなわけありませぬ。瑚華殿には『神々の黄昏の会』に入って欲しい、逢魔街(おうまがい)に必要な人材が貴女であるからこそ、この道輝、いくらでも頭を下げられるのですぞ」


 しょぼくれたおっさんの姿が消えていた。

 聡美まで呑まれた道輝の毅然とした態度だった。

 だが瑚華にすれば怒りの火が点いた状態へ戻したようだ。


「あーそー。つまりあんたは使命のためなら、プライドを捨てるくらいなんでもないだけでしょ。利用価値が高いスーパードクターを手に入れるためなら、こうして毎日来て土下座くらいしますってなもんなんでしょうね」


 聡美からすれば、敬愛する甘露(あまつゆ)医師にしては、らしくない絡み方をする。

 ずいぶん感情的だ。


 すると墨色の裳付姿である道輝が、ピンと背筋を伸ばしてはきちんと正座をした。


「確かに目的ゆえのお参りであることは否定しませぬ。けれども先だっても申した通り、個人的な想いで詣ております」


 どうやら聡美が知らないところで、二人は会話をしているようだ。

 このクソ坊主、瑚華先生をくどいてんじゃねーか、と内心で熱り立つ。でも、このおっさんがそこまで口にする度胸なんかあるわけねーか、と思い直す。


 甘かった、とすぐにまた考えを改めなければならなくなった。

 いつになく感情の起伏を見せる瑚華が言い放つ。


「そこが嘘っぽいって言うのよ。なによ、菩薩様をお参りしているようなものだって。私を誰だと思ってんの、ふざけないでよ」

「すみませぬ。私には憧れと尊敬を込めた女性に対する比喩が菩薩様しか浮かびませぬ」

「だーかーら。私はスーパードクターである以外は、デキた女じゃないの。勝手にイメージしないでくれる」

「いえ、それは違いますぞ。瑚華殿は優しく、なおかつ美しい」


 頑と譲らぬ道輝の声調だった。

 うぬぬ、と聡美は唸ってしまう。

 まさかだ。しょぼくれたおっさんの坊主が大胆極まりない台詞を吐いている。傍に他者が居ようとも断じてくる。

 おべんちゃらとしたいが、ならば普段なら軽く流すはずの瑚華が憤りをやめない。


「あんたが、いったい私の何を知っているって言うのよ。ここしばらく喋ったくらいで、何もかも解ったような口振りは止してくれない」

「別に言葉を交わしてからでありませぬ。私は一目した時から瑚華殿が清らかな御仁であると思っておりましたぞ」


 聡美からすれば、ここでようやくだ。瑚華がいつもの先生へ戻る。


「あらあら、坊さんごときでは人を見抜く力なんて、そんなもんよね。悪いけど、宗教絡みで生きる人の視野は信用しないようにしているの」

「わたくしの瑚華殿に対する見立てが間違っているとは思えませぬ」


 初めて憤然とする道輝だ。

 瑚華は嘲笑を浮かべ、からかうようにである。


「まちがい、間違い、大間違いよ。なに、私が清らか? そんなわけないじゃない。だって私は……」

「性的な意味における身体を指すならば、関係はありませぬ」


 瑚華が返答しなければ、道輝もまた急かす真似をしない。

 だから沈黙が落ちた。

 聡美も割り込めなければ、診察室に飛び交う音はない。

 重苦しい空気は、しばし続いた。


「あんた、どこまで私のこと、調べつけてんの」


 静寂を破って放つ瑚華は敵を相手にするがごとく睨め付けている。

 道輝は正座したまま微塵も動じない。


「瑚華殿に関することなら、知れる限りのことですな」

「……イヤな男ね」


 ぽつりと溢す瑚華に、「すみませぬ」と道輝は両手を着いて頭を下げる。額が床に当たるほど深くだった。

 臆せず再び土下座している道輝を見つめる瑚華に、聡美は胸がざわついてしょうがなかった。

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