第2章:苦心の逃避行ー004ー
信じるしかなかった。
ちっと舌打ちする瑚華は暗い廊下の角で身を潜めていた。
「まったく〜、この時間、人海戦術には敵わないわね」
背後に控えるマテオたちも大小の差はあれ焦燥を湛えていた。
逢魔街において逢魔ヶ刻は、通信機能を初めとするさまざまなブラックアウトを起こす。他にも原因不明な事象が多々あり、しかも法律は不適用とされる時間帯だった。
十五時から十九時の間は『夕刻の異界』として扱われていた。
情報網がない中で、我が身は自分で守るしかない。
機器による位置情報の取得が叶わない状況下では、数がものを言う。
変身能力『鬼』の発祥地であり、同能力者が集う地である『東』はここぞとばかりに送り込んで来た。謀略によってウォーカー一族といった邪魔な勢力を逢魔街から追い出したが、一時的なものでしかないことは重々承知しているようだ。
短期間勝負と見ての、街中に蔓延る鬼の追手だ。
病院までならともかく、瑚華が秘かに用意した病室まで嗅ぎつけられた。
「さて、どうしましょ」
軽い口調だが右手を頬に当てた格好が瑚華の苦境を物語っている。
センセェ、と聡美に肩を借りているマテオが呼ぶ。
ん? と振り返った瑚華へ提案する。
「僕が囮になります」
途端に瑚華は渋面となった。
「あんた、なに言ってんの。そんな身体で」
「大丈夫です。発現は厳しいですけど、駆けるくらいは出来ます」
「走るのだって、どれほど出来るか解らないじゃない」
「でもセンセェには鬼の検体して欲しいし、こいつらも逃してやりたいです」
そう言ってマテオが指差すは、流花が胸に抱く円筒ケースだ。未だ回復の兆しが見えない楓の半分しかない顔だった。
はぁー、と息を吐いてから瑚華は「ずるいわね」と一言だけ洩らした。
笑みが溢れたマテオが借りていた肩から離れ一人で立った際だ。
「あたしも行きます。いいですか」
肩を貸していたツインテールの看護師が申し出てきた。
慌てたのはマテオだ。
「ダメですよ、照井さん。危なすぎます」
「マテオくん、甘いっ。キミ独りでは囮だって早く気付かれるだろうし、下手すれば追ってこないかもよ」
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
聡美の言う通りではあるが、マテオは決断しかねた。
とはいえ、ぐずぐずはしていられない。
マテオは考えすぎで汗が浮かびそうになった。
そこへ、だ。
うっふっふっふー、と不気味な笑いが起きた。




