序章:緋色の視界
緋く染まっていた。
視界に入る全てが、赤い。
理由はマテオも解っている。
血のせいだ。
目に入ってきては、緋の紗膜となっている。
だがマテオにこすったり拭ったりする暇はない。
飛んでくる足を認めたからだ。
攻撃の意図が込められていれば、避けなければならない。
これくらいなら簡単に避けられるはずだった。
マテオは蹴り上げられてしまった。
ぐはっと苦鳴を吐いては宙を舞う。
ぐしゃり、地面へ叩きつけられる際には嫌な音まで立てた。
「マテオ!」
悲痛な叫びをもって呼ぶ流花に、マテオは自分に言い聞かせる。
……まだだ、まだだ。
肘を付いては、懸命にうつ伏せの身体を起こしかける。
足の甲が腹へ入った。
人間の数倍もある太い足に、マテオの華奢な身体は勢いよく転がっていく。
流花が抱き止めなければ、どこまで転がり続けたか、解らない。
「マテオ、マテオ、しっかりして」
立てないマテオの頭を抱えた流花が必死に呼びかけてくる。
ちっくしょう、と朦朧する頭でも悔しさが先立つマテオだ。
自分は弱い。
確かに能力者とされる全体の中で強さを競うなら、上位に位置するだろう。
だけど目の前で見てきた。
この星からチカラを得たような能力を振るう人々を。無双とされるほど強力な発現を叶える者たちを。
そういった人たちなら、もし自分でなかったら……守れたはずだ。
マテオ、マテオ……、と何度も呼ばれている。諦めず必死に繰り返してくる。
頬に落ちてきた雫に意識を返した。
マテオが見上げる赤い視界に、見下ろす流花の顔があった。
ああ、こいつも泣くんだな、と思った。
「もういい、もういいよ、マテオ。流花はもう充分だから。これからお願いして助けてもらうよう……」
「そうはいくか」
遮ってマテオは頭を上げる。
白銀の髪は所々にべったり緋き色を貼り付いている。どれだけ始末してきたかの証しでもある。
今さら投降しても許されるはずのない跡であった。
マテオ……、と流花の声を耳にしながら立ち上がっていく。
ふらつく足元に、手にした短剣の刃はヒビが入っている。
それでも流花をかばうように前へ出た。
嘲笑が聞こえる。
マテオを足蹴にしてきた鬼が可笑しくしょうがないといった様子だ。カッコつけてんじゃねーよ、と揶揄までしてくる。
不思議にも余裕の笑みが閃くマテオであった。
「カッコつけで命を捨てるほど、僕はバカじゃない。ちゃんと意味はある」
ならよー、と鬼が迫ってくる。
振り上げた手の爪が、ギラリ光る。
猛獣の牙に匹敵する鬼の鉤爪が振り降ろされてきた。
マテオは右手に握られた唯一の武器を掲げていく。
短剣で鬼の鉤爪を受ける。
金属が砕けていく音が鳴り響いた。
短剣の刃は脆くも破片と化していく。
振り降ろされた鬼の鉤爪は武器同士の勝敗に止まらない。
目的とする肉体まで、一気に斬り裂いた。
流花が名を呼ぶなか、マテオは血潮を撒きつつ声もなく崩れ落ちた。