第2章:苦心の逃避行ー003ー
ざっと確認しただけでも、状況はかなり厳しい。
「センセイ、僕、行きます」
マテオの決意に、隣りでモニターへ目を遣る瑚華はため息を吐いた。
「そうね、仕方がないか。マテオの能力をもってすれば勝敗は見えているから、お願いしたいんだけど、いい?」
はい、と曇りない返事をしたマテオへ瑚華の希望は伝える。
出来れば一体だけでいい、生きたまま捕らえられるか?
「鬼の生体を調べてみたいの。何か判明すれば、反撃の糸口になるかもしれないし。それに……」
白衣の医師が言い淀む内訳は、マテオに予想がつく。
これから発現する能力は、瞬速。肉眼では捉えられないほどの疾さは、一瞬で移動を果たすが如くである。
猛然としたスピードは、当然ながら肉体へそれ相応の負荷がかかる。
普段の健康体なら、いくら瞬速を発現しようが問題はない。
現在のマテオは両脚がぼろぼろだった。
『神々の黄昏の会』のメンバーである咸固新冶の攻撃で負傷し、回復する前に数々の無茶を押し通してきた。
日常生活をつつがなく送れるのは『逢魔街随一とされる名医』のおかげだ。甘露瑚華が施す治療の一言に尽きる。だが完全な治癒とするには時間を必要とした。
ここで瞬速の能力を発現しては逆戻りである。
それでもマテオは、だ。
わかりました、と了解して飛び出していく。
どうせダメージが大きいならば、充分といえる成果を上げる活躍をしよう。
たぶん当面の間は能力を発現できなくなる。
けれども今はやらなければならない。
流花はまさしく鬼の手中にあり、聡美はあと数センチで絶命する体勢に置かれ、楓が復活するための微かな希望を詰めたケースは容易く潰されかねない。
勝負どころだった。
腰元のホルダーから短剣を抜き、マテオは能力を発現する。
瞬速を以てすれば、人質の誰一人として傷つけず救出し、奪取も為した。
瑚華に頼まれていたサンプルとして目処を付けていた鬼は両腕を斬り落としてしまった。実験体とするならば、なるべく通常の状態が良かっただろう。
鬼が人質を盾にする脅迫するだけでなく、流花の必死に縋るような約束を反故する様子を見てしまった。
自覚していなかった腹立だしさを覚えていたようだ。
当然な成功を収めたマテオは、当たり前ながら身体は悲鳴を挙げた。
誰かの肩を借りなければ歩けないほどである。
そして、鬼の追手は迫りつつある。