第六十九章 狂い出す歯車
A HAPPY NEW YEAR!
あけましておめでとうございます!
2010年は、王国の花名をお読みくださり、誠にありがとうございました。
こうして皆さまと出会えたのも、ひとつの大切な縁であると思っております。
これからも読んでいただけられるよう、頑張ります^^
2011年も、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、ここでひとつの詩をご紹介したく思います!
偶然見つけたのですが……
‡††††††††‡
ΧΧΧ
織物は飛び散り、広がって
糸は身体に絡みつく
鏡は端から端までひび割れて
「呪いがわたしにふりかかった」
シャロット姫は叫んだ。
――THE LADY OF SHALOTT
Words by Alfred Lord Tennyson
ΧΧΧ
‡††††††††‡
「シャロットの姫君」より、アルフレッド・テニスンの作品です。
一部抜粋した形で訳しております。
これは『アーサー王伝説』を題材にしたものらしく……有名なものです。
実は、王国の花名のランスロットとアーサーも、『アーサー王伝説』からお名前を頂戴しています。
なので、第三部を書いていて、この詩と出会って「おぉ~!」と思いました。
この詩のシャロット姫が恋をしたのはランスロット卿です。
これも偶然なんですけれど、シャロット姫とシャルロって名前似てますよね?
ちょっとびっくりしました……いろいろ考えちゃいました笑
素敵な詩です♪
興味のある方は全訳を読んでみてください。^^
では、本編をどうぞ!
第六十九章 狂い出す歯車
†▼▽▼▽▼▽†
「コンニチハ」
びく、と肩をすくめたスーに、声の主はケタケタと笑いながらお辞儀した。
「お、驚かさないでください!」
「いや~、あなたは本当に期待を裏切りませんネ」
にっこりしてヌイストはスーの横に並び、歩き出す。
「あの、レオさんは……」
「ああ、目覚めましたよ?明日にはこちらに来ると思いますけど~」
間延びした声には緊張感のカケラもない。けれどスーはその言葉に興奮気味に頷いた。
「本当ですか?」
「もちろん。死者が目を覚ましてすぐ、『あ~よく寝た』と言ったのは前代未聞ではないでしょうか」
思わず目を細める。レオが生きている、目を覚ました。はやく無事な姿をこの目で見たい。
スーは再度ヌイストに頭をさげて礼を言い、今すぐにでも主へ報告にいこうとしたが、すでにアルには話したらしい。そう言ってヌイストはクスクス笑いながら少女の赤毛に指を絡ませた。
「まったくあなたは飽きないですね。非常になつかしい気がします」
ワインレッドの双眼がゆっくりとひらき、こちらを観察する。
「そうそう……ワタシの人形はいかがでしたか?」
スーは怪訝そうな表情を隠せず、そのまま訝しい気な言葉を発する男をながめた。
「『彼女』のほうは、あなたをたいそう気に入ったみたいでしたけれど――」
ぐっ、と髪をつかまれた。瞬間、痛みが襲う。
けれどすぐにヌイストは手を離し、さっさと踵をかえして歩き出した。
「もうすこし愉しませてくだサイよ~?ワタシはずっと疼いていたんですからね……」
風がふく。スーの赤毛をぶわりと押しやり、風は舞う。
胸騒ぎが、した。
†+†+†+†+
ヌイストと別れ、スーは廊下をどんどん歩いていく。しんと静まり帰ったそこは、両側に甲冑が並べられ、やや不気味な雰囲気さえある。
それでも、怖いとさえ思えない。
胸の内に巣くう暗い感覚に、頭はひどく混乱していた。
(どうしよう。いやな予感がする……)
手足が自然に震えてくるのだ。ヌイストの言葉に、声に、態度に、ひどく動揺している自分がいる。それは異常な感覚で、スーは再度震えた。
こんなとき、だれに頼ればいいのか。
フィリップはいない。幼いころより一緒にいた侍女たちもいない。
ランスロットは忙しいだろうし、もしかすればセルジュは今もどこからか護衛してくれているのかもしれないが……王家のための騎士たちに、自分の不安を打ち明けるのはちがう気がした。
以前ならこんなときはクリスが声をかけてくれたが、それも今は望めない……。
ならば、だれがいる?
(……わたしは、おかしい)
スーは思わず足をとめた。今、自分の頭のなかにだれが浮かんだ?
(なにを考えているのかしら。不安を相談する相手に――アルさまを思い浮かべるなんて)
けれど、何度自分に言い聞かせても、はじめからアルしか頭に浮かばないのだ。
あの青い瞳を思い出すだけで、なぜか安堵してしまう。
本当に自分はおかしかった。
(わたし……なぜ……わたしは――)
「スー」
答えが出そうだ……というところで、声をかけられた。振り向けば、こちらへやってくる騎士の姿。
「こんにちは、ランスロットさん」
スーは彼の姿を見とめ、軽く会釈する。ランスロットは鳶色の瞳を怪訝そうに揺らした。
「大丈夫か?顔が赤いが……」
「え?い、いえ、平気です」
スーの目の前で立ち止まり、ランスロットは顎に手をあて、首をひねる。
「なにか悩みでもあるのか」
「えっ」
「ひどく思いつめた顔をしていたが……いや、いい」
ランスロットは苦しそうに顔を歪ませたかと思うと、ふるふると首を振って、ぽんとスーの肩に手を置いた。
そして唐突に真剣な表情になって口をひらく。
「アンタ、このままでいいのか」
きょとんとする少女に構わず、彼はつづける。
「アルが妃を迎え入れて……それでいいのか?」
(わたし?)
口をひらき、とじる。
胸のうちに巣くう怪物がうごめく。
「俺はなにもできないけど……俺は、スーが悲しむのがいやなんだ」
(わたしが、悲しむ?)
無意識に眉根がひそまる。
それからぽろりと声が落ちた。
「ど……どう、して」
「――っ!」
どうして、という言葉とともに、スーの目からは涙がぼろりとこぼれ落ちた。ひとつ落ちればとめどなく、ぽろぽろ落ちてゆく。
ランスロットはそれを目にし、息を呑んだ――瞬間、スーは彼の腕のなかにいた。
(……えぇ?)
目を見開くまえに、スーは顔をひそめた。驚くを通りこして、怪しい気さえした。
どうして自分は、王子の第一騎士に抱きしめられているのだろう?
声が出ない。あまりの衝撃に頭が真っ白になり、瞬間的に停止する。
だが、スーはなぜか違和感を覚えた。
(ランスロットさ……ん……?)
なんだろう。鼻をつく、あまったるい匂いがする。そういえば、騎士の眼はどこか朧げであったような気がすると今さらながらに思う。
とにかく、おかしい――スーは渾身の力を込め、ぐいとランスロットの肩を押し返した。
「ランスロットさん、わたし――」
「あいつとじゃ、傷つくだけだ」
途端に、再びものすごい力で抱きしめられる。しまった、びくともしない……なんて呑気に考えるのも、混乱していたせいだ。仕方がない。
スーはまた口をひらこうとしたが、そのまえにランスロットが言葉を重ねていた。
「わかっているだろう?スー、アンタとアルじゃ……王子さまじゃ、身分がちがいすぎる」
騎士の声は痛切な響きを帯びていて。
スーは動くことができなかった。
ショックだった。ランスロットの言葉に動揺する自分も、そして「なんの冗談ですか」とあしらえない自分も。なにより言われた言葉にショックを受ける自分に、ショックだった。
「……そんなこと、わかっています」
やっと絞り出した声は震える。
「わ、わたしは……そんな、つもりじゃ……ありません……だって、ア、アルさま、は……アルさまには、お妃さまが――」
「そんな顔をするな」
ぐっ、と、さらに強く抱きしめられる。
そんな顔?
(……わたしは……)
いったい、どんな顔をしていたというのだろう?
「俺にすればいい」
小さな、しかしはっきり響く声だった。
スーはゆっくりと目を見開く。
鳶色の瞳がかすかに揺れている。いつも冷たいと感じるほど冴え渡っているのに、今はどこか霞みがかっている。なぜだろう。スーはなかなか違和感を拭い切れない。
ランスロットの様子はどこかおかしい。それはわかる。
けれど操られているというには、彼の瞳は真摯で、疑うにはあまりにきれいすぎた。それにスー自身おもしろいくらい動揺しているのだ。どこに違和感を感じるのかはっきりつかめそうにはない。
ただ、わかる。このままではいけない。
胸騒ぎがやかましい警鐘を鳴らすのだ。だめだだめだと、逃げたくなるのだ。
「スー……」
呼ばれ、少女はハッとして緑の眼をあげる。聴こえた声は、切ない響きを帯びていた。
ランスロットの顔が静かに近づいてきた――驚きに目を見開き、身体は硬直して動かない。
徐々にスローモーションで近づく騎士の瞳を見て、その唇が自分のそれに重なりそうになるのを感じて……その瞬間『彼』の顔が頭にちらつき、スーは反射的に顔をそらした。
びくり、とランスロットの肩が震え、動きがとまる。
彼の唇はスーの頬ぎりぎりに触れるまえであった。熱い息がかすかにかかる。
スーは目をそらして、自分の心臓がバクバクいうのを聞いていた。同時に、騎士がかすかな絶望に似た感情を覚えたことも知る。
先ほどの危機迫るような痛切な雰囲気とは一変し、ランスロットはうちひしがれているようだった。それは少女に拒絶されたからか、はたまた軽率な行動をとった自分になのか。スーにははっきりとはわからない。
ただ、彼がすくなからず傷ついているのは事実だ。それがいたたまれなくて、眉間にしわを寄せて顔を歪める。
(どうしよう……どうして……)
混乱した頭はうまく働かない。それでも、なにか言わなければと口をひらく――そのとき。
「なにをしている」
冷たい、冷たい声が響き渡った。
†+†+†+†+
(――アルさま……)
最悪だ――たしかに、タイミングは驚くほど最悪であった。
この場を見られたのがアルであるということに、スーの頭はパニックで爆発寸前だ。いかんせん、ただでさえうろたえているのに、王子の鋭く冷たすぎる視線は少女を咎めてやまない。
なにも悪いことはしていない。それなのに、スーの胸は潰れるほど痛んだ。
「スー?」
彼の声に、ぴくりと身体が震える。肩が縮みあがり、足がすくんで動けない。
なぜか。その答えは簡単だ。
(――いやだ)
怖い、と思ってしまった。
青い瞳は冷淡な鋭さを帯びてこちらへと向けられている。その冷え冷えとして、ひどく責められているような憎悪に満ちた瞳には覚えがあった。
はじめてアル王子と対話したとき――薄暗闇で冷笑を浮かべては突き放すような視線を送っていたあのころと、同じ目だ。
――いいや、すこしちがうのかもしれない。たしかにあのころと同じ突き刺すような冷たいまなざしだが、しかし、確実にあのときよりもスーを責め立て憎悪に歪んでいるような気がするのだ。
「なにをしている」
王子は再度言う。ランスロットには目もくれず、ただただ赤毛の怯えた少女を見つめて。
(ああ、そうか)
スーは理解した。
(あのときとはちがう……アルさまは今、『わたし』を見ているのだもの)
場違いであるとは承知の上で、スーは感動のようなものを覚えた。
「聞こえないのか」
カツカツと音をたて、王子が近づいてきて、スーはやっと我にかえった。
彼の青い眼から目をそらせずに、そのままうろたえる。
なにをしている、と問われたとて、答えようがないのだ。自分は今さっき、王子の第一騎士にキスをされそうになっていた。しかし、たぶん彼は正気ではなかったのだ。ランスロットの様子はどこか違和感があったのだから。
だが、いざ説明しようとしても、うまく言葉が見つからない。どうしたものかと思案する間もなく、ついにアルは目の前にいたのだ。
「聞いているのか、おまえは――」
「待ってくれ」
視線だけで人を殺せそうな勢いのまま口をひらくアルに声を発して制したのはランスロットだった。彼はもうどこか熱に浮されたような様子もなく、いつものランスロットに近い。彼はそのままスーを庇うように身体をアルとの間へと入れる。
「アル、ちがうんだ……これは俺が勝手に……」
「……なんだ?」
声はとても冷ややかだった。
ようやっとスーから視線をはずしたアルは、騎士へと目を向ける。そこには侮蔑と冷笑がありありと浮かんでおり、思わず目を疑いたくなるほどだ。
スーの胸にはいやな予感がよぎっていた。
(アルさまとランスロットさんはまだ仲直りをされていないのに……)
鳶色の瞳を一瞬歪めたランスロットは、しかし次には無表情になって口をひらく。そしてそこから発せられたものはアルと同じくらい冷たかった。
「……失礼いたしました。アルさま、今回のことはわたくしの身勝手さゆえの行動でございます。こちらの王子付きの召使には非はございません」
聞くや、アルの口元にはいやな笑みが浮かぶ。
「ほう。僕の第一騎士とあろう者が勝手に人のものに手を出すとは……覚悟はできているのだろうな?」
「どんな処分でも」
くっと胸に手をあてて、ランスロットは軽く一礼する。
スーは話がたいそう険悪な状況へと進んでいることに目を丸くし、あわててなにか弁解しようとするが、口をひらく前に王子の声によって不可能におわった。
「処罰は後に下す。去れ」
「ですが――」
「二度は言わぬぞ」
アルの言葉にランスロットはちらとスーを盗み見たが、王子の機嫌はすこぶる悪い。これ以上は無理だと思い、スー自身もランスロットに平気だという意味を込めて目配せした。
それが気に食わなかったらしい。アルはめざとく反応すると、騎士をそのままにスーの手を引いてさっさと歩き出した。
逆らうつもりなど毛頭なかったが、王子は逃がさないとばかりに手首を強く握ってきた。
(大変……アルさまとランスロットさんが仲たがいするなんて、いやだ)
どうしたものか。なんとか誤解をとかなければ。
廊下をずんずん進んで、ふいにアルは甲冑の立ち並ぶ、普段は使われていない暗がりの部屋へと入った。
「あ、あの、アルさ――!」
目を見開く。扉を閉じた瞬間、強い力で引き寄せられたかと思うと、目の前には青い瞳が迫っていた。
どこか熱に浮されたような、唐突な欲望にまみれた、それこそ捕われてしまうような、そんな眼。
スーは直感した。そして頭のなかを、様々な考えが目まぐるしい勢いで交錯する。
アルさまは怒っている。キスしようとしている。でも、彼には結ばれるべき妃がいる。では自分はいったいなんなのだ?このキスを受けていいのか?受けたいのか?わたしは、わたしという存在は、アルさまにとってなんなのだ――。
気がつけば、顔を思い切り伏せて、キスから逃れていた。
(ああ)
思わず、反射的に、だ。
いやだったのだ。自分が、彼にとって特別ではないのかもしれないという事実が。
(どう、しよう……わたし、今……)
アルを、拒絶してしまった。
あわてて顔をあげる。後悔した、それでも、すべてが、遅かったというのに。
「あいつとはできて、俺とはできないってこと?」
ドン、と顔の横に手をつき、王子は冷たいまなざしのまま少女を見おろした。
「ア、アルさま、ちがうんです!ランスロットさんは――」
言い終える前に、彼はぐいとスーの顎を乱暴につかみ、上を向かせる。
「おまえも、俺から離れていきたいのか?あのまま、兄さまについていけばよかったのに」
勢いよく、身体を押しのけられ、スーはそのまま床へと倒れ込む。強く腕をうち、痛みに顔をしかめるが、それどころではなかった。
王子は構わずに部屋を出ていき、残された少女は呆然とすることしかできない。
(なぜ)
歪む顔を唇を噛みしめて、堪える。
(なぜ、アルさまは泣きそうだったの)