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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第一部 『王宮編』
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第七章 ホントウ




第七章 ホントウ





†▼▽▼▽▼▽†



「本っ当にすばらしい方ね、アル王子って!」

「王子というお立場でありながら、スーの見舞ってくださるなんて……よかったわねぇ」

 ちっともよくなんかない――という心の声を呑み込んで、スーはにっこりと笑った。最近ではこういう笑い方を覚えてしまった自分を嫌悪したくなる。

「ありがたいことですよね。スーは幸せ者ですね」

 そしてまた、彼もにっこりと笑った。




 スーが毒にあたって倒れてから三日後の朝。いつものようにローザとシルヴィと朝食をとっていたところへ、クリスがやってきたのだ。

 クリスは医者としても、毎朝スーの診察にきていた。しばらく安静の時間を過ごし、今日からはベットを抜け出せることになっていたのだ。

 だから、正直落胆は大きい。クリスの持ってきた知らせは、スーをひどく落ち込ませるものだった。


「王子が自らスーを見舞いたいと……できたら看病も手伝いたいとおっしゃられて」

 クリスはにこにことそう告げた。

「ああ、それから侍女の方たちはつきっきりの看病で疲れているだろうから、今日は休めと」

 王子のあたたかい気遣いに、シルヴィもローザも感激してよろこんだ。実際、スーは薬の副作用で夜な夜な目覚めては発作を起こすということもしばしばあったのだ。

 彼女たちの疲労を知っているスーは、王子とふたりきりになりたくないからそばにいてくれだなんて言えなかった。

(しばらく会えないだなんて……嘘つき)

 スーは心のなかで悪態をつく。実をいえば、しばらく王子と距離をおけることに内心ほっとしていたのだ。

 すくなくとも、恐怖に怯えてびくびくしなくてすむのだから。

 そんなひとときの安らぎの時間は長くはつづかないものだ。痛感し、スーはあきらめて王子をひとり待つことにした。



 シルヴィとローザが部屋を出ていき、スーとクリスだけになった。

 スーはまだ寝衣のままだった。柔らかな白に近い薄いピンクの絹のもので、ワンピース状に膝下までのびているものだ。胸元のボタンは大きめで、ビーズが散りばめられている。

「そろそろ着替えていたほうがいいでしょう。もう一時間くらいで王子も来ると思いますし」

 ぐんと伸びをし、クリスは言う。

「それにしても、うらやましいですよ。王子はすっかりスーに心を開いているのではないですか?」

 苦笑し、スーは首をふる。

「そんなことありませんよ。わたしなんて、まだよくアルさまのことがわかりません」

 それを聞くと、クリスは意外そうに目をしばたいた。それからにっこりと微笑すると、彼は扉に足を向けながら言った。

「王子は無器用なだけですよ。大丈夫。あなたなら、きっと本当の王子に気づけます」








†+†+†+†+


 クリスの言葉はあながち嘘ではあるまい。彼女は王子のもうひとつの顔を知っているようなものなのだから。

 スーはため息をこぼすと、そっとベットから這い出して、長くなった赤毛をとかしはじめた。

 厚い髪質は父親譲り。赤毛は母親譲り。腰まですっとのび、毛先はゆるくカールしている。ふわふわと波打つように揺れる髪は、スーの自慢でもあった。

 白い肌とは対照的な、自ら発光するような主張の強い赤い髪色は、ときどきスーを戒めては励ましてくれる。引っ込みじあんで内気だった少女の勇気になってくれるのだ。

(赤は燃える色、血の色――活動的な、生命の色)

 赤毛を軽く束ね、結おうと紐に手をかけたときだった。

 ノックもなしに、突然扉が開いた。


「なぁんだ、起きてるのか」

 ばっと振り返り、スーは目を見張る。そこにいた人物の早すぎる来訪に、彼女は言葉を失った。

 アル王子の今日の召しものは、紺を基調としたもので、袖の金のボタンには王家の紋章が入り、胸元には赤いルビーのブローチがつけられていた。髪も前髪を横に流しており、いつも以上に着飾っているように見える。

「アルさま、おはようございます」

 すぐにお辞儀をし、スーは寝衣姿を隠すように腕を前で交差させる。すくなからず恥ずかしかった。

「隠すほどのものでもないだろうに」

 ハンと鼻で笑ったが、今日はいつもとちがっていた。アルは急に眉間にシワを寄せ、部屋に入って扉の鍵をしめた。

 なにをする気なのかまったく想像できなかったが、スーは条件反射で窓をしめ、明かりをおさえた。

 アル王子は明るいのが苦手……いつのまにかそう頭に叩き込まれていたのだ。

 部屋が薄暗くなったのを確認し、アルはゆっくりとスーに近づく。スーは下がれるだけ下がり、ついに背を壁につけた。


「ラーモンド家を知っているか」

 薄暗いなか、青の瞳が妙な光を帯る。怯えながらも、どこかその瞳に惹かれてしまうことにスーは気がついた。

「ラーモンド侯爵を、知っているのか」

 彼はもう一度質問する。その声は深く、なにか意味を伴っているように聞こえた。

 けれどスーには王子の意図がわからず、しばらくは顔をしかめて思案する。どんなに記憶をめぐらせても、ラーモンド家というものは聞いたことがない。

 というのも、昔からスーは他家に興味はなかった。一族が滅んでのち、もっぱらフィリップがすべてであり、侍女たちが家族であり、友であった。そこに王族もなにもないに等しい。


「知らないのか?」

 スーの沈黙を読み取り、アルの顔が歪む。

「はい。わたしは、あまり外部と接触しませんでしたから」

 正直にそう告げると、アルは小馬鹿にしたようにフンと鼻先で笑う。

「当初おまえの身分は極秘だったからな。フィリップもさぞ手をやいたことだろう……城では反発する者さえいたな」

 くっくっと声をたてて笑い、彼はドカリとそばのベットに腰かける。なにがおもしろいのか、しばらくはニヤニヤとスーをながめていた。

(そんな……フィリップ兄さまに、わたしは迷惑をかけていたの)


 よく考えれば、わかることだったのかもしれない。いくら同じ血の繋がりをもった人間だからといって、もう住む世界もちがっていたのだ。片や由緒正しき勢力のある王家の第一王子、片や滅びた無位の小娘にすぎないのだ。

 スーは改めてフィリップの器の大きさを実感した。スーは鈍感な方ではない。そんな彼女に不安を与えず、反発があるなんてそぶりをすこしも見せなかったフィリップの気配りはすばらしいの一言に尽きる。

 彼は聡明だ。それでいて、ぬるくはない。彼はいつだって抜かりなく、懐が深かった。ただにこにこ笑うやさしいだけの人間ではない。

(フィリップ兄さまのやさしさは本物だった……わたしのことを、本当に大切にしてくれていたんだ)

 彼の大きさは、決して小さくならないだろう。その光のようなまぶしさも、くもることはないだろう。

 胸に迫るものがあり、泣きたくなるのをこらえ、スーは奥歯を噛みしめた。



「大丈夫さ。フィリップ王子は第一王子。しかも、当時の国王はフィリップの母親を溺愛……反発なんて、ないに等しかったよ」

 アルは冷たく言う。憎しみのような、そんな感情を剥き出しにして。

「当時の国王って……」

 ふと声を出す。違和感を覚え、それをそのまま口にしてしまった。口にしてしまってから、しまったと口を塞ぐも、時すでに遅し。

「そう、俺をつくり出した片方」

(なぜ、そんな言い方をするのかしら。お父さんなのに……)


「いい気なものだよね。妻を何人も娶ってさ。容貌か地位かのために選んで、子供をつくってさ」

 スーは息を殺して彼を見つめた。もしかしたら王子の逆鱗に触れてしまったのではないかと思うほど、彼は顔をしかめていた。

「反吐が出るね。あいつらの血を持ってるかと思うと、胸糞が悪い……」

 スーには王子の言うことが雲をつかむような話に聞こえた。

 アルの父親は、フィリップの父親だ。フィリップがスーを自分の屋敷に住まわせることを最終的に許してくれたのは、国王。つまりその彼らの父親である。

 スーは勝手に当時の国王を、フィリップのようにおおらかでやさしい人間なのだと思い込んでいた。だから、アルの口から飛び出す人物と同じ人間とは結びつかなかったのだ。

「だれかれかまわず寝て、早死に……残された息子たちも次々あの世逝きじゃあ、救われないよな」


 国王であったアルたちの父親は、流行り病で亡くなっていた。そこで第一王子のフィリップが若くして王位につくことになったのだが、王になる前に亡くなってしまったのだ。それからずっと正式に王位を継ぐことなく王子たちはこの世を去っている。

「いい気味だ。きっとあいつには『王子』の位さえない子供がたくさんいる……」

 アルは嘲り笑う。けれどそれが、スーにはどこか自嘲めいて見えた。

 言葉が出てこず、水を打ったような静けさが訪れる。薄暗い沈黙のなか、ただスーはかすかな同情をアルに感じている自分に驚いた。



「なぁ、あの汚い血が、俺にも流れているんだ」


 アルは自らの掌をじっとながめ、吐き捨てるように口を開く。

「だけど、この血がなければ、俺は王になれない……皮肉なものだろう?」

 その青い眼が、すばやく少女を捕える。あっと思ったときには、すでにスーの身はベットに転がっていた。

 ふわふわの柔らかなベットにおさえつけられ、王子の硬い手が軽く少女の胸をなでる。

「なっ、なにをするのですか!」

 怖かった。ただ、恐ろしかった。

 目の前の人間が悪魔のように見え、スーは震えあがり、目に涙をためて彼を見た。


「その顔、すごくそそる――殺してしまいたいくらい」

 にっとアルが笑った。うつくしいと思ってしまうほど、きれいに。

 恐ろしさとうつくしさは紙一重だ――スーははじめてそう思った。


 アルは冷たい指先でスーの目尻にたまった涙をぬぐうと、さらにやさしく微笑する。それからそのまま、反対の目の涙を舐めあげた。


「三日後に、舞踏会がある」

 唐突だった。

 そのあまりの変わりように、スーは呆気にとられた。涙も思わずとまる。

「だから今日も前夜パーティーまがいなことをしなきゃならないんだよね」

 おさえつけていた腕を放し、アルはため息まじりにこぼした。

(ああ、だから今日は着飾っているのか)

 スーはよく働かない頭で考え、ひとり納得する。まだ状況にうまくついていけなかった。

「はやく元気になれよ。三日後に、迎えにくるから」

 にっと今度は意地悪く笑うと、彼は立ち上がって部屋を出ていこうとする。まだよく理解してないスーはまばたきを数回してそれを見送った。




(なんだったのかしら……)

 ぼうっとしながら、スーはベットに横たわっていた。

 無意識に舐められた目尻に触れ、顔が熱くなる。と同時に、ぞわりと身震いした。

(殺されるかと、思った……)


 本当の王子――それがたった今、見え隠れするそのわずかなほころびから、かいま見えた気がする。

 まだ、あの感触がある。

 まだ、あの瞳の色を覚えている。


 泣きたくなるほど、鮮明に。






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