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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第一部 『王宮編』
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第八章 虚偽と真実




第八章 虚偽と真実




†▼▽▼▽▼▽†



 黒髪の男は、一切言葉を発しない。無論、こちらから話しかければ応えてはくれるのだが。

 スーは気難しい老人と会話しているような錯覚を覚えた。


「あの、わたし本当に大丈夫ですから」

「そういうわけにはいかない。王子から命令されたのだから」

 切長の眼をつり上げ、ランスロットは起き上がったスーをベットへ押し戻す。もう何度もこれの繰り返しだった。

「クリスさんから、もう今日からは起きて動いてもいいと許可されているんです!」

 すこし非難を込めて言ってみたものの、彼は頑なにスーが動くことを拒んだ。

「そこらの医者の診断と王子の命令――一介の騎士ではどちらが重いか、よく考えてからものを言えよ」

 たまらずスーは頬を膨らませる。ランスロットが一介の騎士ではないことくらい、すでに知っていた。

「あなたはアルさまの親友なんでしょう?アルさまはあなたの前でだけ、態度を変えないわ」

 スーが枕に顔を埋めながら投げやりに言うと、意外なことにランスロットはふきだした。

「な、なにがおかしいの……」

 呆気にとられて、スーは彼が腹を抱えて目に涙をためて笑っているのを見ていた。無表情の仮面が剥がれると、とても人懐っこい顔になる。

「親友?親友っていう友情ごっこなら、今度お披露目してやってもいい。実際、城の人間の前ではそれで通しているからな」

 からかわれていることに気づき、スーはそっぽを向いた。これ以上馬鹿にされるのはごめんだ。


 しかし、再びしばらくの沈黙がつづいた後で、いよいよ耐えられなくなったスーは口を開いた。会話がないまま部屋でじっとしていても、眠りにつけるわけもない。

「本当のアル王子って、どんな人……?」

 向けていた背をくるりと反転し、スーはランスロットを見やる。鳶色の瞳が驚きに見開いていた。

「わたしの前では、すごく意地悪なの。クリスさんの前では心を開かない無器用な頑固者なんですって。侍女たちの前ではとてもやさしい王子になるのよ」

 スーはここ最近悶々していたものをぶつけるがごとく彼に浴びせた。八つ当たりに近いかもしれない。

 スーは内気で、あまり他者に逆らわず、いつもおとなしくしている方だ。しかし、だからといって腹が立たないわけではないし、悲しくならないわけでもない。

 もしかすれば彼女は人一倍溜め込むが、一度開放してしまえば勢いは衰えないのかもしれない。


「はじめて城に来たとき、衛兵は王子を怖がっていたわ。けれどわたしと同じ怖がり方じゃなかった……恐れ多い、という感じかしら」

 ランスロットは目を丸くし、しばし息も荒く言い募る少女をながめていた。止めの入らない彼女はさらにつづける。

「それに、あなたにはとても打ち解けているように見えるの。信頼しているのが、すごくよくわかる……わたし、アル王子さまがよくわからないわ」

 しまいに彼女はうなだれた。唇を噛みしめ、ベットに顔を埋める。なにかぼやいたが、その声はくぐもり、ランスロットの耳には入ってこなかった。


「どれが本当のアル王子かだって?」

 くすっと彼は変な笑い方をし、意地悪くスーの顔をあげさせる。その笑い方がアルに似ていて、思わずスーは顔をしかめた。

「じゃあ、どれが本当のアンタなんだ」









†+†+†+†+


(本当の、わたし――?)

 ちゃぽん、と湯船が揺れる。白く高い天井、広すぎる空間、木霊する水音。

 ぬるま湯につかりながら、スーは仰いで考え込んでいた。


 夕方になると、入浴するということでローザとシルヴィがやってきたが、スーはひとりで考えたいことがあると言ってお供を断った。ふたりの侍女――特にシルヴィ――はランスロットに興味深々で、今ごろ彼は部屋で質問攻めにあっていることだろう。


「王子は急用が入ったから、代わりに第一騎士が看病していた」という、スーにとって滑稽だった話も、侍女たちにとっては

「なんて思いやりのある王子さま」になってしまう。

 スーはあきれながらひとり部屋をあとにしたのだった。


(わたしの本当?)

 ちゃぷちゃぷと水面を指で弾きながら、スーは考えた。透明な湯がしぶきをあげる。

(わたしは……)



 昔、はじめてフィリップの屋敷に連れてこられたとき、スーは人見知りをしていた。フィリップ以外の人間にはなかなかなつかず、それゆえ彼女ははじめて会う人間と話すことにいつも緊張していた。

 じきに屋敷にもなれたが、今度は滅びた家柄が人付き合いを邪魔する。そのため、スーは極力目立たぬように、逆らわず、荒波を立てぬようにして暮らしてきた。

 そんな彼女を人々は従順だといい、おとなしいと思っていた。

 しかしスーに言わせてみれば、それは外面であって、自分はあくまで快活な少女なのだと思い込んでいたのである。

 ランスロットに言われてはじめて、スーは自分に『自分とはどんな人間か』と詰問した。しかし、明確な答えなどなかった。


(わたしは快活かと聞かれれば、そうではないのかもしれない……だけど、内気だとは思ってない)

 いや、もしかすれば内気だったのかもしれない、とスーは思い直した。

(今だって、そうかもしれない。だけど――)

 すくなくとも、心のなかには激しい感情があった。遠慮深くつつましい自分などいなかった。決して好意ではないけれど、激しい感情がある――こんなこと、はじめてかもしれない。

(わたしは王子が好きになれない――だって、意地悪なんだもの)


 王子ににらまれると、やっぱり怖かった。けれどこのまま、馬鹿にされたまま一生を送ることはなんとしても避けたい。

 無理して王子を好きになる必要はないのだ、という結末にいたり、スーはひとり大満足だった。

 結局どれが本当の自分なのか皆目わからないが、それでもいいと思えた。


(そしてきっとアルさまも――あのすべてで、アルさまなんだ)









†+†+†+†+


「ねぇ、ラーモンド侯爵って方、知ってる」


 夜。ランスロットを帰したあと、部屋に残っていたふたりの侍女にスーは尋ねた。

 シルヴィは首を傾げ、首を横に振った。

「わからないわ。どうして?」

「ううん。知らないなら、いいの。わたしも知らないのだけど、ちょっと気になって……ローザはなにか知っている?」

 スーの問いかけに、彼女は目を閉じ、唸る。頭を何度かトントン叩いていたが、結局肩をすくめるにいたった。

「ごめんなさい、知らないわ。でも、どこかで聞いたことがあると思うの……ずっと前……まだ小さいときに……」

「たぶん、だれかが話しているのを耳にしたのでなくて?侯爵さまだって、立派な位ですもの」

 シルヴィは気にかける様子もなく、興味なさそうに言い、次の話題に移したがった。

 結局収穫はなさそうだったため、スーもおとなしく彼女に付き合うことにした。

 恋多き乙女――美男子に目がない――であるシルヴィの今回のお相手は、他のだれでもない、ランスロットである。


「あの漆黒の髪……揺れる鳶色の瞳……突き刺すような、お言葉っ!」

 酔いしれた彼女はいかに彼が魅力的かを語り出す。

「突き刺すような……?」

「ええ、ランスロットさまはシルヴィに容赦しませんでしたから」

 思わずこそりと尋ねるとローザがひそひそと耳打ちをして教えてくれた。それから互いに顔を見、くすりと笑う。

 どんなにけなされようとも、美形には悪者がいないと思っているあたり、シルヴィはだれよりも手強かった。あきれるを通りこし、もはや尊敬の域に入る。


「ステキだわぁ。アル王子と無二の親友だなんて……」

 シルヴィの言葉に、スーは思わず笑いそうになった。友情ごっこをお披露目してやると言われたことを思い出し、いつか見てみたいとチラと考えた。

(アル王子には、他に家族のような存在はいないのかしら)

 ふと思いつき、スーは首を傾げる。

 すでに父王は亡くなり、兄も弟もこの世にはいない。では、母親は?

 尋ねようとした瞬間、まるでスーの考えを見抜いたがごとく、シルヴィが告げた。

「たしか我らがフィリップさまのお母上と、アル王子のお母上はご一緒にお亡くなりになられたのよねぇ」

「あれはおいたわしい事件だったわ。あれからフィリップさまはさらにアル王子に目をかけられて……」

 ローザも懐かしむように話し、その場はしんみりとした空気に包まれた。

 スーの頭にはさらに疑問がかすめた。


 それならばなぜ、アル王子はフィリップ王子をきらっているのだろうか?

 ともに母親を失い、支えあって生きてきたのならば、なぜ。


 けれどわかったことがひとつ。

(アルさまには、だれもいないんだ……家族と呼べる人が、だれも)

 スーとて、血のつながりから見れば、もはや家族などいなかった。それでも彼女にはシルヴィがいて、ローザがいて、フィリップの残してくれたやさしさに包まれて生きている。

 どうしてなのかはわからないが、アルは実の父親を憎み、腹違いの兄をきらっている。嫌悪しているものの面影に包まれて生きていくのは、幸せとはいえないだろう。

(じゃあ、彼はなに?)

 そこで改めてランスロットの存在を取り出したとき、スーにはどうもうまく当てはめることができなかった。

(アルさまは気づけないだけなんだ……周りには、きっとアルさまを大切に思ってくれる人がいるのに)


 ランスロットはもちろんのこと、クリスだって、それからシルヴィたちだってアルのことを慕っている。民だって家臣たちだって、彼をないがしろにはしまい。スーにはうらやましいくらいの人々が、彼を敬っているのだ。

 それに気づけない彼はなんてかわいそうなのだろうと思い、だから裏では意地悪なのかもしれないと、スーはそういう結末にいたった。



 とにもかくにも、不思議に思うこともたくさんある。それでも明日は必ずくるし、拒むことはできない。

 スーは悶々していたものをはらいのけ、天に向かって大きく伸びをした。









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