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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅰ niger puppet-黒い操り人形-】
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第八十章 暗黒遊戯






第八十章 暗黒遊戯



†▼▽▼▽▼▽†



 首からはずした、大事な金色。

 ほのかに薫る、魅惑的なそれ。

 決して他者には触れられず、ただ、繋がりのようにあった。


 その金色を、大事に布で包み込み――ズキリと胸が痛まぬよう、深く深く見えぬ場所へと隠した。

 忘れてしまいたかったから。





†+†+†+†+


 この日、スーは気分が高揚していた。浮かれていたのだ。

「準備できたか」

「あ、はい!」

 箪笥の奥底に大事にしまっていたものが気になったのもそのためかもしれない。けれど結局、呼ぶ声によって思考は中断された。

 肩にかける形の革づくりの鞄に財布やらを詰め込み、仕上げにあわてて鬘をつける。

「まだか!」

「今行きます!」

 鏡のなかで、緑眼黒髪の少年がにっこりと笑いかける。階下から聞こえた急かす声に返事をして、スーは部屋をあとにした。


 今日は街へ出かける日であった。久々にシルヴィとローザに会える。浮かれるのも仕方のないということである。

「おお、奇抜じゃない組み合わせも新鮮だね」

「うるせぇ」

 階下へ下りていくと、すでに出発しそうな勢いのユリウスと、長閑にお茶をしているイライジャがいた。老師はスーを見るなり、悪戯っ子のような笑みを見せる。

 彼の言う『奇抜な組み合わせ』とは、オレンジ頭のユリウスと赤髪のスーがそろったときのことだ。明るく燃えるような二色は、老人の目にはぎらぎらと見えるらしい。たしかに、強い色合いだ。

 イライジャは最近ではふたりを見るたびに『炎のようだ』だとか『奇抜組』だとか言ってユリウスをからかっていたのだ。

「さっさと行くぞ」

「はっ、はい!」

 犬のリードルは待ちくたびれたように体を揺すっていたので、ユリウスの声にワンと返事して駆け出した。スーもぺこりと老師に頭を下げて家を飛び出る。外は痛いくらいの冷たい空気で覆われていた。

「寒くないんですか?」

 リードルが我が物顔で先頭をゆき、そのあとをふたりがつづく。オレンジ頭の青年の隣に並んで歩きながら、スーは疑問を口にする。コートを羽織っている自分とはちがい、ユリウスはマフラーを首に巻き付けているだけで、他に防寒はしていない。見ているだけで凍えそうだ。

 彼は淡い色の瞳をスーへ向けると、パパッと彼女の全体を一瞥し、眉をひそめる。

「あの……」

「寒いなら、これでもしとけ」

 言うなり、ユリウスは足をとめ、自身の首をあたためていたマフラーをさっと外してスーの首へとぐるぐる巻きはじめた。そしてスーがなにか言おうとする間もなく、満足したのか「うん」と頷くと再び歩を進める。

「あのっ、ユリウス!」

 とことこあわてて追いつき、見上げてスーは口をひらく。

「あなたは寒くないんですか」

「俺は鍛えているから平気だ。それより」

 腕組みをしながら歩きつづけるユリウスは、眉間にシワを寄せている。スーは首を傾げるばかりだ。

 指先がかじかむほど寒いのだ。いくら鍛えているといっても、防寒作用になるのだろうか。それに彼は、いったいなにが気に入らなくて顔をくもらせているのか。

「どうしたんですか」

 きょとんと、スーは尋ねる。ユリウスは顔は怖い。けれど危害を加えられたことは一度もないから、安心して疑問を口にできる。

 彼はがしがしと頭をかき、ため息まじりに口を切った。

「だから、そのよそよそしい喋り方やめろよ。めんどくせぇ」

 じぃと少女の緑の眼を見つめ、彼はつづける。

「俺は城のお偉いさんでもねぇし、おまえの師匠でもねぇんだ。気色悪い話し方するな」

「そんな……気色悪い……」

 強い眼光を秘めた眼を見返し、スーは肩をすくめたくなった。気色悪いと言われようと、なかなか直らない。どうしても気軽に話しかけるなどできない。ユリウス、と呼ぶことさえ、気安すぎるのではと考えていたのに。

 だからとりあえず、スーは差し障りのない応えをした。

「善処します」




†+†+†+†+


 朝日も昇ったばかりのはやい時間帯のためか、町はまだ活気づいてはいなかった。店では開店の準備をしているようだ。

 スーはわくわくする気持ちを抑えることもせず、跳ねそうな調子で歩を進める。

 そんな彼女を見、ユリウスは無意識に含み笑いを浮かべるのだか。


 ふたりでシルヴィとローザのもとへ向かいながら、スーはふと、ユリウスはローザのファンであったと思い出す。毎日通いつめるほどめろめろだったのだから、かなり本気なのかもしれない。

(もしユリウスとローザが恋人になったら……)

 ためしに想像してみるが、なぜかうまくいかなかった。

「ユリウスは――」

 いつからローザを……?と尋ねようとしたときだ。突如歩をとめ、ユリウスは緑がかった灰青の瞳を歪め、眉間に深いしわを刻む。

「あの」

「しっ」

 スーの声を制し、青年は路地裏へ無理矢理彼女を押し込む。足元ではリードルが躯を強張らせ、牙を剥き出している。

 トロくさいながらも、ただならぬ雰囲気を感じ取ったスーは息を殺し、ユリウスの影に隠れた。じんわりと掌に冷や汗がにじむ。

 しかし隠れたところでオレンジ色は目立つらしい。小さく舌打ちした彼は、さらに身体を前に出してスーを隠すと、リードルとともに威圧感を強めた。

「なんの用だ」

 底から轟くように唸るユリウスね声。スーは必死で気配を消すよう努力し、聞いている。

 見えるのは彼の背中ばかりで、どんな人物がどのように現れたのかはわからない。けれど彼女のよく利く耳が、足音はひとつだけだと教えてくれた。

「だんまりか」

 しかし相手は無言のままらしい。足音がとまる。

 ユリウスはイライラを押し殺すように息をはくと、すこしだけ身を屈め、腰にさす剣の柄に手をかける。

(う、わ)

 びくりと思わず身をすくめ、スーは膨れあがる殺気に戦慄を覚えた。びりびりと肌を焼くそれは、当てられただけで殺されそうである。威嚇には充分だ。

 ユリウスの真っ正面にいなくてよかった――そんな考えがちらと頭を過ぎった。

 それでも、彼の声音には怒りよりも喜びのほうが混じっていたように思う。

「いつでもどーぞ」

 口のなかだけで笑う彼を悟り、ユリウスも根っからの戦闘馬鹿――つまるところ、ランスロットと同類なのだろう。

(あ)

 スーには見えぬ相手が動いた。空気が震える。

 ユリウスはくくっと笑うと、スーをさらに物影に隠れるよう押しやり、自分は目にもとまらぬはやさで敵方の懐に飛び込んだ。

「リードル……」

 賢い護衛は主の命令を敏感に察知し、唸りながらスーを護るように彼女の前へ躯を置く。スーもなるたけ身を屈め、影に隠れるようにして目だけをユリウスたちへとやった。

 そのとき、ようやく敵の全貌を見ることができた。だが。

(嘘――)

 それは彼女の想像とはちがう光景。

(なぜ)

 敵はひとりではなかった。十人近くいたのだ。

 みな一様に黒ずくめだ。顔には君の悪いピエロのような仮面をかぶっている。

 たしかに足音はひとつだったはず。相手がひとりならユリウスが負けることはないだろうと思っていたが、十人となれば話は別だ。彼がどのくらい強いのかわからない。せめてランスロットと同等であれば……。


(……ユリウス)


 結局、彼女の心配は杞憂に終わりそうだと気がついた。

 ユリウスは強いのだ。ランスロット並に。

 荒ぶる力を一撃に込めて、ぶんぶん振り回すように剣を振るう。一見がむしゃらに力任せに切りかかっているように見え、その実すばらしく器用に相手の急所を狙っている。大袈裟なまでに大きな振りには無駄がすくなく、はやい。

 ユリウスの獲物は大振りな剣だ。ランスロットのよりも太く大きい。

 黒髪の騎士がすばやさと細やかさを兼ね備えた剣なら、ユリウスのものは力と勢いを失わぬ、それこそ彼自身のような剣だった。

 敵は細身のナイフをいくつもユリウスめがけて投げつけるが、一撃で尽く弾き飛ばされている。それまでか一気に距離をつめると休む隙も与えずに懐へ潜り込み、切り付けていた。

(こ……殺してないわよね……)

 だんだんスーは変なことが心配になってくる。

 ランスロットはスーの前で敵であっても殺しはしなかった。他人が殺されるのを――レオのときを除けば――目の当たりにしたことはないだろう。

(それにしてもいったい……)

 敵は、だれなのか。

 あきらかに手慣れた刺客。まさかカスパルニアの大臣たちが差し向けたのだろうか?

(わたしのせいだ)

 ユリウスが次から次へと相手を薙ぎ倒していくのをぼんやりと見ながら、スーはもう二度とシルヴィやローザに会えぬだろうことを決意した。





†+†+†+†+


 それから数刻とたたぬうちに黒ずくめを一掃した青年は、どこか晴れやかな表情でスーに振り返った。

「怪我ないか」

「はい」

 彼の想像以上の強さに半ば放心しながら答える。ユリウスは剣を元におさめ、ぐんと伸びをした。

「それにしても、いったいだれが――」

 彼の声はそこで途切れた。スーは息を呑む。悲鳴をあげる暇さえなかった。

 倒したはずの敵。先程まで無惨に伸びて転がっていたはず。

 それがどうだろう。いきなり気配なく起き上がり、ごく自然にユリウスに手刀を食らわせたのだ。まるで人形のように。

 首にうたれ、オレンジ髪の青年はくずおれた。

「ユリウス!」

 脆い。一瞬のうちに逆転されるなど――。

 次にはリードルの高い悲鳴が聞こえた。ハッとして見やれば、なにか撃たれたのか意識はなく、躯は冷たい地べたへと倒れている。

(そんな)

 一気に悪寒が身体中を突き抜けた。震えに気持ち悪くなる。

 コツ、と靴音が響く。


「大丈夫、眠ってもらっているだけですから」


 スーを囲むのは十人の黒ずくめ。それなのに足音はひとつ。

 不気味だった。みな一様に奇っ怪な仮面をかぶっている。それらがこちらを愉快そうにながめている。

 腰を抜かしてしまいそうだったが、それでもやっと口をひらいた仮面の男のひとりに顔を向ける。

「……だれなのですか」

「だれだと思う」

 今度は別の仮面が口を切った。先程の男も、今の男も声に聞き覚えはない。

「わかりません」

「もう知っているはず」

 次は高い女性の声が言った。

「おまえは破滅をもたらす」

「命を狙われるのは当然」

 低い声、老人の声がつづく。

「だから死んだほうがよいのだ」

「そのほうが幸せになれる。みんなが幸せに」

 童子のあどけない声、ややかすれたしわがれた声。

「おまえは邪魔なのだ」

「とても愉快な人形にはちがいないけれど」

 声は次々に言葉を紡ぎ、くすくすと笑う。

 四方八方から響き合う声。それをしっかりとスーの耳は拾う。

 だが、彼女はいちいち声の方へ顔を向けることはせず、最初に口をきいた男から目を離すことはなかった。

 スーは仮面の男をにらみつけるようにしながら、どこか直感に似た感覚で気がついていた。ただそれがなんなのか、ハッキリとはわからない。

 たしかに、声は複数のものだ。老若男女それぞれちがう声が響いている。それなのに、彼らからはまるで生きた者の気配がないのだ。人形のように、ただ口をひらいているにすぎない。

 そして、スーには彼らに覚えがない。それにも関わらず、どうしてだろう。

(わたしはこの人を知っている気がする……)

 気持ちが悪かった。

 実態をつかめないものに捕われてしまったような、不気味な気持ち悪さがじわじわとスーの喉をしめつける。


「では、今日は忠告だけにしよう」

 仮面のなかから、やけに明るい声が言った。


「離れるなら用無し」

「近づくなら覚悟を持って」

「まだまだ最終曲クライマックスには程遠い」


 声は歌うように、楽しそうに笑う。


「オマエには」

「滅びのつづきを」

「担ってもらおう」


 徐々に響きは直接耳に語りかけてくる。頭が痺れ、思わずこめかみ部分を押さえてうずくまる。


「あの人が愛したのは」

「わたしの憎らしい人」

「オマエが執着するのは」

「いったいだれだ?」


 やがて反響するように視界がぐるぐる回る。


「あなたが、ワタシの心を惑わす」


(――あなたは――)


 視界がかすみ、重たくなる頭。それでも、最初に聞いたのと同じ声を聞きつけてなんとか顔をあげると、目の前には黒髪の男が立っている。

 仮面の下から現れたのは見たことのない顔だ。はっきりとは見えないが、それでもはじめて見る顔。

 薄れゆく意識のなか、スーは頬をなでられたような気がした。



「こんなにタノシイ遊戯はありませんよネー?」




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