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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅰ niger puppet-黒い操り人形-】
81/150

第八十一章 黄昏の追憶

今回は長めです…が、

急遽いろいろ考えて、『つどいし夜の宴の譚』の「黄昏の少年たち」の本文を入れたためです。

どうしても、このときのお話も本編にあったほうがいいなぁと思ったので…

また、「黄昏の少年たち」は本編「第六十四章 忘れたい過去」の数年後、のようなエピソードです。

対比して見ていただければわると思います!^^


よって今回は本編+「黄昏の少年たち」のようなお話です。

よろしくお願いします!




第八十一章 黄昏の追憶



†▼▽▼▽▼▽†



「アナタに、大好きな人の記憶を、見せてあげましょう」

 ――き、お、く?

「そう、彼の」




『おまえは、俺の召使だろう』


 頭のなかで、声がした。

(この声は……)

 あまりの愛おしさに、涙が出た。


 自分は、こんなにも彼の声を欲していたのか。こんなにも、依存して、執着して。


 次の瞬間、スーは彼の記憶のなかにいた。

 それはとても不思議な感覚だ。夢をみているようだ。

 けれどわかる。自分は今、彼の記憶の欠片をのぞいているのだと。

 これは夢ではない。過去の出来事なのだと。


 スーの意識は、彼のなかで混ざり合い、とろとろに溶けて、ひとつになった――。





†+†+†+†+



「王子!」

 アルがそちらに顔を向けると、ひとりの少年が勢いよく駆けてくるのが見えた。ぎらぎらの太陽を思わせるオレンジ色の短髪に、にかりと笑うと八重歯がのぞくのが印象的な少年だ。

 彼は、アルにとってランスロットに近しいくらい親しいと呼べる存在だったのかもしれない。

「なあなあ!あとで俺と勝負しろよ。絶対負けないから」

 ふふんと得意げにユリウスは胸を張った。

 彼は一度アルに負けてから、しつこいくらい剣の勝負を挑むようになっていた。それこそ、ランスロットと同じくらい武術に陶酔している気さえする。

 アルは軽く息をはくと、冷ややかなまなざしを向けた。

「僕は忙しいんだ。すまないが、それはまた次の機会に」

「またそう言う!気持ち悪いから、猫被るなよ」

 肩をすくめ、仕方がない奴だとため息をつくユリウスに、アルはすこしばかり苛々とする。

 そんなことを言われても、城ではだれがなにを聞いているかわかったものではない。ユリウスはランスロットとはちがい、人目を憚らずに声をかけてくるのだ。元商人の息子ということもあいまって、彼には野蛮だとか品がないだとか、そんなレッテルが貼られている。

 アルからしてみれば、自分はユリウスを庇ったつもりだった。仮にも王子である自分とこれ以上友人のように親しくしているのは好ましくない。だから、泣く泣く決闘のお誘いを断ったというのに。

「さ、王子さま。さっさと闘うぞ!」

 強面の少年に、愛嬌のある笑顔が浮かんだ。肩をがしりと組まれると、つい、アルも目元を緩めてしまう。

「……ランスロットには、内緒だからな」

 あいつ、俺もまぜろとうるさいから――ぽつりとそうぼやいた王子に、ユリウスはさらに笑みを深めるのだった。






「夏風邪は馬鹿しかひかない」

 アルはさっきから同じことしか言わない少年をぎろりとにらんだ。

「……おまえは俺を馬鹿にしにきたのか」

 すると、ランスロットは怪訝そうに顔をしかめた。

「まさか。ただ、賢い王子のアルは馬鹿ではないから、この真夏に風邪なんてひくはずないだろう?」

「……黙れ」

 にらみをきかせたようだが、ランスロットにはちっともきかなかった。


 今、アル王子は高熱を出してベッドで横たわり、額には冷たい氷をのせている。顔は真っ赤で、吐く息はヒューヒューと苦しそうだ。

 ランスロットは一瞬気遣わしげなまなざしを向けたか、アル王子がそういう態度を好まないのを知っていたので、すぐにいつもの無表情に戻した。

 アル王子の我が儘には困ったものだ――先ほど部屋の前で侍女と医者が話していたのをランスロットは思い出す。

 どうせアルは医者の言葉や侍女たちの世話を拒否したのだろう。その光景は目に見える。

 ランスロットも彼の『我が儘』には呆れるしかない。王子はなにより、自分の弱みを見せることを拒み、やさしくされることをきらった。鋼のように心を硬く閉ざし、決して他者に付け入る隙を与えない。たぶん、信じられないのだろう。

 いつから彼がこうなったのか――たぶん、決定的なのはアルの兄王子の死からであろうが――徐々に王子は柔らかい笑みを失っていった。

 けれどランスロットにはわかっている。アルは心を失ったのではない――ただ、閉ざしているだけだ。

 それがわかっているからこそ、哀れで、離れることなどできない魅力を感じていた。


「……まだなにか用か」

 ぼんやりと自分を見ていた騎士に、アルはにらんで口をひらく。ランスロットは首を振り、小さく笑った。

「いや、もう行く。ただ――明日までには治しておけよ」






* * *



 ランスロットからアルの様子やその場での話を聞いたふたりの少年騎士は、声をあげて笑った。

「おまえ、それ、本人に言ったのかよ?」

「相手は王子さまですよね、一応」

 仕方がないだろ、と肩をすくめ、ランスロットは鳶色の瞳を歪める。

「だが、『夏風邪は馬鹿しかひかない』という言い伝えはある。それに、アルは馬鹿ではないはずだから、明日までに治ってもらわないと困る」

「そりゃそうだ!大いに困るぜ」

 ランスロットの言葉に大きく頷いたのは、オレンジ色の短髪の少年だ。眉は太く、堀が深いためか、快活さがにじみ出ているような顔をしている。

 彼はすっくと立ち上がると、腰にさしていた剣をすらりと抜き取り、ランスロットへと向けた。

「おい、ランス!相手しろよ。うずうずしてきた」

「別に構わないが……どうしてアンタはそうやって突拍子もないんだ」

 呆れる顔で言いつつも、ランスロットはまんざらでもなさそうだ。彼らはとにかく、剣を振るうのが好きでたまらないのだ。

 そんなふたりのやり取りをながめて、もうひとりの少年騎士はため息をつく。

「あーあ。そうやって君は兄貴まで巻き込んで……いつも野蛮なんだからさ。僕知らないよ?」

 少年はコバルトブルーの瞳に非難の色をのせてじろりとにらむ。まだ幼いその顔は愛らしく、騎士にしては華奢な身体も中性的だ。

「ハイハイ。新参者の男女は黙って見学してろよ」

「なっ!僕のどこが男女なんだよ、ユリウス!」

 ユリウスと呼ばれた短髪の少年がからかうように笑うと、コバルトブルーの瞳をさらに歪め、少年も腰から剣を抜き去った。

「力ばかりで技術のない馬鹿に言われたくないね」

「なんだと!非力で卑怯な戦法しか取れない餓鬼には負ける気がしねぇな!」

「ユリウスなんか夏風邪ひいたって気づかないだろうよ」

「おまえは自分が女だってことにすら気づいてねぇだろ、セルジュ!」

「僕は男だ!自分の顔が悪いからって八つ当たりするな」

「なんだとコノヤロ。俺さまは顔だって素敵だぜ」

「はあ?鏡見てから言いなよ」

「うるせぇこの軟弱男女!」

 ふたりの口はとまることを知らない。徐々にエスカレートしていき、白熱した戦いが――もとい言い合いが――はじまっていた。

 ユリウスとセルジュの剣は互いに触れ合うほどに近づき、ふたりの少年は顔を赤くしてにらみ合っている。

 楽しみにしていた剣の打ち合いも、これではできそうにない。ランスロットは深い悲しみと怒りに襲われた。


 そして――


「セルジュ!ユリウス!」

 今にも切りかからんとしていたふたりの名を呼び、黒髪の騎士は自分の剣を鞘へ納めて言った。

「明日はめでたい日だ。その前日に血を流すような馬鹿な真似はするなよ」

 彼の声は氷のように冷たく響く。セルジュもユリウスも途端に士気をなくし、ランスロットを見つめた。

 ふっと鳶色の目を細め、ふたりをひとにらみすると、ランスロットはすたすたと歩き去っていった。




「……あれ、完全に八つ当たりですかね」

「そうだな……あいつ、自分が剣の相手にされないからっていじけたぜ」

 残されたふたりは戦意を失ったために呆然と立ち尽くして話し出す。

「兄貴――ランスロットさんって、本当に剣が好きだよね」

「あれは使命感に燃えてるんだろうな……」

「使命感?」

 セルジュがきょとんと首を傾げると、ユリウスは軽く笑って頷いた。

「そうさ。王子さまを守るっていう、使命感さ」

「ふうん」

 会話は途切れ、風が通り過ぎていく。昼間のもわっとする風ではなく、今はやや涼しさをともなったそよ風だった。

 訓練場から見える夕日はうつくしい。真っ赤に燃え立つ沈む太陽に、遠くの空から紫、青、白、黄色、橙と徐々にグラデーションされていく。

「……明日はさ」

 ふと、セルジュが赤く染まる夕日をながめて口をひらいた。

「明日は……最高の一日になればいいね」

 ユリウスも大きく頷く。ここ近年カスパルニアの城に漂う不穏な空気など、一層してしまえればいいのに、と思いながら。

 そして、深い響きを込めて、言った。

「明日は――アル王子の十五の誕生日だ」



 カスパルニアでは、男子は十五になれば成人して一人前の男と認められ、王から鍛えられた新しい剣を受け取ることになっている。だが、現在カスパルニアには王はいない。代わりに次期国王である、第三王子が王の役目を果たすことになったのだが。

 アル王子はいつも日陰の身だ。第六王子には到底王位継承権などまわってはこないだろう。

 だから、アルに付き従うランスロットもまた、ずば抜けた剣の腕を持ちながら、一生日陰の騎士として扱われるのだろう。

 ユリウスは周りからの評価も高く腕を買われてはやくに、セルジュは新入りでありながらランスロットの推薦で最近、第三王子の騎士――まだまだ地位は低いが――になったが、見習い時代をともに過ごしたランスロットは引き抜きにも応じず、今もアル王子の騎士を務めている。

 ユリウスは心配だった。アルは根はいい奴だ。それは知っている。しかし、人を寄せつけようとしない。信じようとしない。それは危険なことではないのか?

 第一王子や第二王子が殺され、彼らの部隊であった騎士たちはそれぞれ第三や第四、第五王子など、弟王子たちの騎士へと志願した。しかし、いちばん王位に遠く、加えて人からあまり好かれていない第六王子の元へは、ほんの一握りの数の騎士しか志願へいかなかった。

 だが、これだけではない。アルはあろうことか、その一握りの騎士すらも拒絶したのだ。

「僕につくなんてもったいないよ。兄上さまたちの騎士を志願したほうがいいよ」

 にっこり笑ってそうやんわりと拒絶していたアル王子を見たとき、ユリウスは危うさを感じていた。

 果たして王子は、善意で彼らを拒んだのか?いや、ちがう。アル王子は騎士たちに――国の流れや政治、そして人というものに興味がなかったのだ。

 だからユリウスは、ランスロットはなんてもったいないのだろうと思っている。アル王子にはもったいない、と。

 それでも、ユリウスやセルジュだってアルがきらいではなかった。きらいだったら、わざわざ誕生日の明日に訓練場へアルを呼び出し、試合をしようという話になどのらないだろう。

 これはアルは祝われるより、剣を交えて楽しみたいというのをよく理解していたランスロットが立てた計画だった。

 ユリウスはぐんと伸びをして、迫る夕闇を仰ぐ。隣ではセルジュも腰を下ろし、散りばめられた星々に目を凝らしはじめた。


 ……明日は、アル王子の十五の誕生日。

 彼はこの先、なにを担うのだろう。ランスロットはその隣で、なにを想うのだろう。



「俺たち、どこまで行くのかな」

 王子暗殺がつづいている。次期国王の配下である自分たちはさらに気を引きしめねばなるまい。

 ぽつりと落としたユリウスの声は、遠い空へと吸い込まれてゆく。

 セルジュはハッと息をこぼし、目をとじた。

「さあ。だれにも、わからないんじゃない?」

「……そうだよなァ」



 小さな星がきらりと光る。白い光を纏う月が細く空へ浮かんでいた。







†+†+†+†+



 町が燃えている。血肉の臭いが、鼻をつく。

 アルは吐き気に襲われた。気持ちが悪い。

 自らの手にある、剣が怖かった。こんなもの、持ちたくはない。

 どうして、王になるのか。命を狙われてまで、王に執着しなければならないのか?

 そんなとき、頭をよぎるのは、母の声――。

(俺は、きっといつまでも逃げられないのだろう)

 その、呪縛から。

 彼は自嘲的な笑みをもらすと、くいと袖で口をぬぐい、立ちあがった。

 逃げることは、できないのだから。



「ここがアイツの故郷だって?」

 男衆のなかではめずらしく高い声がした。振り返ると、豊かなハニーブラウンの髪を高い位置でひとつに結った女性が、すたすたとこちらへ近づいてくる。

 彼女が身に纏っているのは、選ばれた隊長格の人間しか着ることの許されない軍服だ。正真正銘、目の前の彼女は騎士なのだ。

「ベロニカ」

 アルは、つい最近知ったばかりの彼女の名を口にする。

 考えれば、彼女も不幸なことだ。隊長クラスに昇格したばかりだというのに、もう猫の手を借りたいほどの事件に見舞われている。

「殿下、ここは危険です。今すぐ陣へお戻りを」

 アルに気がついた彼女は、すぐに視線を厳しいものにさせて言った。その迫力ときたら、さすが女だてらに騎士をしているわけだ。

「構わん。それより……ここが?」

 首を振り、アルも負けじと彼女をにらむように見つめかえす。

 ベロニカは、自身の発言を目ざとく聞いていた主にため息をつきたくなったが、すぐに気持ちを切り替え姿勢を正す。もはや言及は逃れられぬまい。

「はい。ここがユリウスの故郷です」

 思わず見回した辺りは、一面が血の海であった。



 ややあって、ベロニカが口を切る。

「さあ、すぐにお引き取りを。物騒な連中がうようよですよ」

「おまえも共に来い」

 アルは踵をかえし、すぐに命じる。

「え?」

「戻るぞ」

 いまだ彼女は、よくついていけていないらしい。これから残党を探さなくてはならないのに。

 アルはすこしだけ口端をあげる。目を細め、わざといつものように王子の仮面をつけてつづけた。

「ひとりで戻ったら、僕はランスロットに叱られてしまうよ」

 それがわかったのか、一瞬ほうけたあとでベロニカは吹き出すのを堪えねばならなかった。「はい」と明るく返事をすると、駆け出す。

 第五王子が襲撃された――その咎をかけられたアル王子。だからこそ、現地へ赴いているというのに。

 隣国の戦に巻き込まれ、国境近くだったとはいえ、ユリウスの故郷が荒地と化している。

 炎は明るくめらめらと立ち上がって、黒煙を纏う。その恐慌とする様はまるで、これから先の未来を予感しているかのようだった。






 次の光景が一気に変わった。詰め込まれすぎた記憶を一度に再生してしまったように。

(これは……)

 ぐるぐる回る世界で、たしかにスーは見たのだ。

(あれは……ユリウスと……)

 見知った顔の数々。血の海。悲鳴。怒声。そして。


(泣かないで――アルさま)


 スーは、一気に現実の世界へと引き戻された……。






†+†+†+†+


 目をあけたとき、そばには、しかめっ面をさらに歪めたような、そんな表情をしたユリウスがいた。

 ぼんやりする頭には霞みがかったような、重感がある。まだ眠っていたい気分が占めたが、なんとか瞼を持ち上げた。

「……見たか?」

「え?」

「見たんだろ……俺たちの記憶」

 スーが意識を取り戻したと確認するなり問うユリウス。彼の言葉は、スーをハッとさせた。

(じゃあ、あれはやっぱり……)

 オレンジ髪の生意気そうな少年……彼はやはり、過去のユリウスなのだ。

 ということは、彼はかつて城で騎士を目指していたのだろう。ランスロットたちとともに切磋琢磨しあい、日々を過ごしていたのだ。

 それから、あの、赤い血の海の光景は……出来事は……。

 あれは夢ではない。記憶なのだ。

 スーはたった今、過去から戻ってきたのだ――。

「俺も見てた……おまえの記憶を」

 どかりと壁に寄りかかって腰を下ろし、ユリウスは緑がかった灰青の瞳を歪める。

「すこしでよくわからなかったけど……おまえは、あいつの召使なんだろう……?」


 それなら、最初から俺はおまえを追い出してたのに――。


 彼はぐっと唇を噛みしめ、たしかにそう言った。

 びくり、と思わずスーの肩が震える。しかし、次の瞬間には、ユリウスは目をひらいて、じっとこちらを見つめていた。

 その目には、強い、なにかがあった。

「話してやるよ――あの記憶の、全部」






今回を含め三章分は、一気に書いて順番とか入れかえしたので、もしかしたら個々に読むとわかりにくいかもしれませんが…すみません!

タイトルも、過去などがわかったときに「そんな意味かぁ」ってなったら…う、うれしいなぁ!汗


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