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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅰ niger puppet-黒い操り人形-】
76/150

第七十六章 弟子入り

お久しぶりです。

更新が大変遅れまして、申し訳ございません(汗


まだまだ余震などがつづき、被災地の方々はいまだ不安な日々を過ごされていると思います。

今わたしたちにできることを、それがすこしでも助けになれば幸いです。



さて、めちゃくちゃ久しぶりです。

なんだか自分の文章に納得できなかったりして、なかなか書けません。

とりあえず、今後も模索してゆきます。

お付き合いくだされば幸いです。


第七十六章 弟子入り




†▼▽▼▽▼▽†



 雨が降っていた。

 ぽつ、ぽつ、と天が泣いていた。次第に涙は膨れ上がり、ごろごろと音をたてて暗雲が多い尽くす、空。

 重たい雲が立ち込めて、低い天にスーはため息をこぼす。旅立ちには幸先不安な天候だ。なにより、決心を鈍らせる。

 スーは頭を振り、意識をしっかりさせる。ここか、とつぶやき、前方をながめると、ひとつの家。家というよりは小屋に近いかもしれない。

 水車に小さな畑がある。その横に建てられた小さな住処は、今は人の気配がないようだ。レンガ造りだったのだろうが、壁はところどころ木製となっている。木でできた家とレンガの家をくっつけたような、おかしな造りだった。

 コンコン、と扉を叩いてみても返事はない。仕方なしに裏口へ回ってみるが、古びた井戸があるだけで、やはり人の気配は皆無だ。

 仕方ない、とスーは玄関先は失礼かとも思いつつ、腰を下ろした。

 疲れたのだ。肉体的よりも、精神的に。

 なにもかも捨ててしまいたいような気がした。

 やりたいことがあるから飛び出したのに、日が経つにつれて本当の自分の気持ちがわからなくなる。

 なぜ薬草の知識を得たいと思ったのか――それは、アルの役に立てると感じたからだ。幾度となく命を狙われ、毒を仕込まれたこともあっただろう。そんなときの力になりたかったのだ。

(だけれど、もうわたしはあの人の召使ではない。無関係なんだ)

 わかってる、と自分に言い聞かせ、唇を噛みしめる。そうでもしないと、嗚咽がこぼれてしまいそうだったから。



 シルヴィとローザに別れを告げ、見送られ、スーがやってきたのはある人物の住まいだった。

 それというのも、スーは『やりたいことがあるから家を出る』発言をしたものの、結局行くあてはない。とにかく王都を出て、薬師のところにでも弟子入りしようかと考えていたのだが、このときちょうど見計らったかのように、翌日になってひとりの男がスーを訪ねてきたのだった。

 黒髪にコバルトブルーの愛らしい眼をした、セルジュだった。

「よお、赤毛ちゃん。お久しぶりだね」

 スーはこの日も変装をして旅支度のために買い物をしていたのだが、急にカスパルニア兵の制服を着た男が現れ、路地裏へ引っ張られたのだ。悲鳴をあげる暇もなく怯えたが、かけられた声とふいに見えた男の瞳にぎょっとする。

 どうしたんですか、と思わず詰め寄ろうとしたスーは、しかし彼に遮られてしまう。しーっと指をたてて、彼は一枚の紙切れをスーへ渡した。

「これさ、僕からの送別の品。どうせやることないなら、お勉強でもしたらいいと思ってさ」

 それにしてもよく化けたね、と言いニッと笑う彼は、どこか悪戯っこの笑みを見せる。

「それね、かつて賢者だとか王室付き魔道師と言われた男の居場所だよ」

「ま、魔道……?」

「魔道とは言っても、錬金術だとか、医術だとか、星占術だとか……それこそ、薬草の知識も豊富なジジイの居場所。今は退職してのうのうと暮らしているらしいからさ、赤毛ちゃんひとりくらい養えるんじゃねえ?」

 スーはなにも言えなかった。ただ、驚くばかり。

 しかし、そんな少女をいちいち面倒みてくれる彼ではない。今は見なれないカスパルニアの衛兵の姿に化けている彼は、「そろそろ持ち場に戻るよ。バレると処刑かも」なんて言いながらさっさと去っていってしまった。

 待ってと引きとめて問い詰めたいことはたくさんあったが、そうもできない。きっと抜け出してきたのだろう彼は、「処刑かも」など、冗談にもならないかもしれないのだから。







†+†+†+†+


 意識がふいに浮上した――。

 コンコンと自分の肩をつつく気配に、スーは鈍い頭を動かす。重い瞼はなかなかあがらなかったが、なんとかして目をあけた。

 空はいつの間にか赤かった。

(しまった!寝てしまっていたんだわ!)

 ハッとして、スーは勢いのままに立ち上がった。


「――おまえ……」

「あ」

 ほぼ同時にふたりは声を発する。スーのそばにはひとりの青年がいた。どうやら彼がスーを眠りから起こしたようである。

 彼に、見覚えがあった。

「なんだテメェ。なんか用かよ」

 驚きに息を呑んだのも一瞬のうちで、青年はすぐにまなざしを鋭いものに変えて口を切った。

 えっと……と思わず口をつぐむ。なにから話せばいいのだろう。いや、どういうことなのだろう?

 しばし混乱しつつある頭で、スーはまじまじと青年を見つめた。

「えっと、その、や、薬草を学びたくて……詳しい知識をお持ちになる方がいらっしゃると耳にしたので」

「そんな噂あんのか?」

「い、いえ……噂というか……その、紹介、で……」

 徐々に尻すぼみになる声。咄嗟に嘘をついてしまったが、目の前の男は『疑わしきは罰せよ』と声高に叫びそうな勢いだったため仕方がない。

「あ?ぼぞぼぞ言わねぇでハッキリ言え」

「あの……しょ、紹介で」

「紹介?」

 スーの言葉に重ねて、青年はギロリと視線を鋭くさせた。空気が一段と重く、凍ってしまったような気がする。

「だれの紹介だ?」

 びくびくおびえる少女に構うことなく、彼はさらにドスを利かせて言った。思わずスーが「ひっ」と悲鳴をあげてしまったのは仕方がないことだろう。

 青年の目力は半端ではない。アルの冷たいそれとも、ヌイストのせせら笑うようなそれともちがう。もっと獰猛な――野獣が獲物を捕食するときのような――眼なのだ。レオやウルフォンも一種の獣のようなまなざしをするときがあったが、彼らはどちらかといえば飄々とした、獰猛さを押し隠したものであったように思う。

(でも、この人はちがうのだ)

 食い殺さんばかりの、首を今にも噛み切ってやろうとする、それだ。

(敵にまみえたランスロットさんみたい……軍人さん、みたい)

 唐突にそう悟ったスーは、あながち、まちがいではなかったのだが、それを知るのはまだ先のこと。

「で、だれのだ?」

 ドスをきかせた声が響く。スーはびくびくする身体を叱責し、口をひらいた。

 だれの紹介で――

「ランスロットさん、です」

 言ってから、スーはしまったとうなだれる。混乱した頭は思わず彼の名を口にしていた。なぜかセルジュの名を言おうとしたのに派生した記憶でランスロットがぱっと頭に浮かんできたのだ。それに相手がランスロットを知っているかどうかはわからないが、城下で『赤毛の少女』が捜索されている今、むやみやたらと王宮との関係性を示すのは得策とはいえない。

 しかし、スーの心配は杞憂に終わったらしい。

 青年は突如、獰猛さを消し去り、虚をつかれたような表情でぴくりと片眉をあげた。そのまま口のなかで「ランスロット」と名をつぶやくと、一気に眼を細めた。

「なつかしい名だ」

「え?」

「いや――」

 ふるふると頭を振り、青年は悪戯な笑みを口の端にのせる。

「そうか。おまえ、見た目によらず戦えるのか……武器はなにが得意だ?」

 ふうん、と上機嫌に頷くや、彼はスーの二の腕をがっしりとつかんでそう言った。当のスーはなにがなんなのかわからず、言われた言葉の意味すら理解しかねてほうける始末。

 そして怪訝に眉をひそめる少女に、青年は木の棒でつつきはじめた。ぎょっとしたスーであったが、どうやら彼は腕や脚を調べているようだ。

「……おい。おまえ、本当に戦えんのかよ。女みてぇな身体しやがって」

 彼はにらみつけるように顔をしかめてそう言った。

「た、戦う?」

 女なのだからこの身体付きは当たり前だ、と思いつつ、今は男装しているため口そのことには口を閉ざしたが、聞き逃すことのできぬ単語にぎょっとしてスーは思わず声をあげた。

 目の前の男はなにを言っているのだろう。自分は薬草の知識を求めてきたのであり、決して軍師になどなりたいわけではないのに。

 青年はさらに顔をしかめ、理不尽なまでに威圧感を強めた。

「おい、ふざけるなよ。てめぇ、生半可な気持ちで俺に弟子入りたぁ、いい度胸じゃねぇか!」

「は」

 怯えは一気に呆れに変わった。そして驚愕する。

「まさか……まさかあなたが?」

 スーはほとんど前のめりになる勢いで話しかけていた。

「賢者と謳われた、医術に長けた、魔道師さまなのですか!」

 彼女の心は複雑な心境でしめていた。一方はやっと見つけたという感激に、もう一方はこんな怖い人物が医者をしていたのかということ。

 どうやら彼はランスロットとも知り合いのようだし、戦える医者なのかもしれない。そしてもしそれが彼のポリシーなら、彼に学びたいと願う自分もそうしなければならないのだろうか。

 真剣な表情で見つめるスーであったが、しかし、青年はあからさまにムスッと機嫌を悪くして言った。

「まさか。俺がんなジジイなわけねぇだろ」

 がしがしと後頭部をかいて、彼はひとつ大きなため息をこぼした。

「おまえ、ジジイに弟子入り希望か」

 なんだ、つまんね、と彼はぼやくと、家のドアを開けた。





†+†+†+†+


 上品とは言えない――むしろ口が悪い――青年の名を、ユリウスといった。

 なにを隠そう、彼はローザのファンのひとりである。何度か彼がローザを口説こうとしていた場面を目にしていたスーは、すこしばかり気まずかったのだが、当の本人はあまり気にしていない様子だった。というよりも、スーのことなど眼中にないに等しいのだろう。

 部屋はこじんまりとしていた。外観にたがわず、やや貧相ではあるものの、暖炉には煌々と火がともりあたたかだ。その近くにはなぜか揺りかごと肘掛け椅子があり、真四角の木製のテーブルが中央に置かれている。

 スーが無礼だと思いつつも控えめに部屋をぐるりと見回している間に、青年は行動を起こしていた。名のるなり、彼は床下をバンバン叩き、容赦ない声で吼える。

「ジジイ、客!」

 一瞬スーは、青年の気が狂ったのではないかとも思ったが、どうやらちがうらしい。コツンコツンと靴の音がして、ギシギシの床板がはがれたかと思うと、次の瞬間にはひとりの老人が床から生えたように姿を現した。

 一瞬、ほんの一瞬、すこしだけ、スーはこの老人が妖精かなにかに見えた。もちろん、羽の生えたかわいらしい少女のメルヘンな妖精ではなく、老人の、けれどやさしい顔立ちの小人かなにかのような種類の妖精を想像したのだ。

「ほうほう。これはこれは。かわいらしいお嬢さんではないですか」

 目の細い老人の全貌が現れた。ゆったりとした煤けたマントを着込み、腰を曲げてこげ茶色の杖をつき歩いてくるその人は、白く長い髭を首までたくわえている。

 賢者と呼ばれた老人に対して失礼な想像をすぐに頭から追いやり、スーはぎこちない笑みを浮かべた。

「あの、お邪魔しております。はじめまして」

 なにを言えばいいのだろう。スーは突然、なんの前置きもなしに対面してしまったことに面喰い、なおかつ自分が彼に抱いた一瞬の印象に顔を赤らめ、混乱する頭でなんとか言葉を紡ぐ。声は裏返り、ひどく聞き心地が悪いだろう。

 それでも彼は気分を害することなく、ゆっくりと頷きながら再び椅子をすすめ、不機嫌そうに腕組みをしていたユリウスを杖で小突くと「茶を出せ」と命じた。

「あ、お構いなく。えっと、突然すみません」

「緊張することなどありませんよ。どうぞ、落ち着いて」

 いまだに挙動不審なスーに対してもゆっくりと頷きながら声をかけてくれる。にこにこと穏やかなご老人だな、とスーは好感を持ちつつ思った。

「お話は聞いておりましたよ。なにやら、ワケがおありのようだ」

 スーの向かえに座りながら、老人は相変わらずの穏やかな表情で言った。

 驚きに目を見開いたが、ユリウスがけっと気に食わなげに肩をすくめ、「ジジイは地獄耳だからな」と愚痴る。

 老人は気にするふうもなく、再度スーを見つめ、ゆっくりと口をひらいた。

「お嬢さん、覚悟はおありかね。このワシに習い、学ぶという覚悟が」

 彼の目が光を帯びる。かすかに獰猛な、穏やかさとは無縁の輝きが見え、スーは佇まいを改める。

 ごくり、と喉が鳴った。

 もとより、誇れるものがなかった。自分に自信がなかった。やりたいことを見つけたい。自分にできることを、探りたい。

 気がつけば、スーの首は頷いていた。

「それならワシは、おまえさんに知識を伝授してやろう」

 ぶるり、と武者震いをした。そしてスーは自分が今、新しい一歩を踏み出したのだと、理解した。





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