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告白

「ほら、これ。この前のバレンタインのお礼。やるよ」


 ホワイトデー当日、用意していたチョコを渡してやる。受け取った斎藤はぱちくりと目を瞬かせたあと、ゆるりと微笑んだ。


「……ありがとうございます」


「はいよ」


 いつもの柔らかいほほ笑みにそっと息を吐く。あれからというもの彼女の憂う表情について一切追及していない。そのおかげか、だんだんといつも通りの会話が続くようになった。


 結局、これまで通りに変わらない距離感で接しているのが一番なのだろう。今の関係を変えたくないならば。踏み込まなければ嫌われることはない。見て見ぬふりをして日常を装えば、今の関係はずっと続いていくのだろう。


 斎藤は手もとの袋を薄く目を細めながら眺めている。それはどこか儚げな眼差しのようにも見えた。


「どうした?」


「また、田中くんから貰ってしまったので。……大事にします」


 そう言ってきゅっと袋を抱きしめる。その姿は喜んでいるはずなのに、どこか寂しげだ。


「いや、チョコだからちゃんと食べてくれ」


「そ、それは分かっていますよ。気持ちの問題です」


 少しだけ頬に赤みを宿し、すねるように唇を尖らせてそっぽを向く。そのままもう一度だけ抱いた袋を見て、きゅぅぅと腕の力を強めた。袋が歪んでくしゃりと音を立てた。


 静かな時間が訪れる。カチコチと時計の刻む針が進んでいく。


(このままで本当にいいのだろうか?)


 消え入りそうな笑みを浮かべる彼女の横顔を眺めて迷いが過る。

 もうこれまで何度も見た、見ているこっちが痛む笑み。つい言葉が漏れ出る。


「……なあ、本当に困ったこととか抱えてないのか?」


 真剣に見つめれば、斎藤は瞳を左右に揺らす。もしかしたら話してくれるのだろうか? 淡い希望を胸に待つ。だが、期待とは裏腹に出てきたものは拒絶だった。


「……いえ、何もないですよ」

 

 少しだけ眉を下げて困ったように微笑む斎藤。まるで俺と斎藤の間に高い見えない壁がそびえたっているみたいだ。それは明らかな線引きで、少しだけ膨らんだ勇気はしぼんで消えてしまう。


(……まあ、そうだよな)


 心の中で自嘲するような笑みと共にため息を吐く。こういう反応が返ってくることは分かっていた。これまでも何度もした問いかけなのだから、今更反応など変わるはずがない。

 もう引くべきか。これ以上追及したところで嫌がられるのは見えているし、今の居心地の良い関係もこじれてしまう。それならやはりもう踏み込まない方が良いだろう。そう考えたとき、一ノ瀬の言葉が蘇った。


『何が良いのかではなく、何がしたいのか。それを見つけて選択したらいい』


 あの言葉は未だに耳に残り続けている。ずっとあれから考えているがその答えは見つかっていない。そう、俺はまだ何も決めていないのだ。こっちの方がいいだろうと察して流されるがままにしているに過ぎない。それを強く自覚する。


 もう一度、斎藤の顔を見る。久しく斎藤の満面の笑みを見ていない。見たのは薄いほほ笑みか悲しい笑みだけだ。そんな笑みばっかりなんてもう見たくない。俺はいつだって斎藤には幸せに笑っていて欲しいのだ。楽しく笑って俺の隣にいて欲しい。それが俺の望み。


 これまで俺は斎藤になにか抱えるものがあるのを察していながらも、そこには触れないできた。誰にだって知られたくないものはある。話したくないことはある。それが分かっているから見て見ないふりをして過ごしてきた。だからこそ、斎藤と親しくなれたと言ってもいい。


 友達として一緒にいるのにはそれだけで十分だった。互いに居心地の良い関係を築いて、近すぎず遠すぎず、適度な距離感を保ってきた。だが、今はその曖昧な距離感こそが邪魔だ。


 すべては俺が斎藤のことが好きだから。知りたい。近づきたい。守りたい。そう思う。斎藤が困っているのなら、隣で助けたい。


(ああ、そうか)


 いつか、一ノ瀬と話した時のことを思い出す。あの時は恋人になるとはなんなのか分からなかった。わざわざ居心地の良い関係を変えてまで、恋人という新しい関係になることがどんな意味を持つのか分からなかった。


 だが、今は分かる。恋人というのは隣にいるための証だ。どんな時でも相手の味方でいることが叶う唯一で特別な立場なのだ。


「なあ、斎藤」


「なんですか?」


 俺の問いかけに斎藤は顔を上げてこちらを見つめる綺麗な瞳が俺の姿を映す。


 覚悟は出来た。関係を変える覚悟。斎藤の心に踏み込む覚悟。斎藤と向き合い、その内側を知って支える覚悟だ。


 もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。もう元には戻らなくなるかもしれない。だとしても、俺は踏み込む。もうあんな辛い笑みは見たくないから。困っているなら助けたいから。だから伝えるんだ。


「俺、斎藤のこと好きだよ」


 俺の言葉に一瞬目を丸くする。それからくしゃりと表情を歪めた。


「…………なんで、言っちゃうんですか」


 俯きながら切なく苦しそうな声でそう呟く。その言葉に自分の察しが当たっていたことを確認した。


 やはり、斎藤は俺との距離をこれまで通りに保ちたかったらしい。どうしてそうしようと考えるのか分からなかったが、それこそが斎藤の抱えるものに関係あるのだろう。


「何度でも言う。好きだ。好きだから、知りたいんだ。お前が何を抱えているのかを」


「私は……話したくありません。田中くんには関係のないことですから」


「……ああ、そうだな。これまでは俺もそう思っていたよ。俺と斎藤は友人同士。互いに適度な距離感を守るべきだってな。それにお前が話したくないことも分かっている」


「だったら……!」


 下を向いていた顔を上げこっちを必死に見つめてくる。


「それでもだよ。それでも、俺は知りたいんだ。斎藤のことが好きだから。斎藤が俺にとって一番大事な人だから。お前の味方でいたいんだ。隣に立って支えたいんだ」


「……っ」


 斎藤は怯んだように身を一歩引く。それでもじっと見つめ続ければ、困ったように瞳を彷徨わせ始めた。うろうろと左右に視線を地面に滑らせている。


 もう俺は迷わない。たとえ嫌われようと、それでも斎藤の本音が知りたいから。


 ぐっと握りこぶしを作って待てば、斎藤が視線を下げたままそっと零した。


「……私も、田中くんのことが好きです」


「……そうか」


 ゆっくり頷くと、斎藤はこちらに視線を向けて真っすぐに見つめてくる。困ったように眉を下げて、その瞳は潤んで僅かに揺れていた。


「はい。好きです。大好きです。でも好きだからダメなんです」


「なんでだよ」


「……もう失いたくないんです。大事な関係を。大事なあなたを。だから、友達ならと思って……」


 切ない声で告げ、目を伏せるとつうっと目じりから涙が頬を伝う。滴る雫がぽつんと彼女の制服の襟を濡らした。

 何度も滴り落ち、それが合図になったように斎藤は想いを吐露し始めた。


「私のお母さんはもうこの世にいません。大切な猫もいなくなってしまいました。大事だった家族というものさえ壊れてしまって、いつも私の大事なものが無くなってしまうんです。私が大事に思うものほど消えてしまうんです。だから、田中くんのことがこれ以上大事な存在にならないよう距離を置いて……」


 言葉を紡ぐたびに、斎藤の恐れというものが伝わってくる。痛いくらいに伝わってきて、胸が締め付けられた。


「……確かに、ずっと一緒にいられる保証なんてないよな」


「……はい。だから、出来るだけ長くいられるように今のまま距離を守って……」


 斎藤の想いは凄く理解できた。永遠なんてものはない。変われば終わりが近づく可能性があるのだから、だったら今のままでいたいというのは尤もだろう。だが、それでも――。


「俺は斎藤ほど大事ななにかを無くしたことがないから、軽々しく斎藤の無くす気持ちが分かるとは言えない。でもさ、今のままの関係だっていつかは終わりを迎える可能性はあるだろ?」


「それは……」


「確かに、大事なものがいなくなるのは寂しいだろうし辛いと思う。ましてそんな経験を何度もしてきた斎藤ならなおさらだ。そりゃあ、今のままを望みたくなるよ」


 俺はそこまで大事と呼べるものを作ったことがない。あるいは失うまでは大事なものは大事だとは気付かないからかもしれない。そんな俺でさえ斎藤の話を聞けば共感できたのだから、当の本人ならどれほどのものだろう。


「でもさ、結局どんな関係であっても終わりは来るんだよ。望もうと望まなかろうと。それは斎藤が一番わかっているんじゃないか?」


「そう……ですね」


「だったら、そんないつか訪れる別れの日を恐れて過ごすより、今の幸せを噛みしめて生きた方がいいとは思わないか?」


「ですが……」


 渋る斎藤。そりゃあ、そうだ。そう簡単に切り替えられるわけがない。


「斎藤はお母さんと過ごした日々は楽しかった? あるいは猫と一緒の暮らしは幸せだった?」


「それは、もちろんです。今でも色んなことを覚えているくらい楽しくて幸せな日々でした」


「そういうのがお母さんが残したかったものなんじゃないか? 決して失う悲しさなんかじゃなくて」


「……っ」


 斎藤の息を飲む声が聞こえた。唇をきゅっと結んで困ったように眉を下げる。それからゆっくりとまた息を吐いた。


「そう……なんでしょうか?」


「さあな。本当のことは俺には分からない。でも、俺はこれから斎藤に今ある幸せを感じて過ごして欲しいと思っているよ。隣で笑っていて欲しいと思っている。……俺の彼女として」


 最後に恥ずかしくて申し訳程度に付け足せば、斎藤は目をぱちくりとさせて固まった。それからゆるりと口元を緩めて可笑しそうにクスッと笑みを浮かべた。


「……まだ、自信をもって今を楽しむことは出来るかは分かりませんが、それでも田中くんの隣で笑うことだけは出来そうです」


「困ったときはいつだって話を聞いてやるよ。今度からは遠慮せずに聞き出せるからな」


「その時はお願いしますね」


「ああ、任せておけ」


 強く頷けば、頬をほんのりと桜色に染めて口元を緩める。


「……私、田中くんことを好きになってよかったです」


「俺も斎藤のことを好きになれてよかったよ」


「では、これからは田中くんの隣にいさせてもらえますか?」


「ああ。恋人としてよろしくな」


 華が舞うような満面の笑みを浮かべる斎藤に俺も笑みを返した。



 


 

 これにて第二章完結です。


 面白かった。やっと付き合ったか。そう思った方はぜひ↓↓↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けると嬉しいです。

 この作品がより多くの人に知ってもらえて、本の宣伝にもなります。多分1番区切りのいいこのタイミングで、ぜひよろしくお願いします。


 もう既にポイント入れちゃってるよ!って方は、一言「面白かった」でもいいので、感想、レビューなんかを頂けたら嬉しいです。励みになります。


 最後に最終回みたいになっていますが、物語はまだまだ続きます。斎藤さんの正体のネタバラシが残っていますから(´*−∀−)

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― 新着の感想 ―
( ;∀;)涙です!感動です!田中君が言った付き合うて言うことの本質なんだと思います この年になっても心に響く言葉でした!
私は妻の辛さや悲しみを少しは癒してやれていたのだろうか。 124話を読んでそんな事を思いました。 今どんなに彼女の事を想ってももう何処にも居ないんだよなぁ。
[一言] あぁ、まだ付き合ってなかったんか…
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