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流れより出でて

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あっ、つぶらやくん、見た見た? あそこの川面が、少しだけ跳ねたの。

 多分、魚とかだと思うけどさ、何もないところでいきなりしぶきがあがるのって、慣れていないとびっくりするよね。


 僕も昔は、ああいう突然の水はねにびびっていたタチだった。

 見えないことが、頭の中でどんどん想像を促してさ。てっきり姿の見えない人か何かが、水面に足を突っ込んだのだと思っていたよ。

 一足しか水はねがないのは不自然だけど、そこはジャンプのための足場にしたんだと解釈。きっと空の高くまでのぼっていたのだと、考えていた。

 残念だけど、この手のイメージをふくらませる人は、当時僕の周りにはほとんどいなくてね。たいていは自分の頭の中で、妄想するだけに過ぎなかった。

 けれど、このしぶきのあがり方について、不思議な体験をした友達がいてね。面白い話を聞くことができたんだけど、耳に入れてみないかい?



 その子は散歩することが、小さいころから好きだったようでね。休みの日に天気が良くなると、家の近所を歩いて回ったそうなんだ。

 家から20分程度歩くと、大きな橋が見えてくる。架かる川そのものも二級河川で、それなりに広く、長い。いったんその橋で対岸へ渡ってから、また川沿いにしばらく歩き、別の橋を渡って戻ってくるのが、彼のよく使う散歩コースのひとつだった。


 時刻は午前10時過ぎ。ふと見下ろす川には、流れに挟まれた長大な中州が一本、横たわっている。

 橋の両側から、石たちをふんだんにまぶした体をさらすそこは、水鳥たちにとってかっこうの休憩場所なのだろう。いまの時間帯から昼過ぎにかけて、何羽も固まって羽を休ませる姿は、遠目に石の原に生えそろった、白い草たちの背丈にも見えた。

 彼らは互いに声を掛け合うこともめったになく、ときたま首をもたげてよそを向く程度。じっとその場でいくばくかの時を過ごし、また突然、思い出したかのように羽を広げて飛び去っていく。

 固まっていても、最終的には「個」で動かなくてはいけない。

 何度もその景色を目にした友達がぼんやり考えだしたことだったが、その日は少し勝手が違った。



 ばしゃん、と橋の上にもはっきり聞こえるほどの、水しぶきがあがった。

 鳥たちの集まる、中洲の端っこ。そこより3時の方向にある水面が、そのうなりをあげたんだ。

 敏い鳥たちは、早くも飛び立つ姿勢。泰然とした鳥たちは、頭だけそちらへ向け様子をうかがう。

 飛んだ者たちも、大半は少しでも遠く現場から離れようとする「むき」が見られた。

 けれども、ごく少数はあの水はねのあった地点に降り立つ様子があって、友達も「おや」と足を止める。


 鳥たちが足をつけるより前。

 川面からじんわり、赤い色がにじんできていた。みるみる広がっていくも、直後に足をつけた鳥たちの姿を見ていなければ、彼らがケガをしたがための汚れと思っただろう。

 彼らは流れに薄まりつつある、汚れの周りへ降り立つや、長い首でもって、ちょんちょんと水面へ口をつけていく。つつくようなその動作は、水の中のエサを取るときに、よく目にする動きだった。

 中洲の様子見組も、何羽かが新たに低空飛行。先駆者の仲間に入っていく中、残った面々は改めて、遠くへ飛んでいく。

 友達はというとそのまま橋を渡り終え、川沿いに歩きながらも、引き続き彼らを観察。ほとんど見えなくなる距離まで歩いたにもかかわらず、ほとんど飛び立とうとしなかった彼らの熱中ぶりが、少し気がかりだったそうな。



「ほう、面白いもんに出会ったな、そいつは」


 この話を取り合ってくれたのは、自らもよく散歩に出歩く、祖父だったという。

 あれが話に聞く「赤潮」なのかと、友達は問いただしたらしい。まだプランクトンの集まったものということしか、友達は知らない。ひょっとして異常発生したプランクトンたちを見て、それをエサとする鳥たちが群がったのかと。

 しかし祖父はわずかに顔をしかめ、手を振りながら答えた。

「あれは戦争だ」と。



 今日のことなら、また見られるかもしれない。

 そう話す祖父は、昼ご飯を食べた後に、僕を誘って件の川へ向かった。

 祖父が手に持つは、サビついた小型のシャベルと小さな袋。そして両足に履く長靴。

 畑仕事を思わせるいでたちで、二人が川に着いたときには、すでに水鳥たちの姿はなかったらしいのさ。

 どこらへんで見たかと、祖父に尋ねられるままに、ポイントを教える友達。

 祖父は付近の土手から川べりに降りると、ゆったり左右を見渡し始めた。あとを追った友達は、あらためて先ほどの祖父の言葉の意味を問いただす。

 何が戦争なのか? 鳥たちがあそこにあったエサを争うさまが、そうなのか? と。



 その質問に、祖父がこたえるより早く、またあの時のような盛大な水柱が立った。

 ほんの何歩か川に入れば、届きそうな距離。けれども誰かが石や大きなものを、投げ込んだ様子はない。川から跳ね出る、相応の大きさの魚の姿もない。

 距離の近さに、ついへっぴり腰になりかける友達だけど、対する祖父はにんまり笑う。

 長靴に履き替えろと、指示が出た。流れに足を取られるな、とも。

 先陣を切る祖父の後に続き、友達は川へ入っていく。先ほど、しぶきがあがったその場所を目指して。

 祖父は件のポイント手前までくると、くっと首を伸ばして川面をのぞきこむしぐさ。ついで友達も手招きして、同じようにしてみろと促してきた。



 その光景はあまりに印象的だった。

 流れる水を境に、映し出される土だらけの川底の姿は、そこにない。

 代わりに映るのは、前掛けとその下に鎖かたびらを着込んだ、兜をかぶる男たちの姿。

 それぞれが長い槍を手にし、穂先を前へ向けながら掛けている。その先にあるのは、彼らの何倍もある石組の砦らしき場所。

 テレビや映画の中でしか見たことのない、中世ヨーロッパの戦争の一幕。それと非常によく似た光景が、眼下に浮かんでいたんだ。


「むっ、退け」


 ぱっと映像が変わり、アップの大砲が映し出されるや、祖父は友達のえりを掴んで、下がらせる。


 ほぼ同時に、先ほど見たのと同じような水柱が、目の前で弾けた。あの景色を映していた場所だ。

 ひと呼吸おいて、ばたばたと音を立てて二人の身体へ降り注ぐ、川水の雨。髪からも服からも、次々垂れ落ちる冷たさが、頭も一緒に冷やしていく。


 すぐに分かった。これが祖父のいう戦争の正体だと。

 あのしぶきは、確かに流れの中から飛び出していた。文字通りの「流れ玉」だったというわけだ。

 

「この川の水の向こう側で、いままさに戦が起きとるんじゃ。

 戦争は多くのものを生む。それは多くが死であり、汚れであり、忌み嫌われるものじゃろう。しかしそれと同じくらい、大きな利益も生む」


 そう話す祖父は、例の映像が見えるポイントに、シャベルを突っ込んだ。

 はたから見れば、流れでシャベルを洗っているようにしか思えないだろうけど、友達は背中に冷たいものを感じながら、それを見守っていた。

 向こうの玉がこちらに届いて、しぶきをあげた。それならこちらから突っ込まれる、シャベルだって当然……。


 その考えを裏付けるように、祖父がシャベルを引き抜く少し前より、あのポイントからは赤いものがにじみ出てきていた。

 鳥たちが群がる前後と、同じだ。流れていくうち、薄まっていくそれらだが、中心部の染まり具合はいささかも揺らぐ気配もない。

 川面から引きあげられたシャベルは、先ほどまでのサビがウソのように落ちていた。新品と見まごうような、そのシャベルの表面をなぞりながら、祖父は静かにうなずく。

 また先に立って歩く祖父だけど、友達はついていく前に、あの映像をちらりとだけ振り返ってみた。


 先ほどまでの争いなど、そこにはなかった。

 槍を持っていた、かたびらの兵士たちは軒並み倒れ、砦も半壊して、その岩のいくつかは倒れた兵士の何人かを下敷きにしていた。

 静寂に満ちているだろう、その空間の空は、にじまんばかりの真っ赤に染まっていたのだとか。


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