学校一の美少女の勘違い①
※斎藤は「一ノ瀬さん」と呼んでいますが、一ノ瀬は男です。
斎藤の家。静かな雰囲気の中、ページをめくる音だけが耳に届く。紙の擦れる音が心地良い。
ここ最近はデートのことで色々考えることが多かったので、本だけに集中できる今の雰囲気が妙に懐かしかった。
斎藤のおすすめの本を読み終え、現実に意識が戻ってきたところで、そっと隣に座る斎藤を横目に見る。
長い睫毛、宝石のような綺麗な瞳に透るような白い肌。そしてぷるんと熟れた紅い唇。見惚れるような綺麗な横顔は真剣な表情で本を見つめていた。
(随分馴染んだよな……)
彼女の横顔を見ながら、そんなことをふと思う。図書館から始まり、彼女の家。そして向かいに座っていたのが、今では隣に座っている。
最初はそのことを意識し過ぎて、本に集中出来ず困ったものだが、人間というのは慣れるもの。斎藤が隣にいるのが最早当たり前のようにさえ思う。まさか出会った当初は今のようになるとは思ってもいなかったが。
じっと斎藤の横顔を見つめていると、斎藤が本から顔を上げた。彼女のくりんとした瞳が俺の姿を映すと、張り詰めた真剣な表情を緩め、ふわりと優しく目が細められる。
「どうかしましたか?田中くん」
「いや、なんでもないよ」
「そうですか?」
こてんと首を傾げながら斎藤は俺の手元に視線を落とす。
「もう、読み終わったんですか?相変わらず本を読むの早いですね」
「まあな。今回も面白かった」
「それは良かったです。おすすめした甲斐がありました」
「斎藤が勧めてくる本はどれも面白いからな。自分では読まない種類の本もあるし、いつも助かっているよ」
「どういたしまして。次のおすすめの本、用意してありますよ」
「お、まじか。じゃあ早速読んでみるわ」
用意していてくれたらしい本を手渡されて、思わずテンションが上がる。やはり新しい物語というのはそれだけで期待で胸が膨らむ。
それに斎藤のおすすめというお墨付きだ。きっと面白いに違いない。
「斎藤は今、なに読んでいるんだ?」
「私ですか?今は恋愛小説を読んでます」
「へー、そういうのも読むのか」
これまで斎藤から借りた本にはそういう種類の本はなかったので、意外だった。
「はい。最近興味が出てきたので試しに買ってみたのですが意外と面白いですよ?」
「そうなのか?どんな話なんだ?」
あまり興味なさそうな斎藤が面白いというのだから相当なのだろう。内容がつい気になってしまう。
「まだ、私も最近読み始めたばかりなのでそこまで詳しくないですけどいいですか?」
「ああ、物語が進んでいるところまででいいよ」
「基本的には二人の男女の物語です。その二人が互いの秘密を知ったことで協力関係を築いて頑張っていくんですが、その過程でだんだんと互いに惹かれていって……という感じですね」
「なるほどな。王道だが面白そうだな」
「はい。それで今読んでいるところは、そのいい感じになってきた二人の間に別の女性が現れて、男と別の協力関係を築き始めてだんだんと女子の方が主人公に惚れていって……」
そこまで話して斎藤はピタッと言葉を止めた。
「どうした?」
「は!?まさか、一ノ瀬さんは天敵!?」
「え?」
唐突な『一ノ瀬』。少し大きめの声を上げた斎藤の言葉には意外な人物の名前が含まれていた。
「あの、最近、田中君は一ノ瀬さんと仲が良いようですけど、まさか言い寄られていたりしますか?」
「え?一ノ瀬?」
急な変わりように圧倒されて上手く頭が回らない。なぜ急に一ノ瀬の名前が?
「あ、いえ、最近教室で二人が仲良く話しているところを見かけていたので」
「あー、なるほどな」
一ノ瀬は有名人なので、斎藤が知っていてもおかしくはない。それに確かに最近はよく絡まれていたのでそれが気になったのだろう。仲良く話した覚えはないが。
「それで、どうなんですか?一ノ瀬さんと話すようになったのは最近ですけど、田中くん言い寄られていたりしますか?」
「うーん……」
なぜ急に恋愛小説から話題が離れたのか。気になりはしたが、それ以上に斎藤ぐいぐい顔を寄せて急かされる。あまりの斎藤に圧倒されそんな疑問は頭の片隅に追いやられてしまった。
とりあえず斎藤の質問について考える。これまではそこまで親しくなかったが、確かに仲良くなったきっかけというのを考えると、一ノ瀬が俺に話しかけてきたから、といえるだろう。一ノ瀬から絡んでこなければ、ここまで話すようにはならなかったはずだ。
「まあ、確かに斎藤の言う通り、話すようになったのは向こうから寄ってきたからだな」
「やっぱり!」
俺の言葉に斎藤は目を丸くしながら声を上げた。




