59.浅はかな企みと嫌がらせの下準備
「もしかしてですが、東郷提督ですか?」
「ええ、そうですよ。今晩は」
タクシーに全員で乗り込んで目的地を伝えると、タクシーの運ちゃんが三人のエルフと俺を見て、ややおっかなびっくりな様子で話し掛けてきた。
好感度をチマチマと稼ぐ為に、にこやかに挨拶をしましたよ。だって、この運ちゃんも利用させて戴くのですから!
「どうして、ここに居らっしゃるのですか? 今頃クロムニェジーシュ王宮で、陛下と会食をされているのでは?」
「そうなのですが、少々トラブルがありまして……」
おっ、思ったと通りに興味深そうな様子だぜ。ある事ある事吹き込んだる。
「誰の差し金か判りかねますが、私の護衛官を入室させないと嫌がらせを受けまして、そのままでしたらアスピヴァーラ国との外交問題になるので、私から退去したのですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ、何度も確認しましたが、衛士が命令で通さぬの一点張りで、外交問題に発展するとも指摘したのですがどうやら理解しておらぬ様子でした。
国王陛下には大変に失礼をしましたが、友好国とのトラブルになるよりもと思い、私の責任に於いて退去してきました」
「ほ、本当ですか!」
「全て事実ですよ。私の御先祖のオティーリエ・アンドルリーク王女殿下に誓って。
ですがクベリーク首相閣下は優れたお方ですので、外交問題にまで発展することは無いでしょう。ですので、皆さんはご安心をして下さい」
「ああ、はい。ありがとうございます」
「まぁ、それでお腹が空いたので、揃いも揃ってシュクヴォル名物を食べに行こうとなったのですよ」
俺の言葉に安心したのか、納得したのかは判らないが、運ちゃんはその後は喋ること喋ること。
お勧めの料理から、俺への賛美、王家ーの不満、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーーの賛美、王太子の悪口、政府が王太子位を認めた不満などなど、短い間に色々と為になる事を教えてくれた。
やっぱ、あの王太子は、国民から馬鹿で我儘なヤツだと嫌われてやがった。
運ちゃんが、俺の話を聞いて『絶対に、あの馬鹿王子の仕業だね。まったく、マクスミリアン王子を王太子にすれば良いものを』とハッキリと言っていたよ。
俺達がタクシーを降りた後に、この星のSNSにでもホザイッターしてくれよ。運ちゃん!
ハッタが選んだホスポダは(居酒屋)、気軽に入れそうな店構えと道路に面した側が見通しの良い作りになっていて、程々に客もおり良さげな店だった。
「ハッタ、予定の店に着いたから、これから入店する。カドレチェク艦長は?」
「カドレチェク艦長から、『提督に酒を奢ってもらうチャンス到来!』とノリノリの返信が来ましたよ。でも、やり過ぎると降格しちゃいますから、巻き込むのは程々にして下さいね。何と言っても、近衛護衛艦の艦長ですから」
珍しくハッタが、他人を気遣っているよ。カドレチェク艦長の事を気に入ったのかな、変わり者同士気が合いそう。
「予約入れてないのですが、4人入れますか?」
ホスポダ(居酒屋)の中に入ると、店の中が水を打ったような静けさになり、店内の視線がこちらに集中するが若いウエートレスさんも固まっていて案内してくれない。
仕方ないので……。実は、内心待っていましたとばかりに、丁寧に、紳士的に、にこやかに、好感度を稼ぐべく話しかけてみた。
「えっ、ええ、どうぞ……。東郷提督ですよね。でも、ウチみたいなお店で良いんですか? もっと高級店が良いんじゃないですか?」
おや、正直な御嬢さんだこと。あとで、店長に怒られても知らないよ。
「こちらのお店が、美味しいと聞いて食べに来たんですよ。でも、貴方が入店拒否の権利を行使するなら、私はすごすごと撤退しますよ。そして貴方は私を撃退した女傑として、その名を歴史に残すでしょうね(微笑)」
「「「「「はは、はは」」」」」
おっ、ウケた。他の客達が、ウエルカムの雰囲気を醸し出してくれている。ここで、もう一発紳士的な提督ギャグだ。
「しかし、私は敗戦を経験したくないので、テーブルに案内をお願いしますよ(精一杯のイケメンスマイル)」
「あっ、どうぞ、こちらのテーブルへ。お父さーん、東郷提督が着ちゃったよ。どうしよー」
と叫びながら厨房へ向かって走っていく。
ああ、このレストランの娘さんだったのか、元気いっぱいでイイネ! そして、テーブルに座るや否やドタドタと足音が聞こえ、厨房から立派な体格のドワーフが! って、失礼。
高身長なドワーフと思えるぐらいに立派な体格の男性が、テーブルにやって……、
「本当だ! 東郷提督だ! うちの店でいいんですか?」
うん、間違いなく親子だね。そして、また同じように美味しいとの噂を聞て来店したと説明をして、お任せで4人分の料理を出してもらった。
出てきた料理は、大きな肉の塊の丸焼き、タルタルステーキのような生肉、カツレツのような揚げ物とフライドポテト、なんか肉ばっか。
一応、それぞれの料理についてくるピクルスとパンにチーズがあるけどね。でも、これが何を食べても美味しかったのよ。
大きな肉の塊は豚肉に似た味がして、見た目とは違って柔らかくてジューシー、タルタルステーキみたいな物は、揚げパンとピクルスと一緒に食べるとめちゃ美味しい!
エルヴィは生肉に眉を寄せていたが、刺身を体験しているお馬鹿二人は躊躇する事無く口に入れていた。勿論、俺も。
ただ、エルフさん達は、カツレツはイマイチだったみたい。『揚げびたしにすれば、もっと美味しくなる』なんて言っていた。俺は、ビールに良く合うから美味しくいただいたけどね。
俺は東京に住んでいた時に、外食でフライ系の揚げ物を食べる事は殆ど無かった。それは、東京のお店の多くがバッター液を使い、俺の感覚では信じられないほど衣の厚い料理を出すお店が多かったからだ。
その事を酒の場で友人に話すと『衣の暑さがジューシーさを出すんじゃないか』と言ったので、『それは肉汁じゃなくて、揚げ油の味だろ。健康に悪いぞ」と言い返してしまい論争になった。
実際に俺は、青山に在る高級豚カツ店よりも大阪で食べる串カツの方が好きだ。ちゃんと素材の味がする。
その点この店のカツレツは、程よい油っ気と肉の旨味のバランスが良くて、ビールが進んだよ。あっ、そうか! エルフさん達は、護衛中だから酒飲んでないんだったよ。
そんな感じで楽しく食事をしていると、待っていた男がやって来た。そう、カドレチェク艦長が来店したのだ。
「おや、提督では無いですか。奇遇ですな。小官も御一緒して宜しいですかな」
と、わざわざ身振り手振りを入れて小芝居をまでしてくれたよ。そして、俺達のテーブルに座り……、
「おや、提督ビールを飲んでいられるのですね。シュクヴォル王国へ来られたのなら、ベヘロフカを飲まなくてはシュクヴォル王国に帰って来たと言えませんぞ」
とかなんとか言って、料理の追加とベヘロフカとかいう酒を勝手にボトルで注文をした。
ベヘロフカに氷を入れてオンザロックで飲んでみると、先ずは甘みが来るが、その後に鼻に抜けるハーブの香りが特徴的な癖のある酒だったよ。でも、俺これ好きかも。
何と言っても俺は、韓国の百歳酒やポーランドのズブロッカですら、オンザロックで美味しく飲める男だ。ナノマシーンのお蔭で二日酔いにもならないし、どんどんいってみようか!
「ところで、提督は、今頃はクロムニェジーシュ王宮で王族の方々と豪華な食事を摂っているハズでは?」
カドレチェク艦長の眼が笑ってるよ。判っているくせに、ノリノリでこの騒動に乗っかろうとしているよ。この人、本当に茶目っ気が有るというか、悪戯好きといえか、降格したらハッタに俺が怒られるんだけど。
それでも、カドレチェク艦長を巻き込むのは計画内! それにカドレチェク艦長も承知で来たみたいだから、クロムニェジーシュ王宮であった事を、物事を理解していない衛士から俺が対立を避ける為に判断したと取れるように話した。
特に、俺が原因でアスピヴァーラ国と中央銀河連合との間に外交問題化するのは避けたかったと強調して。うん、ハッタに東郷屋って言われても仕方ないね。
「はぁ、王室庭園管理局の馬鹿共が……。時代錯誤な戯言を口にするだけでなく、提督にまでチョッカイを出すとはな」
掌を額に当て天を仰ぐカドレチェク艦長。とっても良い演技です。イイネ! って、それよりも聞いた事の無い言葉が出てきましたね。
「王室庭園管理局とは?」
「シュクヴォル王国にはかつて領地を持った貴族が沢山いましたが、民主共和政に移行して私有財産以外の土地は手放す事となりました。
そして1000年以上の時が立ち、貴族の称号以外に何も持たぬ者達が沢山いまして、その者達を王室の警護や公務、財産の管理をする王室庭園管理局で働かせているのです。
ただ、この者達は気位ばかり高い役立たずの集まりでして…。更には、考えの足りない王子殿下を……、いや王太子殿下に成られたのでしたな。
その王太子殿下に何やら良からぬことを吹き込んだお蔭で、あの深く考える事の出来ぬ王太子殿下は『王政復古させる』と常々発言しているのですよ
中には、優秀な者達も居るのですが、皆冷や飯ぐらいになっていますよ」
あー、そりゃ馬鹿共って言われても仕方ないな。要するに、先祖が持っていた特権を取り戻したいって言っているんだろ。
それで自分達は正しいから、連合法なんか知ったこちゃねぇって態度をとるんだな。で、なんとか王太子は、どう考えても途中で壊れる神輿に乗っちゃたんだ。
少し考えれば、国民がそんなこと望まないって判りそうなものを。でも、そうすると……。
「陛下は、王太子殿下のそのような振る舞いを許されているのですか? 総旗艦フラデツ・クラーロヴェーの関する発言もそうですが、王家の信頼を損なうだけだと思われますか」
「陛下が何を考えているか小官には判りかねますが、王后陛下が王太子殿下を大層可愛がっており、望む物すべてを与えよって考えらしいですな。
故アンドレイ王太子殿下の忘れ形見ですからな。度が過ぎる程、甘やかしておるのですよ」
ふむふむ、良く判ったぜ。息子を亡くした傷心のばあちゃんが、孫を甘やかすだけ甘やかしてクソガキに育った。
そして、そこに甘い汁を吸いたい馬鹿共が大集合して、クソガキの有りもしない威光を盾に好きにやっているという事か。ならば……、
「ならば、今夜の晩餐会に私の護衛官を入室させようとしなかったのは単なる嫌がらせで無く、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーの事を持ち出すつもりだったんでしょうか?」
「恐らくは。提督の総旗艦フラデツ・クラーロヴェーの所有は、連合法によって認められていますから、一端所有を認めた後に献上させれば良いとでも思ったのでしょう。
その為には、助言者となる護衛官の存在が邪魔だったのでしょうな。しかし、それも提督の英断により無に帰したという訳ですよ。いやはや、何とも愉快だ事」
成程、事情を知ってしまえば、浅はかな者の浅はかな策謀という訳か。だいたい俺が、多数に囲まれたからって総旗艦フラデツ・クラーロヴェーを手放すと思っている時点で片腹痛し!
きっと王太子の自分が望めば、尻尾をふりながら喜んで献上するとでも夢想しているのだろうな。愚かな夢を見たいなら、一生ベットで寝てろよ。他人を巻き込むんじゃねェー!
今日この事が有るまでは、俺は王室に左程興味が無かった。ただ、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーの事で、なんとか王子が馬鹿な発言を繰り返しているなと云う程度の認識だった。
しかし王室の一員が、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーの所有に関してアレコレ言っているので、無視するわけにもいかずにアチコチに確認と協力を取り付けてきた。
今回なんとか王子が関わっていると思ったのは、俺のただの直感でしかなく、間違っていたら誹謗中傷と非難されている行為だが、どうやら間違っていないみたいだな。
ならば、もっとなんとか王子の名をガンガン出して、もっとディスってやれば良かったよ。
まぁ、カドレチェク艦長のお蔭で、気分も晴れて美味しく酒も飲めるし、ヘイトもばら撒いたからオッケェーかな。
その後、ご機嫌なカドレチェク艦長と機嫌を直した俺は、杯を重ねてゴキゲンに語り合った。
ただカドレチェク艦長が、ンジェグ海賊艦隊戦を『小官には、あの指揮は無理ですな』とか『よくぞ防御フイールドが消滅した状態で、回避行動を取らずに光子魚雷を撃ち落としたものだ。その豪胆さに感服する』とか称え過ぎるので、ほろ酔い気分だったのが覚めちまったけどね。
でも、店内で俺達の会話を聞いていた他の客や店主親子などは、カドレチェク艦長の言葉に感嘆の声を上げ、大いに酒を飲み、大盛り上がりだったりする。
そんなカンジで、楽しく嫌がらせを仕込んでいると店に軍人が数人入って来た。
「東郷提督、こちらに居られましたか。お食事が終了でしたら、ホテルまでお送りいたします」
それは、ホテルにチェックインした時に紹介された警備担当の大佐だった。『良くここに居るのが判ったね」なんて言わないさー。だって、態々目立つ店を選んだんだもの。
俺は、この店の中でサインを求められれば気安く応じ、共に写真に写りたいと言われればポーズを取って一生懸命イケメンスマイルを浮かべた。だから、皆さんがイロイロと宣伝してくれたハズ。俺とカドレチェク艦長の会話と共に。
これで俺達の発言は、シュクヴォル王国中に広まり、大本営発表のような内容であろうが俺は官軍だ。
「そうですか、ご苦労様です。では、カドレチェク艦長楽しい夜をありがとうございました」
そう言って俺が立ちあがるとカドレチェク艦長も席を立ち、今までのにやけた表情を一変させ……、
「東郷提督に一言だけお伝えいたします。
我が近衛護衛艦チェスケー・ブジェヨヴィツェの全将兵は、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーが再び戦場に立つ時は、必ずや駆け付け、今度こそお守りいたします。
例え、政府や軍の命令に反逆ことになってもです。これは、小官のみならずシュクヴォル王国軍全将兵の意思と思われて結構です。
シュクヴォル王国は、もう二度と総旗艦フラデツ・クラーロヴェーとオティーリエ王女殿下の意思を失う事に耐えられません。
国民の思いを、未来を、守る為にも我らはこの身を盾にする覚悟です。この事だけは、どうか御心に留め下さい。
そして、よくぞ帰還して下さいました。お帰りなさい提督。お帰りなさい総旗艦フラデツ・クラーロヴェー」
そう告げると、精悍なる軍人らしく見事な敬礼をしてくれた。それは、この場に向かえに来た警護の将兵達もだった。
「ありがとうございます、カドレチェク艦長。そのお言葉を聞けただけでも、帰って来て良かったと思います」
カドレチェク艦長のいつになく熱い言葉に、俺も胸を熱くしながら返事をすると、他の客達からも『お帰りなさい』の大合唱が始まったちゃったよ。
やや、居辛くなった俺達は、そそくさと会計を済ませて外に出たら、外でも大勢の人々が居て『お帰りなさい』の大合唱だよ。
なんとか王太子に嫌がらせをする為に、悪口を言触らすのが目的だったんだけど、やり過ぎちゃったかな。
あと、会計をしようとしたら『御代は結構です』と言われたので、『ゴチになりやーす』とは言わずに『帰って来て早々に、無銭飲食する訳にはいきませんよ』とスマイルでお支払してきました。
そんなこんなで俺は、美味しい食事を楽しく摂り、美味しいお酒を愉快な人物と楽しんだ。そして、嫌がらせのタネをばら撒いた。
作中に出てきた『ベヘロフカ』は、ネットで買えます。
僕は、口当たりが甘く優しいので、スルメイカやさきいかをつまみに飲むのが好きです。
百歳酒を初めて飲んだ時は、『牛蒡の土臭い味がする!』 ズブロッカは、『雑草の味がする!』と思ったものです。
しかし飲み慣れてしまえば、両方ともなかなかに癖になる酒ですよ。




