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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅰ niger puppet-黒い操り人形-】
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第八十四章 愛したくとも



第八十四章 愛したくとも



†▼▽▼▽▼▽†



「仮面舞踏会?」

 きょとんと首を傾げるセルジュに、ロイは頷いた。

「ええ。かつては頻繁に行われていましたからね」

「盛大に王宮で行うとなると、フィリップ王子以来かもしれないなあ」

 グレイクもうんうん頷きながら言った。

 今、王宮内はひそかに活気に溢れている。使用人たちはどこかそわそわし、周りの貴族たちからも是非参加したいとの声があがっている。王子の提案により、数年来行われることのなかった仮面舞踏会が久しく開催されることになったのだ。

 この舞踏会には常の舞踏会にも招待されていた貴族をはじめ、音楽隊や芸者たちも呼ばれる。そして、王城には入れないにしても、王宮の広い庭園やらを開放し、貴族でなくとも参加できることになっている。

 招待客ならびに参列者たちはみな仮面をかぶっており、相手がだれなのかすぐにはわからない。そのため、すこし裕福な商人の娘などは見初められ、是非貴族らと繋がりを持とうと参加するのだ。

「なら、さっそく準備しなくっちゃ!」

「準備?」

 今度はロイが首を傾げる。セルジュのコバルトブルーの瞳がきらきらと輝いていた。

「そ!だって、それはつまり、たくさんの人が王城に入るワケでしょ。なら、僕たちは気が抜けないよね」

「ああ、警備に念を入れなければな」

 合点がいって唸ったグレイクに、セルジュは苦笑のような笑みを浮かべた。

「そうだよ親分っ!兄貴不在の今、僕たちがしっかりなくちゃ。罠とか拷問道具とか用意しなきゃ……間に合うといいな」

 最後のほうはほとんどつぶやくように、その愛らしい顔に似合わず口元を歪めて、少年はクスリと声をもらした。

「おい、その親分っていう呼び方は……」

「よし、がんばっちゃうもんね。じゃ、僕は見張りに行ってきまーす!」

 すばやく敬礼し、上司の声など聞かずに走り出す。そんな少年の背中が見えなくなるまで、グレイクとロイの苦笑は絶えなかった。








†+†+†+†+


 ハーブティーをすすり、シャルロはにっこりとほほえんで男を見つめた。

「あなた、気が立っているのね」

「ワタシが?まさか」

「でも苛々しているわ」

 くすりと猫のように目を細め、彼女はカップを置く。

 部屋にはふたりきり。まだ人々が起きはじめるにははやい時刻だ。

「地下牢でなにかあったの?」

「ええ、まあ。ドブネズミが、ワタシの大好きな月に触ろうとしたので」

「あら、そう。わたくしはキライだわ、あのきれいな月は」

 くいと口角をあげる姫。男はやれやれと肩をすくめた。

「お妃なのに」

「子を産むつもりはないわ。わたくしには、愛している方々がいるから」

「方々、ねぇ……」

 コトリ、と音を立てて彼女は立ち上がる。エメラルドグリーンの瞳が楽しげに揺れた。

「あなただって本当は月のことがキライなはずよ。だって心から愛しているのは女神だもの。月は女神を奪った帝王の血を受け継いでいる」

「でも、女神の血も混ざってる」

 つい、と言ったふうに男は口走っていた。言ってから、はたと口をつぐむ。

 シャルロはくすくすと声をもらす。楽しい。

「そうね。あなたは女神のためなら罪を厭わない。だからきっと、ドブネズミを殺したんでしょう……?」

 緑の瞳が男を見つめた。彼はしばし、なんの感情も映さない眼を彼女へ向けていたが、やがてあきらめたようにため息をつく。

 そのままきれいに笑った。

「うん、そうですよ」

 殺しちゃった――楽しかったなぁ、と男は腹をかかえる。

 シャルロは無言でそれをながめていたが、ややあって口を切った。

「仮面舞踏会がひらかれるの。わたくしは参加しないわ。ただ妃の席に座ってる」

「ほぅ」

「だってもうすぐ刻限でしょう?」

 男を振り仰ぐ彼女の表情は、打って変わって切なげに歪んでいた。

 男はたしかに、と頷く。

「そろそろデスね。ワタシもおちおちしていられないなぁ……『アレ』にやらせるか……」

 最後のほうはつぶやきに近い。

 ひとり納得し、彼はシャルロに目もくれず踵をかえした。彼女は、その背に言う。

「あなた、黒髪より前のほうが似合ってたわ」

 一瞬足をとめ、しかしすぐに男は歩きを再開させる。闇にまぎれる黒髪をがしがしとかきあげ、最後に彼女へ手を振った。

「あなたも、緑より水色の瞳が似合ってマスよー」

 懐から出した、仮面をつけて。男は朝日を浴びずに、暗い影へと身を投じた。










†+†+†+†+


 バタバタと廊下を走る音が響く。せわしなく釈然としない雰囲気を敏感に察知してか、アルは目を覚ました。

 最近はよく眠れない。目をあけてもとじても、闇が巣くう。

 ベッドから身を起こし、彼はカーテンもあけずに鏡の前へと足を向けた。

 上半身にはなにも纏っていない。剥き出しになった肩から背にかけて走る、烙印のキズ。痛々しげに焼き痕を残し、今も彼への屈辱を思い出させる。

 屈辱――それにはすこし語弊があるかもしれない。むしろもっと深く、そして憎しみに染まった、悲しみに似ていた。

『ソティリオさまにそっくりですね』

(まさか)

 声が頭に響き、鼻で笑おうとしてアルは失敗した。まさか、そんなわけ、ない。

『幸せそうでしたよ、あなたの奴隷ちゃんは』

 男はそう告げた。たしかに、そう言った。

『城を離れてもうまくやっていけるんデスねー。あなたから解放されて、逆に清々しいのかも』

 彼は――ヌイストはくすりといやな笑い方をしてさらにつづけた。

『だからちゃーんと、魔法をかけてきてあげましたよ?』

 お城にやってきたくなるような魔法を――男はにんまりと笑みを深めた。


 やはり、わからない。内になにを秘めているのかわからない男だ。

 の人が連れてきたのは、見間違えるはずのない緑の瞳をもった姫君であった。彼女は人形のようにうつくしく、そして表情がなかった。

 無表情なのではない、心から表情をつくっていないのだ。まるで笑顔の仮面をはりつけたときの自分のように……アルは息をつめる。

(あの瞳は、たしかにラベンの国のもの……)

 名も不確かな小国だったか。ラベンダーの咲き誇る、滅びた王国。

 その王族の瞳をもつ彼女は。


「……アルさま」

 部屋の外から聞こえてきた自分を呼ぶ声に、王子はつかの間の思考を消し去る。

 ヌイストという男はよくわからない。わからないが、使えることはたしかだ。アル自身が足元をすくわれさえしなければよい。

 アルは青い瞳をかすかに歪め、立ち上がる。

 そう、ヌイストはとてもよく働く。気がつけばどこかへ消えているが、きちんとアルの願いをかなえてくれる。

 部屋の主の返事に、呼んだ声の主は応じる。ゆっくりと扉をあけた。

「アルさま、至急、会議を」

「何事だ」

 入ってきた男の赤い眼を見つめ、アルは問うた。男は頭を下げたまま答える。

「地下牢にて、事件が」

「ヌイストは?」

「早朝にお出かけになったと、『猿』が」

 恭しく頭を下げる男。彼もまた、己の心を隠しているにちがいない。

 地位を欲したヌイスト。彼にそるを与えれば、早急にアルの望みは通った。目の前の男がそれを証明している。

「大臣らを集めよ」

「はっ」

 ぴしりと再度頭を下げ、彼は部屋を退出した。アルは感情の読めぬ笑みを浮かべる。

「駒となってもらうぞ――クリス」

 シャルロの付き人兼重臣の魔術師ヌイスト。彼は数日前より、赤目の男――クリスの釈放を成功させていた。

 すべては、アルの思うままに。










†+†+†+†+


 荒野を抜ければ、異世界のような砂漠。雪の気配などない世界が広がる。

 海を渡れば近かろうが、生憎彼に船は必要ない。馬はもちろんのこと、強いていえば己の脚とて必要ない。

 男はすこしならば飛行する力を持っていたし、なによりも彼には空間を移動することができた。よって、交通手段や時間を心配する必要などない。

 ただ、ちょっぴり気分が悪くなるだけ。

「うわ~、気持ちワルイなぁ」

 そんな様子など、端から見ればまったくわからない表情で男はこぼした。

 手をぱたぱたと振り、ふぅ、と息をはく。

「さすがに行ったり来たりは楽じゃないですねー」

 そのうち干からびちゃうかも、とひとりごちる彼を、だれも慰めてくれる者はいない。

 男は休憩がてら、手を天へかざすことで即席のテントをどこからともなく引っ張り出した。

「ふー。アッツイなぁ」

 暑い、とつぶやきながらも、男の額には汗ひとつない。黒髪をかきあげ、彼は毛先にこびりついた赤黒い塊を見つけた。

 びっくりしたように目を見開いた彼は、しかしやがてケタケタと腹を抱えて笑う始末。きっとなにも知らぬ他人がそばを通ったならば、彼が暑さで頭をやられたのだと思うかもしれない。

 男はさんざん笑ったあと、目の端に伝う雫を指で拭い、大きく息を吸った。

「ああ参った!ワタシもまだまだですねぇ」

 先刻までは鮮血だったそれは、今や黒く変色して我が髪にこびりついている。『今』は黒髪だったから、返り血を浴びてしまったことに気づかなかったのだ。

 それにしても、おかしい。まさか自分が、血を浴びるなんて……そのことにすら気づかないなんて。

 男は再びわいてくる高ぶる感情を抑えるのに苦労した。

 逆上、したのかもしれない。きっと、そうにちがいない。

 だって彼女を愚弄されたから。

 男は掌に顔をうずめた。


 血の臭いも、手に掛けたあとの高ぶりも消したはず。自分がなにをしたかなんて、絶対だれにもわからない。

 なのに、再び手が震える。

「だって仕方ないんだ……彼女が……」

 愛しい彼女が、汚される。

 そんなの堪えられるわけがない。


 目をとじれば、先刻の光景が広がる。

 地下の冷たさ。響く悲鳴。肉を切り裂く感触に……血のニオイ。

 目玉を取り出すことはできなかった。否、必要なかった。

 汚い目玉は欲しくない。コレクションに求めるのはうつくしいキオク。あとは従順なお人形マリオット


「でももし、最期にもうひとつ望めるなら――」


 ――我が愛しき女神アナタに手向ける花が欲しい。



 彼のつぶやきは、乾いた風に静かに掻き消されていった。






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