39.こころ……
「朝からすみません、東郷艦長」
「気にしないで下さい、リンネ大尉」
総旗艦フラデツ・クラーロヴェーで一番広い戦略会議室で、俺とパルヴィが名前ではなくファミリーネームで呼び合っているのは、ここにもう一人……、そうレフティマキ少佐がいるからだ。
拗ねていたレフティマキ少佐とは、未だ心の距離を詰めておらず、フランクな会話が出来ていない。なのに俺とパルヴィがファストネームで呼び合い、親密な感じを醸し出していたら、また拗ねてしまうだろうとの判断だった。
「それで、ご用件はなんでしょう」
「はい、東郷艦長のご協力により、帰国の目処が付来ました。本当に感謝致します。ありがとうございます」
そう訓練艦ラハティは、後は木星までの亜空間航行テストを成功させるだけだった。そして、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーの貴賓室に引きこもるパロヘイモ特務中尉と取り巻きをラハティへ移乗させ、出発するだけである。
「食料と水も分けていただきまして、本当にありがたいのです。ここまでしていただいて、大変に厚かましいのですが塩を少々分けていただければ助かるのですが」
「塩ですか」
「はい」
「うむ、塩だ」
ここで、沈黙をしていたレフティマキ少佐が口を開く。レフティマキ少佐が知っていたという事は、昨日のバーベキュー大会で二人が話し合っていた内容とは塩の事だろうな。でも、塩ぐらいもっと気楽に頼めばいいのにね。
「判りました。で、量はどれぐらい必要でしょうか?」
「出来れば、30Kg程……」
本国に帰るのに長くても20日ぐらいでしょ。30Kgって、この人達塩分取り過ぎだよ。その時、ハッタから通信が来た。
その通信を受け俺は、左手首に着けたブレスレットを操作して空中にスクリーンを呼び出すと、そこへハッタが映る。
このブレスレットは、アスピヴァーラ側からのプレゼントで、パーソナルスクリーンを空中に映し出す事が出来る。これで情報の共有を図る為らしい。
ブレスレットは、幅2センチぐらいの楕円のパイプが環になっており、時計機能もついていたので、地球用に24時間表示にしてもらい常用している。
「マスター。アスピヴァーラ国人は、食用以外にも大事な儀式で塩を使用しますので、大量に必要となるのですよ」
ハッタが大切な儀式と言った時に、パルヴィが頬を赤らめたので詳しく儀式について聞いてみたいものだが、もっと親密になって聞こうと我慢した。
「そうか、ハッタ教えてくれてありがとう。津久留島の淡水施設で出来た塩は、今どれぐらいあるの」
「正確には判りませんが、恐らく100Kgはあると思います」
「おお、本当か、それは助かる。どれぐらい譲ってもらえるだろうか?」
「全てどうぞ。ハッタ、ロベルトに連絡して袋にでも入れておいてくれ、お願いね」
「了解しました」
俺とハッタのやり取りをパルヴィは無邪気に喜ぶが、レフティマキ少佐はスクリーンに映ったハッタをじっと見つめている。
「東郷艦長、少しハッタ殿の事を質問しても宜しいだろうか?」
レフティマキ少佐は、真顔になりながら尋ねてくる。わざわざ畏まって、何だろうね? まぁ、答えられることなら良いんだけどね。
「答えられる事でしたら、構いませんよ」
「東郷艦長とハッタ殿は、非常に良好な関係に見える。そう良好だ。まるで人間同士のように。今は慣れてしまったが、当初は驚いたものだ。東郷艦長の対応と……。……ハッタ殿の特異性に」
本当にこの人は、真正面から突っ込んでくるね。隣で聞いていたパルヴィがアワアワしているよ。多分だけど、ここまで尋ねてこなかったのは、アスピヴァーラ側で触れずにおこうと決まっていたんだろうな。でも、この少佐は我慢できない人……。
「どうすれば、ハッタ殿のようなAIを作る事が出来るのであろうか?」
それで質問は、答えづらい事か。そんなの判る訳ないじゃん。出会った時から、こんな人を喰ったAI何だからさ。
「恐らくで宜しければ、私がお答えしますが」
「えっ! ああ、宜しく頼む」
おっ、レフティマキ少佐が驚いている。ハッタが自分で説明すると言い出すとは、思わなかったんだろうな。
「私は、旗艦に求められるAIとして、航法、戦略、戦術を経験した数だけ分析、整理、応用するように作られました。戦時中には、私に入力される情報は戦いについてばかりでした。
それもそうですよね。戦艦のAIに軍務中プライベートな情報を入力する者などいません。しかし、地球に来てからは、その本来の目的以外が中心となりました。
オティーリエ王女を始めとして多くの乗員が、故郷に残した家族への思いを語り、その思いがいつの日か届くことを願いました。そして、新生活が始まると、多くの好奇心と希望に満ちた生活の情報を私に知らせました。そして、人生の終焉に於いては、満ち足りた日々の事を……。
乗員が訪れなくなって、マスターが来られるまでの1600年間私は、オティーリエ王女の命令の考察を続けながら、莫大な量の日常のアーカイブデーターを分析、整理してきました。
その結果が、今の私です。そして他のAIに、私と同じ経験をさせても同じようになるとは思えません。私には、オティーリエ王女がいましたから……」
「そうか、人に歴史ありと言うが、それはAIにも言える事なのだな」
「はい……」
オティーリエ王女か……。御先祖様だから無理なんだけど、一度会ってみたいと思わせる人物だよな。その意思、行動力、勇気、そして人を思いやる人情味あふれた心。それが、今のハッタを作ったというならグッジョブだよ、ご先祖様。お蔭様で、子孫の俺は宇宙に来ましたよ。
「その英邁なる頭脳を持たれたハッタ殿に、もう一つお聞きしたい。
何故、高天原はこのような座標に作っているのか。東郷艦長の話によると、地球は未だ統一国家で無く、惑星内国家間の争いも多いとの事。
このような座標に、このような巨大建築物を作れば、いずれ惑星内国家の知る所となると思うのだが」
「ええ、そうでしょうね。私としましては、ほんの数年。5年から7年程の時間が稼げれば良いと思っていました。近いうちに、中央銀河連合と邂逅すると思ってましたから。ただ、こんなに早くアスピヴァーラの方々と、お会いしたのは予想外でしたが」
「えっ、ええ!!」
えっ。ええ!! 何か、この間と話違うんですけど。俺が、驚きの声を上げたので、レフティマキ少佐とパルヴィが吃驚してる。
「マスター、何を大きな声を出しているのですか。お二人が、吃驚しておられるではないですか」
「いや、本当に吃驚したよ。だって、この間ゆっくりと中央銀河連合と接触して、じっくり交渉しようって話したばっかじゃん」
「マスターが、そう言われただけで、私はそんな悠長な時間は無いと思っていました。
だいたい総旗艦フラデツ・クラーロヴェーが、辺境とはいえウロウロしていたら、いずれは誰かに目撃され、中央銀河連合に存在を知られるのは時間の問題ですよ。
ですから今回の事は、人命救助も出来ましたし、中央銀河連合への伝手も出来ました。マスターが大好きなウィ~ンウィ~ンですよ」
何か、思ってたのと、発音が違うんだけど…………。
そんなこんなで俺は、己の見通しが甘かったことを知った。
夏目漱石の名著、『こころ』と『それから』は共に男女の三角関係がテーマなんですねぇー。
はっ、時空要塞の元ネタか?




