73.調査の始まり
「マスターでは、明日はシャンドルさん達との行動ですが、予定通りにお願いします」
「ああ、了解したよ。宇和奈辺陵墓には一度行ったし、ナビに従えば道にも迷わないだろうから大丈夫だよ」
「だが拓留。私達が居ないのだから、行動には十分に注意を払うんだぞ」
畳に敷かれた座布団に胡坐をかいて座り、音消しの為に映しているニュースを視界の隅に見ながらハッタとの通信をしている俺なのだが、3エルフさん達の要望でグループ通信にしているので、先程からチヨイチョイ余計な言葉が入ってくる。はっきり言って邪魔だ。煩くて堪らない。
「それに拓留は、性風俗産業を利用するのが好きだとハッタ殿から聞きましたが、私達が居ないからといって無駄撃ちしないで下さいね」
「そうだぜ拓留。俺達ならどんな要求にも応えられるんだから、浮気なんかすんなよ」
どうやら3エルフさん達は、今回も同行させなかった事が不満なようです。これっぽちも、する心算の無い事をするなと煩く言ってきます。確かにJK愛好家の俺は、偽JKさんと肌を合わせいてないので日本に帰還して気もそぞろなのだが。
「そうですね、マスター。今後の事を考慮すると、その業界の方々にアッチコッチで顔を売るのは拙いですよ」
「そんな事ぐらい、俺にだって判ってるてばよ。それに、この旅館では呼びたくても呼べません。俺は、夕食前に温泉に入りたいの。だから、通信を終わるぞ」
そう、今俺は泉佐野市の郊外に在る、犬鳴山温泉のお高めの温泉宿に一人で宿泊している。明日、関西国際空港に英国のヒースローを経由してジョージタウンから調査団1チームがやって来るからだ。
俺は、関空までレヴォーグで迎えに行き、彼等と合流して奈良の宇和奈辺陵墓へ調査に向かう予定だ。『提督の報告を疑っている訳ではありませんが、確認は必要なので』と言う調査団の言葉は尤もだと思い、調査に協力する為に同行する事にした。
地球へ降下する調査団37チームの内、最重要ポイントの日本には5チームが来るらしいのだが、5チームともジョージタウンから別々の国を経由して日本へやって来る。
「そんなメンドクサイ事をしなくても、津久留島から日本へ入れば良いじゃん」
と言う俺にハッタは……、
「日本は、戸籍制度が確立していますから偽造パスポートを作り辛かったんで、北欧と中東・北アフリカのパスポートを作りました。なので外国人なのに入国記録が無いのは、後々に問題になる可能性があるのでジョージタウンから来てもらいました。
それに日本国籍を偽造すると、日本の常識と習慣を知らないので、あれこれボロが出て不審がられる可能性が高いです。全ての調査チームは、事前に各国の情報を確認していますが、流石に細かい部分は判らない事が多いでしょう。ですが、日本に興味のある外国人としておけば、知らない事が有っても不自然では無いですからね」
との事。
「でも、それならケイマン諸島へ入国した記録はどうするの? 入国記録も偽造するのか?」
「マスターは、『以前、何度かイタリアへ行ったけど、パスポートを見せるだけで入国スタンプを押されたことが無い』って言ってましたよね。カリブの国々も大らかな国家が多いので、左程問題になりませんよ」
確かに問題無く調査を進めるなら少しでもリスクを避けた方が良いが、本当に大丈夫なのか? まぁ、いくら俺が心配しても、今更何も出来ないんだけどね。と思っていたのだが、全員が何も問題も無くジョージタウンから世界中へ散らばって行った。
という事で前入りした俺は、たった一人で温泉宿に泊まって羽を伸ばし、美味しい料理と酒を堪能するのだ!
ああ、そうそう。高天原に帰還したその日にマリーナで荷物を受け取った俺達が、津久留島に戻ると予め連絡して集合させておいたバルトロメイ達にも手伝わせて、荷物を運んで行くのだが3エルフさん達がいない。確認してみると、海で魚を銛で突いているとの事だったので放置して高天原に戻ったら、大量の魚を持って帰って来たよ。君達、地球を満喫しているね。
「これは、思ったより大きいです! やはり、資料の画像を見るのと印象が違いますね!」
宇和奈辺陵墓へ調査に来ているチームリーダーのヴィート・シャンドルが、2月の冷え切った空気に白い息を吐きながらハキハキとした声で言う。
「まぁ、そうでしょうね。この前方後円墳は、世界的にも特徴的な古墳ですからね」
「しかも建設当時から、古跡が損なわれる事無く現存しているだけでも驚くべことなのに、木々に覆われて自然と一体化している。更には、オティーリエ王女殿下のご子孫である提督が、その存在を連合へ伝える。これを奇跡と云わずしてなんと言おうか!」
シュクヴォル王国人のシャンドルさんは見た目30代の男性だが、人類学と歴史学の著名な学者さんらしく、その卓越した能力を買われて日本調査チームの一員となったそうだ。関空で会った時からテンションが高かったが、宇和奈辺陵墓へ到着した時は大はしゃぎだった。
そして、古墳から極小電磁波が出ているのを捉えた時などは、周囲に響き渡る奇声を上げた。その時、たまたま自転車で通りかかった警察官に職質を受けてしまうぐらいの大声だった。
まぁ、北欧と日本人のハーフで日本の古墳に興味の有る彼がはしゃぎ過ぎたとの俺の説明に、警察官が納得してくれたから大事にならなくて良かったけどね。ついでに、その警察官が宇和奈辺陵墓の事を簡単にではあるが説明してくれたものだから、またまたシャンドルさんは大はしゃぎ。気の良い警察官が、『勤務中なので、これで……』と言って逃げだすまで質問攻めにしていたよ。
そんなシャンドルさんを残りチームメンバーが諌め、今は全員で宇和奈辺陵墓の周囲を徒歩で回りながら、極小電磁波が飛んでくる方向と宇和奈辺陵墓の大きさをレーザー計測している。
犬鳴山温泉の豪華なお宿で美味しい料理を食べ、一人でゆっくり熟睡した俺は元気溌剌で関空へ彼らを迎えに行った。そこにやってきたのは、シュクヴォル王国人の三人。
体の線が細く見るからに頭脳系なチームリーダーのシャンドルさん。大きな体躯の男性で、軍人のイジー・イエメルカさん。頬の笑窪が可愛い女性、ナターリエ・ブルーホヴァーさん。
高天原で顔合の時にブルーホヴァーさんが軍情報部所属と言ったのだが、可愛らしい彼女にハニートラップを仕掛けられたら俺は喜んで何でも話しちゃいそうだよ。因みに既婚、子供が四人いるそうだ。ちょっとだけ親しくなりたかったです、残念無念……。
暖かいジョージタウンでは通販で買った軽装だった三人は、ヒースロー空港内のショブでコートやダウンなどの暖かい服装を用意していたので、途中何処にも寄り道をせずに宇和奈辺陵墓へやってきた。
「これでは、やはり秘密裏に御遺体を回収するのは難しいですね」
宇和奈辺陵墓を一周し終わると、可愛らしい四児の母ことブルーホヴァーさんが嘆息しながら呟く。
「そんな作戦が計画されていたんですか?」
「ええ、非主流派を中心に統一政府の無い地球との接触に批判的な方がいまして、そんな方々が軍部に特殊部隊による秘密回収作戦の可能性を検討しろとしつこく言ってくるそうですよ」
『そんな話、聞いてないよー』と云う俺に詳しく説明してくれたのは、護衛役のイエメルカさん。ブルーホヴァーさんとイエメルカさんは軍人だから、そんな噂がチラホラ聞こえてくるそうだ。
「そんな事は、このヴィート・シャンドルがさせません! 軍人達が秘密作戦などにしたら、この貴重な古跡が破壊されるのは火を見るより明らかです!
この古跡は、自然と一体化している姿こそ完成形なのです。御遺体を回収する時も、木々を損ねる事の無いように細心の注意を持って成さなければなりません!
そして、現地の歴史と文化を尊重する姿勢こそが、相互理解にとって必要な事なのです!」
まぁ、連合であれば、確かに秘密裏に御遺体を回収する事も出来るだろう。でも、木々は切り倒され土は掘り返されて、古墳は破壊されるだろうね。眼先だけを見て、軽々と判断を下さなかった方々に感謝だ。
「まったく非主流派の者共は、普段は派閥内で対立しているのに反対の為の反対にだけは結束するとは嘆かわしい。もっと連合の一員としての自覚を持って欲しいものだ!」
ブルーホヴァーさんとイエメルカさんは軍人だから、シビリアンコントロールが徹底されているのだろう決して政治に対して意見を発することは無い。しかし、学者のシャンドルさんは、非主流派に対して留まる事知らず文句を言い続けている。なんでも、非主流派に中域部での調査を邪魔された事が有るとか何とか。それって、完全に私怨じゃん。
二月の風は、厚着をしていようと身に染みる。なので、必要な調査を手早く済ませ、宇和奈辺陵墓を後にして大阪へ向かった。彼らは、関西から中部地域にかけての調査を担当しているそうで、大阪から始めるそうだ。
調査団は、日本を『北海道・東北』、『関東』、『甲信越・北陸』、『関西・中部』、『中四国・九州」の五つの地域に分けて調査するそうだ。他のチームも、二~三日の内に現地入りするとの事。
今晩は、俺も彼らと同じ大阪のホテルを予約しているので、夕飯は鶴橋の焼肉を食べに行こうと誘っている。ややタレが甘めな店が多いので、関東より北の出身には評価がイマイチだが、俺はおろしニンニクとコチジャンを入れて甘辛にして食べるのが好きだ! シュクヴォル王国には、焼肉は無かったから喜んでくれるだろう。多分!
思った通りシュクヴォル王国の三人は、炭火の上に網を置いて肉を自身で焼くスタイルの食事に驚いたが一口食べると、どんどん箸が進んだ。と言っても、三人とも箸は使えないから、フォークを出して貰ったんだけどね。
最初は、すき焼きを食べに行こうかなと思ったのだけど、生卵が食べれないかもしれないと焼肉にしたんだけど正解だったかな。
俺が箸を使って食事をしているのを見たシャンドルさんが、箸を使いたいと云うので教えたが悪戦苦闘している。合理主義な軍人の二人は、黙々と焼肉を食べているけど、学者のシャンドルさんは好奇心に満ちているらしい。それも学者として、必要な資質なのかもね。
俺も三人も大いに食べ、大いに飲み、食事を大いに楽しんだ。やっぱ、食事は楽しくないとね。そうそう、こんな風に……、
「改革の事、何も知らないんだよ。改革はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるから、いつも間抜けなことしかやらない。だから俺達現場組が、もっと主導権を握らなきゃらないんだ!」
「そうよ。いつだって、偉い人にはそれがわからんのです!」
「おう、そうだそうだ。腹の中を曝け出すんだ。軍人だとはいえ、溜め込むとロクなことが無いぞ。さぁ、もっと飲んで、もっと吐き出すんだ!」
軍人って大変なお仕事だと思いますが、酒を飲むとヤバイ発言を始めるのは如何なものでしょうか。知り合いの自衛官は、飲んでも暴れたりしないよ。因みに、知り合いのカメラマンは、お年を召しても酒を飲むと暴れる人が多いです。
シャンドルさんが、軍人さん達を煽るは酒を勧めるはで、二人はどんどんヒートアップしていき……、
「司令部が対応すると云うならば、今すぐ愚民ども全てに英知を授けてみせろ!」
「そうだ! それが出来ぬから、私、ナターリエ・ブルーホヴァーが粛清しようというのだ!」
いかんな、二人とも反逆罪を疑われても仕方ない言葉を叫んでいる。これが、若さゆえの過ちというものか……。って、気取ってないで、酔っぱらい三人組を回収してホテルへ戻るか……。
エルフさん達もだけど、君達も生体保護ナノマシーンが入っているのにアルコールに弱いよね。判っているんだから、少し酒を控えれば良いのに……。
翌朝、三人はキリリとした調査団員としての姿で現れて、意気揚々と調査へ向う。ついに、連合の調査が始まったのだった。
そんなこんなで俺は、調査が無事に進む事を願うのだった。
作者のわだつみは、仕事で三回、プライベートで二回イタリアに行った事が有りますが、一度も入国スタンプを押された事が有りません。
実話です。




