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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅰ niger puppet-黒い操り人形-】
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第七十五章 決意とともに


第七十五章 決意とともに



†▼▽▼▽▼▽†



 それから何日か過ぎた。

 毎日はスーにとって新しい刺激であるに関わらず、どこか手持ち無沙汰な日々を送っていた。シルヴィとローザはともに老夫婦の営む花屋で働き、スーはその間家事を主にすることになっていた。

 しかし、日々が過ぎていくうちに、なにかしなければという思いは募る。ふたりの侍女に養ってもらうのではなく、自分もお金を稼げるようにならなければならない。だが、今はまだ警戒を解くことはできず、いつ城からの人間がやってくるかもわからないため頻繁に外へ出ることも憚られていた。

 ちょうどスーが城下街へやってきて二週間が過ぎたころ。このころになると、スーもちょっとずつ外へ出ていた。相変わらず目立つ行動はできなかったが、買い物をしたり、シルヴィやローザの仕事ぶりをながめるのが日課になりつつある。

 街にはたくさんの情報が転がっていた。

 ときには買い物先の店主、ときには花屋の客人、ときには街行く人々の会話に、いろいろな情報があることに気づき、スーは耳をそばだてるのが常である。耳がよいのが役に立ったのだ。


「聞いたか?海の向こうの国では国がひとつに統一されたらしいぞ」

「あの戦ばかりの国が?やっと平和になったってことか」

「それより心配なのはカスパルニアだよ。アル王子さまが戴冠式を延ばしたらしいぜ」

「なに?でも嫁さんはいるんだろ」

「貴族の考えるこたぁよくわかんねぇなぁ」


 さらにこんな会話も。


「最近、城の兵士が多くないか?」

「ああ、そういや、よく見かけるな。祭でもないのに、どうして城下になんて下りてくるんだ?」

「捜し人らしいぞ。この間酒屋でジジィが言ってた」


 これには思わず身震いした。

 花屋の客人のなかには、こんな会話をする人もいた。


「そういえばよぉ。おまえはなんでローザさんに惚れたんだ?」

「俺はあの安らぎの微笑みかなぁ」

「またその話?男たちはいつもそれよね。あたしはシルヴィのほうが愛嬌があって好きよ」

「たしかにシルヴィちゃんもかわいいけどな。ローザさんには大人の魅力があるよな」

「そうだな。かなりの上玉」

「フン。てめぇは憧れの女騎士さんが好きなんだろ?」

「ローザ嬢も好きだぜ?口説いてなにが悪い」


 スーはすこしだけ微笑する。ふたりが褒められることは、自分のことのようにうれしいのだ。

 花屋の前を通りながら、侍女たちを見やる。きらきらした笑顔で働くふたりは、たしかに魅力的だろう。


(ふたりはわたしの自慢だわ……)

「痛ッ!」

「――あっ」

 考えごとをしていたからだろう。スーは前方を見ていなかったため、前からきた人の足を思いっ切り踏んでしまった。

 ハッとして見上げれば、そこには先ほどまでシルヴィやローザたちのことを話していた青年がいた。加えて、スーには彼に見覚えがあった。目立つオレンジ色の髪は、はじめて花屋の前を通った際、ローザに群がる集団にいたひとりだ。

「いってぇな」

「ご、ごめんなさいっ」

 ギロリと彼はこちらをにらみつけてきた。眉がキリリと太く、たいそう目力があり威圧的だ。

「本当にっ、す、すみませんでしたっ」

 思わず、スーは裏返った声で謝ると、さっさと走り出す。まなざしだけで人を殺せそうだ。

 アルの凍るような冷たいまなざしとはちがい、ただ迫力だけで人を黙らせるような眼だったが、それはそれでものすごい恐怖だった。




 裏路まで走ってくると、スーは壁に背を預けて息をつく。

(に、逃げてきちゃった……)

 失礼なことをしてしまった。しかし、臆病な心はどうしようもなかったのだ。

(もし次にお会いしたときはきちんと謝らなければ……)

「おい」

 突如、ぽんと肩を叩かれた。もしや先ほどの男が追ってきたのかと振り向けば、そこにはカスパルニア王国の紋章を掲げた制服に身を包んだ兵士がふたり立っていた。

「最近、この辺りで赤毛の女を見かけなかったか?」

「い、いえ……」

 ドキリとした。いっきに冷や汗がどっとわいてくる。

 兵士は眉間にシワを寄せて、さらに詰問する。

「嘘をつくなよ。我らはこの国の命令で動いているのだ」

「虚言をすれば貴様の命はないと思え」

 びくりと肩が震える。まさか本当に自分は狙われていたなんて。しかも、もう二週間も経つというのに。

「さあ。わ……ぼ、僕はなにも」

「他の国に行ったんじゃなくって?」

 スーがびくびくしながら答えたとき、さらに重ねるように声がした。

「あなたたち、二週間もその娘を捜しているようですけれど……こんなに見つからないなら、国境を越えたと考えるのが妥当ですわよ」

(シルヴィ……ローザ……!)

 兵士たちの背後から現れた彼女たちは、肩で息をしながらもスッと表情を変えて、スーを庇うように立つ。

「わたくしの下手人になにか?」

 きりりとした冷めた表情でローザが口をひらく。

「我らは質問をしていただけだ……貴様らは赤毛の娘を知らないのか」

「国境を越えた形跡はないのだ。港も封鎖しているのだから、それはありえない」

 兵士たちは眉をさらにひそめた。だが、シルヴィはそれさえも一刀両断にしてしまう。

「お黙りなさい。我が主の時間を使うほどのことでもないでしょう。わたくしたちを含め、平民はなにも知りません。お門違いですわ!」

 それでも引き下がらない王国の兵士は、にらむように彼女たちを見やる。ローザは気にせずつんと顎を引いてスーに向き直ると、冷ややかな声で告げた。

「なにをしているの。おまえはさっさと帰って夕餉の支度をおし」

「はっ、はい、申し訳ございません!」

 スーは常とはちがう彼女の姿にびくりと肩を縮めたが、よく考えればローザはスーを庇ってくれたのだとわかる。あわててお辞儀をし、その場をあとにした。





†+†+†+†+


「スーが走っていくのを見つけて追いかけてきたんですよ……よかったわ、大事なくて」

 ふぅ、と息をこぼし、ローザはこめかみをぐりぐり押しながら言う。

「それにしても、なんだか気に入らないわね、あの兵士たちの態度!」

 ぷんぷんと頬を膨らませ、三人分の紅茶を用意しながらシルヴィは毒づく。

「きっと闇雲になって捜しても見つからないから苛立っているのね」

 いい気味だわ、とこぼす彼女に、スーは乾いた笑みをもらした。


 あれから数刻して無事に帰ってきたシルヴィとローザ。彼女たちの話によると、どうやら最近兵士たちがスーのことを捜しているらしい。だれか情報を持っていないかと嗅ぎ回る連中が増えたそうだ。

「それも、気になるのが二種類の捜索隊がいるってことなんですけれど……」

 ローザは顔をしかめつつそう言った。

 ふたりによれば、どちらも「王家直々に」命じられていると公言しているが、ひとつは大臣の息のかかったものらしい。もうひとつの部隊はいったいだれのものなのかわからなかったらしいが。

 敵なのか味方なのか怪しいところだが、大臣と聞いて、こちらに有利に働くはずはないとスーは確信した。

(きっといつか、目をつけられるわ)

 庇ってもらったのは、うれしかった。だが、いつまでも逃げ切れるものなのだろうか。

 いつかボロが出て、捕まってしまうのではないか。そのとき、はたしてシルヴィやローザはどうなるのだろう?罪に問われたりはしないだろうか。

 大好きな彼女たちと、ずっと一緒にいたい。久しぶりに再会でき、暮せたのだ。穏やかに比較的近い雰囲気で、それこそ幸せだった。

 けれど、だ。

(そろそろ、潮時なのかもしれない)

 ここは城にも近い、王都だ。いつまでもここにいるわけにはいかない。ランスロットは身寄りのないスーを想い、彼女たちの居場所を突き止め教えてくれたのだろう。しかし、まさか追手が加わるとは考えなかったにちがいない。

 だいたい、正式な妃もいるし、フィリップの後ろ盾もない、王子から疎まれ辞めさせられた召使になんの価値があるというのだ。生きていてもさして支障はないだろうに。

 すこしだけ憤りを感じたが、スーはなんとか押しとどめ、わからないように息をはく。

 言うなら、今だ。

「いやですよ」

 スーが口をひらきかけた途端、ローザが目ざとく遮ってきっぱりと宣言した。え、と目を見開くスーに、彼女はつづける。

「何年あなたと過ごしていると思っているの。いいですか?あなたは迷惑なんかじゃないわ」

「そうそう。わたくしたちを侮らないでくださいよぅ?」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、シルヴィも応戦する。

「勝手にいなくなったりしたら、自暴自棄になっちゃうからね」

 口をぱくぱくさせ、スーは声にならない声を発する。

「それに、行くあてもないでしょう。スーはやさしいけれど、無謀なところがありますからね」

 侍女口調になってぴしゃりと告げるローザは、やはり年長というだけある。威厳に満ちている。スーには言い返す言葉もない。

 たしかに、無謀だ。無謀、だが……

 スーは、突如はじかれるように顔をあげ、ふたりの侍女を見つめた。

「でも、わたし、やらなければならないことが――いいえ、やりたいことがあるの!」

 ひらめいた、というよりは思い出した、という少女に、シルヴィもローザも顔を見合わせる。けれどスーは構わずに、まるで親に頼みこむかの勢いで語り出すのだ。

「わたしね、お城にいたとき……最近なのだけれど、薬草を学びはじめたの」

「薬草?」

「そう。クリスさんの私物だった図鑑をいただいてね、持ってきているのよ。それで……」

 言い淀むことも、仕方がない。シルヴィもローザも、心配してくれているのだ。そんなふたりを切ってまで、自分はふたりのそばを離れる、と言わなければならない。

 ふたりを巻き込みたくはない、とい気持ちもある。けれど、それと同じくらい、スーにはやってみたいことがあったのだ。


「わたし、学びたいの」


 このまま、いつまでかかるともわからず男装をしてびくびくと過ごし、手持ち無沙汰な日々を送るよりも、せっかく王宮を出たのだから、やりたいことをやってみたい。

「わたし、たしかに働けないわ。お金もうまく使えないし、愛想だってふりまけない……自分で稼ぐってこと、きっと上手にできやしないわ」

 いつまで自分は世話になるのだろう。シルヴィもローザも、自分とそう年齢も変わらないのに、自分の力で生きている。ひとりはイヤだなどと、弱音をはいていた自分が恥ずかしい。

「このままここで暮らせたら、わたしは幸せ。でも、きっとあまえる……このまま、自分がなにをすればいいのかもわからないで過ごしていくと思うの」

 慎重に言葉を選び、ふたりの瞳を見つめながらスーはつづける。

「いつまでも、うじうじしていたくないの」

 きっと、スーが頼めばふたりは快くついてきてくれるだろう。しかし、王都は他の街に比べ住みやすく、安全だ。それに、ふたりにはすでに、この町に居場所があるのだ。

「ふたりには、ここで生きていてほしい。永遠に別れるわけじゃないの。わたし……自分で、自分の本当の気持ちとか、やりたいこととか、そういうことと向き合ってみたいの」

 言葉が勝手に口からこぼれてくる。そうすることで、スーは自分の気持ちを理解した。

 そうか、わたしにはやりたいことがあったのか、と。


 スーは、深い緑の瞳を、ふたりへ向けた。ずっと一緒に生きてきた、家族のような存在。

 ローザは唇をぎゅっと噛みしめ耐えていたが、シルヴィは目にみるみるうちに涙をため、そうして勢いよくスーへ飛びつき、抱きついた。

「本当につらくなったら、戻ってきてもいいから」

 かすれた声でそう言ってくれる彼女に、スーは言葉にならない気持ちを込めて、頷く。

「いつでも、わたくしたちはスーの味方ですからね」

 ローザも近寄ってきて、シルヴィごと抱きしめる。

 部屋には、じばらく三人のすすりなく声が響いてやまなかった。



 涙を流し、胸に迫るあたたかい気持ちを感じながら、スーはふと思う。

 王都から――王宮から離れられると思うと、なぜか安堵してしまう自分がいたのだ。


(今は、なにも考えたくない……)



 できるだけ国の動きから――アルのそばから離れたいのかもしれないと、そんなふうな考えが頭をよぎった。







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