空想世界防衛戦線、異常なし。 ~サラリーマンがナイトなら、JKだって魔法使い~
西暦2027年12月13日 月曜日。
08:04AM。
極東日本。
関西近畿。
大阪府大阪市。
西区立売堀。
出勤や通学で、人の流れが多くなり始めている時間帯。
市営地下鉄中央線『阿波座駅』近辺、『靭公園』の上空に時空震が生じている。
2020年10月11日に日本で初めて観測されて以降、この7年の内にすっかり世界が日常としてしまった非日常。
それが今日もまた発生しようとしているのだ。
この世界のあらゆる物理法則を無視した、異世界からの敵を吐き出すのが時空震である。
誰もがその名と姿を知りながら、実際に見たことなど一度もないのが当然だった化け物たちが常にそこからは顕れる。
竜、鳳凰、魔狼、三頭獣、有翼獅子、魔神、大鬼、天使、悪魔その他ありとあらゆる架空だったはずの化け物たち。
近代兵器の一切が通用しないその化け物たちの侵攻に晒されながら、未だこっちの世界が日常を保てているのには当然理由がある。
時空震から顕れるあらゆる化け物ども。
そのすべてを人の『空想』が生んだ異世界からの侵攻だと定義し、人の空想が生んだモノであれば人の空想で斃し得るという、至極単純な方法論を実践してのけたのである。
最初に時空震が現れたのが日本であったことも幸いした。
理論も実現方法も皆目わからない、唐突としか言えないゲームめいた防衛手段の構築と実行を、混乱の中でも受け入れられる者が多かったのだ。
こと『空想』において、ある意味この国は突出している。
それは個人の空想力という意味だけではなく、それに慣れ親しんでいるという意味においてもだ。
小学校まで集団登校している子供たちから、月曜の朝の気怠さを缶コーヒーで無理やり追い払っている若手から中堅どころのサラリーマン。
果ては会社では管理職も多いであろう30前後、40前後から、ともすると社長や役員も含まれる可能性もある50前後に至るまで。
事と次第によってはすでに引退したおじいちゃん、おばあちゃんであってすら。
ゲームや漫画、小説に深く親しみ、そういう世界では『人が化け物を倒す』ということを、不思議どころか当然と捉える人々。
しかもそれは筋骨隆々のいかにもな戦士に限らず、一見すればなんの変哲もない女子供であっても、特殊な能力や装備があればそれができて当たり前だと認識する。
その絶対数がまさに桁違いなのだ。
であればそういう世界を用意してやればいい。
『靭公園上空に時空震確認。時空震規模はA級。顕現推定時刻08:20AM。今から約15分後です』
街の各所に設えられた緊急用スピーカーや自動操縦で展開されたドローンから、政府による最優先緊急事態放送が開始される。
ここ数年で一気に普及したサードアイ・コネクタ――眼鏡式ディスプレイを備えたウェアラブル・コンピューターを所持している大人たちには拡張現実による表示枠が現実の光景に重ねていくつも浮かび上がり、状況を通達する。
サードアイ・コネクタを持っていない人たちには各々のスマートフォンに向けて時空震発生と、それに伴う行動要請が一斉に配信されている。
それを受けた街行く人々は、多少慌てはするが混乱に陥ったりはしない。
この7年でほぼ完璧に整備された各所の地下避難豪への入り口が次々と解放され、整然とそこへの避難を開始している。
「最近多ない?」
「確かに多い。でもまあ、倒せさえすれば国にとって利益になるしええんちゃう」
「そらそうやけど。でも倒せない国とかもあるやん?」
「まあ都市部やなきゃ、多少の『異世界化』はええ観光名所になったりするやんか」
「せやな」
「俺ももっと慎重にやってりゃ『空想喪失』せずに済んだのになあ……」
「いや慎重やったらいけるゆう話でもないやろ、こればっかりは。やっぱ才能やで」
「それな」
「歳も関係ないしなぁ」
などと会話を交わしつつ、慣れた様子で直近の地下避難豪へと避難してゆく。
世界共通の緊急事態宣言下では会社も学校も即時停止され、最寄りの地下避難豪へ避難することが義務化され、その遵守を徹底されているが故だ。
地下300メートルの深部に設置された地下避難豪に逃げてさえいれば、万が一敵の討伐を失敗して該当区域が異世界化したとしても、人的被害は最小限に抑えられる。
過去7年の間に発生した何度かの討伐失敗の実績から、異世界化は地下100メートルまでということが判明しているからだ。
『天皇家による京都御所からの『封印領域』展開は08:15AMを予定。復活設定は1。復活場所は阿波座駅二番出口に固定。2回KILLされた空想顕現者は『空想喪失』となりますのでご注意ください。繰り返します――』
みなもう手慣れたもので、ものの数分で見慣れた朝の通学・通勤風景から、整備された朝の街にほぼ人影がないという、どこか伝奇モノめいた風景が完成する。
道路はもちろん高架上の高速道路を走っている車もすべて即停車し、電車、地下鉄も最寄りの駅ですべての運行を即時凍結。
例外なく誰もがみな、地下避難豪への避難を実行している。
それに違反することは重罪とされており、この七年でそれをよく理解させられている民衆に、あえてそれに逆らうような馬鹿な真似をする者はもはや存在しないのだ。
だが政府からの最優先緊急事態放送は停止されることなく、今後の予定を知らせ続けている。
それはもちろん、全員が地下避難豪に避難したわけではないからだ。
信号は赤の明滅を静かに繰り返し、道路上の車はエンジンを停止しすべてハザードを点滅させている。
通勤時のビジネス街とは思えないくらいに閑散としているとはいえ、人っ子一人いなくなっているというわけではない。
というよりも意外と人影は多い。
7年前から今日まで『空想喪失』せず、己の空想を磨き上げてきた強者たちが地下避難豪へ避難することなく、敵の迎撃準備に入っているのだ。
世界防衛戦線を担う、この世界を護る戦士たち。
その強者たちの年齢はばらばら。
まだランドセルを背負っている子供から、杖をついている老人までと幅広い。
各々の余計な荷物を地面に降ろし、身軽な状況になって全員が『封印領域』の展開を待っている。
現役の空想顕現者であることを証明するタグが付けられた個々人の荷物は政府のスタッフにより戦闘開始までに回収され、戦闘終了後責任をもってその所有者に返却される仕組みとなっている。
いまなお空想喪失せず現役を続けている空想顕現者たちにとって、時空震の発生時に取るべき行動はもはや慣れたものなのだ。
『封印領域展開より目標撃破までの間、『世界防衛特例法』が適用されます。よって空想顕現者の空想顕現武装は制限をすべて解除されその全力稼働を認可されます。また現場での命令系統は空想顕現者の等級に準じます』
続いている最優先緊急事態放送が、地上に残っている彼ら、彼女らが強者である理由とその使用許可、制限解除を告げている。
人の空想より生まれたと断定された『敵』を倒し得る、今のところ人類唯一の手段。
『空想顕現武装』
各国政府によって展開される『封印領域』の中でのみ顕現可能な、自分だけの「俺が考えた最強武器」がそう呼称され、それのみが敵にダメージを与えることができる。
『空想顕現武装』以外ではたとえ核であっても、一切のダメージを与えることができないことが7年の間に実証されているのだ。
復活設定内で討伐を終え、『封印領域』内で戦う能力を失う――空想喪失することなく今日まで生き延びた空想顕現者たちは、その事実を以て己が空想顕現武装をより強力なものへと成長させる。
敵を倒し生き残れたという事実が己の空想の強さを証明し、より強力な空想顕現武装として成長させるのだ。
『当該領域のS級空想顕現者は1、A級空想顕現者は5。敵真躰への接敵はA級以上の空想顕現者に限定されます。B級以下の空想顕現者は分躰への対処に当たってください。繰り返します――』
そしてその二つと同じものが存在しない空想顕現武装の強さによって、空想顕現者たちは等級を分けられている。
これは最初の時空震から7年が経過する間に、生き残った空想顕現者たちの中でもその戦闘能力に差がつき始めたことによって生まれた。
実際は政府の特殊機関『世界防衛機構』によってかなり細かく数値化されているのだが、ある程度の基準を以ておおまかに等級が設定されている。
けして多くが生き残っているわけではない空想顕現者という世界を防衛する戦力を、敵を討伐した上で一人でも多く生き残らせる。
そのために、その等級によって接敵する相手を指定しているのだ。
敵の本体である真躰へは時空震の等級と同等以上の空想顕現者が挑み、それ未満の空想顕現者たちは真躰が健在である限り無限湧出する分躰への対処にあたる。
そうすることによって空想顕現者の空想喪失を極力防ぎ、効率的な成長を促すというわけである。
過去の記録からすれば時空震の等級と同等の空想顕現者が複数いればまず問題なく討伐は可能であり、一人でも凌駕する者がいれば討伐難度は一気に低下する。
今回の場合はA級の時空震に対してS級1、A級5の戦力を開始時から準備できる状態なので、避難する一般人たちも落ち着いていたのだ。
ちなみにいまさら放送など無くてもA級以上の空想顕現者たちはすでに有名人である。
病欠や出張などが運悪く重なってでもいない限り、この地区にそれだけの強者がいることは周知されているのだ。
もっともこの春から新戦力としてこの地区に現れた二人、その一方のS級についてはその存在はともかく、正体は未知のままではあるのだが。
『近隣からの応援現着は08:30AM以降、東京本部からの『防衛隊』現着は09:15AM予定。それはまでは現地戦力のみでの対応となります』
とはいえ時空震発生時に現場付近にいる空想顕現者に任せっきりなどという、脆弱な防衛体制で良しとしているはずもない。
7年前であればまだしも、現在では絶対に勝てる戦力を投入する体制はほぼ確立されており、ほとんどの地域においての現場戦力はその現着まで凌ぐことができれば及第点なのだ。
だが一部の地域では望めば『防衛隊』入りも可能なA級以上の空想顕現者たちが、あえて在野で会社員や学生を続けている場合もある。
彼ら、彼女らにとってはその方がより己の空想を強くすることが可能であるがゆえに。
力の源泉が個々人の『空想』である以上、それを強大化する手段が画一的でないこともまた真理ではある。
空想の強さとはつまるところ、想いの強さに他ならないのだから。
いかにもな組織に属し、その力を認められることこそが効果的な者もいれば、それだけの力を持ちながらあえてごく普通の暮らしをすることこそが効果的な者もいるということだ。
みんなを護ることで強くなれる者もいれば、特定の誰かを護るためだけに強くなれる者もいるというだけの話である。
すくなくとも今回の初動戦力の核である6名については後者なのだ。
08:15AM。封印領域展開開始。
『封印領域の展開を開始します。これ以降、顕現推定時刻08:20AMまではカウントダウンを継続します。繰り返します――』
靭公園上空に発生しはじめている時空震よりもなお高い位置に、巨大な鳥居が顕現する。
それを中心として正確な東西南北に巨大な御柱も顕現し、直径1㎞の球形をした封印領域が展開される。
これで梵字が流れるような境界面の内側では、空想顕現者が空想顕現武装を使用可能となった。
それとともにこれ以降は結界内では建物が壊れようが地面が抉られようが、結界を解かれた際には元の状態に戻るのだ。
回数が限定されているとはいえ撃破――殺された空想顕現者すら復活させる、封印領域が可能とする奇跡のひとつである。
現在地上に残る戦士たちが、次々と己の空想顕現武装を具現化させてゆく。
小学校高学年の男の子が各種『超能力』を使用可能にするアイ・バイザーを。
朝の散歩中だった腰の曲がった老婆が、あらゆるものを切断してのける硬糸を操るオープンフィンガー・グローブを。
通勤途中であっただろう若手会社員が、残弾無限の二丁拳銃を。
その他にもありとあらゆる、その人にとっての最強武器が次々と具現化され、その等級に応じた身体加護を、空想顕現武装以外はごく日常の服装をした戦士たちに与えてゆく。
これもまた封印領域が空想顕現者に与える力のひとつであり、それがあるからこそ敵の攻撃を喰らっても即撃破されることなく、また人間離れした速度域での戦闘を行うことを可能にしているのだ。
B級以下の空想顕現者たちが政府から指定された担当区域へと移動を始める中、不動で空中を睨みつけている者たちがいる。
敵の真躰に相対する、A級以上の6名である。
封印領域内の上空、真躰の顕現予測位置を中心に、まず足場となる巨大魔法陣が描かれ、そこを基礎として一定距離ごとに垂直の光の柱が立ち上がる。
これがその空間から真躰を外に逃がさぬ『檻』となる。
真躰顕現に先駆けて無数に表れる分躰は光の柱の間から地上へと溢れ出すが、それを狩るのがB級以下の空想顕現者の仕事である。
一方、6名のA級以上の空想顕現者は、その『檻』が消滅する前に真躰と戦い、討伐を果たすのが仕事だ。
その6名のうちの一人。
株式会社神支、本社購買部次長、祝田宗次郎。
49歳。
等級はA。
空想顕現武装は日本刀。
吊るしやパターン・オーダーではなく、フル・オーダーでぴしりと仕立てられたグレーのスーツ。
純白のイタリアンカラーのカッターシャツに濃紺のネクタイを締め、スーツよりも濃いグレーのトレンチ・コートを羽織った出で立ち。
白髪の混ざり始めた髪をオールバックに撫で付け、銀縁の眼鏡をかけた精悍な顔つきは引き締まったその躯と相まって、一部上場企業の管理職らしさには充分なものだ。
だが具現化された己の空想顕現武装である太刀『無銘・三日月』を左の腰に提げ、鞘から抜刀するその様子はいかにも稼いでいる管理職という出で立ちと合わされば、アンバランスで奇異でもあり、これでこそ空想の具現化というべき姿でもある。
50前後のいい大人が浮かべるには少々稚気がすぎるその表情は、これから顕現する敵の真躰との戦闘を明らかに楽しみにしているらしい。
「ホント好きだね、祝田次長はいい年こいて」
「これはこれは島田部長――しかしそれはオマエも同じだろうが」
抜刀し剣先を下に構える祝田次長に声をかけたのは、答えた声のとおり島田という部長職につく会社員である。
現実は小説よりも奇なりというが、二人は中学、高校と同級生であり、大学で進路が分かれた後、偶然に二人とも阿波座に本社を構える会社に就職し、再開したという経緯がある。
つまりはお互いが一番「厨二」だった頃を、お互いに知っている仲だということである。
それゆえに、祝田次長の後半の言葉が、友人に対する気やすいものに変じているのだ。
株式会社海渥、営業部部長、島田俊哉。
49歳。
等級はA。
空想顕現武装は鉾槍。
その言葉とは裏腹に、祝田次長とそう変わらない「悪い顔」をして己が空想顕現武装である鉾槍を右手に持ち、肩に載せている。
こちらも引き締まった痩躯に上品な紺のスーツを着込み、ロングヘリテージトレンチをきちんとボタンを留め、ベルトも締めて着込んでいる。
割と寒がりであるらしい。
こちらも50前後の部長職としてみれば厳つい鉾槍が浮いているような、組み合わさることによって歴戦の古兵のような、曰く言い難い雰囲気をその身に纏っている。
「いや俺は宗次郎と違っていやいやだよ。まあ臨時収入は助かるけどね」
「天下の海渥の部長職がなに言っていやがる」
「私立の芸大とかに行かれるとびっくりするほど金が掛かるんだよ、これが……」
「まあそれはわかるが」
そのわりには会話の内容は年齢相応の「お父さん」としてのものである。
彼ら二人にとってはそっちが軸足なので当然の事ではあるが、一方は抜刀された日本刀、もう一方は肩に鉾槍を担いでとなるとさすがに違和感の方が勝る。
「世界を護る戦闘の前に、世知辛い話はやめてもらっていいですかね?」
それに突っ込んだのは三人目のA級空想顕現者。
株式会社フェイマス、宣伝課チーフ、保田賢一。
32歳。
等級はA。
空想顕現武装は大剣。
会社員ではあれど所属部署が宣伝課という特性上、ラフにならない程度のカジュアルな服装が認められており、スーツではない。
だがなぜかそっちの方が、長大な大剣とのアンマッチ感が大きくなるのが不思議なものだ。
その服装のせいもあって、年齢も20代前半でも通りそうな優男である。
「保田君にはわからんよ、このお気楽独身貴族め」
「自ら進んで家庭という檻に入った人にいわれたくはありませんね」
ため息交じりの祝田次長の言葉に、皮肉でもなんでもなく「家庭」というものに憧れを持たない保田チーフが答える。
こればかりはどれだけ話しても平行線であるということはお互いにもう充分理解できている。
まだ今よりも自分たちが7歳も若かったころから、この地で戦線を維持してきた三人はそれなりにお互いの気心が知れているのだ。
そもそも祝田と島田が話していた収入的な問題など、ただの戯言である。
それぞれが務めている企業でその役職であれば、子供の一人や二人を私立へ通わせるくらいはどうとでもなる。
それ以上に空想顕現者としてここ7年間で政府から支払われた討伐報奨金と等級に応じた補助金はプロスポーツのトップ選手をすら軽く凌駕する。
彼らが身につけているスーツや時計、その他のものすべてが超が付く一級品であり、7年前は年相応にやれた身体であったものが引き締まっているのも、その経済力で一流のジムに通っているからこそ維持できているのだ。
空想喪失せずに現役を維持できている空想顕現者にとって、経済的な問題はほぼ発生しえないのだ。
「いやホント勘弁してくださいよ、まだ私なんかは結婚に夢を見たいんですから。それに松宮さんもいるんですし」
「おっと」
「これは失礼を」
古参三人の聞くに堪えないとまでは言わぬまでも、けしてみっとものいいものではない会話を中断させたのは若手の会社員。
仏陸化学工業株式会社、海外事業部主任、小川泰弘。
26歳。
等級はA。
空想顕現武装は細剣。
若手会社員らしいオーソドックスな紺のスーツに、同じく定番のネイビー・カラーのステンコートを羽織っている。
新卒社員として阿波座の支社に配属されてから、たった一年で急にA級に昇格した兵である。
その年齢もあってかなり強く『世界防衛機構』から『防衛隊』へ勧誘されていたが、なぜか固辞して阿波座の支社で働き続けている若手にしては変わり者。
それでもこの数年で古参三人ともかなり仲良くなっており、実践での連携は『防衛隊』にも後れを取らない完成度だと評価されている。
今年の春までは関西圏の『三騎士+侍カルテット』として名を知られていたのである。
それが一年も経たないうちに関西の在野有名空想顕現者の座を譲ることになった原因の一人が、小川に言われて祝田と保田が頭を下げた相手である。
「あの、いえ、お気になさらず……」
学生としての暮らしではあまり会話する機会もない、会社員モードの大人たちに謝られて恐縮している女子高生。
大阪市立西高等学校、一年A組、松宮凜。
16歳
等級はA。
空想顕現武装は魔法杖。
この春に高校へ入学した際にはB級だったのだが、最初の実戦で憧れの『三騎士+侍カルテット』が敵の真躰を撃破するところを実際に見て、あっというまにA級の戦力を獲得してのけた新戦力である。
己が空想を強化するのは、なによりも憧れであるのかもしれない。
サイド・テールにまとめられた髪と、紺のブレザーにチェックのスカートといういかにも女子高生らしい美少女が、それこそ日本人であればだれもが想像できるいかにもな『魔法杖』を駆使して敵真躰と戦うとなればそれは人気も沸騰する。
中には「せめて小学校低学年ならなあ……高校生はないわ」という魔法少女ガチ勢も多数存在しはするのだが。
だが凜の名が全国区どころか世界へ広がって以降、その姿に憧れた少女たちの空想顕現者等級が急速に伸びているのもまた事実なのである。
幼い少女たちにとって、敵と戦う恐怖を凌駕するくらい、凜の戦う姿は憧れを強くするものであるらしい。
半年もたたぬうちに世界級の芸能人とそう変わらぬ知名度と扱いになっているのが凜であり、その結果、関西圏で最も有名な空想顕現者の通り名と言えば、「魔法使い」になったというわけだ。
だがその主たる要因は凜ではない。
「馬鹿を言っているうちに始まるぞ」
「ところで肝心の我らが最強戦力殿は?」
島田部長がかけた言葉に対して、保田チーフが最も重要な確認を行う。
祝田次長が顎を上げて視線でその位置を指し示す先には、全身が漆黒の焔に覆われた人型がすでに空中に浮かび、制止している。
「準備万端ですねえ」
「心強いよ」
彼、ないしは彼女こそが凜に続いてこの地に急に顕れたS級空想顕現者。
その正体の一切は不明のままであり、日本政府もそれを是としている例外存在。
もっとも世界でもたった9人しかいないS級の一人ともなれば、特別扱いに文句を言う者などいはしない。
なによりもS級の称号と、その特別扱いに見合うだけの戦果を挙げているとなればなおのことである。
『封印領域』が展開されると同時に、全身をおそらくは自身の空想顕現武装の効果であろう黒焔に包まれて忽然と顕れる最強の『魔法使い』
前線で戦う空想顕現者たちを癒し、強化をかけ、敵を弱体化する支援系魔法が大部分である凜とは違い、破壊に特化された攻撃魔法。
それはノータイムで撃たれるモノであっても分躰であれば一撃で消し飛ばし、真躰であっても充填を要する『大魔法』数発で仕留めてのけるだけの圧倒的火力を誇っている。
元この地の最強空想顕現者であった『三騎士+侍カルテット』のいう通り、心強いことこの上ない最強戦力なのだ。
今までは4人で削りきるか、『防衛隊』到着まで凌ぎきるかしかなかった戦闘が、たかだか数発の『大魔法』を撃つだけの時間を稼げばよくなったのだからさもありなんである。
敵顕現時の多重追尾魔法で、先行して顕れる分躰の半数近くを焼き払ってくれることも大きい。
そこへ戦闘半ばで凜の最大魔法である、『封印領域』内の全空想顕現者への『回復』も加わっているとなれば、二人が参戦して以降すべての敵真躰を『防衛隊』の到着を待たずして撃破していることも当然と言える。
「でも、急にあんな強い人が現れたりするものなのでしょうか? それに私たちと違って、正体もわからないですし……」
「心配はいらないと思うよ。この力は各々の「空想」が源泉だからね。ある切っ掛け一つで、圧倒的に強くなることはあり得るさ」
「なにか……知っておられるんですか?」
「いや?」
いわば同期ともいえる『黒焔』――通り名としてそう呼ばれている――を見上げて不安そうに言う凜に、細剣使いの小川が気楽そうに答える。
強さこそ違えど自分にも、それこそ凜にも同じことが起こっているので納得もしやすいのであろう。
この春、凜の躍進の直後に急に現れたとなれば、なんとなく想像もつくというものである。
小川とて配属された先で得たある出逢いから、A級となるほどの力を得たのだから。
特定の誰かを護りたいという想いは、時に凄まじい力を生むのだ。
それが報われるか否かに関わらず。
「S級ともなれば政府の支援も万全でしょうし、正体を探るのも悪手ですよ。まあ一つ言えるのは彼も我々と同じで、彼もこの地に在ることがS級である条件なのでしょう」
祝田がまとめている間に、もはやこの地での戦闘での合図となっている『黒焔』による、まるで花火のような多重追尾魔法が上空に向かって放たれる。
時空震からの敵顕現時間となったのだ。
『黒焔』の多重追尾魔法から逃れ得た分躰たちが地上へ溢れ出し、B級以下の空想顕現者たちが戦闘を開始する。
小学生が超能力で捻り潰し、老婆が鋼糸で微塵に刻む。
『空想』同士のぶつかり合いが、阿波座周辺靭公園を中心として広範囲で開始されている。
「では我々も行きますか」
己が「空想」の力によって、飛ぶことすらできない者がA級になることなどできはしない。
だからこそそう言って、彼らも『黒焔』と同じく当然のように空へと飛ぶ。
『封印領域』内に張られた結界の中に現れつつある、今回の敵真躰を狩るために。
08:20AM。敵真躰及び分躰顕現。戦闘開始。
今回の敵は西洋系竜型:竜王級。
08:34AM。敵真躰討伐完遂。戦闘終了。
空想世界防衛戦線、異状なし。
今日この時は、まだ。
大阪市立西高等学校、一年A組、磐座社。
16歳。
等級はS。
空想顕現武装は不明。
全世界最強の魔法使いである、『黒焔』の中のヒト。
彼の『物語』がはじまってからは、そうではなくなる。
この7年の内に「非日常の日常」となった日々は、大きな変化を迎えることになるのだ。
twitterでとあるイラストを見て生まれた物語です。
いつもの見慣れた世界を浸食する異世界――「空想」「妄想」の産物を、おなじく空想である「俺の(私の)考えた最強武器!」で討伐する物語になりました。
いつものスーツ姿や制服、私服に小説やゲーム、映画やアニメでしか見ない主としてファンタジー系の武器の組み合わせっていうのは、それだけでものすごく空想が進みます。
なぜか無性にカッコよく感じてしまいますし。
そんな感覚を文章にしてみました、楽しんでいただければ嬉しいです。
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