第10章:飛ぶー003ー
ここに来てから学んだ事柄の一つにである。
当初の印象はずいぶん当てにならないものだな、というのがある。
マテオは歩を進める。夕夜を足蹴にしている巨鬼へ、陽乃に向かって。
肩を並べる人物は、新冶だ。
白スーツに赤ネクタイをした男は、今や気障な『感じ』へなっている。格好つけが、ややセンスが良くない方向へ走っているようだ、などと失礼ながら思う。
「いいんですか、おっさ……新冶さん。死にいくような役目なんか引き受けて」
「ここまでの危機を招いた原因に、私の判断ミスは大きいですからね。もう少し夕夜さんの気持ちが想像できていれば。それに何よりマテオ、貴方の能力発現の制限へ繋がる行動は大いに責められるべきですよ」
歩行速度を緩めない新冶は正面を向いたままだ。
「新冶さんって、意外に照れ屋ですか」
足を止めずにマテオへ視線を向けた新冶である。
「なんですか、急に。私は冷静に事実を見つめ、反省しているだけです」
「でも僕からすれば、引きつけ役を自ら勝手出るなんて、ぜんぜんイメージ出来ませんでした。なんて言うか、もっと他人を利用するタイプかなって」
「よく言われますよ。でも実際は、騙されてばかりです」
へぇ〜、とマテオの意外そう声に、新冶が苦笑を閃かせて続ける。
「ここに来るまで、利用されるばかりでした。時には命を失いかけたほどです。『神々の黄昏の会』に所属してからですよ、ようやく居場所が見つかったのは。だから我々に脅威を招く祁邑三姉妹は排除したほうがいい、と考えたわけですが……」
「人生、なかなか思ったようにはいかないものですよね」
しみじみと同意するマテオは、まだ少年の面影が強い。
台詞と見た目のギャップが、新冶に苦笑から単なる笑いへ変えていく。
「マテオとは、これからまだ言葉を交わしていきたいものです。それにしてもこの街にいると実に出会いが多い」
逢魔街に来てから日が浅いマテオですら同意できる意見だ。味方だけでなく敵ですら知り合いになっていく日々だった。
それと……、と新冶がちょっと言い淀んでからである。
「怪我をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「そこは謝らないでください。僕のほうが強かったら、新冶さんを殺しています」
ふむふむといった新冶が次に向ける意識は建物の間から覗く光景だ。
鬼の巨大な足が踏みつけ続けている。
だいぶ接近を果たせた。
新冶が後ろを振り返る。
緋人と冷鵞が確認するまでもない位置にいる。
いいですか、と新冶はマテオを含め説明を開始した。
夕夜の救出を最優先する。今日の被害を喰い止められなくも、将来を見据えて最強の能力者を失うわけにはいかない。まずマテオには瞬速の能力で夕夜を拾い上げてもらい、莉音や瑚華がいる地点にまで戻ってもらう。もうそろそろ救護車が到着する手筈だ。
「新冶さん、よく車をなんて呼べましたね」
感心を表にするマテオだ。
逢魔街における大きな謎の一つとして、情報網一切の遮断がある。電話やネット回線といった通信手段が使用不可となる。
「甘露医師の先が負傷者回収のため、何台か車を出しています。夕夜さんに言われて動いている際に出くわしまして。照井女史が主導する搬送車が、じきに訪れるはずです」
照井かよ、と緋人が上げれば、「あいつか……」と冷鵞の顔も渋い。
「この際、仕方がありません」が新冶の答えである。
マテオからすれば何がなんだかではあるが、時間的猶予はない。
ドンっと踏み下ろされた鬼の巨大な足が上がったタイミングで、瞬速を発現するつもりだ。
マテオ、と呼んだ新冶が告げる。
「貴方も戻ったら、甘露医師や莉音と共に夕夜さんに付き添っていってください。女性ばかりでは不安もあります」
思わず浮かびそうになった苦笑を噛み殺したマテオだ。逃したい気持ちがバレバレである。もう少し上手く言えないものだろうか。
「それはその時の状況次第って感じでいいですか」
「そうきますか。素直に首肯していただきたかったところです」
新冶が不服としているのは明らかだ。だが説得の口は開かなかった。
鬼に動きが見えたからである。
巨大な足が上がろうとしている……わけではなかった。
巨体が下がっていく。
片膝を付くほどに、屈んだ。
予期していなかった行動に、マテオは動けなかった。