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彼女はチート!ー白銀の逢魔街綺譚ー  作者: ふみんのゆめ
第3部 彼女がチート篇

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第1章:ある被検体の記憶【エピソード楓】ー006ー

 呆然自失なんてしていられなかった。

 (かえで)は頭を小さくも鋭く三度を振る。

 しっかり、と自身へ向けて言い放つ。

 目を背けてはいけない。

 広がる事実を受け止めなければいけない。


 アーロンに連れられて逃げる最中で爆発音は耳にしていた。

 爆弾が設置された場所は記録媒体や実験装置が主である。運が悪ければ犠牲が出るかもしれない、とした配慮の形だ。仕掛け人であるアーロンから直接に聞いている。

 研究施設にいる者たちに危害が及ばないからこそ、騒動を起こしたアーロンの身が心配で来た……はずだった。


 なのに戻った研究施設で楓を待っていた光景は、想像と正反対だ。


 歩む通路だけでなく覗ける部屋のどこもかしこもだ。血飛沫で床や壁だけでなく天井まで染め上げられている。

 臭覚を失った楓でも、むっとするほどの血臭が想像できる。

 緋い色をばら撒く源は、それぞれだ。

 首や四肢、もしくは胴といったいずれかが切断されている。

 一箇所だけもあれば、バラバラといった具合だってある。

 いずれにしろ誰一人も肉片化から逃れられていない。


 鬼畜が如き鏖殺ぶりだった。

 心配などとする状況を超えている。


 ふと楓の頭に閃いた光景は、ゾンビも同然な人々を収めた部屋だ。

 あの者たちは、どうなるのだろう。

 研究施設からの保護がなくなったら、彼らの処遇は?

 アーロンから爆薬による破壊を告白された際は失念していた事柄であった。


 楓の進む足が早まる。

 転がる人間だったものを飛び越え、急ぐ。

 程なくして着けば、ドアを開けた。

 ガラス越しに広がる部屋を目にすれば、楓はがくりと両膝を床に落とした。

 惨劇はここでも繰り返されていた。

 一眼で解る血の海が広がっていた。


「あれ、まだいたんだ」


 曇りのない声に、楓の本能が囁く。

 こいつは途轍もなく危険だ。

 部屋から飛び出ていきかけた横で、ガラスが砕けていく。

 ガラスとはいえ強化されており、銃弾くらいなら物ともしない。頑丈に相違ない代物をあっさり破壊しただけではない。

 楓の両膝から下も奪った。


 足を失い床に這いつくばる楓は、傍に誰かが立つ気配を感じた。

 顔を上げれば、惨殺の場面にそぐわない爽やかな表情をした青年がいる。もっとも服装は黒づくめであり、格好としては凶行現場に相応しい。


 楓は振り絞るように問う。


「あんた、何者? やっぱり能力者よね」

「えーと、冴闇夕夜(さえやみ ゆうや)と名乗れば当ては付くかい?」


 のんびりした口調に、楓が乗せられることはない。

 風の噂で耳にしていた。

 ここ『逢魔街(おうまがい)』で彼に会う機会があったなら、それは死を意味する、と。

 都市伝説そのものみたいな異様な街で流れる噂など、気にも留めてこなかった。


 だが今、実際に目の前へ存在している。

 発現された能力の風が斬り裂けないものはない。

 この街で最強とされる風使いの能力者は『無邪気な殺戮者』とする噂を目の前で実証していた。

 

 どうして? と這いつくばる楓は投げかけた。

 えっ? と冴闇夕夜が素直な反応を見せればである。


「どうして、ここの人たちを殺したの? なんにも出来ない人たちだったのに」


 口にしたら楓のうちで込み上がってきた。

 父がせめてと救った命だ。動く屍人に等しいとしても、生きていた。現に切断された箇所から血は流れ溢れている。自分なんて切り離されても出血はなく、まるで物のようではないか。

 較べて彼らは生きていた。子供だって多くいた。

 なのに、冴闇夕夜と名乗る青年は涼しい顔で皆殺ししただけではない。悪びれず、苦笑を浮かべ肩をすくめている。


「だって、生きていてもしょうがない連中だっただろ」


 楓は窮地にある立場も忘れて叫ぶ。


「勝手に決めつけないでよ。どうだろうと生きていたんだから、あたしなんかと違って、血が通っていたんだからっ」

「あれで? 何も考えられず、空腹になれば同胞だって喰べてしまうんだろ」


 ぐっと詰まる楓に、黒づくめの青年は笑みを広げた。


「人間を認識できない連中が、自らの存在を理解できているとは思えないな。あのまま野に放てば食人鬼(グール)となって迷惑千万もいいところじゃないか」

「でも、でも……いつか元の人間に戻せたかもしれないじゃない」


 強弁は百も承知しつつ楓は訴えずにはいられない。

 夕夜(ゆうや)が笑いを収めた。

 だからといって深刻な顔つきになったわけではない。ふむふむ、といった調子で、殺戮現場におよそ似つかわしくないのんびりした空気をまとっている。


「なるほど。確かに連中だっていつかは、とする可能性はキミの言う通り、大いに有り得るね」

「だったら……」

「だけど有るかもしれない程度の話しじゃないかな。研究の鍵を握る昔宮博士は先だって失敗した挙句に娘にバラバラにされてしまっているから、成功はするとしてもだいぶ未来だと思うけど」


 楓は見上げていた顔を落とした。

 返す言葉なんか出てこない。

 代わりに自らの意思を伝える。


 ……頭を狙って、と。


 脳だけは復元不可能と立証以前に本人が解っている。


「覚悟を決めたんだ」


 変わらず軽い口調の夕夜に、「さっさと殺って」と床に顔を押し当ててまま答える楓であった。


「んじゃ、遠慮なく」


 夕夜の処刑執行が告げられた、次の瞬間だ。

 地を揺るがす大爆発音が轟いた。

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