第1章:ある被検体の記憶【エピソード楓】ー010ー
ぷかぷかしている感じであった。
あれ? と楓は不思議な気分だ。
なんだか水の中で泳いでいるような、漂っているだけのような、何とも言えない浮遊感に包まれている。
感覚あること自体が珍しい。
いったい何があったか思い出そうとしてみる。
だが頭は重く、考えようとしても働かない。
懸命に巡らせようとしていたら、流花が出てきた。
いきなり朽ちた昔宮邸に来た美少女に遠慮はない。
楓のテリトリーへ踏み込んでくる。住まう場所だけでなく、付き合いを控えた生活まで、ずかずかとくる。
驚いてばかりもいられない。自分はもうまともな存在じゃない。
冷たい態度や楓自身をホラー話しにして脅かした。
アンデッドもしくはゾンビとされる化け物に、人間が付き合っていいわけがない。
ところが流花と自ら名乗る美少女はちょっと頭のネジが緩いのか、天然なのか。屈託なく笑うばかりで、ちっとも楓の態度なんて気にしないし、不気味な逸話を聞かせたところで怖がりもしない。
楓のどこを気にいったのか解らないが、毎日のようにやって来る。
そして……とても愉しそうだ。
このままじゃ良くない、あの娘にとって悪手の付き合いでしかない。
そう思いながらも結局は、訪問を心待ちにしている自分に気づく。
流花が白銀の髪をした少年と親しい関係を築きつつあれば、淋しいと感じてしまう。
それでようやく失いたくない友達が出来ていたと自覚した。
だから流花を傷つけようとするならば、許さない。
腕や足が引きちぎられようが、鋭い鉤爪で身体が抉られようが向かっていく。
鬼どもの玩具にされるため連れて去られるなど、断固としてあってはならない。
身体の半分以上を失っても、喰らいついていく。
鬼の腕が振り降ろされてくる。
ザクっとする音と共に視界が半分失われた。
被験体として脳まで届く実験が行われた際と同じ激痛に意識が遠のいていく。
意識を失う直前の記憶と繋がるように楓の目に飛び込んできた。
液体越しにある流花の顔を。
ああ、良かった。
守りきれなかったから、無事が何より嬉しい。
流花だって喜んでいいはずだ。
なのに……なんで、泣いているの?
両手を握り締めた流花が、ぼろぼろ涙を溢している。
楓ちゃん、と聞こえなくても叫んでいるのが解る。
何度も何度も名前を呼んでくる。
あまりに必死な流花に、楓は微笑ましく想いながら語りかけた。
ねぇ、泣かないで、泣かないでよ。あたしにとって流花はさ……。