第七十四章 灰色の城下町
第七十四章 灰色の城下町
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活気あふるる商店街とは一転して、人々が普段住まうのは――シルヴィとローザの住まいとなる場所は暗く、じめじめとした裏通りにあるところだった。
店の並ぶ表通りは、他国の人間や貴族たちの目にとまるからと整備され、人々で賑わってはいたが、実をいえば民らは必ずしもそうではないらしい。不安はやはりどこかにあり、住まいも廃れていた。
まさに灰色、というのがふさわしいかもしれない。
「ここよ」
先行くローザたちについてやってきたのは、高いレンガ造りの建物。そこの一室が、彼女たちの住まいらしい。
「さあ、入って」
なかはお世辞にも上品で豪華な造りとはいえなかった。外観と違わず、寂れた住まいだ。明かりはほとんどなく、小さなランプが掲げられているだけで、暖炉も小さなかりそめのものが置かれている。中央に傾きかけているテーブルがあり、椅子は今にも壊れそうだ。それにベッドはひとつしかなく、ちょこんと隅にあるだけ。
スーは目を疑った。これでは、城の下働きの人間の部屋のほうがよっぽど裕福ではないか。
言葉を失い、しばし固まる少女に、ローザは軽く苦笑した。
「これでもマシな方なのよ?」
「そうそう。女ふたりにしちゃ、上出来……それに、数ヶ月前までなら、もっと上出来で部屋に住んでいたわ」
シルヴィのなにかを含んだ言い方に、スーは眉を寄せる。
かつての侍女たちはスーに椅子をすすめながら、言った。
「これまであったことを話すわ……だから、スー、あなたの話も聞かせて」
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城からあらぬ疑いをかけられる前にランスロットの助けにより逃亡できたシルヴィとローザ。ふたりは城下へと逃げ出し、しばし身を隠すこととした。
ふたりはその気になればひと芝居うつことができる。ローザが没落した貴族の娘、シルヴィがその付き侍女を演じ、同情を買ってしばし花屋で住み込みで働けることになったのだ。没落したとはいえ、うつくしい娘が接客している――噂は人を呼び、店は繁盛していった。
「それにお店の店主は老夫婦だったの。わたくし――わたしたち、恩返しはできたと思うわ」
シルヴィは満足げに頷くと、話を再開させた。
町の男たちの間では、ローザがちょっとした噂になりつつあった。それを見兼ねた町の娘たちは嫉妬をあらわにし、今にもつっかからんばかりであったが、しかし、シルヴィによってそれは制された。彼女は娘たちの話をよく聞き、よきアドバイザーとして振る舞った。これにより、娘たちの間で今度はシルヴィが評判になった。加えて、シルヴィやローザはたくさんの物語を知っていた。彼女たちはそれを快くこどもたちに聞かせていたので、母親たちの間でもよい評判がたったというわけだ。
こうして、人々は彼女たちにお礼として様々な物品をわけてくれるようになり、店も人の足がたえず、ふたりで住まいを借り、そこそこ暮らしていけるようになっていた。
幸運にも城からの追っ手はかからなかった。
「城下ではね、はじめ城に異変があったなんて知らされてなかったの。情報なんて入ってこないし……」
ローザは言い、スーの赤毛に指をとおす。
「だけど……スーが無事で本当によかった」
戦争がはじまると噂がたった。人々は混沌に突き落とされ、すべてが崩れた。
花屋の店の金が盗まれ、ショックのあまり老夫婦は病にかかり……シルヴィとローザは自身の貯めていた金で、老夫婦を世話した。
国民の大移動やら、戦争がはじまるかもしれないという恐怖、様々な不安に人々は暗い時代の気配を感じたらしい。
「真っ暗だったわ……でも、最近やっと活気が出てきたのよ」
「スーのことはもちろん気がかりだったから、すぐにでも城に戻りたいと思ったけれど……まだ花屋の老夫婦が元気になっていなくて。だからもうすこし、城下街で過ごそうって決めたの」
「お金さえ盗まれなきゃ、もうすこし綺麗な部屋にスーを招待できたんだけれど……」
「でも、今はどこもこんな感じよ。見た目では活気が出てきたけれど、本当はまだ廃れてる」
ローザの形のよい眼が歪む。
城での波紋はやはり広がっているらしい。内部にばかりかまけていては、いずれ外からもほころびが生じるのかもしれない。
スーは恐怖に戦いた。
それから侍女たちに、スーは今までの経緯を話す。そのあとで互いの近況に彼女たちは涙し、労いあった。
「でも……油断はできないわね」
さんざん涙を流したあとで、ローザがふいに真面目な調子で口をひらく。
「追っ手がかからないとも言い切れないんじゃないかしら」
シルヴィも頷きながら賛同する。
スーにはさっぱりわからない。相応しい本当の妃もいることだし、もうこれで自分が正妃ではないかと疑われることもなくなったのだ。アル王子から寵愛されているわけでもないし、いったいだれが自分を狙うというのだろう。
「問題は、状況が変わったということですよ」
指を立てて、ローザが言う。
「今までは、王位継承者――もちろん、フィリップ王子からアル王子さままでのご兄弟――がいたわ。それに最近ではスーは、アルさまの臣下のひとりだった。そうでしょう?」
スーは頷く。次にシルヴィが口をひらく。
「でも、今アル王子には反対勢力がある。もちろん以前もあったわ。ランスロットさまの父上が組織していたのよね?」
たしかにそうだった。しかしそれはアーサーが亡きフィリップを思うあまりの行動で、ウィルと再会し話しあってからの彼は組織を解散させ、アルのため――国のために尽力してくれているはずである。
「でも考えてみて。フィリップ王子が本当は生きていたと知っているのは限られた人間だけでしょう?それこそ、反アル王子組織にしてみれば、主立ったアーサーさまが抜けただけで、いまだアル王子に対しての不満は消え去ってないの」
「そうすると、反抗グループは、アーサーさまといういわば制御を失い、ただ燻る感情に身をまかせて自暴自棄にならぬとも言い切れない……アルさまが正妃を迎え、王位に就かれるとなればそれこそ……」
なるほど。スーは胸を矢で射られたような衝撃を受けた。
自分はなにを呑気に構えていたのだろう。なにも考えなかった。知らなかった。仮にも、アル王子のそばにいたというのに。
シルヴィはつづける。
「そこで目をつけられるのがあなただってことよ」
「わ、わたし?」
ぎょっとするスーに、シルヴィは深刻な表情で頷く。
「大々的にはされていなかった……知らされていなかったけれど、あなたが第一王子の血族であることは明白。いずれ継承者争いに巻き込まれるかもしれないというのは暗黙の了解があるわけよ」
「そ、そんな……わたしは――」
「スー、あなたにその気がなくとも、勝手にフィリップ王子の実の妹だとか、母君とカスパルニア王の隠し子だとか偽りを並べられ、いいように使われてしまうことだってあるの」
腰に手をあて、シルヴィは半ば叱りつけるように言った。
「ずっとわかっていたでしょう?あなたの微妙な立場くらい……それは利用されても仕方のない立ち位置だってことくらい」
ああ、たしかにそうだ――よく考えればわかること。蔑ろにされたわけではない。けれど王族として扱われたとはいえない。客人か、使用人か……よくわからない微妙な立場だったのだ。
フィリップはきっと、そのやさしすぎる愛ゆえになにも考えず自分を拾ってきたのだろう。いや、そもそもフィリップが暗殺されかけるようなことがなければ、スーの立場も今とは別物だっただろう。
(やっぱり、兄さまと一緒に城を出ればよかったのかしら)
そうすれば、こんないざこざに巻き込まれることもなかったかもしれない。
スーは知らずにため息をこぼしていた。
「だから、やっぱり油断はできないわね。今、城にはランスロットさまもいらっしゃらないのでしょう?もしかしたら……動くのは今かもしれないわ」
ローザの腕に力がこもった。きゅっと唇を噛みしめる。
やや暗い雰囲気になる。じめじめしたこの住まいも影響しているのかもしれない。
だがしかし、そのときシルヴィがいやに明るい声を発する。顔には悪戯な笑みが浮かんでいた。
「じゃあここはやっぱり――変装じゃないかしら」
緑の瞳を見開き、スーはごくりと生唾を飲み込む。
男装再び――で、ある。
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前回とはちがい、今回は目立つ髪色を隠すことにした。変装に浮足立った侍女たちにより、しばしその場は明るい雰囲気に包まれる。
「ほら!とても似合うわ」
「まるでフィリップ王子のご兄弟みたいね。その瞳の色って、黒髪にもよく映えるわ」
鏡の前のスーは――もう小柄な少年にしか見えなかったのだが――ぱちくりと目をまたたかせ、苦笑を浮かべる。
「そうかしら……」
「ええ。スーって男装したほうが美形に見えるんじゃない?」
ややからかい気味に笑うと、シルヴィはぽんとスーの肩をたたく。
「その新しいお妃さまの瞳の色も気になるけれど……わたしたちはやっぱり、その瞳はあなたに一番似合うと思うわ」
そうだ。シャルロ姫もこの瞳と同じ色をしていた……ずきりと胸が痛む。
アルはどうして自分を召使にと選んだのか――それはフィリップとつながりがあったからだ。この瞳を求めたからだ。
ならば、正妃の瞳がこの深いエメラルド色ならば、もはや本当にスーにはなんの余地もないではないか。
(ちがう……もうわたしには関係ないんだ)
ふるふると頭を振っていやな考えをよそへやり、スーは無理矢理に笑みを浮かべる。シルヴィたちの言葉がうれしかったことに偽りはないのだから。
「シルヴィ、ローザ、ありがとう」
いざ変装しようということになったとき、侍女たちはさっそくテキパキと準備をはじめた。男ものの衣服にブーツ、護身用としての小刀に、なにより目立つ赤毛を偽るための鬘だ。髪色を染めることはどうしても戸惑われたので、長い髪をひとつに束ね、鬘に入れて隠してしまうことにしたのだ。
「そばかすなんて可愛いんじゃないかしら?」
「寒い時期でよかったわ。身体の形を隠すために厚着をしましょう」
「やだ!なんだかかわいい美少年!」
「気品もありつつ……それでいて愛くるしさを忘れない……ふふ、完璧ね」
シルヴィはおろかローザまで熱心にメイクをほどこし、少年のスーが誕生した。
「設定は、ローザの従僕にしましょう!」
こうしてシルヴィの鶴の一声により、スーは没落貴族ローザ嬢の従僕・スティーブとして、新たに生活することとなった。
鏡のなかの少年はたしかに、他人がスーだと断定するのは難しいだろう。
柔らかな黒髪は緑の眼を隠すために前髪が長めで、加えて鼻の上から頬にかけて愛嬌のあるそばかすが転がっている。従来のスーの自信なさ気な困ったような表情が手伝い、なるほど主を探し回ったかわいそうな従僕に見えなくもない。
とりあえず、スーの特徴をうまく隠し生かした男装は、以前よりは幾分少年に見えた。
結果出来栄えは上々で、シルヴィを唸らせるほどだ。
「これでしばらくはごまかせると思うけれど……気をつけてね」
「わたしたちももちろん協力するから」
頼りがいのあるふたりの侍女に囲まれ、スーはひとつ、大きく頷いた。
なんだか展開が……(°∀°)?
丁寧じゃない気がします、すいませんっっ。
文字数と話数とタイトルが若干合わなくてズレてるこのごろです。
なんとか頑張ります。
もうすぐ王国の花名を考案(?)して二周年です。
三年目もお付き合いくだされるよう、妄想しまくります!(ぇ
ではまた次回!




