表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

縁の糸

作者: 見伏由綸

 半引きこもり。学校を無断で休み、研究室でも消息不明と言われる不甲斐ない大学院生。大学院生としての責務も義務も権利までも放り出した、大学院生と言っていいのかわからないような存在になってもう随分と時が過ぎた。無断欠席している授業と研究室のことを思いながら、何も為せずにただ過ぎゆく時間を引き止められない毎日。親にバレるのが怖くて、授業を受けている風を装う罪悪感に、見えないくらい小さな傷をつけられてただただ耐えている。何も為せず、何のためにもなれない私は何のためにいるのか、そも、誰にも認識されない大学院生としての私は存在すると言えるのか、考えても仕様のないことばかりが思い浮かんでは淀みに吹き溜まってゆく。

 このままではいけないとそう思うだけの理性はまだあり、しかし全てを直視するだけの気力はなく、氷山のてっぺんを少しだけ削るかのように表面にある問題を解決しようと試みる。上手くいかず、上手くいかなかったという経験ばかりを積み上げながら、しかし、また試してみる。最も表面にある、文字で人とやりとりするのが怖いという気持ちを克服しようと試みる。

 外に出たくて、外にいる人に私が存在していることを知って欲しくて、何度も何度も試みる。ツイッター、チャットアプリ、相談窓口…なんでもいい、どこでもいいから、どこかのだれかに受け入れられたくて。なのに、縁の糸が触れそうになると、怖くて自分の中に全てを隠してしまう。個人情報を隠して、経歴を隠して、趣味を隠して、性格まで隠して、自分じゃない自分になりきって。それでも一ヶ月もしないうちに限界がやってきて、自ら糸を切ってしまう。途切れた糸を後生大事に心の中に引っ張り込んで、切れていることに涙を流しながら大事大事に溜め込んでゆく。心の中は、いつの間にか続きのない糸でいっぱいになって、こんがらがって、あちこちで絡まって。私はもう外に出られない。時が止まっているかのように穏やかで、やわらかくて、誰もいない糸の繭の中で、私はずっと座っている。


 ある日、LINEに通知が来た。ほんの数年前まで大学で会っていた友達からだった。「久しぶり。また会いたいな。大学に来る予定ある?」そんなたわいもない、普通で、害意のないことば。それなのに、開けなかった。会いたいのに、会うのが怖くて。優しい友達だから、私の繭の中に引きずり込んでしまいそうで。万が一、拒絶されたら怖くて。何度もアプリを開いて、メッセージがそこにあることを見ては安心して、でも開けなくて。


 開けないままに、2週間が過ぎた。相手からしてみれば、既読のつかない途切れた糸。でも私からみたら、私がここにいることを教えてくれる蜘蛛の糸。掴めないから救われないけれど、心の底まで垂れて静かに光るその糸は、きっと、確かに、私の世界とつながっている。

お読みいただきありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ