31.高天原
九月もあと数日で終わる、そんな日の午前中の事。俺は、月から離れた座標宙域を航行している総旗艦フラデツ・クラーロヴェーの指令室で、ハッタと激論を交わしていた。
「やはり月の裏側にあるスペースコロニーですから、ズム・シティが宜しいかと」
「ダメ、却下」
「ならば、ムンゾ」
「却下」
「タイガーバウムでどうでしょう」
「少し捻って来たね。でも却下」
「むむ、では、初心に戻ってサイド3では、どうでしょう」
「却下。だから、名前もパクッちゃダメだって。もうそろそろ、機動戦士ネタから離れようよ」
「しかしながら、存在自体が機動戦士を、猛烈にリスペクトしてたら突然インスパイヤしたので誠心誠意オマージュしたのですから、関係ない名前を付けるのも面白味がないのではないでしょうか」
「面白さよりも、実直さを俺は求めます」
との会話が始まってから、もう数時間経つ。会話から判ると思うけど、スペースコロニーの名前を付けようとしている。ハッタではないが中核部分が出来上がったのに、いつまでもスペースコロニーでは味気ないからね。
ああ、そうそう、最近知ったんだけど、スペースコロニーって機動戦士がオリネタじゃなくて、米国の大学教授と学生が考えたらしい。でもハッタは、機動戦士で知ったから、機動戦士ネタに拘っているけどね。それで、もう数時間もハッタの拘りに付き合わされているって訳です。
でも、そろそろ疲れてきた。もう機動戦士ネタでなければ、何でも良いんじゃねぇ。と考え始めていた時……。
「では、『たかあまはら』でどうでしょう」
「決定!」
いけね、良く聞いてないのに、反射的にオッケー出しちゃったよ。
「では、『たかあまはら』で決定です」
「『たかあまはら』ってどんな字で書くの?」
「高い天の原と書きます」
「『たかまがはら』か!!」
「そうとも読みます」
くうー、読み方が微妙に違ったから気付かなかったよ。無茶苦茶に仰々しい名前付けちゃったよ。
「なあ、やっぱり名前違うのに変えないか」
「良いですよ。何時間でも、付き合いますよ」
「いえ、高天原で結構です」
それは、もう嫌です。
「江戸時代の学者、本居宣長などは、『高天原は宇宙だ』と言いきっているのですから、案外良い名だと思いますよ」
「はい、そうですね……」
という事で、俺達のスペースコロニーは高天原と決定しました。
「本日のメインイベント、亜空間航行テストを実施。火星とアストロベルトの中間地点まで航行しようと思います」
えっ、ちょい聞いてた話と違うよ。
「えっ、今日はテストなんじゃないの? イキナリ行くの?」
「ええ、テストですから、短距離を亜空間航行で行くんですよ」
「いや、そうじゃなくて、いきなり総旗艦フラデツ・クラーロヴェーで亜空間航行するんじゃなくて、何か観測機のような物を送り込んでテストとかしないのかって聞いてるの」
「そんな、まだるっこい事してると日が暮れますよ。それに事前のチエックは完璧ですから、問題なしです」
「問題点に気付いてないだけかもしれないから、安全策をとろう」
「どうしたのですか、急に奥手になって」
いや、死にたくないだけですよ。だって……、
「一番最初の説明で、亜空間航行でミスったら死んじゃうって言ってたじゃん。俺は、石橋を叩いて渡りたいの」
「マスターは、石橋という女性にDVしてたんですね」
「ちげーよ!!」
「では、石橋という女性をムチで叩くプレーをして……」
俺も、痛い、汚い、野外露出は嫌いです。じゃなくて……、
「もうボケは良いから、何か送れる観測機無いの?」
「宙間観測ブイが二基ありますが、火星程度の距離ですと光学観測とレーダー観測で座標設定出来ますから、使用するの勿体無いんですが」
「それこそ、後で回収してリサイクルしろよ」
「判りましたー。ロボ太に宙間観測ブイの射出準備をさせますので、少し待って下さい」
全然納得している様子はないが、それでも『余計な手間がかかる』とか『当艦を信用してない』とか色々文句を言いながらも準備を進めている。
「では、亜空間航行テスト開始します」
そうハッタが宣言すると、メインモニターに円形状の光る環が映った。光の環の中は、薄暗いグレーで良く見えない。
「宙間観測ブイ、射出」
すると釣りのウキのような形の宙間観測ブイが、光の環に飛び込んで行くのが見える。そして、直ぐに光の環が閉じていく。
「宙間観測ブイ、予定では3分後に亜空間より排出。その後、通信を送ってくる予定です」
うむうむ、予定通りいけば良いな。しかし、3分経っても通信は来なかった。その後、30分待っても来なかった。
「おかしいですね。射出する前に、通信の確認はしたんですが……。きっと、シャイで恥ずかしがり屋なんですよ。それとも、ちょっと迷子になったのかな……」
「宙間観測ブイがシャイって、そんな機械あるかー! 何かしらトラブルがあったんだろ。調べなさい」
「イエス、マスター。仰せのままに」
なんか、ふざけた事を言っているが、トラブルなら隠したりしないで対応しなさい。
そして、暫くハッタがオペレーターアンドロイトに指示をしている様子を眺めていると……、
「あのぉー、マスター。宙間観測ブイからの通信がありました」
「それで」
「通常空間への排出座標を間違えたみたいで、違う場所に出ました。しかも、通常空間に戻った瞬間に小惑星と衝突したみたいで、システム再起動を繰り返していたみたいです。今は、セーフモードで起動して一部の機能だけ稼働しています。今は、天王星付近にて漂流中です。」
「総旗艦フラデツ・クラーロヴェーで、いきなり亜空間航行してたら死んでたね」
「はい、その通りです……」
「なら、高天原に戻って、原因の調査と修理をして、次は失敗しないようにお願い」
「はい! 私、失敗しませんから」
たった今失敗しただろ……。
その後、高天原で亜空間航行装置をチェックをした結果は、1500年ほど前に補助動力で作った部品の耐久不足で部品が破損し、亜空間を開くエネルギーに差異が出たと判った。
その為、高天原の建築を一端ストップし、一週間集中工事で総旗艦フラデツ・クラーロヴェーを隅から隅まで、再チェック&修理をおこなった。ホント、死ななくて良かったよ。
そして……、
「宙間観測ブイ、射出。目標、火星とアストロベルトの中間地点」
更に三分後、
「宙間観測ブイかの通信を傍受。亜空間航行成功です」
どうやら成功したようだ。これで火星に行けそうだな。
そんなこんなで俺は、人類の夢、ワープ航法を紙一重で手に入れた。
本作を書くにあたり超光速航法、所謂ワープの可能性勉強してみました。
結果、まったく理解出来ませんでした。
ということで、本作は謎理論の謎技術で実用化された、亜空間航行となっております。




