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【『竜星魔神王』~星の少女。リリルを求めて~】

作者: すみ いちろ

 世界にひとつ──流れ星が落ちた。

 昔、昔──遙かなる場所から、それはやって来た。

 ──大予言者、ホーリーホックのお話は、こんな風にして始まる。

 それは、私の大好きなお話。


 「うぅ。寒い」


 流れ星。見上げる空。ちょっと寒いけど。

 ホーリーホックのお話を想像しながら、プルート山脈に囲まれたこのウミルの村から見上げる星空は美しい。

 パトト爺ちゃんと一緒に暮らす私の家は、村の中でも小高い丘にあって、立派なカシの木が生えている。

 その樫の木にもたれ掛かって、この夜空を眺めるのが私のお気に入り。

 だけど、私は女の子で──友達の男の子の毛むくじゃらジャンゴみたいに、ひょいひょいって樫の木のてっぺんまでは登れない。

 

 そう──

 ジャンゴは、私と幼なじみ。

 いつからだろう? ジャンゴと遊ぶようになったのは。

 そういえば、ジャンゴ。13才になったって、威張ってたっけ? 鼻の穴膨らませて。

 けど、ジャンゴだけなんで、毛むくじゃらなんだろって、いつも思う。

 私もだけど、他のみんなは、ツルッツルなのに……。



「おーい! リリルー! めしー!!」


「はーい!」



 パトト爺ちゃんが、呼んでる。

 武器職人でもあるパトト爺ちゃんは、ちっちゃな小人コビトみたいだけど、凄い力持ちだ。

 身長は、私の半分くらい。

 山や川に入っては、六本足の馬とか、頭が何個もあるワニだとか、軽々ひょいって一人で担いで家まで運んで来る。

 こないだは、火ノ山に行ったーとかって、真っ赤なドラゴンを家の庭でザクザクさばいてたっけ?

 火竜──ファイアーブレスドラゴン?

 ……んまあ、名前なんてどうでもいっか。

 たぶん、今日の晩ごはんも、ファイアーブレスドラゴンだ。

 こないだ、私なりに気を利かせて、ファイアーブレスドラゴンを鍋に入れて油で揚げようとしたら、危うく家が丸ごと火事で燃えそうになった。

 そしたら、「お前は、なんもせんでもいいっ!!」って、パトト爺ちゃんに凄く怒られた。

 あー。

 私に本当のお父さんやお母さんがいたら、パトト爺ちゃんとは違って、すんごく私に優しいんだろなー。


 そう言えば──私は、どこからやって来たんだろ? 

 私の本当のお父さんとお母さんって、いるのかな?

 

 どこかにいるはずの、私のお父さんとお母さん。

 私が、ここにいるってことは、お父さんとお母さんもどこかにいるはずなんだから。

 でも、パトト爺ちゃんみたいに私の身長の半分くらいの小人コビトじゃないだろうし、私と幼なじみの毛むくじゃらジャンゴみたいに、毛むくじゃらじゃないだろうし。


(どこにいるのかな?──私のお父さんとお母さん)


 そのことをパトト爺ちゃんに聞いても「知らん!」って言うし、「俺が拾った」とか私のこと物みたいに言うし。

 

(あー。私にも本当のお父さんとお母さんがいてくれたらなー……)

 

 今日だって、またひとつ。真っ暗な夜の空を眺めてると、私の頭の遥か上で、お星さまがスーッと流れては消えて行った。

 ホーリーホックのお話の中の言葉のように。


(私は、ずーっと、お父さんにもお母さんにも会えないまま一人なのかな? 何処へ行くんだろう──?)


 私は膝を抱えながら、樫の木にもたれ掛かって夜空を見上げる。

 空の中を流れてくお星さまを見上げて、いつもそんな風に想うんだ。

 消えてゆくお星さまが、いつか何処かに流れついて──


(──私と同じなのかな? そしたら……。会える──?)


 まあ、いっか。私には、ジャンゴもパトト爺ちゃんもいるし。私は、生まれた時から一人みたいだったし。


 

「おーいっ!! リリルー!! めしーっ!! 早う来いっ!!」


「はい、はーい! 今いくー!!」



 ハー……。良いとこだったのに。

 私のロマンチックな幻想が冷めちゃった。

 私を育ててくれたパトト爺ちゃんは、めしっ!めしっ!!ってうるさいけど、私には大事な人だもんね。

 ま、しょーがないっ……か。

 けど、こうやって星空を眺めるのは、私の楽しみの一つ。


「いったい、何処へ行くのかなー? お星さま……。あっ! ヤバい、ヤバいっ!!」


 そろそろ行かないと、パトト爺ちゃんが本気で凄く怒る。

 あんな、小っちゃな身体なのに怒ると凄く怖いんだ。


(ガチャガチャ!! バタン! ドン──!!)


 庭の樫の木より立派な大きな木をくり抜いて作ったパトト爺ちゃんの木のお家。

 私は、パトト爺ちゃんの作った木のお家に入る。


 大きな木製のテーブルの上に、たくさん並べられたファイアーブレスドラゴンのお料理。

 

 焼きファイアーブレスドラゴン。

 揚げファイアーブレスドラゴン。

 茹でファイアーブレスドラゴン。

 

 ……その中でも、ファイアーブレスドラゴンの心臓?だけは、刺身にして置いてあった。


(うげ。ファイアーブレスドラゴンの心臓? 食べれるのかな? まだ、ピクピク動いてる……)

 

 私が、家の中に戻ると、ゴウゴウと燃える暖炉の真っ赤な炎を背に、小っちゃなパトト爺ちゃんが、木の椅子にちょこんと座って、目を三角にして待ってた。

 やっぱり、怒ってるみたい。


「遅かったじゃねぇか……。早く喰えっ!!」


「は、はーい」


 んー。

 パトト爺ちゃんは、小っちゃいのに、いつももの凄くせっかちだ。

 

「いいか? 料理ってぇのはだな。出来たてが一番上手いっ!! 特にファイアーブレスドラゴンってぇのはだな……」


「炎の魔力が消えない内に、早く喰え!! でしょ?」


「おぅ……。分かってるじゃねぇか……」


 なんでもそうかも知れないけど、魔物は生で食べるのが一番栄養──魔力がある。

 けど、ドラゴンは硬いし、毒もある。とてもじゃないけど噛み切れないし、呑み込めない。

 だから、パトト爺ちゃんが何日も前から仕込んで、何時間もかけて、やっとこさ出来たんだから「早く喰え!!」って、パトト爺ちゃんが言うのも分かる。

 

(けどな──。味……)


 シンプルに塩ゆでにするなら、マンドラゴっていう人面サツマイモの方が、美味い。

 あれ? サツマイモ? 人参だっけ? 滋養強壮とか言う不思議な魔力アップの効果が、あるんだっけ?


「どうした? リリル?」


「いや、あ、なんでもない。なんでもない……」


 

 ドラゴンは、硬いウロコで覆われてるから下処理も大変だ。

 普通の炎は通さないし、火炎魔法も通さない。そもそも、ドラゴンっていうのは、魔法耐性も物理耐性も、すんごく高い。


(どうやって、下処理したんだろ? パトト爺ちゃん──)


 パトト爺ちゃんは、危ないから見るなって、私にいつも言う。

 それでも、気になった私は、毛むくじゃらジャンゴも遊びに来ないし、暇だったから遠くで見てたんだけど──

 なんか、パトト爺ちゃんの動きが速すぎて見えなかった。

 パパパ──っと、なんかが光ってドラゴンが宙に浮いたかと思ったら、サササ──っと、ドラゴンが細切れになってて……。それからは、なんか手作業で、地道にザクザク切ったりしてたみたいなんだけど……。

 あ、始める前もそうだったけど、終わった後も、ブツブツとなんかお祈りみたいなのしてたっけ?

 あれが、魔法なのかな?──パトト爺ちゃん特別製の?


 でも、ウロコにしろ、爪にしろ、牙にしろ、ドラゴンの硬い部分は武器の素材にもなるし貴重だ。

 たぶん、パトト爺ちゃんは、新しい武器の素材を取って来るために何日もかけて、火ノ山に入ったんだ。

 私には、危ないから家にいろ、着いて来るなって言ってたけど……。

 でも、味付けが、ぜんぶ塩って……。


 いや、そんなことは、今さら言ってみてもしょーがない。私が、生まれた時から、これだ。ぜんぶ塩の味付けには慣れてる。

 けどなー……。



「もっぺん聞くぞ? どうした? リリル?」


「あー、いや、アハハ……。塩の味付けも良いけど、爺ちゃんが前に採って来た何かの植物の実? アレをいつもみたいにすり潰して粉にしてまぶしたら、もっと美味しいかなー? なんて……」


「あー。アレは、こないだのめしで、ぜんぶ使っちまったな。贅沢言うな。早う喰え。この辺の山脈は岩塩が豊富だが、めしに合う珍しい実は、もっと遠くの山に行かにゃあならん。珍しいもん持って来る旅人も、トンと来んしのぅ」



 パトト爺ちゃんの「もっぺん聞くぞ?」の後には、ちゃんと答えないと、私は決まって怒られる。

 ドラゴンより炎みたいに真っ赤に怒るパトト爺ちゃんだけど、特別何かをされるわけじゃない。

 けど、ドラゴンだって倒しちゃうんだから、何かされたらパトト爺ちゃんのバカ力で、私は死んじゃうんじゃないかって思う。

 

「お、そうだ。リリル。これ、ドラゴンの心臓な。食っとけ」


「えー? 生じゃん!? 食えるの?」


「心配するな。美味くはないが、この部分は生でも食える。それに魔力も高い。それと、ほれっ──」


 ズズズ……と、パトト爺ちゃんの飲んでる木の器と同じものを渡され──見ると、真っ赤な液体がタポンと、入っている。


「おげっ!! こ、これって……」


「ドラゴンの血じゃ。飲め」


「うぅっ……」


 ドラゴンの血──飲むと空が飛べるとか、ドラゴンみたいに強くなるとか、魔法が使えるようになるとかってパトト爺ちゃんは言うけど、私は信じない。

 だって、私は、飲んだことあるけど、幼なじみの毛むくじゃらジャンゴみたいに、樫の木のてっぺんすら登れない。

 嘘だ……。


「無理にとは言わねーが、飲めねーのか? 井戸の水なんかよりもよっぽど栄養価も高いし、魔力も高いぞ? まだ、樽にもたくさんあるし、ほれっ。飲んどけ」


「えー! 嫌だ。井戸の水の方が良い!」


「うぃ……。もったいねぇな? なんでも有り難くいただかねぇと、バチが当たるぞ? 特にドラゴンは賢いからな。呪いも強い。どーなっても知らんぞ?」


 ドラゴンの血にパトト爺ちゃんは自分で作ったものすごく強いお酒を混ぜて飲んでるみたいだった。……パトト爺ちゃんは、だんだん酔っぱらって来たみたいだ。


「パトト爺ちゃんが、ドラゴンなんて殺しちゃうから、いけないんでしょっ!!?」


「うぃ……。言ってろ。人ってぇのはだな……、業の深い生きものなんだよ。種族こそ違ってもな。同じさ……」


「業って? 何よ……? うぅっ……」


 なんだか悲しくなって来て、ファイアーブレスドラゴンには申し訳ないけど、パトト爺ちゃんが差し出したドラゴンの血と、パトト爺ちゃんが作ってくれたファイアーブレスドラゴンのお料理を、もぐもぐと噛んでお腹の中に流し込んだ。心臓も。

 なんか、涙とか鼻水まで出て来て、味が分からなくなって来た。



 それから──

 

 パトト爺ちゃんは、ガーガー……ぐぅぐぅ……と、椅子の上で大イビキをかいて眠ってしまった。

 寝息を立てるパトト爺ちゃんのお腹の上で、パトト爺ちゃんの白くて長い立派な髭が、揺れている。

 パトト爺ちゃんは、私の半分の身長しかないけど、とっても重いからそのまま毛布を掛けてあげた。


(パチ……パチ……──)


 暖炉にくべてあるまきが、炎とともに音を立ててる。

 お家の壁には、パトト爺ちゃんの作った斧とか刀──鎧や兜なんかが置かれてて、暖炉の赤い炎に照らされている。

 地下室に行くための階段は、暗くて静かだ。シーンとしている。

 地下室は、パトト爺ちゃんの工房で、たくさんの武器や防具……装備品が置いてある。


「私も、寝なきゃな……」


 残りのドラゴンの料理を片付ける。

 ドラゴンの肉は、腐りにくい。

 けど、今日は悲しくて……なんだか食べた気がしなかった。


「ごちそうさまでした。ありがとう。ごめんね……」


 パトト爺ちゃんをチラリと見たけど、椅子の上でぐぅぐぅと寝たままだ。

 たぶん、風邪は引かない。いつものことだし、丈夫だから。寒いけど。


 暖炉の火を消して、私も二階に上がった。

 その時だった──


(コンコン──)


 二階の私の部屋の窓を叩く音がした。


「え? だ、誰──? ジャンゴ?」


「シー!! 静かに、リリル! パトトのジジイは、寝たか?」


 真っ暗闇に、窓からブラーンと宙吊りみたいに逆立ちしたジャンゴが、真っ黒な毛むくじゃらな顔に白い目玉をギョロギョロさせて私に言った。


「びっくりした!! いつものことだけど、慣れないよー」

 

「あー。悪い悪い。いつものことだけどな!!」


 そう言うと、ジャンゴは、宙吊りみたいに逆立ちしたまま、窓から顔を出して──毛むくじゃらの顔のまま、ニタリと、いつものように笑った。


─────┿─────


「なぁ? 今から、村の外れにある洞窟に行ってみようぜ?」


 二階にある私の部屋。

 天井に吊したランタンが、夜の私の部屋をボーッとオレンジ色に照らしている。

 

 窓をギィ──と私が開けると、毛むくじゃらジャンゴはそう言って、木の枝に逆さまにぶら下がったまま宙返りをして、いつもみたいに裸足で私の部屋に窓から入った。


「よっと!」

 

「ちょっと! ジャンゴ! 足が泥だらけ!」


「へっへー。悪い。悪い」


 毛むくじゃらジャンゴが泥だらけの裸足で、鼻の下あたりをズズ……ってすすりながら、指先でゴシゴシこすっている。

 だけど、毛むくじゃらジャンゴは、毛むくじゃらだから、鼻なんて見えない。

 時々、私に何かを自慢するときだけ、鼻の穴が大きく膨らむから、その時だけは分かるんだけど。


 まあ、私の部屋はパトト爺ちゃんが大きな木をくり抜いて作った木のお部屋だから、床も木だし、どうってことないんだけど。

 お気に入りの私のカーペットが、泥んこにならなきゃ、それでいっかって思う。


 そう想っていると──


「よっこらせっと!」


「あー! 私のカーペット!!」


「シー! 静かにっ!! パトトのジジイが起きちまうぜ?」


 毛むくじゃらジャンゴは、「まあ、堅いこと言うなよ」とか言いながら──ドカッ!と、私のお気に入りのカーペットの上に座りこんだ。

 いつもは、「汚れると悪いから」なんて言って床に座ってくれるのに、今日は、どう言うわけか遠慮もしないで、くつろいでいる。


「もももっ!! ちょっと! ジャンゴ!!」

 

「まあ、そう慌てるなよ? それに、俺の話を聞けって」


「慌ててなんか、ないっ! もー!! パトト爺ちゃん呼んで来るっ!!」


「ちょ、分かった! 分かったってば! パトトのジジイだけは、カンベンしてくれっ!!」


 ジャンゴは、そう言うと、ズクズクに汚れた灰色のズボンをパンパン!──と、はたいて、もう一度……今度は木の床にアグラをかいて座り直した。


「ぐ……、カーペット……。し、シミ……。ジャンゴぉっ!!」


「は、はい……!」


 毛むくじゃらジャンゴは、毛むくじゃらだから、服なんて着てない。外は寒いっていうのに。

 だけど、いつもズクズクに汚れた灰色のズボンだけは、はいている。

 

 カーペット──ジャンゴの座ってたあたりは、当然、泥んこ。オマケに変なシミ。なんか、湿ってるし。


「どーしてくれるのよ? ジャンゴ?」


「うへっ……。悪い。いや、洗うよ……」


「カーペットは、洗えない素材なんですけどっ!?」


「アハハ……。どーしたもんかな……」


「アハハじゃないっ! 笑えないっ!!」


 本当のことを言うと、たぶん洗える。

 パトト爺ちゃんが、色落ちしない染料を使ってあるから、大丈夫って言ってた。

 

 ただ、どこか遠くの違う国の良い匂い──香がするもんだから、私としては洗いたくなくって。

 

(せっかく、大事にしていたのに……)


 いつか忘れたけど、旅人さんがパトト爺ちゃんの作った武器のお代金の代わりにって、パトト爺ちゃんが受け取ったのを私にくれたんだけど……。

 

 珍しい模様──不思議な絵。

 私が、いつも眺めている夜空のお星さまみたいに。


 たぶん、何かを現しているんじゃないのかな? って想えるほど、素敵なものが描かれた私のお気に入りのカーペット。

 壁に飾るのは大きすぎるし分厚くて重いから──こうやって、床に敷いてウットリ眺めてたのに……。

 なのに──


「ジャンゴ!!」


「は、はいー!! な、なんでしょうか……!?」


 私に名前を呼ばれたジャンゴが、びっくりして──アグラをかいて座ってたのに、急に真っ直ぐ背筋を伸ばして立ち上がった。


「代わりに何か、良いものくれたら、許してあげる。明日が何の日か知ってる?」


「そ、そう!! それだよ! リリル!! じ、実は、そのことでだなー……!!」


 急に、毛むくじゃらジャンゴの白い目玉が、ギョロギョロと動き出した。

 毛むくじゃらだから、顔の表情までは分からないけど、なんか嬉しそうなのは伝わって来る。

 あたふたと、身振り手振りで、何かを必死で伝えようとしているジャンゴ。

 けど、残念なことに、何から話して言いか分からない様子で、「あー、とだな……。えーと、えーとっ……」と、言葉に困っている。


「……あ、想い出した。今から、村の外れにある洞窟に行ってみようぜ!?」


「それ、さっき、聞いた!!」


 お話が、振り出しに戻った。

 今までのジャンゴとのお話は、なんだったんだろうって、思う。

 私のお気に入りのカーペットが、汚れただけ。


(まったく、もう……)


 すると──


「おおぅぃっ……! ひっく!! 誰か、おるのかー? って、リリルー? リリルちゃーん? まだ、起きとるのかー?」


(ドン……ドン……ズシン……!!)


 酔っぱらったパトト爺ちゃんが、目を覚まして私の部屋へと階段を登って来た!!


「や、ヤバい! ヤバい! ヤバいっ!! 早くベッドの下に隠れて!! ジャンゴ!!」


「お、おうっ!!」


 完全に酔っぱらったパトト爺ちゃんは、普段とは様子が違ってて、私のことを「リリルちゃーん?」なんて、呼んだりする。いつもは、呼ばないくせに。

 

 普段から、優しく私のことをそんな風に呼んでくれれば良いんだけど、いつも「リリル!」って、呼び捨てにされてるもんだから、逆に──なんか、変な感じがする。

 

 だけど、お酒飲んでる時のパトト爺ちゃんは、相手するのが大変だ。

 ご機嫌なんだけど、ものすごく『かまって欲しがり屋さん』になるんだ。


 そんなこんなで、毛むくじゃらジャンゴが、私のお気に入りのカーペットを汚したことは、とりあえず置いといて──私は、ジャンゴにベッドの下へ隠れるように言った。


「おおぅぃっ!! リリルちゃーん? ひっく? 誰か、おるのかー?」


 階段で登って来たパトト爺ちゃんが、私の部屋の前まで来た!!


(バタン──!!)


「ぐえっ!!」


 私が、慌ててお部屋の扉を開けると──もうパトト爺ちゃんが、お部屋の前で立ってて──お部屋の扉がパトト爺ちゃんに勢い良くぶつかった。


「い、痛ぁーい。 ……ん? ワハハ!! ワシ、なんとも無い!! 見よ! リリルちゃん!! ワシの強靱にして、たくましいこの身体ボディー!!」


 パトト爺ちゃんは、呆れるくらい頑丈だ。

 けど、お部屋の中には、ジャンゴがいるし……。


(早く、パトト爺ちゃんを寝かさなきゃ……)


 パトト爺ちゃんは、困ってる私にはお構いなしに、服を脱いでモリモリと自慢の『身体ボディー』を見せてくる。

 階段にも吊してあるオレンジ色のランタンの火の明かりが、パトト爺ちゃんの『身体ボディー』を余計にツヤツヤと照らしている。


(ハァー……。困ったな)


 心の中で、そう思ったけど、何とかしないといけない……。


「な、なになに? ど、どうしたの? パトト爺ちゃん? 何かあったの? ここは、私のお部屋だよ?」


 二階に私のお部屋はあっても、パトト爺ちゃんのお部屋はない。

「ここで、かまわん!!」とか言って、いつもなら暖炉の前で床の上にゴロ寝している。

 だけど、酔っぱらうと、たまに「リリルちゃーん?」とか言って、私に抱きつこうとする。

 いや、パトト爺ちゃんだし良いんだけど、まるで小さな子をあやすように相手しなきゃいけないし……。


(──ちょっと、面倒だなー……。アハハ……)

 ──なんて、思う。


「あ、パトト爺ちゃん、おトイレかなー? おトイレはお外だよー? 一緒に行く?」


 そうだ。パトト爺ちゃんを、お外に連れ出してオシッコさせて、もう一度──パトト爺ちゃんを寝かしつければ良い……。

 

「ワハハ!! オシッコなどと、子どもでもあるまいっ!! ワシ、一人でおトイレにも行けるもーん!」


(ハァ……。ドラゴンの血にお酒を混ぜて飲むと、こんなに酔っぱらうのかな……)


 たぶん、ドラゴンの呪いのせいだ。

 ドラゴンの魔力が強すぎて、パトト爺ちゃんは、変になっちゃったんだ。

 いくら、酔っぱらってるからって、今日は特別に酔っぱらいすぎてる気がする。


「じゃあ、何? パトトお爺ちゃん? 一人で寝れないのかな? 一緒に寝る?」


 とにかく、一階の暖炉の前に、パトト爺ちゃんを連れて降ろさなきゃ。

 けど、もう、こんなに酔っぱらってるなら、別にジャンゴが隠れていなくても大丈夫な気がした。

 

─────┿─────


「うぃ……。お邪魔しまーす! ひっく! リリルちゃーんのお部屋ー! 良い匂いー!!」


 結局……。

 パトト爺ちゃんは、そう言って──ノシノシと、私のお部屋に入って来た。


「あ、あぁ……。パ、パトト爺ちゃん? わ、私のお部屋で寝るのっ……!?」


「んあ? あぁ、一緒に寝てやってもかまわんぞ? リリルちゃんもお年頃じゃからのー。遠慮はしておったが? ワハハ!! まだリリルちゃんも、ワシが恋しいかっ!?」


「ち、違ーうっ!! そ、そーじゃなくって!!」


 もう、こうなったら、パトト爺ちゃんは、言うことを聞いてくれない。

 力もものすごく強いし、酔っぱらってるし、やりたい放題だ。

 ご機嫌なのは良いんだけど、もし、ご機嫌をそこねるとこのお家は、めちゃくちゃだ。

 私も隠れてるジャンゴも危ない。

 けど、パトト爺ちゃんは酔っぱらっても、今まで暴れたりなんてしたことがなかったから、今日だって大丈夫だとは思うんだけど──大丈夫なのかな……?


(ジャンゴが、パトト爺ちゃんに見つかりませんように──!!)


 私が、神様にお願いしていると──


 パトト爺ちゃんは、何かを見つけたように立ち止まった……。


「お!? 『世界の地図』か? よっこらせっと」


「あー!! 私のお気に入りのカーペット!!」


 今日で二回目。

 毛むくじゃらジャンゴに続いて、パトト爺ちゃんも、私のお気に入りのカーペットの上にドカッ!……と座った。

 ジャンゴが見つからなかったのは良いんだけど、うぅ……。どうして……?


「パトト爺ちゃん!! 私のお気に入りのカーペット!!」


「ワハハ!! まぁ、堅いこと言うな。それに、これは、カーペットじゃねぇ……。『世界の地図』だ」


「──って、え? 『世界の地図』? カーペットじゃなくって? 世界の……地図……?」


 私は、お気に入りのカーペットが『世界の地図』って言われてボーッとなった。


 ──私は、このプルート山脈に囲まれたウミルの村を出たことがない。

 村には、子どもだっているけど、私とジャンゴよりみんな年下で、ジャンゴだけ毛むくじゃら。

 大人の人たちも、ツルッツル。あ、パトト爺ちゃんだけ、小っちゃいんだけど……なんでかな?

 みんな、何も言わないんだけど……。


 そうだ。それにしても、ジャンゴもパトト爺ちゃんも「堅いこと言うな」……って。

 私のお気に入りなんだから、カーペットでも何でも、私のお気に入りには変わりないじゃない。

 でも、『世界の地図』って? だったら、余計に大事にしないといけないじゃない!!


 酔っぱらうと、みんな、こうなるの?

 ジャンゴも、酔っぱらってたのかな……? 

 うぅん。いつものジャンゴよりも、どう言うわけか、もっと元気で……ちょっとだけ変だったけど。

 


「ワッハッハ!! リリルちゃんには、言い忘れとったか!! これは、旅人からもらった『世界の地図』でのー!! うぃ……。ひっく! ん? 何じゃ? このシミ……」


(……あ!! シミ!!)

 

『世界の地図』の上に出来たジャンゴのシミに、パトト爺ちゃんが気づいた!!

 

「んー。ひっく! うぃ……。リリルちゃん? これは、世にも珍しい大予言者──『ホーリーホックの地図』とも言われておってなー? この地図に浮かび上がる模様には、不思議なことが起こるんじゃ……」


「な、なんで、パトト爺ちゃんは、そんなことまで知ってるの!?」


「ワハハ!! そりゃあ、この地図をワシにくれたのが、大予言者ホーリーホック本人だからじゃ!!」


「えーっ!!?」


 もっと、早く教えてほしかった。

 それに、そんな大事ものなら、カーペットになんてしないのに!!

 『世界の地図』の上に、井戸のお水とか食べものを落として、シミが出来ちゃったら、大変じゃない!!

 って言うか、大予言者ホーリーホックって、いったい何才なの? まだ、生きてるの?

 大昔のお話じゃないの?


「パトト爺ちゃん……。どうしよう? シミが出来てるよ? 洗ったりなんかしたら、もっと大変なことが起こるんじゃないの?」


「よくぞ、気づいた!! 洗わなくて良かったな? リリルちゃん!! 洗ったりしたら、世界の終わりじゃ!!」


「えーっ!!!?」


「ワッハッハ!! 洗われて世界が消えるのも世界の運命! 洗わずに世界が守られたのも世界の運命!! 世界も運命も、そんなもんじゃ!!」


 パトト爺ちゃんは、思いっきりワッハッハ!!って、笑ってから「消えぬ染料で描かれとるから世界は大丈夫じゃ」とか、「もしも世界地図が破れたら? 破れん、破れん! そんなもん!! 大丈夫じゃ!!」とか言って、ゴロン──と、床に寝転がった……。


(──って、え? ……あっ!!)


「あ……」

 

「あ……?」

 

 私のベッドの下に隠れてた毛むくじゃらジャンゴと──


 ──床にゴロンと、寝転がったパトト爺ちゃんの目が合った……。


「こんのっ!! ケダモノがーっ!! ワシの可愛いリリルちゃんのお部屋で何しとるんじゃーっ!!?」

 

「わひーっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! 何もしてないよー!!」


 パトト爺ちゃんは、私のベッドをひっくり返して、素早く窓から逃げようとした毛むくじゃらジャンゴを、一瞬でつかまえて、ジャンゴの両方の足首を片手でクイッてつかんで、そのままお料理にする魔物をさばく時みたいにジャンゴを逆さまの宙吊りにした。


「お前……。13才になったんだってな? 可愛いワシのリリルちゃんは、まだ12才!! 明日のお誕生日で13才じゃっ!! こんな夜遅くに……お前。毛むくじゃらの毛を全部そり落として、ツルッツルにしたあと、お前を皮ごと全部はいでやろうかっ!?」


「ぐひーっ!! や、やめろパトトのジ……い、いや、や、やめろー!! やめてくれっ!! 助けて!! リリル!!」


「ちょ、ちょっと!! パトト爺ちゃん!! やめてっ!!」


「ふんっ!!」


 そう言うと──パトト爺ちゃんは、私の二階のお部屋の窓の外へと、毛むくじゃらジャンゴを、ポイッと、投げた。


「ちょ、ちょと!! パトト爺ちゃん!!」

 

「ふんっ! あいつは、あんなもんじゃ死なん!! 酔いが醒めてしもーたわ……。飲み直しじゃ!! リリル!! もう、寝ろっ!!」

 

「ひ、ひえぇ……」


 そうか……。パトト爺ちゃん。酔っぱらってても、毛むくじゃらジャンゴは、例外だったんだ……。

 それから、パトト爺ちゃんは、また──ノシ、ノシ……ズシン、ズシン……──と、重たそうに暖炉のある一階のお部屋へと降りて行った。

 けど──


「村の外れの洞窟か……。私も、行ってみたかったな……。ジャンゴと一緒に」


 私は、パトト爺ちゃんが、めちゃくちゃにしたお部屋を片付けながら、そんなことを想う。


(お気に入りのカーペット……じゃなかった。『世界の地図』……も無事ね。良かった──)


 『世界の地図』には不思議な力があるから、パトト爺ちゃんが暴れた時に、シミが出来たりとか破けたりだとか、しなくて良かったって思う。


(案外、丈夫なのかもね……? 『世界の地図』って……)


 夜中だけど、そんな風に想いながらお掃除してたら、だいたい片付いて来た。


 それにしても──


 村の外れの洞窟は、『風の洞窟』とも言われていて、大昔にこのプルート山脈に大予言者ホーリーホックの言う、お話の中のお星様が落っこちてきて、大きな湖が出来たみたいなんだ。

 

 今は、湖の水も干上がっちゃってるけど、それから何年も経って、私の住むこの場所に人が集まって来て、今のウミルの村が出来たってわけらしい。

 それも、パトト爺ちゃんが言うにはだけど、長い時間をかけて湖の水が地面の下に全部流れ落ちて、たくさんの水が通る道が、地面のずーっと下に川みたいにして出来たとか? 

 そうやって出来た洞窟が、今の『風の洞窟』みたいなんだ。

 

 だから、そんな大昔のお話なのに、大予言者ホーリーホックは、何才なのか? って、思う。

 だって、『風の洞窟』が出来る前のお話でしょ? お星様が落ちたのって。

 それを、予言したって言うホーリーホックのお話なんだから……。


(うーん。頭が、おかしくなっちゃう。それに、パトト爺ちゃん、大予言者ホーリーホック本人に会ったって言ってたけど、どう言うことなんだろ?)

 

 謎々は、深まるばかり──


 そうそう。

 『風の洞窟』は、昼間は大人たちの目もあって、危ないからって、特別な日にしか行けない。

 それも、子どもから大人になるための『13才のお誕生日』しか行けない決まりになってて……。

 それよりも早く洞窟に入った子は、風にさらわれるとか、水におぼれるとか、洞窟に閉じこめられるとか、変なウワサばかり。

 でも、本当かな? 確かめたい。

 たぶん、子どもが入ると危ないからってことで、大人たちの作った作り話なんじゃないのかなって思うんだけど……。


 そう言えば、毛むくじゃらジャンゴも、行ったーとかって、言ってたっけ?

 ジャンゴは、一人だから、大人の人たちと行ったのかな?

 まあ、私だって、明日になれば行けるんだけど……。


 楽しみだけど、夜の『風の洞窟』は、ひと味違うらしい。

 これも、パトト爺ちゃんが言ってた。

 夜の『風の洞窟』は、昼間よりも危ないらしくって、行けないんだけど──

 ホーリーホックのお話の中のお星様が、『風の洞窟』の中にあるたくさんのお水に溶けてて──お水の通り道になってる洞窟の壁が、ツヤツヤと川みたいなお水の光に反射して、ものすごくキレイなんだ──って……。

 酔っぱらったパトト爺ちゃんが、言ってた。

 だから、ジャンゴは、私に一緒にそれを見に行こうって、言いに来たのかな?


 そう想うと──


 眠たくはなかったけど、だんだん眠くなって来た。

 お部屋も片付いたし。

 パトト爺ちゃんも、もう一回、お酒飲んで……酔っぱらって、もう寝ちゃったのかな? お家の中も、なんか、静かだし……。


(ふぅっ……。もう、寝ようっかな?)


 私が、パジャマに着替えてウトウトし始めた時──


(コンコン……──)


 また、窓から音がして、宙吊りになった毛むくじゃらの真っ黒な顔が、白い目玉をギョロギョロとさせていた。


「へっへー。ジジイは、もう、寝たぜ?」

 

「ジャ、ジャンゴっ!? き、着替え、み、見てたのっ!!?」


「いやいやいや!! さ、さっき来たばっかりだって!?」


「……本当かな──?」


 さっき、パトト爺ちゃんに怒られたばかりなのに、こりずにやって来たジャンゴを、ジーッと、私は、見つめ返した。


「う、嘘じゃねぇよっ!? リリルの着替えなんか、見るもんか……」


「着替え? なんか?」


「あー!! もう!! 大丈夫だから!! 俺を信じろって!!」


 そうやって、私は──


 二階のお部屋の窓からジャンゴと一緒にスルスルとパトト爺ちゃんの木のお家を滑るようにして地面に降りた。

 途中、ジャンゴが変なとこ触ったから、降りると見せかけてジャンゴの足を踏んづけておいた。

 ジャンゴと一緒に、一階の暖炉のお部屋をこっそり窓からのぞいたけど、パトト爺ちゃんは、よく眠っているようだった……。


─────┿─────


「ねぇ、ジャンゴ? なんで、あの時、私のお気に入りのカーペットに座ったの?」


「え?」


 満天の星空。

 私とジャンゴは、一緒にウミルの村をこっそりと抜け出して──夜の『風の洞窟』を目指して、並んで歩いていた。

 とは言っても、けっこう寒い。

 

 私は、パトト爺ちゃんがつかまえた2本角の草ばかり食べる体の大きな魔物『ズー』の毛皮に、お家より大きな鳥の魔物『パピロ』の羽毛を着てるから、まだマシなんだけれど。

 相変わらず、毛むくじゃらジャンゴは、毛むくじゃらのまんまで、上半分は裸だ。下半分は泥んこのシミのついたズクズクの灰色のズボンをはいている。

 

 私の住むウミルの村は、大予言者ホーリーホックのお話の中のお星様が、大昔にプルート山脈に落っこちて出来た湖の真ん中にある。

 とは言っても、今じゃもう、湖の水は干上がっちゃったのか、パトト爺ちゃんの言うように全部もう地面の下に流れちゃったのか、分からないけど。

 とにかく、小さなこのウミルの村は、イシュタール大平原って呼ばれる原っぱの真ん中にある。

 それでも、村と言っても、そんなに人がたくさんいるわけじゃない。

 せいぜい数十人? いや、百人……? そんなに、いたっけ?


「えーと? えぇーとっ……?」


「なぁ?」


「え?」


「『え?』じゃねぇよっ!? さっきの質問!!」

 

「あ、ごめん、ごめん!! 忘れてた……。えと……、あ、そうそう! なんで、あの時、私のお気に入りのカーペットに座ったの?」


 私から、ジャンゴに質問しておいて、しばらく歩いて別のこと考えてたら、すっかり忘れちゃってたみたい。

 っていうか、ジャンゴが、すぐに返事してくれないのが悪いんじゃない?──って想うんだけど……。


「あ、あぁ……? 良いぜ? んーとだな。えーとっ……」


「なによ? 答えられないんじゃない?」


「ち、違うよ! 声っ! そう……。声がしたんだよ……!!」


「声? なにそれ……?」


「んーとだな……」


 ジャンゴは、そう言うと──腕組みして、またしばらく、黙り込んでしまった。


「なぁ? 信じる?」


「え? なにを?」


「見えない存在──」


 ジャンゴが、そう言うと、私は、なんだかゾッ……とした。


「えー!! やだやだやだ!! 魔物とかよりも、そーゆーのの方が怖いんだって!!」


「へっへっへー……。って、悪い。いや、そーゆー悪い変なもんじゃなくってさー。なんか、こう……。リリルのカーペットに座ってみ? 大丈夫だから……みたいな感じで言われたって言うか、ささやかれたっていうか、安心したっていうか……」


「な、なにそれ!? 誰にっ!? 気持ち悪ーい!!」


「いや、だから、そーゆーのじゃないと想うんだけど、今日はリリルのカーペットに座っても大丈夫だーって、むしろ安心させられたって言うか、なんて言うか……」


「だ、誰によ? 誰かに、あやつられたりしちゃったわけ?」


「いや、そーゆーのとも違うような……」


 ジャンゴは、毛むくじゃらの頭をワシャワシャして、珍しく考えこんでしまった。いつもは、考えこむなんてこと、絶対にしないのに。


「んー。ほらっ? パトトのジジイも言ってたじゃん? 『世界の地図』だったっけ? シミが出来ると不思議なことが起こるーって? なんか関係があるんじゃねぇの?」


 ジャンゴが、珍しくまともなことを言った。


 ──ジャンゴと二人、並んで──夜の星空がキレイなイシュタールの大平原を歩いていく。『風の洞窟』へと向かって。

 

 けど、魔物は出ない。

 私も魔物は知ってるけど、パトト爺ちゃんがつかまえて来たのや、パトト爺ちゃんから聞いたお話でしか知らない。

 だから、本当なら、こんな夜中にイシュタール大平原をジャンゴと歩いているわけだし、普通なら急に暗闇の向こうから魔物が襲って来たりとかしそうなもんだけど──


 ──私は、生きてる魔物を見たことが無い。


 生きてる魔物のなれの果て──『動物』って言われてる生きものになら、毎日のように会ってる。

 小さな野ウサギ、キツネ、タヌキ、イノシシ、お猿さんに、鹿に、フクロウに……。

 その子たちが、もとが、なんの魔物だったのかは、知らない。

 

 けど、パトト爺ちゃんが言うには、『風の洞窟』のずーっと奥には、大予言者ホーリーホックの言うお話の中の『お星様』が、眠ってて……村の人たちに守られているらしい。

 で、お返しに、その『風の洞窟』に眠ってる『お星様』が、このイシュタール大平原や私やジャンゴ……パトト爺ちゃんの住むウミルの村を守ってくれているらしい。

 なので、この辺は、魔物が出ない。

 

 それと──『風の洞窟』の『お星様』には不思議な言い伝えがあって……。


 ──知恵ある者には力を。勇気ある者にはさらなる力を。悪しき者は滅びる──


 とかなんとか、パトト爺ちゃんが酔っぱらった時に言ってた気がするんだけど……。

 どう言うことだろ……──


「なぁ!? おいっ!! ……って、リリル? 聞いてんのか?」


「え? え? なになになに!? ごめーん! ジャンゴ。 聞いてなかった……。アハハ」


「ちぇ、まったくもう……。だから、──リリルは、大予言者ホーリーホックに会ってるんじゃねぇのか? って話」


「え!? そ、そうなのっ!?」


 ──ビックリした。


 ジャンゴから、思ってもみなかったことを言われて、ビックリする。ジャンゴなのに。毛むくじゃらなのに。


「んー。だからよー。パトトのジジイが、武器の代金の代わりに『世界の地図』を旅人から受け取ったんだろ? その旅人が、大予言者ホーリーホック……って言うんなら」


「──私は、大予言者ホーリーホックに会った……?」


 んー……。覚えてない。覚えてないよー!

 そんな凄いことなのに、全然っ、覚えてない。

 いつのことだったんだろ?

 気がつけば、私のお部屋にカーペット……じゃない『世界の地図』があった気がするんだけど……。確かに、パトト爺ちゃんから、もらったような──んー。思い出せない。


 歩きながら考えてみても、夜空のお星様は、相変わらずキラキラとキレイで。

 少し寒いけど、ジャンゴは相変わらず毛むくじゃらのまんまで──隣を見ると、ジャンゴが鼻をホジホジしながら頭をワシャワシャしている。


「お? そろそろ、『風の洞窟』に着きそうだぜ? 見えてきた」


「えー? 暗くてよく見えないよー? どこぉ?」


 ジャンゴは、目が良い。

 ジャンゴが、毛むくじゃらなのと、何か関係あるのかも知れない。

 けど、そう言うことに関しては、本当ジャンゴは、目も良いし鼻も利くし、とにかく見つけるのが早い。


 イシュタールの大平原が広いって言っても、ウミルの村を出て南へ30分も歩けば、プルート山脈の岩壁に彫られた『風の洞窟』へとたどり着く。

 ジャンゴとくだらない話とか、さっきまでの『ホーリーホック』や『お星様』のお話をして歩いてたら、アッと言う間だ。

 けど、やっぱり、魔物は出なくって。

 途中、ジャンゴが「ウサギー!」「キツネー!」「タヌキー!」とか言って、見つけるたんびに指さして喜んでたけど、私には見えなかった。


「ほら、あそこの暗い影っ!! あそこが、『風の洞窟』だぜ? んじゃ、先に行ってるぜっ!!」


「ちょ、ちょっとー!! ま、待ってよー!!?」


 ジャンゴが、バカみたいにそう言うと、私を夜のイシュタールの大平原において、ケモノみたいにさっさと走って行ってしまった。


 私も、急いで走ってジャンゴを追いかけたけど、暗くてよく見えない。


「ハァ……ハァ……。あそこかな……。もう! ジャンゴのバカっ!!」


 なんとか、私が、『風の洞窟』の前まで、息を切らせて走ってたどり着くと──


 ジャンゴは、真っ黒な毛むくじゃらな顔で、夜空のお星様と一緒にニタリと笑っていた。


─────┿─────


「ハァ……。ハァ……。(ゴクン……。)もう──、ジャンゴのバカっ!!」


「へっへー。オイラに勝てるようにならなきゃな? そんなじゃ、魔物から逃げられないぜ?」


 夜の星空が輝くイシュタールの大平原。

 先に『風の洞窟』まで走って行ってしまった毛むくじゃらジャンゴを追いかけて、私は何回も転びそうになった。

 毛むくじゃらジャンゴは、裸足だから足も速い。毛むくじゃらだし。

 私は、パトト爺ちゃんが作ってくれた人喰い植物の魔物『ジャンボウツボカズラ』の皮で編んだ靴をはいてる。

 滑りにくいけど、さっき走ったら、靴ずれしそうなくらい、かかとの後ろが痛くなった。


「何回も転びそうになっちゃったじゃない!! ジャンゴのせいよっ!! 怪我したら、どうしてくれるのよ!?」


「ハハッ!! そんなじゃ、いつまでたってもウミルの村を出られないぜ? リリルは、大人になってもウミルの村にいるつもりなの?」


 明日は、子どもから大人になるための私の13才のお誕生日。

 13才になって大人になったら、いろんなことが許されるようになる。

 例えば、パトト爺ちゃんと、一緒に魔物狩りに行ったりとか……。


(生きてる魔物って、どんなだろう? パトト爺ちゃんと、早く遠くの山まで行って、魔物狩りのお手伝いをしたいな──)

 

 私は──


 ──いつか、ウミルの村を出るのかな? ……誰と? 一人で?


(考えたこともなかったな……──)


 ジャンゴに思いがけないことを聞かれて、私は、何て言って良いか分からなくなった。

 パトト爺ちゃんの武器作りのお手伝いをするんだーって、そんな風に思ってたことはあったけれど……。


 ──でも、ジャンゴは、どうするのかな?


「ねぇ? ジャンゴはどうするの?」


「え? 何? 俺?」


「そう。ジャンゴは、13才になったでしょ? これから──どうするのかなっ……て」


「えっ? えーっ!? 俺? んー……。そうだな……」


 私とジャンゴは、真夜中の『風の洞窟』の前に立ってる。

 『風の洞窟』の中は、真っ暗で何も見えない。

 洞窟の中から吹く風が、「コオォォォォ……」って音を立ててる。

 真夜中のイシュタールの大平原の空気が冷たくて、夜空に浮かぶお星様は、相変わらずキラキラとキレイだ。


「んー……。そうだな。リリルと一緒に冒険の旅をするってのは、どうだ?」


「え? 私と一緒に? 冒険?」


 考えてもみなかった。

 ジャンゴと冒険?


「嫌よ! 魔物があらわれたら、私をおいて、ジャンゴだけサッサと逃げちゃうんでしょっ!?」


「え? い、いや、そ、そん時はだなー……。お、俺がリリルのこと……必ず守るよ──」


「え──?」


 な、なに、ジャンゴのくせに、変なこと言ってんだろ……?

 守るって言っても、どうやって?

 パトト爺ちゃんなら、強いから絶対に私のこと守ってくれるだろうけど──


「じゃあさ、約束してよ? 私がピンチの時は、ジャンゴが私のことをぜーったいに守るって!! さっきみたいに私のこと置いて走って行っちゃうのは無し!! 分かった?」


「お、おう……。わ、分かったよ。約束するよ……。リリルのこと……絶対に守るよ──」


 な、なんか、ジャンゴのくせにジャンゴの様子が、変だ……。なんか、モジモジしてるし……。

 わ、私まで変な気持ちに──なっちゃうじゃない……。


「そ、そうだ!! は、早く『風の洞窟』の中へ入ってみようぜっ!?」


「う、うん。け、けど、中──真っ暗だよ? 大丈夫なの? 何も見えないし……」


 『風の洞窟』の入り口は真っ暗で、さっきもだけど、洞窟の中から「コオォォォォ……」って、音を立てて風が吹いてる。

 夜空を見上げれば、お星様が輝いてるだけで、あたりはほとんど真っ暗。だから、『風の洞窟』の中なんて、もっと真っ暗。

 村の人たちが入れるように、洞窟の中は、ある程度歩きやすいようになってるってパトト爺ちゃんが言ってたけど……。


「大丈夫なのかな……?」


「大丈夫だって!! 俺も何度か入ったことあるからっ!! 大丈夫だぜ?」


「ほ、ほんとに?」


「あぁ。暗くて怖いのは、最初の入り口だけ。勇気を出して中に入っちゃえば、どうってことないさっ!! 人生ってヤツと、同じだよ?」


 な、なに言ってんだろ……? ジャンゴのくせに。

 人生と同じだーなんて。

 なんか、ジャンゴが少しだけ大人にみえた。

 13才になったから?

 私だって──


「ふん!! わ、私だって、へ、へっちゃらよっ!! な、なんてこと……ないんだからっ!!」


 私は、12才だけど明日で13才になる。

 もう、子どもじゃないんだ。明日からは──


「へー……。じゃあさ! 行こうぜっ!! 『風の洞窟』の中へ!!」


「う、うん。い、行って……みるわよ」


 私が、ジャンゴにそう言うと、ジャンゴがポーン……と、先に『風の洞窟』の中に飛び込んで入って行ってしまった。


「だからぁっ!! 私のこと置いて行かないでって、さっき約束したばかりじゃないっ!!」


(──じゃない……じゃない……じゃない……──)


 『風の洞窟』の中に、大声で叫んだ私の声が、たくさん木霊こだました。


「あ、悪い悪い!! そ、そうだったよな!! さっき約束したばっかだったな!! 悪い! ゴメン!!」

 

(パシッ──!!)


 そう言うと、戻って来たジャンゴは、私の手をつかんで──どんどんと、『風の洞窟』の中へと入って行った。


「ちょ、ちょっと!! ジャンゴっ!!」


「なに? 怖いの?」


「い、いや、そうじゃなくって……」


 手……。

 握られたの初めてだ。

 いや、初めてじゃない……。

 いつだっただろ?

 私が小さい時にも、ジャンゴにこうやって、手を握られたような──


「あ、ほらほら!! だんだん明るくなって来たぜっ!?」


 『風の洞窟』の入り口あたりは真っ暗だったけれど──


 奥に進むと、洞窟の中に川みたいなのが流れてて──


 パトト爺ちゃんが言ってたように、洞窟の中の岩肌を、青紫色に幻想的に照らしていた。


「うわぁ……。キレイ……──」


 私が立ち止まって──手をつないでたジャンゴも立ち止まった。

 それは、まるで、夜空のお星様。

 いや、それよりも、もっと明るくてキラキラとしてて、輝いていて──


「な? 来て良かっただろ?」


「う、うん……──」


 私は、美しいキレイな幻想的な洞窟の中の様子に目を奪われてしまった。

 村の人たちが作ってくれた洞窟の中の道は、平らで安全だった。

 でなきゃ、私は、転んで怪我しちゃう。

 あ。でも、もしも、冒険に出るって言うのなら……、冒険じゃなくてもパトト爺ちゃんの魔物狩りのお手伝いをするって言うのなら──


「ハァ……」


「どうしたの? リリル?」


「いや。私って、冒険とかに向いてないのかなー……って思って」


「そうなの?」


「うん……」


 覚悟って、言うのかな?

 冒険とか魔物狩りのお手伝いとか……。

 13才になれば、明日になれば──

 ──なんでも、出来るって思ってた。


 けど、ジャンゴは、毛むくじゃらだし、足も速いし、パトト爺ちゃんにポイッて、投げられても平気だし。

 私は──


「私って、ジャンゴみたいに木登りも上手に出来ないし、逃げ足も速くないし。なんの取り柄もないし……」

 

「そうなのかな……?」


「うん。そうだよ……」

 

「じゃあさ。今から作れば良い。リリルの取り柄ってヤツをさ?」


「え?」


 ジャンゴの私の手を握る片方の手が、ギュッってなった。


 立ち止まってた私は、ジャンゴに手をつながれたまま歩き出した。

 ジャンゴも私と手をつないだまま歩き出す。


(タトン……タトン……──)


 私とジャンゴの二人の足音が、洞窟の中の木の橋を渡るたびに鳴る。

 まるで、私の心臓の音みたいに。

 橋には柵が無いし……危ないし。

 私はジャンゴに……手を握られてるし。


 ジャンゴに手を引かれて──


(ジャンゴは、なんて想ってるのかな──?)


 なんか……。

 洞窟の中を流れる川の音だけが聞こえる。

 静かだ──


「なぁ?」


「え──!?」


 静かだったのに、私はジャンゴに急に話しかけられて──ドキッ! とした……。


「な、なに?」


「いや、リリルこそ、なに驚いてんだよ……?」


「え? 私? べ、別に、驚いてなんか……ないよ……」


「それよりさ、ほらっ! あそこ!!」


「え?」


 ジャンゴの「それよりさ──」が、ちょっと、引っ掛かった。

 それよりって、どう言うことよ?


 だけど、ジャンゴが指さしたその先には、吊り橋があって。

 さらに、その奥には──青白く光る断崖絶壁があって、ずーっと下の方から何か強い光みたいなのが、このあたりの洞窟の岩肌を、幻想的に照らし出しているみたいだった。


「あー。ここまでだな。あそこから先は、危ない。鎖場くさりばになってて、鎖をロープ代わりにして下までたどり着くと、いよいよ、大予言者ホーリーホックの言ってた『お星様』が、まつってあるってわけさ」


 ジャンゴが、私の手を離さずに、そう言った。

 なんか、熱くなって来て、手だけ汗ばんでる。

 この洞窟の中は、外の気温よりも暖かいから……。


「さ、帰るか? パトトのジジイが寝てる間に──」


「イヤ……」


「え……? リリル?」


 私は、何を言ってるんだろうって想う。


─────┿─────


「──え? リリル? 帰んないの?」


「え? いやいやいや!! う、うそウソ嘘っ!! か、帰るよ? い、一瞬の気の迷いってヤツ?」

 

 な、なんだか、私……──変だ。

 私とジャンゴの目の前に広がるこの『風の洞窟』の中の青紫色の光のせいかな……?


「な、なんかさ? 洞窟の光のせい? ボーッとするんだけど、ジャンゴは何ともないの?」


「俺? んー。そうだな……。なんか、俺が、リリルを洞窟に連れて来たわけだし、しっかりリリルを守らなきゃなーっとは思うけど? ボーッとはしないかな?」


「へ、へー。そ、そうなんだ……」


 ジャンゴのくせに、何しれっと、『守る』なんて言っちゃってんだろう。

 な、なんか、いつものジャンゴじゃないみたいだし……、なんか調子が狂う。


「あ、そうだ。洞窟の光は、初めて来た者を惑わす──なんて、聞いたこともあるぜ? 俺は、何度も洞窟に遊びに来てるし、『13才の洗礼』も受けてるし」


 そう。そうだった。パトト爺ちゃんもそう言ってた。

 だから、洞窟に入るのは、子どもだけじゃ危ないんだ──って。


 『13才の洗礼』──


 ──大人になるために、ウミルの村の子どもたちは、13才のお誕生日を迎えると、大人たちに連れられて、この『風の洞窟』にまつられている『お星様』に会いに行く。

 だけど、『13才の洗礼』を受けていない子どもたちには、洞窟の中の青紫色の光は、強すぎる。

 今の私みたいに、たぶんボーッとしちゃって、怪我したり落っこちたりして、洞窟の中を流れる川に流されちゃうのかもしれない。

 だからこそ、ずーっと昔に『13才の洗礼』を受けた大人たちが、一緒について来てくれて守ってくれるんだって思う。

 きっと、それが、代々受け継がれて来たウミルの村の習慣ならわしで……。

 でも、違うところから来た洗礼を受けていない大人たちは、どうなるんだろ?

 やっぱり、他のウミルの村の人たちに連れられて、『お星様』に会いに行くのかな?

 

「ねぇ? ジャンゴ? ジャンゴは、『お星様』の『洗礼』を受けた時……どんなだったの?」


 私は、『お星様』へと続く吊り橋の先にある鎖場くさりばを見つめながら、ジャンゴにそう言った。

 『お星様』からの青白い光が、とってもまぶしい。

 

 吊り橋を渡って鎖場くさりばの鎖をロープ代わりにして断崖絶壁の岩肌を降りると──『お星様』のところへたどり着ける。


「え? んー……。そうだな。まあ、座れよ? リリル。 ちょっと話が長くなりそうだし?」

 

 ジャンゴは、握っていた私の手を離して、「よっこらせっと!」って言いながら、洞窟の青紫色に光る岩肌にペタン! とアグラをかいて座った。

 ジャンゴが、隣にいる私の座りそうな岩肌をパンパン! と、手ではたいて「キレイになったぜ?」って言ってから、ニヤリと笑った。


「え? う、うん……」


 私は、ジャンゴの隣に足の膝を曲げて、小さく丸くうずくまった。

 幻想的な洞窟の青紫色の光が、座っている私とジャンゴを照らす。

 洞窟の中は、外にいるよりも暖かかった。

 

「え、えーっとだな。俺って、毛むくじゃらなジャンゴなわけじゃん? だ、だから、初めてウミルの村に来た時から、なんだろう……って、小せぇ時からこの洞窟にはちょくちょく遊びに来てたんだ。まあ、パトトのジジイに放り投げられても何ともない俺だし? 小せぇ時から、毛むくじゃらだったから、フラフラ一人で迷いこんで洞窟の川や谷に落っこちても、何ともなかったってわけさ。あ、パトトのジジイには口止めされてたよ? リリルには危ないから絶対言うなーって」

 

 いや、ジャンゴ、言ってたし。

 私は、ジャンゴに小さい時から、『風の洞窟』のお話を聞かされて、すんごく気になっていた。

 けれど、私は、小さかったわけだし。パトト爺ちゃんには危ないから行くなって言われてたし。

 でも、もう、今なら、明日で13才のお誕生日を迎えるわけだし……。

 大丈夫かなって、思ってたんだけど……。


「で? ジャンゴは、13才になる前には、もう『お星様』の洗礼は受けてたってわけ?」


「そ、そーなんだよなー? たぶん、あれが、そーなんだと思うんだけど……」


「どういうことよ?」


「え? んー……。んーとだな。ほら、言い伝えにもあるじゃん? ──智慧ちえある者には力を。勇気ある者にはさらなる力を。悪しき者は滅びる──みたいな?」


「ふんふん。それで?」


「でさー。よくある感じで、リリルの言う『お星様』? が、しゃべるわけよ。『勇気ある幼き者よ、よく来た』なんてさー」


「え? お、『お星様』!? しゃ、しゃべれるのっ!?」


「あ、しゃべるっつーか、『世界の地図』の時にも感じたんだけどさ? なんか、そう言ってるみたいに感じたー? みたいな?」


 なんか、不思議なお話だった。

 大予言者ホーリーホックのお話と同じくらい。

 毛むくじゃらのジャンゴなのに、私よりも先に……ずっと小さい時には、もう『お星様』に会ってたんだ……。


「で、それから、どうなったの?」


「え? 別に? なんも無いよ?」


「えーっ……──!?」


 絶っ対に、何かあるって、期待してたんだけどな……。

 何も無いって……。


「私、帰ろっかな……」


「あ、あぁ……。その方が、良いと思うぜ? 危ないしな? 命綱もなけりゃ、鎖を持つ手が滑っちまったら、それで最期だからな。まぁ、俺ならリリル背負って飛び降りるっつーのもアリだと思うけど、あの高さじゃ流石に足が痛ぇよな……。それに、帰る時も大変だ。今度は登んなきゃなんないわけだしな? だから、普通は、大人たち数人がかりで一緒に行くんだよ?」


「ふーん。やっぱ、そうなんだ……。でも、なんで、そうまでして13才になったら、みんな行くの? それに、ジャンゴは、私背負って飛び降りても大丈夫なんだ?」

 

「ん? ま、まぁな? あぁ、でも、リリルは知らなかったっけ? パトトのジジイからは、なんも聞いてない? 『風の洞窟』の『お星様』は、会いに来たヤツの『隠された力』を引き出してくれるとかって言うぜ? あと、13才って言うのは、たいていのヤツが『けがれ』を知らないから、悪しき者として『お星様』に命を奪われずに済むとか? けど、13才にならないと『隠された力』自体も生まれてないから、『お星様』に会いに行っても仕方がないとかって聞いたぜ?」


「じゃあ、なんで、ジャンゴは小さい時でも『お星様』の『洗礼』を受けれたの?」


「さあな? 俺が、毛むくじゃらで、ジャンゴだからじゃね? それに、あれが『洗礼』だったのかどうかなんて、分かんないし? 『隠された力』かー。『お星様』……俺からちゃんと、引き出してくれたのかなー?」


 ジャンゴは、そう言うと──パンパン! って、お尻をはたいてから、スッと立ち上がった。


「さ、帰るか?」


 ジャンゴが毛むくじゃらの顔の隙間からチラッと私を見て、座っている私の目の前に──ジャンゴは、毛むくじゃらの自分の手を出して来た。


「う、うん……」


 私は、ジャンゴの毛むくじゃらの手につかまって、立ち上がった。


「ジャンゴ? 私……。やっぱり、『お星様』に──会いに行こうかな……?」


「え──? リリル? 行くの? 本当に?」


 私って──こんなに、ワガママだったのかな……?

 

─────┿─────


(ギィ……。ギィ……──)


 吊り橋の上を、私とジャンゴが歩くたび、吊り橋のロープと木の板がきしむ音がする──


 『お星様』に会いに行くって、私はさっき決心したばかりなんだけど……。


(こ、怖い……──)


 『お星様』が遥か下にあるあの青白い光の鎖場くさりばへと……続くこの吊り橋を、私は毛むくじゃらのジャンゴに手をつながれて、歩いている。

 

(ギィ……。ギィ……──)

 

 ギィギィ……と、吊り橋のロープが私とジャンゴが歩くたびにきしむ。

 私は、ちょっとだけ、私の足もとの遥か下を流れる洞窟の川を、吊り橋の上から見下ろしてみた。


(ゴオオォォ……──)


 私の足もとの遥か下を流れる洞窟の川の水が、青紫色に光ってるんだけど、けっこうな勢いで、音を立てながら流れていく……。


「こ、怖いよ……。ジャンゴ……」


「下を見るなっ! こんくらいで、ビビってどーする? 『お星様』は、もっと遥か下だぜ? 引き返すか? リリル?」


「い、いや。行く……」


「なら、前を見てろよ? 心配いらねーって。俺が、リリルの手を引いててやるからさ?」


 自信満々に私に向かって言う──毛むくじゃらなジャンゴ。

 ジャンゴは、顔中毛むくじゃらだけど、大きな真っ白なギョロっとした目玉と、ジャンゴの大きな口の白いとがった歯が、『お星様』の青白い光に反射してて──何だか私には頼もしく想えた。

 

 ──ジャンゴが、ニヤって、私に向かって笑っている。

 ジャンゴは、顔中毛むくじゃらだけど、ジャンゴが笑ったのくらいは、私にも分かる。


(ギィ……。ギィ……──)


 吊り橋のロープと木の板が、私とジャンゴが歩くたびにきしむ。


「なぁ……? リリル? 別に明日でもよくね? って、俺は想うんだけど、なんで『お星様』のところへ、今行くの?」


(ゴオオォォ……──)


 私の足もとの遥か下を流れる洞窟の川の水の音が、凄い。

 私のドキドキしている心臓の音をき消すくらい。


「んー……? なんでだろ? 確かに、ジャンゴが言うように別に明日でも良いよね……? って、私もそう想うんだけど……。明日が私のお誕生日なわけだしさ? けど……──」


「──けど……?」


「んー……。そう言うのって、分からなくない? なんで、ここにジャンゴと私が今二人でいるのとか……? そう言うのって、理由なんて、あるのかな?」


「んー……。言われてみると、そうか……。確かに。なんか、不思議だよな? なんで、俺がリリルと今二人で、ここにいるのか……。んー……。そう言う意味じゃ、不思議だな?」


「ね? 分かんないでしょ?」


(ギィ……。ギィ……──)


(ゴオオォォ……──)


 吊り橋のきしむ音と、私の足もとの遥か下を流れる洞窟の川の音。


(理由なんて、ないんだ──)


 本当に、そうだろうか?

 大予言者ホーリーホックの『お星様』のお話にも、理由なんて、ないんだろうか……。


 私は、毛むくじゃらなジャンゴに手を引かれて──青白く光る鎖場くさりばへと続く吊り橋を渡る。

 

 『世界の地図』だって──私のお気に入りのカーペットだったのに、毛むくじゃらなジャンゴが、ズックズクに濡れた泥んこの灰色のズボンで座って、変なシミができちゃったし……。

 酔っぱらったパトト爺ちゃんが、実は大予言者ホーリーホックからもらった大事なものだったーって、急に言うし……。


 『世界』は、変わる。

 『運命』は、変わる。


 なぜか、私の心の中で、そんな言葉が響いた。


(誰──?)


 私の心の中に勝手に響いた言葉なのに──なぜか、そんな風に思った。誰……? なんて──


(ビュオオオオォォォ……──!!)


「う、うわっ!?」


「あっ!!」


 吊り橋の下の谷底から吹く洞窟の風で、ジャンゴも私も吊り橋の上で、バランスを崩した。


「リリルっ!! 大丈夫かっ!?」


「う、うん……。平気……」


 ジャンゴと私は、洞窟の風に吊り橋の上から吹き飛ばされそうになったけど、ジャンゴも、しっかり私の手をつないでくれてたし、なんとか、吊り橋の下の谷に落ちずにすんだ。


「あ、あぶねー。落ちちまうとこだったぜ……」


 ジャンゴが、ペタンと吊り橋の上でへたり込んでいる私の手を、ぎゅ……と引いてくれた。


「あ、ありがと……」


 ジャンゴにお礼を言って、私は立ち上がったんだけど──


「──え?」


「リリル?」


 なんだか、ボンヤリする。

 吊り橋の板が、二重に浮いて見える……。

 フラフラする……。


「お、おい!? リリル!? だ、大丈夫かっ!? なんか、リリルの目が眠そうって言うか、しんどそうって言うか……」


「う、うん。大丈夫……」


「や、ヤベぇんじゃねぇか? たぶん、洞窟の光のせいだぜ?」


「う……ん……──」


 そう──

 確か、私は……ジャンゴに、そう返事した気がするんだけど──目が開かな……い。


「リリルーっ!!」


 頭がフラフラして──


(ガタン──!!)


 吊り橋のロープに、もたれ掛かろうとしたら、私の足が木の板の無いところから飛び出して──


 ──気がつくと、私は、吊り橋から足を踏み外して──洞窟を流れる川の谷底へと落ちそうになっていた。


(パシ──!!)


 ジャンゴが、毛むくじゃらな手を伸ばして、私の手をつかんでいた。

 私の身体が、吊り橋から宙吊りになっている。


「リリル!! しっかりしろっ!!」


 ジャンゴの声が、遠くの方で聞こえた気がした──


(頭がボーッとする……。私、吊り橋から落ちそうになってるのに。なんか……、怖くない。おかしくなっちゃったのかな……私──)


 ジャンゴが毛むくじゃらの手で私の手を、たぶん痛いくらいに力いっぱい握りしめてて──

 ジャンゴも吊り橋のロープにつかまって、私を身体ごと吊り橋へと引き上げようとしていた。


「落ちてんじゃねーよ!! リリル!! ま、待って……ろ。い……ま、助けて、や……るから……なっ!!」


(グググ……──)


 私の身体が、吊り橋の上へ、ジャンゴに引き上げられていく。


「ハァ……。ハァ……。お、重くなった……な、リリルっ!!」


(ガタン──!! グラン……グラン……──)


 なんとか、吊り橋の上へと私の身体を引き上げたジャンゴが、息を切らしている。


「ハァ……。ハァ……。う、動けるか? リリル……? お、俺も、なんだかヤベぇ……。なんか、上手く……力が……、入ら……ねぇ……」


 なんだか──


 ジャンゴが、そう言ってるんだけど……。

 私には、まるで他人事ひとごとみたいで……。


 ジャンゴだって、『お星様』の『洗礼』を受けてるはずなのに……。

 私と同じように、ボーッと、するの……かな。


「リリルっ!? リリルーっ!!」


 あ、そうか……。ジャンゴは、『洗礼』受けてるから耐性はあっても、長い時間は、いられないのか……な。


(ビュオオオオ……──!!)


(ガタン──!!)


「う、うわっ!?」


 ジャンゴの叫び声が、私の耳もとで聞こえて──


 もう一度、吹いてきた洞窟のものすごい風が、あり得ないくらい──私とジャンゴの身体を持ち上げた。


「うわぁぁぁぁっ!!」


 ジャンゴの叫び声が、洞窟の中に木霊こだまして、私とジャンゴは、まるで飛んでるみたいに──洞窟の谷底に落下した。


(ゴオオオオオオォォォ……──)


 ものすごい風の音なのか……、私とジャンゴが風の中を落ちていく音なのか──


 キラキラと光る青紫色の洞窟の谷底だけが、ボンヤリとキレイで──私の耳の奥の方までハッキリと、聞こえていた。


(バッシャァァン──!!)


─────┿─────


「プハッ!! ハァ、ハァ……。お、おいっ!! リリル!! 大丈夫かっ!?」


 なんだか……。遠くの方で、声が聞こえる。

 

(ジャンゴ……?)


 そうか……。私は、吊り橋から落ちて、洞窟の川に流されて──


「ううっ……」


 気がつくと──


 私は、洞窟の中を流れる川原かわらの岸辺に、ジャンゴと二人で倒れていた。

 洞窟の中のせいか、普通の川の岸辺とは違ってて──なんだか、ツルツルと青白く光る岩肌の上にのっかってるみたいで……。

 私の耳もとで、「ハァ……ハァ……」と、息を切らすジャンゴの呼吸する音が聞こえていた。


「ハハ……。着いたぜ? ここが、リリルの行きたがってた『お星様』のある場所だぜ?」


 ジャンゴが水に濡れた毛むくじゃらの顔の毛をかき上げて、ゴロンと、青白く光る洞窟の天井を見るようにして──寝転がって仰向けになった。


 なんだか、この辺は、『お星様』?の光が強くって──ぜんぶが、青白く光ってる。

 私は、まだ、頭がボーッとするんだけど、生きてるみたいだし……吊り橋から落ちる前よりかは、身体に力が入るみたいだった。

 

(なんでだろ……? 洞窟の光になれて来たのかな──?)


 私には、怪我は無いみたいだった。

 あんなに高い吊り橋から落ちて、洞窟の川に流されたのに──


(まぶしい……──)


 川に流されて、ベショ濡れだったのに──私が着ていた牛みたいな魔物『ズー』の毛皮も、私のお家より大きな鳥の魔物『パピロ』の羽毛も、いつの間にか、乾き始めていた。

 人を食べる植物の魔物『ジャンボウツボカズラ』で出来たパトト爺ちゃん特製の私の靴も、川に流されずに──まだ私の足に、しっかりとくっついているみたいだった。


「おいっ!! リリル!! しっかりしろ!! 立てるのか!?」

 

 毛むくじゃらのジャンゴの声がする……。

 立て……る、かな。


「ん……、くっ!! うっ……!! ハァ……ハァ……」

 

 なんだか、全身が重い。

 さっき、怪我は無いみたいって、想ったけど……。

 どうやら、片方の足の膝を川に流されている間に、どこかでぶつけたみたい。


「ジャンゴ……、私、なんか……足が」


 どうにか、こうにか、立てたけど……。足が、膝が、痛い……。


「り、リリル……。右足、腫れてるじゃねぇか……」


「うん……。痛い。血は出てないんだけど……」



(ギィーーーン……──)



 なんだか、頭の中を振動するような音が、聴こえる。


「ジャンゴ……。なんか、音……──」


「だよな……。ほら、見てみろよ。目の前。リリルの会いたがってた『お星様』だぜ……?」


 私は、ここで、ようやく初めて顔を上げた。

 目の前には──


 ──洞窟の天井を遥かに超えて、見たこともないくらい大きな岩……じゃない宝石よりもまぶしい『お星様』が、青白い光を強く放っていた。


「うっ……。まぶし……」


 私は、『お星様』をまともに見れずに、手で顔をおおった。


(……──遙かなる星の申し子よ。巫女みこよ。時は満ちた。光の世界を取り戻すのだ──……)


「え?」


 私は、耳を疑った。


「え? ジャンゴ? え……? お星……様──?」


 私は、隣に立っているジャンゴを見たけれど、ジャンゴは不思議そうに、私の顔を見つめるだけで──

 さっきまで、ギーンって、頭の中で鳴り響いてた振動音が止まって──まぶしかったはずの『お星様』の光が、優しくなったような気がした。


(ブブブブブ……──)


「え?」


 急に『お星様』の光が、弱まって来て──洞窟の天井まで届く大きな『お星様』の真ん中に、黒いヒビみたいなのが入って──その隙間から、見たことも無いような真っ黒い『人』みたいな姿をした誰かが、『お星様』の中から出て来た。

 

「……ふむ。ここが、風の精霊の意識を司る『ヴェネトバルナ』。『星の魔法陣』の書き換えには成功したようだが、意識が弱まっている。失敗したか……」


(怖い……──)


 ガタガタ身体が、震えている……。

 『お星様』のまぶしい光のせいか、ハッキリとは見えないけれど……。私が、今まで会ったことのある誰とも違う姿をしている。

 とがった指先、黒く光る身体、不気味な金色のような目をしている……。


 私は、身動きが取れなかった。


「リリル!!」


 ジャンゴの叫ぶような大きな声で、「ハッ」とした。

 金縛りが解けて私は──私の手をつかむジャンゴと一緒に、一目散に駆け出していた。


「逃げろっ!! リリル!! 川に飛び込むぞっ!!」


「うん!!」


 ジャンゴが、私に、そう言ったけど──上手く走れない。


「──……どこへ行くと言うのです?」


 ジャンゴと私が、川に飛び込もうとしたら──急に、さっきの黒い『人』みたいなのが、私とジャンゴの目の前に現れた。


「おや……? 動けるのですか? 私を目の前にしても? 珍しい……。いや、風の精霊の加護を受けているのか──? それとも……。ふむ。お嬢さんの方からは、プンプンと魔物臭がしますね……。隣の坊やは、獣人? ですか。こちらも、少々──クンクン──……フフ。臭いますねぇ」


 真っ黒い『人』みたいな姿をした誰かが、ツヤツヤと黒光りする身体を揺らしながら、「ククク……」と、笑っている。


「いえね? 我々の住む世界に新たな大陸が生まれたのですよ? その鍵を握る『世界の地図』。我らが創造主『ホーリーホック』が生み出したと言われる……。『星の五大大陸』のどこかにあると聴きましたが、ご存知ないですか?」


 丁寧な言葉使いで、話しかけて来るけど、震えが止まらない。

 隣に立って私の手を握るジャンゴの手も震えている。


(ドゴオォォォォォーーーーン……──!!)


「グッ!?」


 私とジャンゴの後ろから──

 物凄い光みたいなのが、飛んできて……。

 気がつくと──私とジャンゴの目の前にいた、真っ黒い姿で立っていた誰かが、よろめいて洞窟の『お星様』の前で膝をついて倒れそうになっていた。


「ククク……。風の大陸が随一の剣士、『竜殺しのパトト』ですか? 大当たりですね。やはり、私の目に狂いはなかった。『世界の地図』は、どこです?」


「んなもん! 知らんっ!!」


 パトト爺ちゃんだ。

 私とジャンゴの目の前に、パトト爺ちゃんがいる。


「フフフ……。知ってますよ? 永遠の時を生きる我らが創造主『ホーリーホック』が、ドワーフの老人に『世界の地図』を託したことを」


「聞こえてなかったか? 魔人はバカが多い。ドワーフの老いぼれなど、世界に五万とおるわっ!!」


 パトト爺ちゃんが、そう叫んだ直後──

 パトト爺ちゃんが振り上げた小さな斧が、突然、洞窟の岩みたいに巨大化して──

 私とジャンゴとパトト爺ちゃんの目の前にいる黒光りしてる恐ろしい『人』めがけて──


「ジャイアントギガントアックス!!」

  

(ドゴゴオオオォォォーーーン……──!!)


 まるで、雷が空から落ちてきたみたいに、物凄い光の柱が、私の目の前に現れて──耳をつんざくような爆発音がして風の洞窟の中が激しく揺れた。


 まるで、私とジャンゴの周りの全てが、ぜんぶ吹き飛んだみたいに──

 

 モォモォ……と、洞窟の中に、砂煙が上がる。

 だけど、『お星様』の青白い光が、洞窟の中の私たちのいる場所を照らしていた。


「逃げるんじゃ!! リリル!! ジャンゴにしがみついて、川を下れっ!! コヤツは、ワシがここで、倒す!!」


─────┿─────


 ──魔人? 獣人? ドワーフ?)


 逃げなければならない状況なのに、初めて聞く言葉が私の足を止める。

 

 モォモォ……と、砂煙が上がる中──今が逃げるチャンスなのに。


「リリル!!」


「う、うん!」


 ジャンゴの叫び声でハッとする。

 けど……。


(さっきの黒い恐ろしい『人』……の姿をした誰かが『魔人』──)


 『魔人』なんて、言葉は知らない。

 けど──昔、パトト爺ちゃんの話してくれた大預言者ホーリーホックのお話の中の言葉。悪しき人……悪い人──


(──デモ……ニオ……)


「ククク……。魔人ですか? 私が? 光栄ですね。もっと優雅に『魔人デモニオ』と、呼んで頂ければ尚、良い」


「フン! 魔人になりたてか? 人ならざるものよ……」


「フフ……。竜殺しのパトト。我らが魔人デモニオにも轟く伝説級レジェンドネーム。では、あなたに何処まで通じるか……。試してみましょうか? 『シャドウ錬成インパス!! 三日月斬影波トライアングルブレードムーン』!!」


 モォモォ…と上がる砂煙の中──

 魔人デモニオとパトト爺ちゃんの声が聞こえた。

 煙で、よく見えないけれど、稲光みたいに何かが光ったかと思うと、黒い三日月みたいなのが、幾つもたくさんパトト爺ちゃんのいる辺りに飛んで来て、私たちの目の前で、爆発した。


(シュゴゴゴゴゴ──!! ドゴゴオオォォォォン!!)


 砂煙の中から、パトト爺ちゃんだけが、転がるように出て来て、すぐさま、持っている小さな斧を構えた。

 さっきまで、洞窟の岩くらい大きかったのに、マキ割り用の小さな斧に縮んでいる。

 けれど、斧を持っていない方のパトト爺ちゃんの左手に、小さなお星様のような光が、キラキラと、たくさん集まっている。


「フン!! ダブルマシンガントマホーク!!」


 今度は、モォモォと砂煙の立ち込める中──真夜中に光る雷雲みたいに、雷光が光り、洞窟の中全体が、地震の時みたいに激しく揺れた。


(ズドドドドドドドドドド──!! ズガオオォォォォォォォォン……!!)


 まるで、魔物の咆哮ほうこうみたい。

 多分、本物の魔物が私の目の前にいたら、そんな風に聞こえるんだろうなって言うくらいの鳴き声みたいな大きな音。


「クッ!! やりますね? 流石は、パトト。伝説レジェンドクラスの強さです……。錬成インパスした武器アルマを、さらに飛ばして連射させるとは……」


「フン!! 魔人に敬意など、いらぬわ……!!」


 モォモォ……と、立ち込める砂煙がだんだん消えて来て──

 風の洞窟の中の、私の目の前の辺り一帯が『お星様』の青白い光で、再び明るくなって来ていた。


「いったい、どうしたら、そんなにも強くなれるのです? 力を求めて魔人デモニオになったというのに……。私は、この有様ですか……」


 目の前の様子が、だんだん見えて来た。


 洞窟の中のツルツルとした岩肌がツヤツヤと──『お星様』の青白い光で、輝いている。

 けど、私とジャンゴが最初に来た時よりも『お星様』の青白い光が、弱まって来ているのが分かる。


 パトト爺ちゃんは、私の目の前に立っていて──遠くの山に魔物を狩りに行く時みたいな魔物の皮と何かの金属で出来た鎧兜よろいかぶとを、頭の先から足の先まで身につけている。

 反対に、魔人──『デモニオ』は、グズグズの黒い液体みたいに溶けていて、白い煙を上げながら、もとの人の姿に戻ろうとしていた。

 身体が溶けているのに、普通にしゃべり声が聞こえる『デモニオ』──


「ジャンゴぉっ!! リリルを抱えて、飛べっ!!」


 パトト爺ちゃんが、叫んだのと同時に──ジャンゴは、私をすぐに抱えて、川に飛び込もうとした──その時。


「ククク……。まあ、そう急がずとも良いじゃないですか?」


(──ビーン……)


 何かが、私を抱えたジャンゴを引っ張ってるみたいにして──ジャンゴは、それ以上、身動きが取れなくなった。

 魔人デモニオの人の姿になりかけた指先みたいなところから──黒くて細長い影みたいなのが、ジャンゴの後ろまで伸びて来ていて──、洞窟の『お星様』の青白い光に照らされているのが分かる。

 虚ろな目をした魔人デモニオが、もう、もとの『人』みたいな姿に戻ろうとしていた。


「『ヴィオ』の力か?」


 パトト爺ちゃんが、静かにそう言って、立っている。

 なぜか、不思議なことに、パトト爺ちゃんの手には、持っていた斧が消えていて──不思議なお星様のような小さな光の粒が、もう一度、代わりにたくさん集まって来ていた。


「フフフ……。『ルース』の力ですか? 幾度となく錬成インパス出来るその凄み。流石は、竜殺しのパトトですね? 魔人デモニオの中でも、あなたに会いたがるヤカラは絶えませんよ?」


「ぬかせ……」


(──……ヴィオ? ルース? それに、インパス? なんの言葉だろう?)


 魔人デモニオの虚ろな目が、生気を取り戻したかのように、ギラリと再び金色の光りを取り戻した。


 私は、逃げなきゃって、思っているのに、聴き慣れない言葉が私の頭の中を混乱させる。

 パトト爺ちゃんから聞いたホーリーホックのお話の中にも、そんな言葉は無かった。

 まるで、知らない国のお話の中の世界に引き込まれたみたいで──


「くっ!! 動けねぇ……!!」


 私を抱えたまま、ジャンゴが力いっぱい逃げようとしているけれど、話すのが精一杯みたいで、そこから一歩たりとも動けずにいた。

 反対に、パトト爺ちゃんは、もとの姿に戻った『魔人デモニオ』をにらんでいて──私の知らない言葉を続けてしゃべり始めた。


「貴様……。『ステラ魔法陣マギア』の書き換えに成功したか? 『ステラポルタ』は、通常、魔人には通れぬはず。なのに、ここにお前が来た。風を司るステラの意識も弱りつつある……。急務じゃな」


「何が、言いたいのです?」


「つまり──、お前を、この場で消し去ると言うことじゃっ!!」


 そう叫んだパトト爺ちゃんの左手に──小さなお星様みたいな粒がたくさん集まって来て──私よりも大きくて長い剣みたいなのが、突然、現れた。


(──……キーーーーーーーン……──!!)


 耳鳴りのような高い金属音が、私の耳の奥まで鳴り響く。


光刃錬成ブレードインパス!! 『竜人剣ドラゴニックソード』……!! 『竜爪牙デモニウムキラー』!!」


「ほお? 凄まじい……。とてつもない錬成力インパスアビリティですね? ここまで具現化出来るとは……!? 竜殺しの名も、伊達ダテではありませんね?」


「ほざけっ!!」


「ならば、私も新しい力をお見せしましょう……。『星喰スターイーター魔圧空間ブラックホール』──!!」


(──ビギィィィィィン……!!)


 ──一瞬の光。

 

(──ガガゴオォォォォォ……ン──!!)


 けれども、魔人デモニオのかざした左手に現れた黒くて大きな丸い円盤状の何かが、パトト爺ちゃんの振り下ろした剣みたいなのから出る光をたくさん吸い込んでいて──


 弾かれたパトト爺ちゃんが、一瞬、洞窟のツルツルとした岩肌に転がり落ちた。


(ゴロゴロゴロ……。ドスン──!!)


「フン!! ……我ながら、情けない。貴様程度の力でこのワシが、弾かれるとはの? 年のせいか? そろそろ、後継者も決めねばなるまいか……。ジャンゴぉっ!! リリルっ!! よぉく、見とけっ!!」


 そう言ったパトト爺ちゃんが、一瞬の閃光になって、魔人デモニオの左手にかざされた円盤状の黒い何かに、飛び込んで行った。


「流星よ!! 翔けろっ!! 天竜が無限っ!! 『竜星無限回帰ドラゴインフェルノ』!!」


(──ズガガガガガガガガガ……!! ズゴゴゴゴォォォォォォ……ン──!!)


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」


 私には、パトト爺ちゃんの動きが全く見えなかった。

 凄まじい爆音が鳴り響き──風の洞窟全体が、激しく揺れている。

 激しい光と、白い砂煙が凄すぎて、何が何だか分からない。


 そして──白い霧みたいな砂煙がモォモォ……と、消えるまで──だいぶ時間が掛かった。


 目の前には、長くて大きな光輝く剣を、地面に振り下ろしたパトト爺ちゃんが息を切らして立っている。

 

 ──魔人デモニオは──


 頭の先から一刀両断にされて、白い煙を上げながら、ブラーンとなったまま立っていた。

 

 だけど、魔人デモニオの後ろで輝く『お星様』まで、パトト爺ちゃんの光輝く剣が割ってしまっていたみたいで、どんどん辺りは真っ暗に──光を失っていた。

 洞窟の中全体が、薄暗くなって来て──パトト爺ちゃんの握る光る剣だけが、ボンヤリと、辺り一帯を照らしていた。


「良いんですか? 風を司る『ステラ』まで斬ってしまって?」


 頭の先から一刀両断にされているのに──尚も魔人デモニオが、白目を向いたままでブラーンと、パトト爺ちゃんに話しかけていた。

 

「フン! お前たちに利用されるくらいなら、『ステラ』も死を望む。それに、『ステラ』は、まだ死んではおらんわっ!!」


(──ギュウゥゥゥゥーーーン……──)


「あっ!!」


「え?」


 『お星様』の中から何かが飛び出して──

 驚いた私とジャンゴが、目をパチクリとさせた一瞬。


 『お星様』の青白い光の塊が、私の胸の中へと入って来た。


(──……星の巫女よ。世界の申し子よ……。私を頼む。旅の先で、私の仲間たちを救ってほしい……──)


 頭の中で、鳴り響く声──


「お星……様?」


「リリ……ル?」


 ジャンゴに抱っこされたまま──ジャンゴを見た私の目と毛むくじゃらのジャンゴの目が合って──ジャンゴの目に映る私が、何かキラキラとまるで輝いているように見えた。


「ククク……。お嬢さんの価値が、一気に上がりましたねぇ? ますます、逃がす訳にはいかない」


 ダラーンと、一刀両断にされた魔人デモニオの身体が、目を虚ろにしながらも、また、もとどおりにくっつこうとしていた。


「ぐっ!!」


「うっ!!」


 さっきまで、ジャンゴを縛っていた魔人デモニオのパトト爺ちゃんの言う『ヴィオの力』が、さらに強くなったせいなのか──私の身体まで、身動きが取れなくなっていた。 


「さぁて、どうしますかね? 風のステラ──の意識と力も弱まってますし、どんどん『ヴィオの力』がみなぎりますねぇ? 今は夜ですし? 追い込まれましたね? 竜殺しのパトト?」


「分からんか? 貴様はワシに2回、葬られておる。再生能力の限界。貴様とて命に限りがある。それに、ワシがステラを斬った以上、貴様は『ステラポルタ』をくぐれぬ。つまり貴様は、もとの場所に帰れぬと言うことじゃ」


「ククク……。やってみなければ、分からないじゃあないですか? 『ヴィオの力』も強まって来ていますからね。フフ……。しかしながら、確かに、目の前のあなたを倒さなければ、風のステラの力を手に入れたお嬢さんをさらうのは、難しそうだ……」


 相変わらず、私とジャンゴは、身動きが取れない。

 魔人デモニオの指先から伸びる細長い影みたいなのが、プッツリと切れたのかは分からないけれど──変わりに、黒い蛇みたいなのが、私とジャンゴをグルグル巻きにしてて──私とジャンゴは、息苦しいくらいに締めつけられていた。


「ぐっ……。く、苦しい……。ジャン……ゴ」

 

「くっ!! し、しっかりし……ろ。……リリル!!」


「さぁて。お嬢さんと毛むくじゃら坊やが、気絶するのが先か? あなたが私に倒されるのが先か? 見物ですねぇ?」


「フン! 言ってろ……。お前に未来など、無いわっ!!」

 

─────┿─────


「貴様……。『星等級スタークラス』は、いくつじゃ?」


「おや? そんなこと、今、私に聞く余裕があるのですか? パトト?」


 パトト爺ちゃんの静かに構えた長くて大きなつるぎの光が、私とジャンゴ──それに、生気を取り戻した金色の目の魔人デモニオを照らしていた。

 洞窟の中は、『お星様』の明かりが消えてしまっていて──『お星様』のおかげでツヤツヤと青紫色に光っていた岩肌も、だんだん元気を無くしたようにかすかな光を残すだけだった。

 

 私の意識……も、呼吸も、だんだん、薄く……なって──


「分からんのか? 貴様は、もう詰んでおる。思考を巡るのは、時間稼ぎの逃げの一手だけじゃろが?」


「ククク……。なぜ、そう思うのです?」


 魔人デモニオが、そう言うと──私とジャンゴをグルグル巻きにしてた黒い蛇……みたいな……のが、より強く、もっと私とジャンゴ……を、締めつけ……──


「パト……ト、爺ちゃん……。助け……」


「リリ……ル!! うっ、ぐっ!!」


「ククク……。ほら。どんどんと、締め──」


「──死にたいのか? 貴様?」


 瞬間──。パトト爺ちゃんの放った矢のような言葉の後。


 一瞬のうちに、黒い影みたいな蛇が、シュル──っと、解けて消えた。


「うっ! カハッ!! ハァ……ハァ……」


「ぐへっ! ゲホッ!! ハァ……ハァ……」


 黒い影みたいな姿の魔人デモニオの蛇の蜷局トグロから、解放された私とジャンゴは──まだツヤツヤと青紫の光の幽かに残る岩肌に、四つん這いになって──気を失うんじゃないかって、思った寸前で、二人とも息を吹き返した。


 ボンヤリと、青紫色の光を残す洞窟のツルツルとした岩肌に四つん這いになった私が顔を上げると──

 頭の先から足の先まで竜の身体から創り出された鎧兜に身を包んだパトト爺ちゃんが──ものすごい筋肉で盛り上がった褐色の太い腕と分厚い手のひらで握りしめられた光輝く大きな長い剣を──魔人デモニオの首筋へとピタリと密着させていた。

 身体をけ反らし、身動きの取れない魔人デモニオ


「クフッ! カハハハハハ!! 流石は、竜殺し!! いや、魔人殺しのパトトよ!! 魔人デモニオ以上に、魔人デモニオっ!!」


 まるで、気が触れたかのように身体を反らしたまま、洞窟の天井の岩肌を仰ぐようにして笑い出した真っ黒な姿をした魔人デモニオ

 魔人デモニオの身体には何か黄色い筋のようなものが──、まるで身体中を駆け巡るように広がる血管のように浮かび上がっている。

 洞窟の中が、薄暗くてよくは見えないけど──魔人デモニオには、黒い角のようなものが3本。後頭部と額に、それぞれあった。

 金色の怪しい光を宿す両目からは、泣いた跡のような黄色い筋のようなものが、血管のように広がり魔人デモニオの頰を伝っているのが分かる。

 

 けど──、魔人デモニオ以上に、魔人デモニオって──パトト爺ちゃんって、一体……。


「フン!! ワシと、お前らが同じに見えたか? やはり、魔人は、バカが多い」


 パトト爺ちゃんが、構えていた長くて大きな光輝く剣を──ピタリと密着させていた魔人デモニオの首筋から、静かに降ろすと──剣は、たくさんの小さな『お星様』になって、洞窟の中の暗闇を少しの間だけ飛んで、消えていった。


「ククク……。確かに。数千の命を持つ私は無敵ですが、数千の命を一瞬にして奪う貴方あなたの前では無意味。貴方あなたの意識をらそうにも、貴方には一分いちぶすきも無いですしね……。逃げることすら叶わない」


 何か、あっさりと──自分の負けを認めたように、両手を広げて身振り手振りでペラペラと話し始めた魔人デモニオ

 けれども、不敵な笑みが、真っ赤な口からこぼれる魔人デモニオの表情は、私の心を震えあがらせるには充分だった。  

 ──ギラギラとした金色の目。黒光りしている魔人デモニオの身体。それに血管のように広がっている黄色い筋のようなもの。人の身体とは思えないほど異様なまでに発達した筋肉。

 魔人デモニオの得体の知れなさが、私の身体をこわばらせる。怖い──


(──……そんなにも、怖がらなくても大丈夫だよ……──)


「え?」


 私の中に響いた声──


(『お星……様』? なの──?)


 私が、心の中で聴き返すと──


(──……ステラヴェネトステラ……──)



 私の肩までかかる栗色のウェーブした髪の毛の先端が、風が吹いたように揺れて──

 マントのように私が羽織っていた怪鳥パピロの白い羽毛から創られた私の上着のすそがフワリと浮いた。

 

 洞窟の川の岸から上がって、ずぶ濡れになっていたはずなのに──私の着込んでいた牛みたいな魔物ズーの毛皮で出来た茶色い分厚い服が、なぜか、もう乾き始めていて──食人植物の魔物ジャンボウツボカズラの緑色の繊維で創られた──太ももの見える私の短めのズボンとブーツは、私の肌からは、湿った感じがしない。


 私の身体の中が、なぜかフンワリと暖かくて──

 

 何かが──青紫色の光が、私の見つめる小さな胸の上でキラキラと答えるように、光った。



「なら、お前の命そのもの──『ヴィオマテリア』を喰って良いか?」


 まだ、ボンヤリと、青紫色の光の残る薄暗い洞窟の中に、パトト爺ちゃんの声が木霊こだまして──私は、ハッとなって、顔を上げた。

 パトト爺ちゃんは、右の手のひらに真っ黒い丸い石みたいな宝石のようなものを握ってて──人差し指で、クルクルと回したりしていた。

 黒くて丸い石みたいなそれは、魔人デモニオの身体みたいにツヤツヤと黒光りしていて──まるで魔人デモニオの金色の目みたいに、ギラギラとしていた。


「ぐっ!! そ、それは……」


「やはり、気がつかなんだか? 間抜けめ」


 パトト爺ちゃんの右の手のひらの上で、クルクルと回る、それ。


(『ヴィオマテリア』……。そんなのあったんだ……──)


 それも、初めて見るし、初めて聞く言葉だけど……。

 私は目を丸くして、パトト爺ちゃんが魔人デモニオの黒い宝石みたいな『ヴィオマテリア』──をクルクル回す姿を、まだほんの少しだけ青紫色を灯す洞窟の光の中で──見つめていた。


「くっ!! クク……。良いでしょう!! お食べなさい!! 私の『ヴィオマテリア』を!! 所詮、この世界は弱肉強食の地獄っ!! 貴方の血肉──魂の一部ともなれば、これ以上ない至福っ!!」


 狂ったように黒光りする身体を揺らしながら笑う魔人デモニオ

 恐怖に私の身体中が、再び貫かれる。


(怖く──ない……)


 私が服の中の胸のあたりを見つめると──私の素肌に青紫色に答えるように光って──お星様の声が私の頭の中を響いた。

 

「フン!! 狂人め。やはり魔人バカは気に入らんな。が、利用価値はある。もう一度聞いてやるが、貴様の『星等級スタークラス』は幾つじゃ……?」


 ここでも分からない言葉が出て来る。

 『星等級スタークラス』って、何だろう? 

 私の知らないことばかりだ。

 けど、パトト爺ちゃんは、なぜか私の知らないことを、何でも知っている──


 パトト爺ちゃんが、着込んだ竜の素材から出来た鎧兜から伸びる物凄い筋肉の隆起りゅうきした両腕をダラーンと垂らしたまま立って、首や肩をゴキゴキ鳴らしながら魔人デモニオを見下ろすようにしてにらんでいる。


「クク……。5ですよ! 5!! 私の『ヴィオマテリア』に刻まれているのは、『五冥星スターファイブ』ですよ!! パトト!!」


 魔人デモニオ隆起りゅうきした黒光りする身体の胸の筋肉が異様なほど発達していて、魔人デモニオが笑うたびに揺れる。

 魔人デモニオが話ながら、右手の黒い五本の指先をパッと広げて、パトト爺ちゃんの方へ、広げた五本の指の先端が良く分かるように、手の甲を向けて立っている。


 魔人デモニオの一挙手一投足で、何もかもが壊れるんじゃないかって思うほど、魔人デモニオが身体を動かすたびに、空気までもが振動しているのを私は、肌で感じる。

 パトト爺ちゃんは、それを難無く受け流すかのように、まるで何事も無かったかのようにくつろいで立っているのが分かる。

 余裕だ──


「フン!! 魔人どもの中では中堅ミディアムクラスか……。魔人どもが暮らす中央魔大陸デモンズバレーでは、そこそこ使えるの。駆け出しの魔人バカにしては、そこそこの強さじゃったが……。魔人バカになる前の貴様の『職業ジョブ』は何じゃ?」


(──『中央魔大陸デモンズバレー』……──? 一体、世界は、どうなっているの……?)


 聞いたことない言葉ばかりだ。

 『中央魔大陸デモンズバレー』──って、やっぱり私の目の前にいるこの黒い魔人デモニオみたいなのが、ウヨウヨいる場所なのかな? それって──、って想う。

 ウミルの村から出たこと無い私には、そんな場所は命を獲られるような恐怖の場所としか思えない。

 

 私は、自分の小さな胸に服の上から手を当てて──ぎゅっと、自分の右の手のひらを握りしめた。

 

(それと、『職業ジョブ』……?)


 『職業ジョブ』って──? 

 ──そうだ。パトト爺ちゃんが言ってた。

 

 大人たちのお仕事には、パトト爺ちゃんみたいに、武器や防具や装備品を作るような特別なお仕事をする人たちがいるって……。

 

 ウミルの村に住む大人たちにだって、『職業ジョブ』みたいなのは、ある。

 毎日している村の人たちのお仕事。

 けど、みんな、ウミルの村では協力して生活してるから、得意なこととかはあるにしても、ひとつのお仕事だけをして生きてるわけじゃない。

 いろんなたくさんのお仕事が出来てこそ、初めて一人前の大人だ。

 一個だけのお仕事なんて、小さな子どもにだって出来る。私にだって。


 私は少し目に掛かりそうな前髪を、ほんの少しだけ左の手でかき上げた。


「フフフ……。『学者エスペルト』ですよ!! クハハハ!! 『ステラ魔法陣マギアナ』の『書き換え』に成功したのは、私のみ!! しかし! 私の論文の解読と私の編み出した『星制御魔術ステラマギアナ』を再構築して模倣するにしても、他の魔人バカどもには、とても時間の掛かることでしょう!! が、いずれにせよ、他の魔人バカどもが、『ステラ五大陸ペンタクル』にやって来るのも時間の問題かと想われますが……? そう遠くないはずです」


 次から次へと出て来る私の知らない言葉たち。


(『学者エスペルト』? 『ステラ魔法陣マギアナ』? 『書き換え』? 『星制御魔術ステラマギア』? それと──、『ステラ五大陸ペンタクル』……)


 尖った黒い五本の指先を額にあてて、顔を左手でおおいながら洞窟の天井のツヤツヤとした岩肌を仰ぎ見るようにして笑う魔人デモニオ

 

 魔人デモニオの笑い声が、洞窟中を振動して駆け巡る。

 私は、魔人デモニオが笑うたびに、胸に手を当てた右の手のひらを、ぎゅっと握りしめた。

 そのたびに、私の小さな胸の中で、キラキラと答えるように青紫色に光輝くお星様。

 うつむいた私の不安な気持ちが、お星様の輝くたびに薄れてゆく──不思議な力。

 

 今は、お星様──が、ステラって言うのだけは、分かる。


「ハッ!! なら、時間に猶予ゆうよは、あるわけじゃ。貴様の『ヴィオマテリア』を喰って、『命の盟約めいやく』を与えておく。貴様、もう逃げても良いぞ? 身体だけは残しておいてやる……」


 クルクルと──もう一度、魔人デモニオの黒い宝石みたいな『ヴィオマテリア』を右手の人差し指で軽く回し始めたパトト爺ちゃん。

 『命の盟約』なんて言葉も、私は初めて聞いた。


(約束──? みたいなものなのかな?)


 パトト爺ちゃんの、その言葉を聴いた魔人デモニオが──一瞬ピクリと動いて、笑うのをピタリと止めた。


「な!? 『命の盟約』!? 私を一体、どうすると言うのです!?」


「罪無き人々を殺すなと言うことじゃ」


「!? 罪などと!! 人それぞれの価値観によって違うじゃあないですか!?」


「フン!! 自分で考えてろっ!!」


 そんな風にして──


 何が何だか分からない内に、真っ黒い金の目の魔人デモニオと、パトト爺ちゃんとで、この真夜中の薄暗い青紫色の光の残る洞窟の中で話が進んでゆく。


「なぁ? リリル?」


「え? な、なに? ジャンゴ……?」


 今まで四つん這いになってうつむいてたジャンゴが、ユラリと立ち上がって、フラフラとした足どりで私へと近づいた。

 私は、少しビックリして──そのまま、胸の上で握りしめていた右の手の甲の上に、左手をのせて──ジャンゴへと振り返った。


「俺たちって、どう思う……?」


 うついたまま両手をダラーンと降ろして、まるで力の抜けた人形のように立っていたジャンゴが、少しだけ毛むくじゃらの顔を上げてギョロっと、白い目をのぞかせて私へと尋ねた。


「どう思うって……? ジャンゴと私? んー……。13才になったばかりの毛むくじゃらなジャンゴと、明日でやっとこさ13才になれる私──どっちも二人とも、ただの子どもじゃない?」


「だよな……。ただの毛むくじゃらな俺と、『風のステラ』の力を宿したリリル──だよな……」


 毛むくじゃらなジャンゴが、虚ろな目をして、溜め息混じりに──私へと、顔をうな垂らせて、そう告げた。


「え? ま、まあ。これから……じゃない? ジャンゴ……? 私も、こんなことになっちゃって、どうしたら良いかまだ分かんないし? 気を落とすこと、ないよ?」


 なんだか、いつもとは様子の違うジャンゴが、私は少し心配になった。

 なぜか、私の小さな胸の中から、お星様の青紫色の光が、何か言いたそうに一瞬だけ光って消えた。

 それから、私の栗色のウェーブした髪の毛の先端が、肩のあたりで少しだけフワリと揺れた。


「──俺。……強くなりてぇ……」


「──……ジャンゴ……?」


 悔しそうに、身体を震わせながら、うつむいて溜め息をつくジャンゴ。


「──うおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 毛むくじゃらの顔を掻き上げたジャンゴは、まだ青紫色の光を残す洞窟の岩の天井に向かって、身体をけ反らしながら咆哮ほうこうした。


─────┿─────


(──トン! テン! カン! ──トン! テン! カン!)


「──……うぅ。うるさいっ!!」


 朝──


 私は、いつも、この何日間かは『魔人デモニオ襲来』に備えたウミルの村の人たちの、村の改修補強作業の音で目が覚める。

 ここ何日かは、パトト爺ちゃんも村の人たちの作業を、ひっきりなしに休むことなく手伝っていて。

 でも──

 村の人たちは呑気で、パトト爺ちゃんも呑気だ。

 朝から村の人たちとお酒を飲んで、ワイワイガヤガヤと、お祭り騒ぎ。

 「適当に食っとけ!!」とか言って、パトト爺ちゃんはお家を出て行ったきり、何日も帰って来てない。


(──コンコン!)


「誰っ!?」


 私は、ボサボサの栗色の髪の毛をお手入れする時間もなく、白いワンピースの小さな胸もとに、ぎゅっと両手をあてて握りしめたまま、後ろの方を振り向いた。


「へっへー。相変わらず寝坊助ねぼすけだな? リリルは!」


 いつもどおり、木の枝に宙ぶらりんで逆さまにぶら下がった、毛むくじゃらのジャンゴが、窓越しにニヤリと笑っている。


「もうっ! おどかさないでよっ!!」


「へっへー。いつものことじゃん?」


 私が、眠たそうな顔のまま「パタン!」と、木の窓を開けると──「よっと!」とか言って、ジャンゴはクルッと宙返りしながら「ペタン!」と、私のお部屋の床に着地した。


「ジャンゴ! 足っ!!」


「へへ……。気にすんなって。今日は大丈夫だぜ? 足の裏キレイに拭いてっから」


「今日は?」


「へへ……。いつもだって!」


 『魔人デモニオの襲来』以来──私は、怖くて仕方がない。

 いつ襲って来るか分からない真っ黒な姿をした『魔人デモニオ』。

 

 ──そう。

 『魔人デモニオ』は、私の中にある『お星様』が欲しい──『風のステラ』が私の中に入っちゃってるから……。

 それと──私のお部屋にあるこの『世界の地図』も……。


「お!? 光ってる?」


「え? あ。本当だ……」


 私が自分の小さな胸もとを見ると──白いワンピースの中で、青色の光がキラキラと光って、スーッと消えて行った。


「ちょっ!? ジャンゴぉっ! どこ見てんのよっ!?」


 ジャンゴが、白いワンピースの小さな私の胸もとをのぞき込むようにして見ていた。


「へへ。ワリい。ワリぃ。ま、良かったじゃん? 『風のステラ』。リリルのこと、守ってくれてるみたいだぜ?」


「ま……、そだけど……」


 私は、青色に光っていた自分の小さな胸のあたりを見つめた。


 毛むくじゃらのジャンゴが、灰色の髪の毛をかき上げて、頭の後ろで手を組んだまま、足を四の時にして立ってニヤニヤと笑っている。

 だけど、ジャンゴの顔から毛むくじゃらの灰色の毛が抜け落ちてて──私たちと同じ肌の色が見えていた。


「ジャ、ジャンゴ? ど、どーしたの!? その顔!?」


「そーなんだよなー。昨日まで、そんな酷くなかったのに、今日は朝起きたら、ゴッソリ抜け落ちててさー……」


 私は、目を凝らして眠たかった目をパッチリ見開いて、ジャンゴの顔をのぞき込んだ。


「ん? ん──……? ふむ」


「な、なんだよ? リリル? お、俺の顔……。へ、変か?」


 灰色グレーのロングヘアーに、大きな青色ブルーの瞳。

 ケモノみたいだったジャンゴの黒い鼻と口の皮ががれ落ちてて──スッキリと整った鼻筋に、綺麗な赤色のくちびるが、ジャンゴの褐色の肌の上で輝いていた。


「やるじゃん! ジャンゴぉっ!! おっとこまえ(男前)ー!!」


「そ、そっか? ま、まだ、自分の顔……。よく見れてないんだよな……。り、リリルが、そう言うなら──」


 ジャンゴが、珍しく照れてるような表情で赤く、ポリポリと顔をくような仕草をしている。

 大きな青色ブルーの瞳を斜め下に、視線を落として。


「良かった──ねっ!!」


(バシン──!!)


 私は、なんか知らないけど、嬉しくなってジャンゴの肩を叩いた。

 私もジャンゴも13才になったけど、私とジャンゴの身長は、あんまり変わらない。


「い、痛ってぇー!! お、女のクセに、リリルって、力だけは強ぇな……」


「まぁねー。パトト爺ちゃんに鍛えられてるからねー。って、女のクセにとか、言うな!!」


 そんなこんなで、私は、いつもの服──牛みたいな魔物ズーの皮で出来た茶色の服と、食人植物の魔物ジャンボウツボカズラの緑の繊維で創られた短めのズボンに着替えるために──ジャンゴを私のお部屋の外へと追い出そうとした。


「ちょっ! ジャンゴぉっ!? いつまで、私のお部屋にいるつもりー? 私。着替えるんだけど?」


「へへ! ワリぃワリぃ!! リリルも、いつまでも、子どもじゃねぇもんなー!? でも、見たって良くね? 減るもんじゃねーし?」


「へ、る、わ、よっ!!」


「減るほどーってか?」


「バカっ!!」


(バタン──!!)


 ジャンゴは、いつもひと言多い。

 私が気にしてること言って──

 なんだか、ちょっと、泣きそうになる。

 私──まだ、13才だけど、私だって……。

 

(……まぁ、いつものことか。ジャンゴも悪気があって、言ってるんじゃないだろうし……)


 ──私が、お部屋の木の扉を閉めて、ジャンゴを追い出してから涙を拭くと……。

 また、お家の外の音が響き出した。


(──トン! テン! カン! ──トン! テン! カン!)


「うるさい……」


 相変わらず、建物とかウミルの村全体を強化するための村の人たちの改修作業の音が、私のお部屋に鳴り響く。

 私とジャンゴは、13才になったけれど──身体が、まだ大人になりきっていないからって理由で、村の人たちもパトト爺ちゃんも、手伝わせてくれない。危ないからって。

 子どもは、村の宝なんだ──とか?

 そう言うけれど、ただ、大人たちは、作業しながらお酒飲んで騒ぎたいだけに見えるんだけど──


(──ガシャン!! バタン!! ドン!!)

 

 私のお部屋の真下にある──暖炉のお部屋の隣にある台所から、たくさんの騒がしい音がする。


「ちょっ、ちょっとー! 大丈夫なのぉー? ジャンゴぉー?」


 私は、少しだけお部屋の扉を開けて、下の階にいるジャンゴに大きな声で話しかけた。

 

「へいへーい! 大丈夫ー!! ちょっと遅い朝飯ー、作っとくぜー? リリル! 俺と二人分なっ!!」


 ジャンゴの元気な声が帰って来た。

 風の洞窟での『魔人デモニオの襲来』で、ジャンゴは自分の無力感に打ちひしがれてたから、あれ以来──ちょっと、ジャンゴのことが心配になってたんだけど……。


「え!? あ、アンタも!? 食材は貴重なんだから、無駄にしないでよねー?」


 良かった。

 ジャンゴは、元気そうだ。

 なんだかんだ言って、優しいジャンゴ。さっきは、変なこと言われて私は、泣いちゃったけど。

 風の洞窟の時もそうだったけど、ジャンゴは、いつも私を助けてくれる。


「へい、へーい!! 貴重な魔物の食材が食えるのは、リリルん家だけだしなー!!」

 

「んもぉー!! 何それー!!」


 撤回。

 ジャンゴは、私のお家にあるパトト爺ちゃんの獲って来た珍しい魔物の食材が食べたいだけなんだ──


(──トントントン……)


 階段を降りたかと想うと、もう魔物の食材を切る音を立てているジャンゴ。

 ジャンゴは、ああ見えても料理の腕前は、確かだと想う。

 

 ちょいちょいパトト爺ちゃんの留守を狙っては、私のお料理のお手伝いをしてくれているジャンゴ。

 だけど、いつも、パトト爺ちゃん特製の刃物を見て「スゲー!!」とか言って興奮して鼻息ならすけど、私は「ただの包丁じゃん?」って、いつも言ってる。

 それから、ジャンゴは、ジャンゴが見たことのない魔物の素材を見て、いつも「スゲー!!」とかって、やっぱり鼻息ならしながら興奮するけど、私はいつも、「ただの魔物じゃん?」って言う。


 それに、ジャンゴは魔物の素材のさばき方が、上手い!

 どう言うわけか知らないけれど、魔物とかの身体の構造を良く知っているのか、「俺には分かるんだよ?」とかって、アゴに手をあてて、カッコつけていつも言ってる。ジャンゴには、才能があるってことなのかな──?

 

 でも、今は褒めない! 

 ジャンゴは、食いしん坊なだけなんだ。

 ジャンゴの住む木の上のボロんボロんの汚いっ!お家にも、食材をさばいたり、道具として使う刃物はあるけれど、全部ボロんボロんの! ボロボロ!!

 ジャンゴのいてるズクズク!の灰色の膝まであるズボンだって、いつもきったないし! 洗ってるのなんて見たことないっ!!

 

(まったく……。ジャンゴは、全然、女の子の気持ち──私の気持ちなんて分かってない……。男前になったって、褒めて上げたのに……。ジャンゴのバカ……。心配して損しちゃった──)


 私は、着替え終わったけれど、ジャンゴのいる台所には、行きたくない。

 すると──


(──リリル……悲しい。僕も──悲しい……)


「え?」


 突然──。何か、声みたいなのが、私の頭の中で響いた。


「リリ…ル? 私? 僕? 誰──?」


 その時、ふと、私の小さな胸もとを何かが抱きしめるように熱くなって──

 フワ──っと、私の胸から青色の小さな光が私のお部屋に散らばって──流れ星みたいに光って消えて行った。


(風のお星様──なのかな……? リリル……。僕……? きっと、そうだ──)

 

「おーいっ! 飯、めしー!! 飯、出来たぞ、リリルー!!」


「は、はい、はーい! 今行くー!! ジャンゴー!!」


 突然の出来事とジャンゴの大きな声に驚いて──私は、ジャンゴに返事してしまった。

 返事なんてするつもりなかったのに……。


(──トン……トン……トン……)


 私は気乗りしない足どりで、時間をかけながら、ゆっくりとお家の木の階段を降りてゆく。

 途中で、何度か立ち止まってしまう──


「ワッ!!」


「わーっ!! もぉっ!! ジャンゴぉっ!! ビックリさせないでよー?」


 私が、ジャンゴのいる台所へと降りてゆくと──ジャンゴはおどけた顔で、灰色グレーの長い髪の毛を振り乱して──舌をベロンと出して、青色の大きな瞳をギョロギョロとさせていた。


「びっくりした?」


「びっくりしたけど……。ジャンゴ、似合わないよ? カッコ……良くない」


「カッコ? 良く……ない?」


「もぉっ! なんでもないっ!! 朝ごはんっ! 作ったんでしょっ!?」


 私は、不覚にも、ジャンゴのことカッコ良くないだなんて、言ってしまった。

 褒めてないなのに、褒めたみたいになってしまった……。


「これっ! 見てくれよっ!! 美味ウマそうだろっ!?」


「わぁー!! 凄ーいっ!! 良くこれだけ創れたね! ジャンゴ!! 偉いっ!! って、偉くないっ!! 食材使い過ぎだよぉーっ!?」


「あ。ワリぃワリぃ!! つい、力ぁ入っちまったぜ!? 創り過ぎたかな?」


 私とジャンゴ……。二人きりの朝ご飯なのに。

 もう、晩ご飯でいつもパトト爺ちゃんと私が食べるくらいのボリュームはある。


「ま。どうせ、パトトのジジイは、また酒飲んで帰って来ねぇだろ? 村の人たちとお酒飲んでさ?」


「だよねー。って、晩ご飯の分もっ!?」


「そ。晩ご飯の分も。リリル、困るだろ? いちいち三食、飯創るのも大変だろ? リリル?」


「ジャ……ジャンゴぉー──!!」


 私は、思わず──不覚にも、ジャンゴに抱きついてしまった。


「なっ!? ど、どーしたんだよっ!? リリル? め、飯創っただけだぜ? リリルと一緒に飯食おうと思ってさ……」


「そ、そうだね。ご、ごめん……。ジャンゴ……」


 私は、恥ずかしくなって、抱きついた手を──ジャンゴから離した。


「え、い、いや。べ、別に謝らなくったって良いよ……」


 ジャンゴは、やっぱり照れながら──灰色グレーの長い前髪をかき上げて、青い大きな瞳を上の方へと向けて、視線を私から逸らした。

 ジャンゴの毛むくじゃらの毛が抜け落ちて、あらわになったジャンゴの褐色の顔の肌が、なんとなく赤くなっていた。


「ねぇ? ジャンゴ……。私ってさ? 子どもっぽい? かな──?」


 私は、自分の栗色のウェーブした髪の毛の先を、左手の指先でクルクルと回しながら、ジャンゴの方を上目遣うわめづかいでチラッと見た。


「え? え──!? ……えっとだな。ん──。うぉほん! リリルっぽい? かな?」


 ジャンゴは、少しだけ口に手を当てて──咳払いをしてから、やっぱり私から視線を逸らして、そう言うと……。

 ジャンゴは、台所の壁にもたれ掛かりながら──右足の親指で、自分の左足のスネのあたりをスリスリと触っていた。


「なにそれっ!! じゃあ、ジャンゴっぽいって、どう言うことよ!?」


「こゆことー!!」


 ジャンゴは、またイタズラっぽく舌をベロベロ出して──青色の大きな瞳をギョロギョロさせながら、灰色グレーの長い髪の毛を振り乱して、おどけてみせた。

 ジャンゴがおどけて、ピョンピョンと片足飛びするたびに、台所のお皿が、カタカタと揺れた。


「ぷっ!! 確かに、ジャンゴっぽい!!」


「だろー? 早く飯食おうぜっ!! リリル!!」


 なんだか、ジャンゴに一本取られたなーって、想う。

 けど、なんだろ……。

 胸の奥が、こんなにザワザワとするのは──。

 こんなのは、初めて──かも知れない。



─────┿┷┨┝┰┥┸┯╂┠╋┻┫┳┣┗┛─────



台所の隣にある暖炉のお部屋──


 毎晩、私が火をくべると、お部屋を暖かくしてくれる暖炉の赤茶色のレンガが黒ずんでいる。

 今は朝だけど、お日さまも昇ってて、火をくべるほども寒くない。


 いつも、私とパトト爺ちゃんが食事するテーブル──大きくて分厚い樹をそのまま切り出して、パトト爺ちゃんが磨き上げて創ったテーブル。

 お日さまが、私とパトト爺ちゃんの木のお家に差し込み、茶色の樹のテーブルの上を明るく反射させていた。


「あ。リリル? これって、何の肉? (ハグハグ……もぐもぐ──)」


「え? あぁ、これ? たぶん、巨獣『キングベヒモス』かな? パトト爺ちゃんが言ってたような……」


「へぇー……」


 テーブルの上に並べられたパトト爺ちゃんの創った白くて大きな陶器のお皿。

 美しく光る白いお皿の上に、世界で五本の指に入るほどの巨獣──『キングベヒモス』の燻製くんせいのお肉が、ジャンゴに切り分けられて、盛り付けられている。

 巨獣『キングベヒモス』は、ウミルの村が踏み潰されちゃうんじゃないかってくらい大きい……らしい。


 樹の椅子に座る私と樹のテーブルを挟んで、巨獣『キングベヒモス』のお肉を手づかみで、勢い良く頬張るジャンゴ。

 ご飯を食べる時くらいは、座ってて欲しい。


「ちょっとぉ、ジャンゴ? 立ってないで椅子に座って食べたら?」


「へへ……。ワリぃワリぃ! ついな! 血が騒ぐんだよ?」


「は? 血が騒ぐ? いったいなんなのよ?」

 

 気のせいかも知れないけど──ジャンゴの手が大きく力強く、ツメも鋭くなっている気がした。

 まるで──魔人デモニオみたいに。

 

「あ。リリル? お誕生日、おめれと……。(ハグハグ……もぐもぐ──)」


「あ、ありがと。ジャンゴ……。って、遅ーいっ!! 私のお誕生日、もう過ぎちゃってるじゃん?」


 そう言えば──

 私もジャンゴに言われるまで、忘れてた。自分のお誕生日。

 いくら魔人デモニオがいつ襲って来るか分からないからって、パトト爺ちゃんに、ほったらかしにされるのは、ちょっと寂しい。


「(もぐもぐ……ハグハグ──)え? ワリワリぃ……。いや、リリルってさ。あれから、何日も眠ってたんだぜ?」


「え──? そ、そうなの……?」

 

 初めて聞かされる事実。

 何日か前に目が覚めたかと想ってたんだけど──そんなに、日が経ってたんだ……。

 

 私は、ジャンゴが切り分けてくれた巨獣『キングベヒモス』の燻製くんせいのお肉を頬張ろうとして、手を止めた。

 ジャンゴみたいに手づかみじゃなくて、私は、パトト爺ちゃん特製の銀色のナイフとフォークで食べようとしてたんだけど──。

 巨獣『キングベヒモス』の角から創られた銀色のフォークとナイフを、私はお皿の上に置いた。


「え? え? パトト爺ちゃんは!?」


「んー……。リリルのこと、ずっと看病してたぜ? だから、俺──。窓辺でぶら下がって、リリルのこと、ずっと見てただけなんだけど……」


「そうだったんだ……」


 うつむいていた私は、お皿の上に置いた『キングベヒモス』の角で出来た銀色のナイフとフォークをもう一度、手に取った。

 

「はむ……。(もぐもぐ──)おいひぃい(美味しい)ね! ジャンゴ!」


「だろー? リリル! 燻製くんせい肉だから、そのまま喰っても美味ウマいけど、俺の絶妙な塩加減と焼き加減! 絶妙じゃね?」


「絶妙って、2回言ってるし。塩振りかけて焼いただけじゃん?」


「それ、言うなよー!」

 

 巨獣『キングベヒモス』の分厚い身体は、いかなる武器や攻撃も受けつけない……らしい。

 どうやって、パトト爺ちゃんは、獲って来たんだろう。

 

 けど──

 『キングベヒモス』のお肉を切り分けて調理したジャンゴも、大したもんだと想う。

 お料理はシンプルだけど、パトト爺ちゃん特製の切れ味バツグンな包丁を使いこなして、炎をお肉に通さなきゃいけないから。たぶんだけど、『キングベヒモス』は、炎さえも受け付けない。

 

 それにしても不思議なのは、パトト爺ちゃん特製のっきなフライパンだ。

 握るだけで熱くなったり炎が出たりするんだけど、どう言うわけか私が握っても、ほんのりフライパンがあったかくなるだけ。パトト爺ちゃんみたいに物凄い火力が出ない。それに、疲れるし──

 だから、ジャンゴも、けっこう凄い。

 

「んでさー……」

 

「え?」

 

 ジャンゴが、何かを言おうとして、食べてる手をピタリと止めた。


「俺さ……。パトトのジジイに、弟子入りしようと想うんだ」


「え?」


 想ってもみないジャンゴの言葉だった。

 まぁ……。確かに、ジャンゴは、魔人デモニオの強さに無力感を感じてたわけなんだけど……。


「い、良いんじゃない? パトト爺ちゃんに頼んでみれば?」


「うん……」


 テーブルを見つめて、珍しく溜め息をつくジャンゴ。


 ジャンゴは、手づかみで食べていた毛むくじゃらの自分の手を、口で綺麗に拭いてから──ぐっ! と、力こぶを作って腕に力を入れた。

 物凄い筋肉だ。

 普段は、そこまで太くないのに、ジャンゴの毛むくじゃらの腕がパトト爺ちゃんの腕くらいに、急に大きく膨れ上がった。


「ハハ……。俺だってさ、大人くらいの力は、出せるんだ。けど──、なんで、パトトのジジイは、あんなに強いんだろ……」


 ジャンゴが、もう一度、溜め息をつき──灰色グレーの前髪をかき上げて、『キングベヒモス』のお肉を手に取る。

 そのまま、頬張るジャンゴ。


「うめぇ……」


 ジャンゴは、落ち込んで気にしてるみたいだけど、食欲はあるみたいだ。

 ちょっと安心して、私は栗色のウェーブした髪の毛を耳もとにき上げて──私もナイフとフォークを手に取って、『キングベヒモス』のお肉をお口いっぱいに頬張った。


「良かった。私もパトト爺ちゃんも、魔物ばっか食べてるし、パトト爺ちゃんが強いのは、魔物ばっか食べてるからじゃない?」


 ジャンゴもそうだけど、ウミルの村の人たちは、村の近くの動物や植物を獲って食べてて──パトト爺ちゃんみたいに遠くの山を越えてまで、魔物を獲って来ないし食べない。

 

 パトト爺ちゃんが言うには、魔物の方が、魔力も栄養価も高いし、身体には良いらしい。

 だけど、村の人たちが言うには、命の危険をおかしてまで、そんなことが出来るのはパトト爺ちゃんくらいだ──って。

 正直、魔物は強いしかなわないからって、ウミルの村の大人たちは、みんな言う。

 それに、魔物を食べると、高すぎる魔力にみ込まれるとかなんとか……。

 魔物の魔力を吸収出来る力が、そもそも身体に備わってないと食べることさえ出来ない。


「かもな……」


 真面目な顔して、もぐもぐと──『キングベヒモス』のお肉を頬張るジャンゴ。

 

 私とパトト爺ちゃんは、ずっと昔から魔物を食べていて、慣れてるから、平気なのかな?

 それに、ジャンゴも毛むくじゃらだから、平気──? まぁ、顔の毛が抜け落ちて、ジャンゴはちょっと男前になったけど。

 

 私にしたら真面目なジャンゴは、つまらない──。

 だけど、ジャンゴにすれば、大真面目な話だ。

 まぁ、ジャンゴも気にしてるみたいだから、パトト爺ちゃんが今度お家に帰って来たら、一緒に頼んであげようって想う。

 パトト爺ちゃんに──ジャンゴを弟子にしてくれないか……って。


「なぁ、リリル?」


「え?」


「ちょっと、村の様子を見に行こうぜっ!」


「え? まぁ……、良いけど?」


 ジャンゴと、そんな風にして、ちょっと遅めの朝ご飯を食べていると──

 ジャンゴと一緒に、改修補強作業中のウミルの村を見に行く話になった。




 ───── ○ ─────





(──トン! テン! カン! ──トン! テン! カン!……)


「う、うるさい……」


 私とパトト爺ちゃんの木のお家がある小高い緑の丘を、ジャンゴと一緒に降りると──

 そこは、レンガや木で造られたお家が集まってて、小さな村だけど村の大人たちがにぎやかにワイワイガヤガヤと、村の真ん中に集まっていた。

 みんな、女の人や子ども連れのお母さんばかりで、大きな鍋に、たくさんのお皿を取り分けてお昼ご飯の支度したくをしている。


 お日さまが、お空の真上に昇ってて、ちょうどお昼時だ。

 だけど、ちょっと遅めの朝ご飯をジャンゴと食べた私は、まだお腹がいっぱいだ。


「おーい! ウィっ! ひっく! 飯にすっぞぉーっ!! ひっく!!」


「「「「 うぃーっす!! 」」」」


 パトト爺ちゃんだ。もうすでに、酔っぱらっている。

 パトト爺ちゃんの号令の声が村中に響いて──、村の男の人たちが作業する手を止めてワラワラと、どこからともなく集まって来ていた。


 さっきも、私とパトト爺ちゃんの木のお家がある小高い丘から見えてたけど──


 ウミルの村の改修補強作業は、けっこう進んでて、村全体を囲う大きな壁みたいなのが、お家の屋根よりも高く──あちこちに張り巡らされている。


「おぅ! リリルちゃん! ジャンゴとデートか?」


「違ーうっ!!」


 村全体を囲う大きな壁からトン!──と、降りてきたジルおじさんが、腰にぶら下げたハンマーをクルクルと回しながら、酔っぱらったような赤い顔で私に話しかけて来た。

 ジルおじさんも、お酒臭い。地面から高い場所の作業なのに、大丈夫なのかな?

 

 だけど、咄嗟とっさに「違う!」なんて、即座に否定しちゃった私だけど、ジャンゴはどう想ってるのかな……?

 私は、そっと栗色のウェーブした髪の毛を耳もとに掻き上げて──チラリと横目でジャンゴを見てみた。


「で、デートなんかじゃ、ねぇよ?」


 ズクズクの汚い灰色のズボンのポケットに両手を突っ込んだまま──なんか、お日さまとは違う方向のお空を見上げているジャンゴ。

 隣にいる私からも、ジャンゴの顔は、よく見えない。


「まあまあ。仲が良いのね! 私もジルと若い頃は、よくデートしたわ! はい。お昼ご飯よ? ジル」


「お、おぅっ! サンキューな、デメト! って、照れるじゃねーか! 恥ずかしいこと言ってんじゃねーよっ!!」


「ウフフ……」


 ジルおじさんと、デメトおばさんは、いつも仲が良い。


 ジルおじさんにお昼のご飯を手渡すデメトおばさん。

 だけど、ジルおじさんもデメトおばさんも、顔が緑色で耳がとがっている。

 ジルおじさんの頭には毛が生えてないけど、デメトおばさんは長くて黄色の綺麗な髪の毛を頭の上で、お団子みたいにしてっている。

 私は別に耳も尖っていないし、普通の肌色だ。村の中じゃ私一人だけだけど、そう言う意味じゃ、毛むくじゃらなのはジャンゴも一人だけだ。


「なんか……。身体の奥が、ムズムズするぜ……」


「気のせいじゃない?」


 別にいつもと何も変わらないし、青いお空にお日さまが昇っては、また夜になる。

 そう。

 いつもの繰り返し。そう言う風にして私は育って来た。このウミルの村で。パトト爺ちゃんと。

 

「そう言やぁ、リリル。魔人デモニオが、風の洞窟に来たんだってなぁ?」


「怖いわねぇ……。中央魔大陸デモンズバレーからどうやって来たのかしら? 世界は、ステラの力で閉ざされているって言うのに……」


 ジルおじさんが、魔人デモニオのことを話すと、デメトおばさんが、何か気になることを言った。


(──中央魔大陸デモンズバレー……。世界は、ステラの力で、閉ざされている……?)


 すると──


 突然、急に、ジャンゴが苦しみだして──地面にひざまづいて、大声を上げた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ──!!」


「じゃ、ジャンゴっ!! ど、どうしたのっ!?」


 私は、ジャンゴに駆け寄ったけれど、ジャンゴは苦しむばかりで、地面の上をのたうち回るように転がって、もだえている。


「ど、どうしたっ!?」


「ジャンゴが! ジャンゴがっ!!」


 驚いたジルおじさんも、慌てて私とジャンゴに駆け寄ったけれど、どうすることも出来ない。


「パトトお爺さんを呼んできます!!」


 そう叫んだデメトおばさんが、即座に村の真ん中にいるパトト爺ちゃんの方へと走り出した。


「う、うわぁぁぁぁぁ……」


 地面に映る得たいの知れない巨大な影──


 私の目の前で、目を見開いて驚くジルおじさんが、恐怖で震えている。


「ミ、ミノタウルス(巨大牛人間)……! い、いや、巨獣──キ、キングベヒモス……!!」


 私が振り返ると──


 お空のお日さまさえ隠すように立つ巨獣──


 ──『キングベヒモス』が、大きな赤い目を見開いて、魔人デモニオさえ比べものにならない恐ろしい巨大な二本の角を、天にも届くほどに長く突き上げていた。

 紫の分厚い体毛。

 全てを噛み砕くほどの牙が、とてつもなく大きな赤い口に並ぶ。

 ひとなぎで、全てのお家が、破壊され、全ての村の建物が踏み潰されるほどの巨大な手足。

 だけど、そのツメは、どこかジャンゴのツメに似ていた。


「グゥルルバオオォォォォォォォォ──ン……!!」


 耳が、引き裂かれそうなほどの咆哮ほうこう音。


(し、心臓が──、バクバクする……。ハァハァ……。た、立って──られない……)


「ハァハァ……。ジャ……、ジャンゴ──だよね……?」


 仰ぎ見るようにして振り返った私の視界には──


 ──全てを破壊しつくすであろう光の塊が、ジャンゴ……『キングベヒモス』の口の中から放たれようとしていた──

 

 ─────┿─────


「キャァァァーー!!」


「うあぁっ!! 魔物だぁーっ!!」 


「グゥルルルバオオオォォォォォォォーー──ンッ!!」


 巨獣『キングベヒモス』になったジャンゴの咆哮ほうこうする声が、耳を引き裂くくらいに村全体に響き渡る。

 悲鳴を上げて逃げ回る村の人たち。

 さっきまで村の真ん中にある噴水のあたりに、みんな集まってたのに──お昼ご飯の食器や鍋を放り出して一斉に、みんな一目散に、小高い丘の上にある私とパトト爺ちゃんのお家に向かって走り出した。


「にげろっ!! にげろーっ!! 走れぇーっ!!」


「キャァァァーー!!」


「グゥルルルバオオオォォォォォォォーー──ンッ!!」


 村の人たちの悲鳴や泣き声が、キングベヒモスになったジャンゴの咆哮ほうこうする声にき消される。


(──ポテッ!!)


 逃げる途中、小さな女の子が地面につまずいて転んだ。


「うぇぇーーん!!」


 泣いている女の子を、すぐにその子のお母さんが抱きかかえて、私とパトト爺ちゃんのお家の方向──みんなが、逃げていく方へと走って行った。

 

(──ジャ、ジャンゴ……──)


 振り返ると、巨獣キングベヒモスになったジャンゴが、とてつもなく巨大な身体と二本の角を揺らしながら、天に突き刺すようにして大地に立っていた。

 空を仰ぎ見るようにして──獣のように引き裂かれたジャンゴの赤い口には、お日さまみたいに丸く輝く光の玉みたいなのがあった。

 私は、地面に映る巨大なジャンゴの影におおわれて──ジルおじさんと二人、取り残された。


「あわわわわわわ……」


 驚きすぎて、地面にペタン!とへたり込んだジルおじさんが震えて、身動きが取れなくなっている。


「ジルおじさん! 逃げてっ!!」


 私の声が聞こえたジルおじさんは、おびえながら視線をジャンゴから私に移した。

 ジルおじさんの目が震えている。


「り、リリル、ちゃん……。ぐっ……!! ハァハァ……。うっ!!」


「はやくっ!! 逃げてっ!!」


 私が、叫んだ直後──

 どこからか、私の身体の中に響くような声がした。


(──ジャンゴに……話かけてみて……──)


「──え?」

 

 胸のあたりが、暖かい。

 私が、小さな自分の胸の中をのぞき込むと──服の中で青い光が、ボンヤリと輝いていた。


(──風の……お星様?)


 私が、そう想った瞬間──

 ジャンゴの声が、私の中に響いて来た……。


(──く、苦しい……。ハァハァ……。お、俺──、ど、どうなっちまったんだ……?)


「ジャンゴ!?」


 ジャンゴの声が聞こえて、ハッ!となった。

 私は振り返って、空を仰ぎ見るように巨獣キングベヒモスになったジャンゴの姿を見上げた。

 苦しそうに、巨大な光の玉を口から今にも吐き出そうとしている。


「一刻を争うのぉ……」


 声が聞こえた方に、視線をやると──

 身動きが取れなくなったジルおじさんの後ろに、パトト爺ちゃんが立っていた。


「『錬成インパス』……──」


 そうつぶやいたパトト爺ちゃんの両腕に、光の粒みたいなのが集まって来る。

 魔人デモニオを倒した時のように──


「や、やめて!! パトト爺ちゃん!!」


「……心配するな、リリル。ジャンゴの声が聞こえたか?」


「え?」


ステラを継ぐ者は、内なる声を耳にする……」


 そう言うと──

 パトト爺ちゃんは無言でスタスタと、ジャンゴ──キングベヒモスの立つ足もとまで近づいた。


「苦しいじゃろ……。今、楽にしてやる」


 パトト爺ちゃんはキングベヒモスになったジャンゴを見上げて、たくさん両腕に集まった光の粒を、右の手のこぶしの方へと集めた。

 光の粒が、どんどんパトト爺ちゃんの右手に集まって来て、お日さまよりもまぶしく光輝やいた。


「や、やめて!! ジャンゴを殺さないでっ!!」


「コホォォォ……。ハァァァァァァァ……──!!」


 私の叫び声を無視して、キングベヒモスになったジャンゴの前で構えをとるパトト爺ちゃん。

 パトト爺ちゃんが呼吸するたびに、パトト爺ちゃんの立つ大地から白い煙のようなものが上がる。

 パトト爺ちゃんが構えをとったまま、真っ直ぐにどこか遠くを見つめていた。


「リリル……。ジャンゴに腹に力を入れるように言っとけ……」


「え?」


 静かなパトト爺ちゃんの言葉……。

 私は、目から溢れた涙を拭いて、キングベヒモスになったジャンゴを見上げた。


(──ジャンゴ、ジャンゴ聞こえる? お腹に力を入れて!!)


(──リリ……ル? ぐっ!! ハァハァ……。苦しい……。なんか、口から吐き出しちまいそうだ……)


「上を、向けっ!!」


 雷のように放たれたパトト爺ちゃんの言葉が、突然、聞こえた。

 構えをとったパトト爺ちゃんが、お日さまよりもまぶしく光る。


(──……キーーーーーーーーーーーーーーン……──!!)


 パトト爺ちゃんの身体から、耳の奥までつんざくような金属音が響く。


(──ジャンゴっ!! 上っ!! 上、向いてっ!!)


(──う……、う……え……? グルルル……)

 

 なにか、いつものジャンゴじゃないような声が最後に聞こえた。

 もしかしたら、ジャンゴの意識は、キングベヒモスの魔力にみ込まれる寸前なのかもしれない──

 

 キングベヒモスになったジャンゴの、引き裂かれたような大きな赤い口が、空に浮かぶお日さまの方へと向いた。

 お空に昇るお日さまと、ジャンゴの口の中の光の玉。

 それに、パトト爺ちゃんを包むまぶし過ぎる光。

 私の目の前には、お日さまが、三つもあるように見えた──


「行くぞ……? 『大錬成メガインパス』!! 『ビッグバン鋼鉄球ギガクラッシュ』!!」


(──……キィィィィィィィィン……──!! ズゴゴォォォォォォォォォォォォォォン──!!)


 とてつもない轟音。

 得体の知れない巨大な何かが、地上から飛び立つような音。

 構えをとったパトト爺ちゃんが瞬時に消えて、強烈な閃光が稲光のように光った。

 まぶし過ぎる白い光に私の視界が奪われて、目が開けてられない。


「あああああああああ……!!」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


(──ドガゴオオオォォォォォォォォン……──!!)


 気がつくと──

 私とジルおじさんは、村の真ん中にある噴水のあたりまで、吹き飛ばされていた。


いてっ。いててててて……。だ、大丈夫か……? リリルちゃん?」


「うっ……。い、痛い……。くっ……。だ、大丈夫。平気。ジルおじさんは?」


 だんだんと、目が慣れて来て──

 ジルおじさんも私も、地面にへたり込みながらも、お互いに無事なのを確認した。


(──ドオォォォォォォォォォォーーーーーーーーン……──!!)


「「 えっ!? 」」


 遥か上空で、何かが爆発したような音。

 私も、ジルおじさんも、空を見上げる。

 お日さまが爆発したかのような激しい光。

 やっと目が慣れて来たところなのに、すさまじい光のせいで、また目が見えなくなった。


(ビュオオオォォォォォォォ──!!)


「うっ……!!」


 咄嗟とっさに目を閉じたけど、あたりが見えない上に、もの凄い激しい突風が何秒間も吹き荒れた。

 私の魔物の毛皮で出来た服が、全部吹き飛ばされそうだ。

 私もジルおじさんも、口を開くことさえ出来ず、地面に突っ伏していた……。


「おじ……さん?」


「リリル……ちゃん?」


 ジルおじさんの返事する声が聞こえた。

 うずくまっていた私とジルおじさんだったけど、何分か時間が経って、ようやく辺りを見渡せるようになっていた。


(──ヒュォォォォォォォ……──)


 静かに風が吹く中──

 いつもと変わらない村の景色が見えた。

 木やレンガで出来た赤い屋根のお家や建物──

 巨獣キングベヒモスになったジャンゴとパトト爺ちゃんがいたところは、流石に何もかもが吹き飛んでいたけれど、お家や建物の壁や屋根……、それに窓や扉が少し壊れている程度で済んでいる。


「リリルちゃん! 上、上っ!!」


「え?」


 私が空を見上げると──

 そこには、頭の髪の毛以外全部抜け落ちた裸の少年をかついだパトト爺ちゃんが、ゆっくりと空から落下している最中だった。


「──ジャン……ゴ?」


(──ズドドオォォン……!!)


 裸の少年──。ジャンゴに想える少年を担いだパトト爺ちゃんが、空から降って来て──地面にめり込ませながら両足で着地した。


「やれやれ。世話が焼けるわい……」


 そう言ったパトト爺ちゃんが、その裸の少年をひょぃっ!と、ジルおじさんの方へと投げた。


「うええぇぇっ!?」


「ジャ、ジャンゴ!?」


 慌てて、ひっくり返りながら、裸のジャンゴをキャッチ!するジルおじさん。

 頭の髪の毛以外、毛むくじゃらだった毛が全部抜け落ちているけど、眠るように目を閉じているその顔は、ジャンゴだった。


「ちょっ! パトト爺ちゃん!? ジャンゴは!? ジャンゴは、無事なのっ!?」


 私に背を向けて、作業場に戻ろうとするパトト爺ちゃん。

 パトト爺ちゃんの作業着が、爆発のせいか、前も後ろも派手に破けてる。

 それに、パトト爺ちゃん自慢のお腹まで届く長くて白いおヒゲが、ちょっと黒く焦げてて短くなっていた。


「無事じゃ。心配ない。──ジル! ジャンゴをワシの家に運べ! それから、リリル! ジャンゴの世話を頼む……。やれやれ、腹も減ったし、酔いも醒めてもぅたわ……」


 そう言い残して、何事も無かったかのように、パトト爺ちゃんは、ゆっくりとその場を後にした。

 

「──って、私っ!? 私が、裸のジャンゴのお世話をするのぉっ!?」


 パトト爺ちゃんの背中に向かって、叫んだけれど──

 パトト爺ちゃんは、軽く右手を挙げて「よろしく頼む」みたいな感じで手を振るだけだった……。

 

─────┿─────


「うーん……。(ウロウロ……)ウーン……。(ウロウロ……)ハァ……──」


 耳の尖った緑色の顔をしたジルおじさんが、額に汗を流し顔をしかめながらヒィコラ言って、裸のジャンゴを二階にある私のお部屋のベッドまでなんとか運んだんだけど──


 ジャンゴは丸裸で、ジルおじさんの服でくるまれてるだけ。

 私は、どうしたら良いのか分からなくて、お部屋の中をウロウロ……。

 ハァ……。溜め息が出る。

 

「リリルちゃん、後は、よろしく頼む! 俺も、作業場の方に戻るわ!」


「ちょっ! ジルおじさんっ!?」

 

「んじゃ……!」


(──バタン……)  


 そう言い残して、ジルおじさんは、お家の玄関の扉を閉めて村の作業場の方へと戻って行った。


「あぁ……。もぅっ! どうしたら良いのよー……」


 私は、栗色のウェーブした自分の髪の毛を、クルクルと指先で巻きながら、ベッドで寝てる裸に近い格好のジャンゴを見つめた。


「と、とりあえず、お布団かけとこうかな? アハハ……」


 寝息を立てて眠るジャンゴ。

 よほど、疲れたのか、ピクリとも動かない。

 

(──それにしても、綺麗な肌……)


 ジャンゴの褐色の肌が、キラキラと輝く。

 頭の灰色グレーの髪の毛を残して、ジャンゴの毛むくじゃらの毛が、全部抜け落ちている。 

 まるで、私と同じような姿。ジャンゴは男の子だけど──

  

(──へぇ……。男前になっちゃって……。ハッ! い、イケない……。お、お布団、お布団──……と)


 サッパリとしたジャンゴだけど、私のお布団の中に入れるのは、やっぱり抵抗がある。

 ズクズクに汚れているわけでもないけど、前みたいに変な匂いもしないんだけど──

 まぁ、仕方がない。ジャンゴは、とっても疲れているみたいだから……。


「リリル……」


「えっ!?」


 目を閉じたまま、スースーと寝息を立てて眠るジャンゴが、一瞬、私の名前を呼んだような気がした。

 そして、しばらくすると──


「好き……」


「えーっ!?」


 今度は、ハッキリと聴こえた。


「えっ!? えーっ!!?」


 私は、びっくりして、お部屋の床に尻もちをついた。

 前まで、床に敷いてあった『世界の地図』は、何かあったらイケないし、怖いからパトト爺ちゃんに丸めて渡してある。

 けど──


「じゃ、ジャ、ジャン……ゴ?」


 ある意味、ジャンゴが、キングベヒモスになった時よりも、びっくりした。

 

(……え──? 嘘?)


 私は目を丸くして、とっても驚いていた。

 びっくりしたまま、床に尻もちをついて、立ち上がれない。

 私は、栗色のウェーブした自分の髪の毛をクルクルと指先で巻きながら、ボーッとベッドの上で眠るジャンゴを見つめていた。

 すると、突然──


(──……リリル、嬉しい……)


 風のお星様の声──

 私の小さな胸の上で服の中から、パァァ……と青色の光が、輝いていた。


「い、いや、今は何も言わなくても良いよ……。お星様……。アハハ……」


 私は床に尻もちをついたまま、独り言のようにつぶいた。

 なんだか、恥ずかしかった。

 眠っているジャンゴに、さっきのお星様の声が聴かれてないかなー……なんて、心配しちゃうけど、お星様の声は私にしか聴こえないはず。


 そう想ってたら、お星様の青い光がスー……と、私の小さな胸の上から消えて行った。


「ふわぁぁ……。あー……。ん? ここ、どこ?」


 ジャンゴが、目を覚ました。

 ベッドに寝たままの状態で、私のお部屋の天井を見つめるジャンゴだけど、寝ぼけているのか、まだ私に気づかない。


「ん? リリルの、部屋? ん? んー……? えっ!? 毛、毛が、な、無いっ!? え? 顔の毛だけじゃなくって?」


 ジャンゴがベッドからガバッ!と、上半身を起こして、毛の無いツルツルとした自分の身体を見つめながらサワサワと触っている。

 ジャンゴが急に私の方へとグルン!と首を向けた瞬間、ジャンゴの大きな瞳と私の目が、突然バチッ!と合ってしまった。


「リ、リリルっ!?」


「は、はいっ!!」


 急に、ジャンゴに名前を呼ばれて、私は身動きが取れなくなった。


「み、見てくれよっ!!」


 そう言って急に、ベッドの上で立ち上がった裸のジャンゴ。

 もちろん、ジルおじさんがジャンゴに掛けてくれた上着は、ジャンゴが立った瞬間にハラハラ……と、床に落ちてしまった。


「キャァァァーッ!!」


「う、うわっ!? お、俺、裸じゃんっ!?」


「──っ!!」


 見えてしまった。

 指の隙間から。

 裸そのままのジャンゴの姿を。

 咄嗟とっさに手で顔をおおった私だったけど、ちゃんと隠しきれなかった。

 流石に風のお星様も、この時ばかりは何も言わずに光らなかった。


「リ、リリル……? み、見た──?」


「み、見て、ないっ!!」


 私の顔が、耳まで熱くなる──

 毛の無い裸のジャンゴの姿が、まぶたに焼き付いてて離れない……。


「ふ、服! 服っ!! ジャンゴ! 服、着てっ!!」


 私は、ジャンゴから恥ずかしさで目をらしたまま、床の方を見つめる。


「え!? ふ、服っ!? って、服が、ーっ!!」


 そう叫んだジャンゴが、ゴソゴソとベッドの上でお布団にくるまる音がした。

 チラリと、ジャンゴの方を上目遣いで見ると、お布団から顔を出したジャンゴの姿が見えた。

 バサバサの灰色グレー長髪ロングヘアーがジャンゴの顔をおおっている。


「ちょっ! ジャンゴ! 待ってて!!」


 そう言った私は、ドンドンドン!と、木の階段を駆け下りてパトト爺ちゃんの服をガサゴソ──。

 でも、パトト爺ちゃんとジャンゴじゃ、服のサイズが合わないって言うか何て言うか……。

 私とジャンゴは同じくらいの背の高さだけど、パトト爺ちゃんは、私やジャンゴよりも小さい。

 けど、私の服をジャンゴに着させるのは、すんごく抵抗あるし……。


「──うーん……」  


 腕組みしながら、片方の手で、栗色のウェーブした髪の毛をクルクルと指先で回す私。


(ん? そうだ──!)


 私が、顔を上げると──

 暖炉のあるこのお部屋の壁に飾ってある、パトト爺ちゃん特製の鎧兜が視界に入った。


「これだっ……!!」


 私は、突然、閃いたように二階にいる裸のジャンゴに大声で叫んだ。


「ジャンゴぉーっ!! 降りてきてーっ!!」


「──……え? な、何!? お、俺は、は、裸なのに……──?」


 二階にいるジャンゴの小さな声が、聴こえた。


「もちろん、お布団にくるまっててよぉーっ!?」


「……お、おぅ……」


 もう一度、私がジャンゴに大きな声で叫ぶと、ジャンゴは何だか恥ずかしそうに返事した。


(トン……トン……トン……。ズルズルズル……──)


 ゆっくりと、お布団にくるまり引きずりながら、ジャンゴが木の階段を降りる音が聴こえる。

 裸のジャンゴが、雪ダルマみたいにお布団から顔を出して、私の前に現れた。今は、まだ時期的にイシュタールの大平原に雪は降ってないけど。


「ジャーン……!!」


「え? こ、これ、鎧じゃねぇかよっ!?」


 私は、暖炉の壁に飾ってあるパトト爺ちゃん特製の鎧兜を、両手でヒラヒラさせながら、ジャンゴに見せてみた。


「いつも、見てるヤツだけど、コレってパトトジジィのサイズじゃぇ……。普通サイズだよな? リリル?」


 私のお布団にくるまりながら、不思議そうな顔で私を見つめるジャンゴ。


「うん。そだよ? ジャンゴには、ちょい大きめかもだけど?」


「じ、直に着るのかよ……」


 そう言ったジャンゴが、ズルズル……と、私のお布団を引きずりながら、壁に飾ってある鎧兜へと近づき、マジマジと見つめる。


「お? これ、鎧の裏側に布とか何かの魔物の毛皮とかが、貼り付けてあるぜ? コレなら着れるかも?」


 そう言ってジャンゴが、私のお布団に包まりながら、片方の手で鎧兜の感触を確かめている。


「気に入ったぜっ!! パトトのジジィにゃわりぃが、今は臨時だ! 仕方ねぇ!! なぁ、リリル? なんか、俺の身体を巻く布とか無い? やっぱ、なんだかんだ言って直接鎧着るのは、アレだから……」


「んー……。ちょっと、待ってて!」


 私は、お家の奥からウミルの村の人たちが織った長い織物おりものを出して来る。

 ウミルの村では、魔物とかじゃない普通の植物の繊維から創る織物技術がある。

 綺麗な模様の織物おりもの

 けど、今はジャンゴに着せるものが、この鎧兜以外ないから、仕方なくジャンゴにその織物おりものを手渡した。たぶん、下着代わりに身体に巻きつけるんだと思うけど……。


 「あっち向いててー」と言うジャンゴの言葉どおり、私はジャンゴと反対方向に向いて、しばらく立って待っていた。

 ジャンゴが、何かゴソゴソとしている……。


「えーと。えーっと……。こうやって、巻きつけてだな……。出来た!!」


 ジャンゴの言葉を聴いて、私が振り向くと──

 器用に織物おりものをグルグルと身体に巻きつけたジャンゴが、そこに立っていた。


「ジャーン!!」

 

「変なの……」


 やっぱり、早く普通の服をジャンゴに着てほしい。私は、そう思った。

 織物おりものは、柔らかいけど下着じゃないし……。

 織物おりものをグルグル身体に巻きつけたジャンゴの姿が、しっくり来なさ過ぎて──鎧も、服じゃないけど、とりあえず、鎧でも何でも良いから早く着てほしかった。


「あー、とりあえず、もうその鎧で良いから早く着てくれない? ジャンゴ?」


「あー、もう、分かったって。確かに、このままじゃ、しっくり来ねーもんな。よっと! じゃ、この鎧を着てみますか……」


 壁に飾ってあった鎧。

 身体の動く関節部分は鎖状に出来てて、肩や胸、背中……お腹の部分にある金属状のプレートとつなぎ合わされてて、とっても強そうな感じがした。

 鎧の内側は魔物の毛皮なのか、何か柔らかそうな素材でおおわれていた。

 ついでに言うと、お股(恥ずかしい……)部分も、そんな感じに出来てて、鎧にしては動きやすさを重視した創りになってる感じだ。


「ヘヘーン!! リリルー? 似合う?」


 そんな感じで、私に鎧姿を見せびらかして来るジャンゴ。


「わ、分かった、分かったってば! 似合う! 似合うよ? ジャンゴ……? アハハ……」


 13才になったけれど、私の目の前で小さな子みたいに、はしゃぐジャンゴ。

 浮かれてるジャンゴを見て苦笑いする私だけど、馬子にも衣装みたいなウミルの村の言葉どおり、ちょっとだけ勇者みたいに見えた。

 

 勇者──?

 そう言えば、そんな言葉が、大予言者ホーリーホックのお話の中にもあった気がする……。

 星の巫女みこ──守護者と勇者……? んー……。なんだっけ?


「『光刃錬成ブレードインパス』!! 『竜人剣ドラゴニックソード』……!! 『竜爪牙デモニウムキラー』!!」


「あー。はいはい……。パトト爺ちゃんの技ね? うんうん、格好いいと思うよ? ジャンゴ……?」


 ジャンゴが、ガシャン!ガシャン!と、身につけた鎧の音を鳴らしてパトト爺ちゃんの真似をする。

 本当に、パトト爺ちゃんみたいに出来たら格好良いと想うけど──何だか私には、ジャンゴが小さな子どもみたいに見えて仕方がない。


「行くぞ……? 『大錬成メガインパス』!! 『ビッグバン鋼鉄球ギガクラッシュ』!!」


 ジャンゴがキングベヒモスになった時のパトト爺ちゃんの言葉を、ジャンゴが、そのまま真似して言った。

 ジャンゴが、目の色をキラーン!と光らせながら灰色グレーの髪をかき上げて構えを取る。


(あぁ……。聴こえてたんだ。キングベヒモスになったジャンゴにも……)


 目の前で構えを取るジャンゴを見て、そう想ったけど──

 なんか、ジャンゴが、それだけで収まりそうにない気配。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ジャンゴが、ジャンプした瞬間。

 ジャンゴは、暖炉のお部屋の天井に、ガツン!と頭をぶつけて──

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 着ている鎧の重みのせいか、ビッターン!と、お部屋の床にへばりついて落下した。


「ジャ……、ジャンゴ?」


 恐る恐るジャンゴに近づく私。

 栗色のウェーブした髪の毛をかき上げて、私がジャンゴの顔をのぞき込むと──

 ジャンゴが、ニヘッ!と笑って、亀みたいに鎧から出した顔を持ち上げた。


「ウヘッ! やっぱ、まだ、無理みたいだぜ?」


 そう言って、ニヤニヤ笑うジャンゴの顔が、おかしくて──

 私は、想わず吹き出してしまった。


「プッ! ご、ごめっ! ジャンゴっ!! い、いや、カッコ良かったよ?」


「……笑いこらえてるじゃん? リリル?」


「アハハハハハ!! ご、ごめん!! ジャンゴ!! 信じてるよっ!?」


「ガハハハハハハ!! だよなっ!! 任せろよっ!!」


 ジャンゴと笑いあって、そうこうしてたら、お日様がいつの間にか山の向こうに沈んでて──

 夕方から夜のお星様の見える時間になっていた。


─────……☆……─────


(──ガチャ……。バタン──!)


 ジャンゴと笑いあった後、晩ご飯でも食べようかと想ってたら──

 お家の玄関の扉が急に開く音がして──

 懐かしいような久しぶりのしわがれた低い声が、お家の中まで響いて来た。


「フン!! おーいっ! リリルっ!! 帰って来たぞっ!!」


「はいはーいっ!! 今、いくーっ!!」


 パトト爺ちゃんだ。

 パトト爺ちゃんの低くて太いしわがれた声に、お家の中全体が揺れるようだ。

 久しぶりのパトト爺ちゃんの帰宅。


「あ、ジャンゴは、ここで待ってて?」


「お、おぅ!?」


(トン……トン……トン……!)


 ジャンゴを私のお部屋に待たせて──とりあえず、私はパトト爺ちゃんのいる玄関へと、木の階段を急いで降りた。

 

「パトト爺ちゃん!! お帰りーっ!!」


 昼間と同じ格好だけど、久しぶりにお家に帰ったパトト爺ちゃんの姿を見て私は、想わずパトト爺ちゃんに抱きついてしまった。


「お、おぅ……。リリルちゃん? い、いや、リリル!」


 酔ってる様子も無いのに、想わず私のこと──リリルちゃん?なんて呼んだパトト爺ちゃん。

 ちょっと、可愛げがある。

 けど、着ていた作業着も、昼間のジャンゴとの爆発のせいでボロボロ。

 もちろん、自慢の白いおひげも焦げて短くなったままだ。

 パトト爺ちゃんの匂いと感触に癒される……。

 

 けど、お家の玄関にいるパトト爺ちゃんへと、直ぐさま駆け寄ったのは、私だけじゃなかった。

 ジャンゴもだった──。


(──ガチャン!ガチャン! ガシャン!! ズシャアァァ──……)

 

 鎧を着たままのジャンゴが、ガチャガチャと音を立てて、パトト爺ちゃんの目の前で、あり得ないことに──、いきなり土下座をした……。


「パトトのジ……じゃないっ!! パトト師匠っ!! お、俺を弟子にしてくださいっ!! よろしくお願いしまっす!!」


 鎧姿のまま、パトト爺ちゃんに土下座をしているジャンゴ。

 パトト爺ちゃんが、お腹の上で揺れる焼け焦げて短くなった白いおひげの上から、ギョロリ……!とジャンゴをにらみつけて見下ろしている。


「フン!! リリルっ!! 飯と酒!! あるかっ!!」


「え、え? ジャンゴ? え? ば、晩ご飯? お酒? ジャンゴの創ったキングベヒモスのお肉なら、あるよっ?」


「出せっ!!」


「は、はいはーい! って、え? ジャ、ジャンゴは?」


 私は戸惑いながら、帰って来たばかりのパトト爺ちゃんとジャンゴの目の前で、どうしたら良いのか分からなくなって、バタバタとした。


「話は、後でする……。リリル! 酒と飯っ!! ジャンゴ! 顔を上げろ……」


 パトト爺ちゃんが、そう言ったもんだから、私はいそいそとお家のお台所に行こうとした。


「フン!! キングベヒモスの魔力に耐えたか……? ジャンゴ……。リリル! 酒飲んで飯食ったら寝るっ!! 明日以降に、ウミルの村を出発じゃっ!! 旅に出るっ!!」


 そう言ったパトト爺ちゃんが、ドカドカ!とお家の中に入ったかと思うと、ファイアーブレスドラゴンの血で出来た強いお酒を、床から樽ごと片手で拾い上げて、グビグビ!と一気に飲み干した。

 それにしても、旅──? 旅って?


「プハ──!! まぁ座れ、ジャンゴくん? ウィ、ひっくー! おぉぅっ!? その鎧っ!! 気に入ったか? 似合ってるじゃねぇか? ガハハハハハハ!!」


「は、はい……。どうも、師匠……。(い、いつも酔うと、こうなのかっ!? パトトのジジィ!! いや、師匠……。なぁ、リリルっ!?)」


 バンバン!!と、鎧の上からパトト爺ちゃんに叩かれているジャンゴ。

 ジャンゴを叩くパトト爺ちゃんの姿に、ジャンゴが困った目で何かを私に訴えかけている……。

 パトト爺ちゃんは、軽く優しく叩いてるだけかも知れないけれど、たぶん物凄い力だと想う。

 なんせ、パトト爺ちゃんは、バカ力だから……。

 けど、でも、ジャンゴが耐えてるのは、それだけパトト爺ちゃんの創った鎧が凄いってこと? 

 それとも、ジャンゴの身体能力が凄いってこと?


「師匠……? ガハハハハハハ!! お前が、ワシの弟子になるのは百万年早いっ!! だが、貴様のその意気込み! 買った!! まあ、ワシの空になった酒をげっ!! お前も飲むか? 話は、それからだ!! ガハハハハハハ!!」


「は、はぁ……。(リリル! パトトのジジィ、ヤバくねぇかっ!?)」


 またしても、パトト爺ちゃんに、バンバン!鎧の上から背中を叩かれているジャンゴ。

 ジャンゴが私の方を、やっぱりチラチラ見て来るから、私は晩ご晩を樹のテーブルに並べながらウインクしておいた。

 よく分からないけれど……。


 けど、旅?

 パトト爺ちゃんの言ってた言葉が気になる。

 そう言えば、風のお星様も他の仲間たちを救ってほしいとも言ってた気がする。

 風の洞窟で──


 樹のテーブルにキングベヒモスのお肉と、木で出来た飲み物のコップを置いたけれど、早くもファイアーブレスドラゴンの血で出来た強いお酒を飲まされそうになっているジャンゴ。


「今夜は、祝杯じゃわいっ!! キングベヒモスの肉とファイアーブレスドラゴンの血で出来た酒を飲むと──ジャンゴ!! 貴様は、どうなるのかのっ!? ガハハハハハハ!!」


「や、やめろよ! ジ……じゃないっ! 師匠っ!!」


「ガハハハハハハ!! そん時は、ワシが貴様を征伐してくれるっ!! リリルちゃんに、手出し出来んようになっ!!? ガハハハハハハ!!」


 いや、そっち──?

 

 チラリとジャンゴの方を見ると、ジャンゴも困った目で私を見て来る。

 このウミルの村じゃ、13才は、子ども以上の大人未満な微妙な年齢だ。

 ちょっとだけ、昼間のことを想い出して──私は、なんか顔が火照っている気もした。

 ジャンゴも俯いて──なんか、恥ずかしそうにもしていた……。

 

────┿────


常夜灯ランタン、水筒、肩掛け、フード。魔物の球根と種、干し肉、手袋、腰袋、ベルトにブーツ……と」


 酔っぱらったパトト爺ちゃんと、パトト爺ちゃんのお酒の相手に付き合わされたジャンゴが、暖炉のあるこのお部屋の床で、「ガーゴー」と二人ともイビキをかいて眠っている。

 「パチ……パチ……」時々、暖炉の火で燃えている木が音を立てている。

 私は、パトト爺ちゃんから「旅に出る!」なんて言われて眠れない。


「これで、良し!」


 旅に出るって聞いて、必要そうなものは、だいたいそろえられたと想う。


「んー。なんだか寝れないな……」


 チラリと横目に視線を落とすと──、やっぱり、パトト爺ちゃんとジャンゴは暖炉の火に照らされて、相変わらず大イビキをかきながら気持ちよさそうに眠っている。


「あー。なんか、二人とも呑気ノンキで良いよねー。これから、大冒険が始まろうってのにさ?」


 ジャンゴは小さい時このウミルの村に来たって言うし、パトト爺ちゃんは私の知らない外の世界をよく知っているし。

 けど、私は生まれた時からこの村を出たことないから、外の世界っていうものを知らない。


「寝れないよー……」


 私は、暖炉の炎と眠っているパトト爺ちゃんとジャンゴの寝姿を見ながら、膝を抱えて座っている。栗色にウェーブした私の髪の毛の先を、自分でクルクルと指先で巻きながら。


「やれやれ。暖炉の火も消さなくちゃいけないし、寒くなると風邪ひくから、二人に毛布でもかけときますか……」


 私もよく着ている服の素材──、牛みたいな魔物ズーの毛皮とお家より大きな怪鳥パピロの羽毛で創られた毛布を二人にかけておく。

 これ一枚で、本当に暖かい。暖炉の火もいらないくらいだ。

 それから私は二階の自分の部屋に行こうとして、暖炉の火を消してお部屋の常夜灯ランタンの火も消そうとしたんだけど──。


「今日は、二人と一緒に寝るか……」


 なんだか、今すぐ眠れそうにもないし、私はパトト爺ちゃんにかけた毛布の中へと身体を折りたたんで寝転んだ。


(ガー……ゴー……)


「んー。やっぱ、お酒臭い。イビキも凄いし。余計寝れないかな? アハハ……」


 久しぶりにパトト爺ちゃんの毛布に入ったけれど、やっぱり無理。

 小さい時は気にならなかったけど、自分のお部屋で寝るようになってからは、ずっと一人で寝てたから。

 それから私は、二階の自分のお部屋の毛布を持って降りてきて、ジャンゴとパトト爺ちゃんと並んで眠った。

 床は固いし、お酒臭いし、イビキもうるさかったけれど──。

 なんだか、不思議と気持ちが落ち着いて来て眠くなって来た。


(──リリル。おやすみ……)


 私の小さな胸のあたりが、暖炉と常夜灯ランタンの火を消した真っ暗なお部屋にパァ……と青色に光って、お星様の声が聞こえた気がした。

 それから私は、だんだんと眠くなって見たこともない不思議な夢を見た──。


────┿────


「ここ、どこ?」


 青空と雲──。

 空の真ん中にいるはずなのに、地面が浮いていて見たこともない高い建物が、たくさん空のもっと高い場所へと伸びている。

 そこからまた、たくさんの橋みたいなのが伸びていて、別の建物へと続いている。

 私がいる場所からは、地平線が見えていて遥か下に地上というか、私が住んでた世界──森や山が見える。


「なんだろう?」


 私の足もとからは、固いレンガとも違う見たこともない透明な石?みたいなので出来た橋が、目の前の空まで届きそうな建物の入り口へと続いている。


「うわっ!?」


 足もとの遥か下に見える地上から吹く風に、少しバランスを崩されそうになった。


「どうやら、目の前の建物の扉の中へ、入らなきゃいけないってことね?」


 私は魔物製のブーツをいて、橋をコツコツと足音を立てて渡りながら、自分の栗色のウェーブした髪の毛をかき上げて扉の側まで近づいた。


「木の扉? 扉だけなんだか古そうに感じるな……」


 木の扉を、ギギギ……と開けると──。中は、真っ暗で何も見えなかった。


「誰か、いますかー?」

 

 けっこう中は、広い空間みたいで、私の声だけが響き渡った。


(バタン──!!)


「ひ、ひえっ!?」


 私の背中の後ろ側で、さっき開けた木の扉が急に閉まった。

 すると──。

 高い窓のような場所から光が差し込み、私のいる目の前の空間をボンヤリと照らした。


「え? 何? 透明な壁? 誰か、いる──?」


 私の目の前に現れた透明な大きな箱のようなものの中に、誰かがいる。

 コポコポと、小さな泡みたいなのが音を立てている。水が入っているみたいだ。

 私が今いる暗い空間とは反対に、この透明な箱の中が少しずつ明るくなって行く。


「人──? 裸の女の子?」


 肌色はしているけれど、透けそうなくらい透明な身体の女の子が、目の前の箱の中で目を閉じて立って浮いている。

 私と同じ栗色のウェーブした髪の毛。小さな胸のあたりが青く光っている。

 え──? 嘘……?


「良く来たね? リリル……」


「え!? 誰っ!?」


(ゴゴゴゴゴゴゴ……──)


 建物の中が激しく振動して、急に私の足もとの床が消えてなくなった。

 私は、突然、暗闇の底へと落下した。


「キャアァァ──!!」


────┿────


(ガバッ──!!)


「ハァハァ……」


 私は上半身を起こして、息を切らしながら目が覚めた。

 まるで、さっきいた場所に本当に居たみたいに感じる。

 それにしても──。

 夢の中で見た透明な箱の中に居た女の子は、私にとても良く似ていた。まさか──、とは想うけれど私は首を横に振って考えないようにした。

 それと、誰だろう? あそこには、もう一人、誰かいた。「良く来たね? リリル……」なんて、あの時、夢の中の誰かが言った言葉が、私の頭の中を繰り返し木霊こだまする。


「気持ち悪い……」


 心臓のドキドキする音が止まらない。

 ふと隣を見ると──、パトト爺ちゃんとジャンゴが、まだ気持ちよさそうに大イビキをかいて眠っていた。


「うぅっ……。パトト爺ちゃん、ジャンゴ、助けてよ……」


 すると、私の小さな胸の上でパァ……と、青く光ったお星様が私に話しかけて来た。


「流星かける時 星の巫女みこあらわる たけき者 勇ましき者 これを守りて すなわちともに星を守る」


(ん? どう言うことだろ?)


 頭になんとなく響く、いつものお星様の声よりも、くっきりはっきりと聴こえた。

 私が、自分の小さな胸の上で光るお星様の青色の光を見つめていると──。


(──リリル。頑張って……)


 いつものように、頼りなく消え入りそうなお星様の声が、私の頭の中に響いた。

 それから、なんだろう……。

 お星様の声を聞いた私は、急に安心して直ぐさま眠りに落ちた。


────……○……────


 ──朝だ。

 お家の木組みの窓から朝日が射すように光輝く。


「ん、んー。眩しい……」


 あれから私は、ぐっすりとよく眠れたみたいで、肩凝りも頭痛もなく、すっきりと目覚めた。


(おはよ。リリル──。元気そうで、良かった)


 私の小さな胸の上で、お目覚め一番。パァ……と青色に光輝き、お星様が私へと話しかけて来た。


「んもう! 分かってるねー! お星様! 私は元気だよ?」


 私は、ニヤニヤとしながら、自分の小さな胸の上を見つめた。

 なんだか、最近、お星様との会話が多い気がする。

 隣を見ると、ジャンゴが、まだイビキをかいて眠っていた。


「もー。寝坊助だなー? ジャンゴは!」


 ワクワクする。

 まるで、何かが始まりそうな?

 そう……。生まれて初めて、このウミルの村を飛び出して、私の大冒険が始まるんだからっ!!


 けれど、私とジャンゴの間で、眠っていたはずのパトト爺ちゃんの毛布がカラだ。

 お台所やお家の奥から、なにかゴソゴソと物音がする。


「フン!! おぅ……。目覚めたか、リリル? よく眠れたか? 目が覚めたんなら、手伝え」


 パトト爺ちゃんが、朝から何やらゴソゴソと旅立つ前の荷造りをしている。


「わっ!? って、コレ何!? 全部、持ってくの!?」


「おおぅよ? ワシが創った武器防具は、超一級品。魔人どもの手に渡れば世界を滅ぼしかねん。こうやって……。なに、心配いらん。このウミルの村のヤツらには最低限の装備は持たせてある。ワシの武器と防具は、力無き者が使えば反動がデカいからな」


 そうやって、パトト爺ちゃんは、ひとつ一つ──……。

 何かの赤い文字が描かれてある布を、パトト爺ちゃんの創った武器と防具に丁寧に巻きつけては包み込んで、大きな布袋みたいなのに、しまってゆく。


「それにしても、デッカい布袋だね? パトト爺ちゃん?」


「布袋じゃねーわい。イシュタールの大平原よりさらに奥地。タモタモの森の沼地に生息する魔物、キングギガントオーガマガマガエルの胃袋じゃわい! 伸び縮み自由じゃ!」

 

「オーガマガマ? ガエル? そんなのいるんだ……!」


 私は、目をキラめかせて、パトト爺ちゃんと魔物キングギガントオーガマガマガエルの胃袋を見つめた。

 見たこともない、そんな魔物がいるんだ!!

 そう想うと、私のワクワクとドキドキが止まらない!


「あぁ。それとだな、リリル? お前は、魔法マギアを使えるようにならねばならん」


「え? 魔法(ま?ぎ、あ)……? 何それ?」


 パトト爺ちゃんが床に片膝をついて、分厚い大きな手で、魔物キングギガントオーガマガマガエルの胃袋に武器やら防具を丁寧に仕舞い込みながら、私へとつぶやいた。

 私は、洞窟で魔人デモニオも言ってた──『魔法マギア』と言う言葉に驚いた。

 髪の毛の先を、指先でクルクルと回しながら、「何だろう?」って想う。


「飯作る時に、フライパン握って火を灯すじゃろが? あれは、身体から出る錬成インパスの力を、火の魔法マギアへと変換出来るよう書き換えてあるんじゃがの?」


「え? そうなんだ? だから、私、お料理が苦手……」


 そうだ。

 錬成インパスなんて言葉、魔人デモニオもパトト爺ちゃんも、洞窟の時に言ってた。

 私は、そもそも身体から出る力──錬成インパスっていうのが弱いから、フライパンのお料理が生焼けだったのかな──?


「関係ない。通常、ワシらはステラから授かりし言の葉を借り、己が力──錬成インパスの力をこめて魔法マギアを召喚するが、風のステラを宿したリリルは、無詠唱で風の魔法マギアを召喚出来るはずじゃ……」


「そうなの……?」


 チラリと横目に視線を落とすと、「グーグー……」と、まだイビキをかいて眠っているジャンゴ。

 よほど気に入っているのか、パトト爺ちゃん特製の鎧兜よろいかぶとを身につけたまま眠っている。


「流星かける時、星の巫女みこあらわる。たけき者、勇ましき者──これを守りて、すなわちともに星を守る」


 私は、私の中にいる風のお星様と同じ言葉を言ったパトト爺ちゃんに、ギョッ!として驚いた。


(嘘──? なんで、知ってるの?)

 

「目覚めたらジャンゴにも言っとけ。ステラの力が弱まった風の大陸には、じきに星の巫女みこ──リリルを求めて、魔人どもの使いが来る。ウミルの村をはじめ、この風の大陸全土にな……」


 パトト爺ちゃんが、全部の武器と防具を魔物キングギガントオーガマガマガエルの胃袋に仕舞い終えて、大きな手と足を使ってロープでギュギュッ!!と、袋の口をきつく縛った。







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