37.エルフさんの交渉
「ああ、遺憾ながらその通りだ。しかし弁明させてもらうと、今回の事故は訓練艦だから起きたことだ。訓練艦は、わざと耐久性を落として作ってある。丁寧に操船しなければ直ぐに故障を起こし、無理な操船を戒めたり、故障個所の修理なども訓練の一環としているからだ。
でなければ、いくら亜空間航行を繰り返したからとは言え、短時間で主動力機関を破損する訳が無い…………、むろん、人的な理由も大きいが……」
レフティマキ少佐が事故を艦のせいにしたいのか何やら言い訳をしていたが、俺とハッタ、それに他の軍人の冷たい視線に耐えきれなくなって、最後には人的事故だと認め、何だかいじけている。
「皆さんの事情は、良く理解しました。では、アスピヴァーラ軍人全体の統率は、レフティマキ少佐。訓練艦ラハティの修復管理は、リンネ大尉で宜しいですか」
「ええ、東郷艦長の御配慮感謝します」
いじけているレフティマキ少佐に代わって、リンネ大尉が答えてくれた。リンネ大尉の他者に対する敬意を忘れない態度は、士官として規範なんだろうな。全体の指揮もリンネ大尉に任せたほうが良いんじゃねェかな。
「貴賓室に居るパロヘイモ特務中佐は、いかがしますか? 大変失礼だと思いますが、正直私は、あまり関わりになりたくないのですが」
「あんな、阿呆は、放置しておけばいい。漂流して死の恐怖に囚われたまま、今頃ベッドで震えておるわ」
「そうですか。ならば、身の回りの世話は、ご一緒されている女性達にお願いしましょう」
思いっきり阿呆呼ばわりしてるよ、絶滅危惧種の保護対象なのに……。レフティマキ少佐は、迷子になるという事態を引き起こして、責任を放棄した男に怒り心頭の御様子だ。
「東郷艦長。どうしても確認して於かなければならない事柄がある。質問しても宜しいだろうか」
何だろうな、さっきまでグダグダだったレフティマキ少佐が、いきなりシャキッとして問いかけてくる。レフティマキ少佐以外の四人も、何だか緊張の面持ちだ。何か重要な事なら、真っ先に聞けば良いのにねぇ。
「どうぞ、答えられる範囲でしたら何でもお答えします」
「この度の救助に関して東郷艦長は、我々に何を代償として求めるのだろうか?」
あー、考えて無かったわ。だいたい日本で、人助けする前に請求内容なんで考えないもんな。そんな事を考えていると、急に目の前にパーソナルスクリーが現れた。 あっ、パーソナルスクリーンて、ハツタが勝手にインプラントした脳神経干渉型のアレね。
そのパーソナルスクリーンには、ハッタから『要求すべき3点』との見出しと内容が書いてある。って、俺はパーソナルスクリーンを呼び出して無いぞ。もしかして……、もしかしなくても、ハッタのヤツが俺の脳神経に干渉して呼び出したのか!
振り返りメインスクリーンに映るハッタを睨むと、テヘ、ペロってやりやがった。あんにゃろーめ!
腹正しいが、いつまでもハッタに構って答えない訳にはいかないな……、
「私からの要求と申しますかお願いが三点有ります」
「さ、三点もか……」
何を要求されると思ってんだろな、この少佐は。そんな声を震わせるような要求しないって。
「まず第一に、先日800年前に遭難したモルダヴィア帝国工作艦を発見しました。私の拠点に遺体を安置しています。皆さんが、帰国される時に彼等の遺体を故郷へ返して欲しいのです」
「そ、そんな事で良いのか? いや、未だ二点要求が有るな」
やっぱり、何か酷い事要求されると勘違いしていないか? この人。
「第二に、数本で良いので光子魚雷を分けて欲しいのです。総旗艦フラデツ・クラーロヴェーに搭載してあった光子魚雷は、経年劣化で使用出来ませんでした。なので、皆さんが困らない範囲で分けて欲しいのですが」
ムレシュにも何本か搭載しており、有り難くいただいたのだが、やはり数が少ないので出来るのならば数を増やしたいと思っていた。
「むむ、判った。何本譲渡できるかは、協議の上知らせよう。で、最後は何だ。何でも来い! 覚悟は出来ている」
うん、覚悟決めちゃったよ、この人。何の覚悟を決めたか、なんとなく判るけど確かめたくないな。
「別に特段の覚悟は必要ありませんよ。ただ、情報交換をして欲しいだけです。勿論、軍事機密に触れない範囲で」
「そ、そんな事だけで良いのか?」
「はい、十分です」
「私は、アスピヴァーラ人だぞ」
「はい、判っていますよ」
「私は、アスピヴァーラ人の女性だぞ」
「はい、そうですね」
「私は、アスピヴァーラ人の若い女性だぞ」
「ええ、理解していますよ」
「なら、何故だ! 何故、私の身体を要求してこない! 私は魅力がないか? それともガサツな女が嫌なのか?」
フツーウ、何かの対価に女性の身体を要求すると非難されるものだけど、『何故要求してこない!』と非難されるんだろ……。でも、やっぱこの人は、自分の身体を要求されると思い込んでたみたいだな。覚悟まで決めさせてゴメンね。
俺、実は先々の事を考えているので、目先で妥協するつもりないっス。それに俺は、心優しい穏やかな女性が好きっス。だからレフティマキ少佐より、リンネ大尉がいいっス。
「少佐殿の魅力不足ですね。ここは私が……」
「エスコラ曹長引っ込んでいろ、私は、東郷艦長と交渉しているんだ」
交渉って、お互いが妥協できる点を探すんですよね。欲しがっていないモノを押し付けるのは、交渉とは言わないです。
エスコラ曹長と呼ばれたエルフさんは、褐色の肌、銀目銀髪、美人さん。俗に言うダークエルフさんだー。レフティマキ少佐の抑え役で、後ろにいたからチラチラと見てたんだけど、軍服の上からでも判る程に、なかなかのセクシーなナイスハギァディーをお持ちの女性です。エスコラ曹長ならいいかな、俺肌の色は気にしない男っス。
「レフティマキ少佐、私の要求は先程の三点のみです。申し訳ありませんが、私の国では、対価に女性を求める男は信用されませんので、誰であってもご遠慮いたします」
俺のハッキリとしたお断りの言葉に、レフティマキ少佐はワナワナと震え、エスコラ曹長とその他二名は肩を震わせ必死に笑い声を抑えている。リンネ大尉は、レフティマキ少佐が上官で恥ずかしいのかな? 哀しいのかな? 泣きそうな顔をしている。
そして……、
「ハッタ、牽引の準備は出来た?」
「出来ています。いつでも出発出来ます。所要時間は、二時間半というところです」
「宜しい、では高天原へ出発だ。皆さんも、僅かな間ですか、艦内でご休憩ください」
いつまでもレフティマキ少佐に付き合っていられないので、軍人さんたちは皆さん指令室から追い出した。
その後、アスピヴァーラの人達は、訓練艦ラハティから持ってきた食糧を食べ、僅かな時間だがゆっくりと休んだそうだ。レフティマキ少佐は、そのままふて寝したらしい。
レフティマキ少佐の空回りしてやや滑稽だった姿は、俺を妙に安心させ。俺に中央銀河連合の人達とも、巧くやれるのではという希望を抱かせた。
そんなこんなで俺は、迷子のエルフ一行を高天原へご招待した。
ポロリまで、辿り着かなかった……無念。
この思いは、増量してやるー!




