神器
鈴の音とともに、視界からすべてが消えた。ヨモと伊織を除いて、すべてが闇に包まれた空間にいた。
「これは、、、」伊織は周囲を見渡す。本当に目を閉じているかのように、何もない空間が広がっているだけだった。
「いろいろ説明しないとね。」そう言ったヨモの手には薄く光る鈴が握られている。
「この空間は、私の神器の能力。神隠しでできた空間。ここには何もない。例えるなら、現実とあの世のはざま。ここには一切の干渉はできないの。」にこりと笑ったヨモは伊織の手を取る。
「気を付けて。ここではぐれたら、もう戻ってこれないよ。」その言葉に伊織の緊張感は増した。湿度もない空間で、じっとりと手に汗が染みていくのを感じた。
「まず、教えてほしい。あの男は何者か。そして、神器ってなに。」その質問に少し立ち止まってヨモは少し長くなるよ?と笑って説明を始めた。
「この世界には、神様たちがいるって言ったよね。そしてそれは、この世界では、ものの形をしていたり、人に宿ったり、何かを媒介にして存在するの。前に話した3つは覚えてる?」
「確か、古来神、人神、付喪神だったよね。」記憶をたどり答えた。
「正解。さすがだね。古来神っていうのは、そのまま神様なの。自然現象なんかを媒介にして存在する。とっても大きな力を持ってる。そういう存在。人神は文字通り、人が神様になってるケース、だから、割と人に憑依したり、姿を変えたりしてることが多いの。最後に最も数が多いのが付喪神。ものに宿った神様。そういった神様が宿ったものを、神の器、そのまま神器っていうの。」
「神器、、、。」ふと自分の握りしめた矛に目を落とした。
「そう。それも神器。神器―天沼矛―。でも、その神器はまだ空っぽなんだよ。中に神様がいないから。今はただの器。でも、ものすごい力を持ってる器だから、それに見合う神様が宿ればものすごい力を発揮してくれると思う。」少し遠い目でヨモは矛を見つめて言った。
「じゃあ、神器ってのは付喪神の宿る器ってこと?」
「んー、少し違うかな。さっきも言ったけど、神様が宿る器が神器。付喪神はものに宿るけど、人神は違う。文字通り、人に宿るから、その場合、人が器になるの。その場合はその人自身が神器になる。人の神は、そうやって人を媒介にするから問題も多くてね。まあ、それはまた今度ね。」いつもの笑みを浮かべて笑う彼女はどこかはかなげだった。
「じゃあ、もう一つあの男は?」伊織は先ほどの体験を、脳裏に鮮明にこびりついた男を思い出した。
「あれの正体まではわからない。私もなんでも知ってるわけじゃないから。けど、きっと私たちを狙ってた。ほかの世界から私たちみたいに来る人たちはいるの。そういう人たちを狩ってる組織があるって聞いたことがある。私たちみたいに他の世界から来た人は、ここにない珍しい神器を持ってたりするの。それを集めてる人たちがいるって聞いたことはある。」
伊織はあの男の感情のない笑顔を思い出していた。きっと何人も殺してきたのだろう。元いた世界では考えられない状況にパニックにならなかったのは彼女の存在が大きい。なぜだか、彼女といると安心するし、自分を保っていられた。伊織は彼女が何者なのかはまだわからないが、ここで聞いてもはぐらかされるだろうとは思った。でも、彼女からはどこか懐かしさも感じた。
そんな物思いにふけっていると彼女が再び歩き出し、伊織もそれに従う。
「でもね、さっきはかっこよかったよ。ありがとう。」ヨモが少し顔をのぞき込ませて笑ってきた。伊織はドキッとして照れ笑いをし、「でも、結局は助けられちゃったね。」と返した。
「気持ちがうれしいよ。でも、次は前に出るのは危ないよ。こう見えて私強いから大丈夫。」と力こぶを作るそぶりをした細い腕に伊織は思わず噴き出した。
「そうだね、ヨモがこの空間に逃がしてくれなかったら、やばかった。ありがとう。」伊織のお礼にヨモは満足そうにうなずく。
「そろそろ抜けるよ。」そういってヨモの視線の先に目をやると、うっすらとした白い光が見えた。
「まだまだ聞きたいことも山ほどあるけど、とりあえず今は休みたいな。」伊織は気づかないふりをしていた全身の疲労感とわずかな胸の痛みに気が付いた。
「その傷はもうふさがってると思うけど、、そうだね、今日は私も疲れたなあ。」そうはいっているが、疲れを感じさせないヨモの笑顔。そして、言われたように自分の胸を見てみると、傷はうっすらと見える程度にふさがっていた。
「あれ、切られたよな、、、おれ。」
「少し戻ってきたみたいね。」ヨモは伊織の傷を見ながら小さくつぶやいた。
伊織は自身に起きた変化には気づかず、疑問を抱きながら光の方へ少しづつ歩みを進めた。
場面は変わり、山道に腰掛ける男が一人。
「いやぁ、失敗したなぁ。伊織くんかぁ。そおか、きみかぁ。」男は空を見ながら不敵に笑っていた。