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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅰ niger puppet-黒い操り人形-】
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第八十二章 遙かあやまち



第八十二章 遙かあやまち



†▼▽▼▽▼▽†



 表通りに人声がわいてきた。空には朝日が冷たい空気をあたためようときらきら輝いている。

 じんわり湿った裏路上。そこでふたりと一匹が、まるで密談をするように立っている。

 人の目には幸い止まらない場所だった。ユリウスはひとつ呼吸を置いて、過去の記憶を頼りに話しはじめる――。



 商人の息子だったユリウス。それが彼の気性だろうか、運命なのか……。

 小さなころ、彼は商人の父とともに歩き回りながら売買をしていた。けれど治安のよくない地域に知らぬうちに足を踏み入れてしまったらしい。山道へ入るなり盗賊に襲われたのだ。

 そのとき、ちょうど盗賊成敗をと依頼を受け、イライジャが薬草採取も兼ねてそこへ向かっていたのだ。

 運よく救われた商人親子だったが、息子を逃がそうと庇い抵抗した父親は傷を負い、歩くことができなくなった。そこでユリウスは、イライジャにしばし世話になることになった。

 これまた幸運なことに、ユリウスは剣に惹かれ、また性質も持ち合わせていた。さっそくランスロットの教えを乞い、騎士見習いとして席を置くこととなった。

「城近くに家を借りた。親父オヤジは身体が不自由になったから、稽古以外は世話に忙しかったな……」

 本当は商人を継げればよかったのかもしれない。だが、彼にはその才能がなかったのだ。

 はじめは臆すことの多かったユリウスも、やがてとりつかれたように稽古に熱中し、腕をあげていった。

 数年後、牧師の息子であったセルジュとも出会った。犬猿の仲のようでありながら、心内は互いに認め合っていたのだ。

 アルティニオス王子とも顔見知りになった。

 日々が幸せだった……。




†+†+†+†+




 第一王子が暗殺された。

 そこから全てが、狂いはじめたのかもしれない。

 次から次へと、後を追うように王位継承権を持つ王子たちが死に追いやられていく。それは一種の呪いのような恐怖だ。

 アル王子十五の誕生日――その祝いの席で、今度は第三王子も毒を盛られ、死を遂げた。

 戦々恐々とするカスパルニア。兄王子に仕えていた騎士たちは弟王子の傘下へくだる。そうでない者は恐怖し、城を出ていく者も現れた。

 こうして第三王子の騎士に入っていたユリウスも、アル王子の騎士となった。

 彼には不満などなかった。なにより馴染みのアルなのだ。護る腕にも力が入るというもの。あこがれのランスロットの下で働けることも、彼にとっては充分な魅力だった。


 そんなころだっただろうか。噂がたったのだ。


『これは陰謀だ』

『王子たちの、王位をめぐる陰謀だ』

『なんと醜い陰謀か』


 次第に、噂は彼らを――特に、尋常離れしたうつくしさのアル王子を絡め取っていった。



「第三部隊の隊長を務めるベロニカだ」

 ユリウスは、彼女の下で働くこととなった。

 アル王子の騎士には、顔なじみの人物が多々集まり、まるでいつかの幼い日の記憶を再現しているような、そんな不思議な気分になる。そんななか、上司は新顔の女性だった。

 淡いハニーブラウンの髪を高くひとつに結いあげ、きりりとした美貌の持ち主だ。ユリウスは一目で骨抜きになり――そしてまた、ランスロットも同様だった。

 だがしかし、黒髪の堅物騎士の場合、ひどく鈍感なのだ。それは自分の心情にも言えることで、ユリウスはライバルに気づかれぬよう、ひそかにアピールをつづけた。

 彼女が上司となって、そう日も経たぬうちに、第四王子と第五王子が襲われた。第五王子は、他国へ親睦を深めに行く道中で、第四王子は王位継承の儀式の直前に。

 第四王子は瀕死の重体で、幸い第五王子は軽傷で済んだものの、他国の傭兵らのいざこざに巻き込まれたらしい――ただし、タイミングが良すぎたため、これは狙われたものと思われる。

 このふたりの王子が襲われたことによって、疑いの目はアル王子へと向けられた。その疑いを晴らすべく、彼は大臣らの反対を押し切り――もともと言うことを聞くような彼ではなかったが――自ら第五王子救出へと向かった。

 ユリウスも、ベロニカやランスロットとともに襲撃へ向かった。

 第五王子襲撃の場所は――自分の故郷だった。


 父は、身体が不自由だった。町には火が放たれ、騎士らがやってきたときにはすでに、炎の海と化していた。とうてい、足を動かせぬ父親が助かる可能性はなかった。


 そのときのことは、あまり覚えていない――ただ彼の記憶には、ぽんと肩に置かれたあたたかな手らと、頭をかき撫でる不器用な手と、それから無言のまなざしだけだった。


 だから、決意した。

 命とは、いつ終わるかもわからない。

 もし、この手にある剣に命をかけるなら、生半可な覚悟ではだめなのだ。遊びではないのだから。

「いのち、を」

 つぶやく声に、覚悟をのせて。

 自分に護れるものを、護ろう、と。




 それから、幾日もたたぬうちだっただろうか。

 ユリウスは目撃したのだ――ブロンドのうつくしい髪をもつ秀麗な少年が、同じ騎士として切磋琢磨しあっていた仲間を――刺している場面を。

 辺りは血の海だった。転がっている同僚や上司。そのそばに、ひとり無傷で返り血を浴びたアル王子が、光のないまなざしでぼんやりこちらを見ている。

 信じられない。

 からかいながら笑いかけるセルジュの顔が、強面なのにひどくやさしいグレイクの声が、いつも些細なことまで気遣ってくれるロイの手が、それから――はじめて、熱く恋しいと思えた、『彼女』のすべてが――脳裏をよぎる。

 そんな彼らは、今、血の海で溺れていた。

「これは……おまえが……?」

 信じたくない。ユリウスは、震える声で尋ねた。青色の瞳が、冷たく光る。

「そうだ」

「なんで――嘘、だろう……おい、なあ、アル!」

 つい、カッとなった。怒りが、悲しみが、一気に彼を襲う。

 なぜ、なぜ、なぜ?

 信じたくなどない。血など見たくない。

 失うのは、もう充分だ。故郷と父で、もうたくさんだ。


 ――これ以上、俺から大切なものを奪わないで――


 無我夢中で、がむしゃらに彼は切りかかる。裏切られたような怒りと、信じていたかった悲しみと、喪失の恐怖が押し寄せる。

 自分がなにをしているのかなんて、わからなかった。

 悪夢のなかで暴れていたのだ。

 我にかえったとき、そばでランスロットが見下ろしていた。それで、自分がなにをしたのか悟る。

 国の王子に刃を向けた。生きていられないだろう。

 だけど。

「俺は、許さない」

 仲間を傷つけたことは、絶対に。

「仲良しごっこで命をかけるなんて、世話ねぇよな……」

 ユリウスは王子の横を通る際、つぶやくように、言った――皮肉的な笑みを見せて。






 ユリウスは当然、牢獄へ捕えられた。逃げることはもちろんかなわなかったし、考えてもいなかった。ただ、命が消される日を待つだけ――。

 どれくらいの日が過ぎただろうか。見張りの兵が憐れみの表情で噂を教えてくれた。

 第四王子、第五王子、ともに死去。それから、ユリウスが囚人となった原因でもある出来事――騎士が数名負傷した。切りかかった者は不明とされているが、アル王子の暴挙らしい。兄王子の暗殺の疑いをかけられ、ついカッとなったのだと……騎士らは不敬罪を免れたらしいが、きっとアル王子が不肖を起こしたことを隠ぺいするためだろう、と言われていた。

 悔しかった。そんなことで、人を傷つけていいのか?

 ――いや、ちがう。あいつは、そんな奴じゃない。でも――たしかに、彼は自らの口で言ったのだ。「俺がやった」と。

 ユリウスのなかで、アルはどんどん黒く染まっていった。


 それからまたややあって、とある噂を耳にした。

 ベロニカが、城を去ったと。

 胸のなかで、どす黒いものが渦巻く。泣きたいような、叫び出したいような、もどかしい感情に襲われた。

 死にたくない。奪われたくない。

 許せない。



「ユリウス」

 とある晩。聞き慣れた声がした。

 思えば、おかしなことだ。見張りはなぜかそうそうに晩飯へと向かい、牢屋には人っこひとりいないのだ。

 やつれた顔をあげる。暗い牢のなかで、鋭い鳶色の瞳が浮かび上がった。

 ランスロットだった。

「――なんで!」

 かすれたような声をあげる。驚きで動けなくなった。しかし、黒髪の騎士は静かに、と言う。

「アンタを逃がす。城下へ行け……山のふもと付近に、イライジャさまの小屋があるはずだ」

「な、なに……」

 彼がなにを言っているのか理解できない。その間にも、ランスロットは牢屋の鍵をあけ、ユリウスの拘束を解いていく。

「兄王子らの暗殺の責任を理由に、イライジャさまは引退されたのだ。だから、アンタはそこで匿ってもらえ」

「えっ、で、でも」

「いいから、すこしは言うことを聞け。アンタは牢屋のなかで死亡したことにするから」

 思わず、ユリウスは鳶色の瞳をまじまじと見つめた。

「今回のことで騒ぎになったし、第六王子以外も、もう世継ぎはいない。俺は、あいつのそばにいなくちゃ――」

 じっと、その瞳を見つめる。どうして彼は、仲間を傷つけた張本人を主と仰げるのだろう?

 それとも、なにか理由があったのか――。

 腕を引かれ、逃亡への道を教えられる。荷袋をひとつ渡され、最後に頭をかき撫でられた。

 そういえば、故郷で父親をなくしたときも、彼はこうして頭をぶっきらぼうに撫でてくれた。まるでこどものような気分だ。

 仲間たちも、それぞれに慰めてくれた。もちろん、アル王子も――無言ながらの、まなざしで。

「行け」

 ランスロットはうながす。空には厚い雲がかかり、月の光もままならない。

 ユリウスは一瞬ためらった。もし、このことがバレたら……ランスロットや、イライジャはどうなる?

「心配するな。うまくやるから」

 しかし、騎士はくすりと笑う。

「離れていても、これに誓ったことを全うしろよ」

 最後に、黒髪の騎士は彼に剣を渡した。騎士として、一人前と認められ授けられた、相棒の剣を。そうして、さらにせかすようにユリウスの背を押した。


 そのまま、城を出ようとした――そのとき、目の端に、闇のなかで光を見た。夜空に浮かぶ、月のような、そんな髪色を。

「――あ」

 つい声をもらしたのはどちらだろう。ユリウスの頭のなかでは、一気にさまざまなことが駆け巡る――脱走が知れれば、ランスロットに危害はないか。仲間を傷つけた真意を問い詰めたい。いや、それより一発殴って――。

 結果、ユリウスは頭が真っ白になり、呆けてしまったのだ。アルも見つかったことに驚いたのか、目を見開いていた。しかし、すぐに口の端を引き上げてにっこりと不気味なほどきれいに笑う。

「おまえ、使えないからいらないよ」

 ――好きに生きていけばいいさ。

 彼は、青い瞳をこちらに向けたまま、そう言った。

 沸点の低いオレンジ頭は、瞬間、剣を引き抜いた。切りかかろうとする。が、王子はぴくりとも動かない。青い目でじっとこちらを見つめてくる。

 まがい物のようだ。

 ユリウスは、はっと息をついて感情を押し殺した。手のなかの剣は、なんのためにあるのか。命を救ってくれたランスロットの顔に泥を塗りたくはない。

「俺は、もう二度とここへは来ない」

 ひとにらみし、灰青色の瞳を歪め、結局彼はなにもせずに足を動かした。

 去り際、最後に見た青の瞳は――ぞっとするような、微笑を浮かべていた。


 こうして、ユリウスはカスパルニア城をあとにしたのだった。







†+†+†+†+


「……それからは、まぁ、ジジイと一緒に暮らしたってわけだ」

 話し終えたユリウスは、深く息をはいた。やがて、その強いまなざしをスーへと向ける。

 その眼は言っていた。どうだ、これが本当のアル王子だ、と。

(アルさまが……グレイクさんたちを?)

 本当に、そうだろうか。

 ユリウスのことが信じられないわけではない。ただ、もしこの話が本当なら、グレイクやロイはアルを恨んでもおかしくないはずではないか。それなのに、今では騎士団の一員として任務を全うしているのだ。

(それに、ちがう。アルさまは……)

 ぐっと、拳に力を込める。スーは、勢いよく顔をあげた。


「アルさまは、そんな人じゃ、ないです」


 小さな、しかしはっきりとした声。この言葉に、誇りを持ちたかった。

 ユリウスは、一瞬顔をしかめたものの、そのまま低い唸る声を発する。

「どうしてわかる。おまえは、ただの召使だろう」

「でも、ちがうんです。ア、アルさまは……」

 ――あの人は、いくつも仮面をかぶっているから――。

 声に出さず、スーは心のなかで言った。

 そうだ。アルが本心を語ることはすくない。だからこそ、こちらは散りばめられた『ほんとう』のピースを集めなくてはならないのだ。彼を知りたいなら、苦労してでも。

 どうして、忘れていたのだろう。どうして、逃げていたのだろう。

 だんだん、心のなかに明るいものがさしてきた。ぱっと顔をあげ、まっすぐにユリウスを見つめる。

 オレンジ色の髪をした青年は、少女の強いまなざしを見つめ返していた。やがて、ふっと息をはくと、瞬きもせずに口を切る。

「なら、連れてってやろうか」

 え、と目をぱちくりさせる。そんな彼女へ、ユリウスはさらに告げるのだった。

「仮面をかぶって、行ってみようぜ。あいつの、『ほんとう』を探りにさ」




今回も過去編でしたー。わかりにくかったらすみません。

たぶん、次ですこしはマシになるかと……


王国の花名、久々にプロットを見直し、立て直して全体の流れをおさらいしたんですが…

うーん。

第三部その1は、こんなに長くする予定なかったのになぁー汗

思いの外、ユリウスに章を割きましたかね笑


100章は絶対こえちゃう(あわわ

でも第三部その2とその3は短めな…はず!

お付き合いくだされば幸いです。

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