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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第3部 彼女がチート篇
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第2章:苦心の逃避行ー002ー

 血潮を噴くのは手首だけでない。

 首筋からもだった。

 (かえで)の入った円筒ケースだけではない。

 生命まで奪われていた鬼だった。


 白銀の髪をした少年の右手は、血を滴らせた短剣が握られていた。


「マテオ!」


 流花(るか)に呼ばれれば、憤慨を顔に刻むマテオだ。


「勝手にどっか行くなよ、おまえ。ホント、勘弁してくれよな」

「んもぅ、おまえ呼ばわりはやめてよ。流花だよ、る・か」

「おまえじゃない、流花。僕の問いかけに対しての答えが、ね・え・ぞ」


 お互いに強調を差し込んだいがみ合いに、鬼の爪先が喉元にある状況を忘れたツインテールの女子看護師だ。 

 

「いいわね、二人とも仲良しで。あたしだって瑚華(こなは)先生と良い仲だったのに、あの坊主が……死ね」

「僕たちは照井(てるい)さんが思うような仲ではありません」


 羨ましそうな聡美(さとみ)の呪詛を忘れずとした言葉に、年上には丁寧となるマテオであった。


「ふざけるな、キサマ!」


 聡美へ鉤爪を立てている鬼が叫べば、流花の肩をつかむ鬼もまた臨戦体勢に入っていく。

 つい場にそぐわぬマテオと流花の会話に呑まれてしまったものの、気を入れ直した。裏世界で修羅場を潜ってきた白銀の髪をした少年が、余裕ある態度を崩さない意味については考えが及ばなかった。


「鬼って、大したもんだな」


 マテオが鬼の意表を突く感心した態度を取った。


「キサマ、何を企んでいる。下手な動きを見せたら、こいつらの命はないぞ」

「流花は連れて帰らなければいけないんだろ。いいのか、殺すぞ! なんて言って」


 からかう口調に鬼どもは熱り立つ。 

 

「あの女を、今すぐ殺してやる。キサマのせいだ」

「やっぱり甘露(あまつゆ)センセェーが考える、鬼へ変身すると性格へなにかしら影響を及ぼすは当たっていそうだよなぁ〜」

「なにワケわからんことを……」


 反論しかけた鬼の言葉が途中で切れた。

 首から鮮血を噴き出しては、どうっと倒れていく。

 同じタイミングで流花の肩をつかんでいた鬼の両腕は肘を境にして分離した。どさりと床へ落下すれば、腕を失った痛みに悶える咆哮もまた挙がった。


 鬼の注意を人質より自分へ向ける。挑発はまんまと成功し、怒りが勝った鬼は隙が生まれた。わずかだったかもしれないが、マテオにすれば充分だった。


「鬼って大したもんだな。なかなか死なない」


 冷たく言い放つマテオに、流花が駆け寄って来た。


「マテオ、おそーい。もうちょっとで(かえで)ちゃんが危なかったんだからねー」

「おまえ……じゃない、流花。勝手に行くなよ」

「だって、楓ちゃんに会いたかったんだもーん」

「ほら、それにちゃんと無事に取り返したんだから、文句言うな」


 短剣を握ったままの手でマテオは円筒ケースを突き出す。

 満面に喜色を湛えた流花が受け取れば、胸にかき抱く。

 良かった……、と呟く姿に、マテオは続けたかった苦情を引っ込めざる得なかった。


「やだもぉ、血でべとべとになっちゃったじゃない。ウォーカーさんに死ねはないですけど、もうちょっとやり方はなかったんですか」


 鬼が噴く血をもろに浴びた聡美は濡れた顔を拭い、汚れたピンクの制服を気にしている。

 口癖の死ねを抑えた看護師へ、マテオは「すみません」と頭を下げた。

 あまりの素直さに却って気圧された聡美である。


「あ、う、うん。あの状況じゃ仕方がなかったか。それにこちらこそ助けてもらってありがとうございます」

「そうね、聡美ちゃん。マテオの能力だから呆気なくに映るけど、勝負としてはけっこう際どい線だったのよ」


 降って湧いた声に、聡美の眼差しは蕩けるようになった。瑚華(こなは)先生〜、と呼ぶ声音はとろりとした甘味を含んでいる。


 妖艶な女医は、背後に控えた屈強そうな男性看護師二名へ指示する。

 両腕を失ったが絶命はしていない鬼は引き立てられるように連れて行かれる。

 その横で瑚華が「よくやったわ」と捕獲に貢献した白銀の髪の能力者へ向く。

 褒められたマテオだが、返答は神妙だ。


「いえ、センセェーになるべく通常の状態でと言われたにも関わらず、深い手傷を負わせてしまいました。ちょっとムキになっちゃって。すみません」


 少し肩を落とせば、聡美が「やだ、かわいい」と口許を押さえている。 


「聡美ちゃんが男の子がいいなんて言うの初めてね」


 瑚華がからかうみたいであれば、「やめてください」と口を尖らす聡美の頬はほんのり紅い。


「甘露センセーは最初から捕まえる気だったんですかー」


 流花の間伸びする喋り方に、いつもなら瑚華は笑顔で応える。

 今回は軽く首を横に振った。


「ううん、違う。鬼がこの特別室まで突き止めるなんて思わなかったし、マテオに当分の間は能力を発現させたくなかったんだけどね」


 えっ? と流花が反応すると同時だ。


 マテオは崩れ落ちかけた。

 おっと、と瑚華が素早く腕を伸ばして身体ごと抱えなければ倒れ伏していただろう。

 マテオ! と流花は楓の顔半分が収まる円筒ケースを胸に叫ぶ。


「大丈夫だ、心配するな」


 そう言うマテオは支えられる腕なしで立っていられなさそうだ。ただ顔がちょうど瑚華の胸に当たり、強気な発言は照れ隠しである部分が大きい。


「強がる男の子に、スーパードクターは興奮するわ」 


 瑚華が自分の胸へ埋めるマテオの顔をいっそう押し付けた。


「セ、センセェ……ぐるじぃ……」

「あら、喜びなさいよ、少年」


 いいなぁ、と聡美が指を咥えて羨ましがっている。

 し、死ぬ……とまで口走るマテオへ、瑚華は真面目に問う。


「さて、これからどうする? マテオ、あんたここしばらく能力は使えないわよ」


 息を呑む流花だ。

 知らされた事実の重さを理解したからである。

 やはり傷が深かったマテオは、今、能力を使用したことで更に重症化した。

 瞬速を発現できなければ、鬼には敵わない、


 現在のマテオは戦いへ身を投じることは死へ近づく意味を持つようだった。

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