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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅰ niger puppet-黒い操り人形-】
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第六十七章 予感



第六十七章 予感



†▼▽▼▽▼▽†



 ふはは、と似つかわしくない声をたてて笑い、彼は言う。

「かっわいいなぁ!見ました?あの赤毛の子、なんかか弱くて守ってあげたくなるタイプですよね」

「……用が終わったら去れ」

 そう言われれば仕方がないと、軽くウェーブのかかった黒髪を振ってさらに声をたてて笑いながら、セルジュと名乗った男はアルに一礼する。

「では、僕はこれで。ああ、そうだ」

 ふっと目を細めて笑みをもらすセルジュ。こういう笑みを王子へ向けるなど、無礼と言われても仕方のないことだが、しかし、彼の微笑にはどこか上品な雰囲気があった。

 セルジュはまだしかめ面をしているアルへ、腰にさした剣をチラと示す。

「――また、手合わせ願えますか」

 アルは彼のコバルトブルーの瞳を見つめる。臆することなく見つめかえしてくるこの男は、やはり自分の知った男だ。

 確信し、無表情のまま応えた。

「……いいだろう」




 セルジュの背が見えなくなってもしばらく、アルはその方向から目を背けなかった。風が頬をなぶる。

 先ほど、中庭を歩いている最中にふと見上げれば、回廊をゆく赤毛の少女を見かけた。顔色が悪く、今にも倒れそうだったために目を引かれたのだ。

追いかけようか――迷ったその一瞬に、声はかけられず仕舞いになった。

「旦那!」

 アルを呼ぶ呼びかけにしてはふさわしくない。けれど目の前にやってきた男は、たしかにニコーッと笑ってこちらを見ている。

 アルは無視を決め込もうとしたが、彼の「セルジュと申します。スー嬢の護衛です」という言葉に、勢いよく振り向いてしまった。

 コバルトブルーの瞳は愛らしく、どこかさみし気だ。脆そうな笑みを浮かべて、彼は呆然とするアルに告げる。

「挨拶に参りました。まあ、それだけです」

「……おまえ」

「なにか?」

 アルはにっこりしている男から目が離せなかった。頭のなかは、遠い過去をさ迷っている。記憶をめぐる。


『アルさまー!』

『明日は誕生会ですね』

『ようし、王子!俺さまと勝負だ』

『待て、アルより先にまず俺だ』

『おまえとはやっただろ、ランス』

『……足りない』

『あはは。兄貴は剣が疼くんだよ』


 なつかしい――アルはようやく我にかえった。

 そして同時に、愕然とする。

 いや、まさか。

 アルは浮かびかけた考えを払拭するべく頭を振り、まなざしを厳しくして騎士に顔を向ける。

 依然としてニコリと微笑しながら小首を傾げる彼は、自分の整った顔立ちを理解し、うまく利用する方法を心得ているとしか思えない。

 なにか尋ねよう、そうだ、あの日のことを――アルが口をひらきかけたそのとき、タイミングが良いのか悪いのか、遠くから声がかかった。

「ああ、今行く」

 伝令係へ短く返事をし、息をはく。会議の催促だ。うんざりした表情をなんとか押し込め、ふと頭上を見上げた。柱に背をもたせたまま目をとじている少女の姿をとらえ、さらにため息をこぼしたくなった。

 いったいあいつはなにをやっているのか。

 王子の視線の先へ気づいたのだろう、セルジュも合点がいったように頷き、その目に慈しみにも似たまなざしをのせるものだから、アルは怪訝そうに顔をしかめる。

 それを目ざとく見つけた騎士は、笑い声をたてたのだ。そして話は冒頭へ戻る。



(あいつが城にいる……つまりは)

 ランスロットの仕業だろう。セルジュは律儀にもバッチを外していたが、彼がランスロットから信頼の証を受け取らないはずはない。

 アル自身が金のバッチを与えたのは、今回の陰謀騒動のなかでもいち早く異変を察知し、ランスロットの呼びかけに応えた者たちへだ。けれどアルが直接与えたわけではなく、ランスロットを通し、渡しておけと告げている。

 人はアルのこういった所業を嫌悪の目で見るだろう。なんと無責任で無頓着なことだ、と。

 たしかにそうかもしれない。アル自身否定はしないだろう。が、これはアルがランスロットを信用している故でもあるのだ。彼は無意識であるのかもしれないが。

 ランスロットもそれがわかっているからこそ、王子の信頼に値すべき人間を選び、証を与えたのだ。そして彼の人選に、アルも不満はなかった。

(群れる必要なんかない)

 アルは痛みに耐えるかのごとく顔を歪める。

 記憶のなかの男は、残酷なまでに清々しく笑ってみせた。


『仲良しごっこで命をかけるなんて、世話ねぇよな……』










†+†+†+†+


 これが我々からの案です、そう言って大臣たちが資料を提出したのは数時間前に遡る。

 幾度問答を繰り返そうと、彼らの声は相も変わらず『反逆者を殺せ』であった。大臣たちにしてみれば、事件に関わっていたリオルネやアーサーに罪を問わないことで妥協したのであろうが、だからと言ってこうも煩くがなられてはたまったものではない。

 特にオーウェンの嫌味ともとれる発言の数々は、すくなからずアルの苛々の一因となっていた。

 パラパラと資料をめくりながら、アルはふいに面倒だという衝動に駆られる。いっそのこと、大臣たちの意見を呑んでしまおうか。

(だめだ……それじゃあ、奴らの思うつぼ、か)

 彼らは恐れているのかもしれない。力のあるルドルフや、頭の切れるクリスに。いつしか手にした権力や高みに近いその座を奪われやしないかと。

 民たちへの納税の改革、新しい騎士団の入学案内、城の改造や増築、隣国との同盟案……様々な資料に目を通し、アルは大臣らの推薦人を考慮しつつ適任者を当てていく。

 ふいに、アルは目を見開いた。隣国への視察団のなかに、オーウェンからの推薦人としてありえない人物の名が連ねてあったのだ。顔を歪めて次のページをめくり、さらにありえない人物の名前まで記されていたものだから、呆れるを通り越して笑ってしまった。

(馬鹿な。俺がこいつを手放すわけがない)

 オーウェンの魂胆は見え見えだ。王子を孤立させ実権を手に入れようとでも言うのだろうか。

 ため息をこぼし、却下しようと決意してまたページをめくる。するとそこには、ランスロットの名前で許可がほしい内容が書かれていた。

 驚きに目をぱちくりし、やがて軽く笑う。どうもこいつはあの女にあまいのではと思いながらも、はたして自分も否定できまい気がした。

 ランスロットに妃のことを「ふざけるな」と言われてからしばらく、いまだぎくしゃくとした空気が漂っていた。しかし、時が経つにつれ、ふと、自分も相談すべきだったのかと思うこともある。すくなくとも、ランスロットくらいには話しておけばよかったのかもしれない。

 そこまで考え、アルは自嘲的に笑う。実に自分らしくない。

(最近、俺は変だ)

 どこが自分らしくないのかすらわからない。もともと自分というものがわかっていないのだから仕方がないと知りながらも、どうしようもない焦りに似た感情を持て余すのだった。

 アルは考えを振り切るように頭を振ると、書類に許可のサインをした。

(さて……あとはあの大臣たちをどう説得するかだが……)


「いっそみーんな魔法にかけちゃいます?」


 突然耳元でささやかれた声に、アルは肩をあげて反応する。仰天して横を向けば、そこにはモノクルの奥から愉快そうな色をにじませたワインレッドの眼をした男がいた。

「――ヌイスト!」

 彼は「いかにも」と恭しくお辞儀すると、そのまま優雅な動作でアルの手をとった。

「悠長に構えている暇なんてありませんよ。約束の期限は近づいているのですから」

 アルは嫌悪するように腕をはらい、唸る。気配もなく背後に忍び寄れるこの男に一瞬でも恐怖してしまった自分が憎い。

 ヌイストが姿を現したということは、レオが目覚めるときも近いということだろう。そして、まだ見ぬ妃を迎える日も、そう遠くはないのだ。

 男は白い長衣を払い、不敵に笑った。

「さてアルティニオス王子、どうやら芳しくない兆候が見えますが……無事に妃は迎えられそうですかー?」

「……問題はない」

 ふいと顔をそむけ、アルは男に背を向けた。

 やらねばならぬことはたくさんある。自分には立ち止まっている時間などないのだ。

 背後からのクスクスという笑い声を無視し、アルは冷ややかに告げた。

「戴冠式と同時に、婚礼の式を行う。それよりはやくは無理だ。だが、娘はいつでもこちらへ寄越していい」

「そうですか。では、一週間後に連れて参りましょう……レオンハルト王子も、いずれは」

 アルが頷くのを満足そうにながめて、ヌイストはまたひとつクスリと笑う。

 これから起こることが、楽しくて仕方がない、とでも言うように。















†+†+†+†+


 庭園は静かだ。小鳥も、虫も、花も、話しをするのをやめてしまった。

 庭師はちょうどお昼の休憩。庭にはだれもいやしない。

 輝く小さな噴水がある。陽の光を浴びて、きらきらと反射しては輝いて消えていく。水の粒がぶわりと舞う、瞬間、風が小さく吹いていた。

 葉と葉が擦れあい、悲鳴のように嘶く。空は突然、太陽の光を見せることをやめ、厚い雲で覆っていく。ゴロゴロと、その黒い雲から唸り声が轟く。ぽつぽつと、冷たい矢のような雨粒が落ちてくる。

 涙のように。とどまることなく。

 やがてできた水たまりに、ひとつの陰がさす。

 影は愛くるしい少女のものだ。ああ、実に愛くるしい。

 うつくしい、人形のように。人形のように、うつくしい。

 道化師は笑うのだ。そのうつくしい人形を思うがままに操って。そして観客たちは非難を浴びせる。


『その子はなにも悪いことをしていない!』

『自由にしてあげて!』

『ああ、彼女は天使のようだ!』


 されど、だれも気づかぬのだ。

 ――いいですよ?彼女を解放しましょうか?

 だれも夢にも思わないのだ。

 ――いいのですか?それで後悔はしないのですね?

 道化師の言葉は魔法の言葉。だれもが息を呑むほどうつくしい、清らかな天使を、皆がみな、解放してやりたいと思うのは当然なのだ。

 そのうつくしい人形の正体も知らずに。


『ああ、幸せだ!』

『彼女は女神だ!』

『彼女に自由を!我らは幸せになれるのだ!』


 ――了解いたしました。

 道化師は笑う。その笑みに、悲しみも怒りも憐れみも映りはしないのに。

 観客たちは安心しきって、その笑顔に騙される。いや、自ら騙されにいくのだ。

 だって信じられないではないか。うつくしいその人形が、不幸のはじまりだなどとだれが思う?

 だって信じたくないではないか。人形のようにうつくしい彼女が、悪魔だなんて思わないだろう?


 やがてさした陰は、小さく笑う。にっこりとほほえんで、そうして軽やかに足を進める。

 向かう場所は王子の寝室?召使の部屋?それともあの紅い、お妃さまの座る椅子?

 向かうのは、破滅か、安らぎか、不幸か、幸福か……。


「ねえ、見て……わたくしのお城よ……!」


 人形は笑う。観客も笑う。道化師は、笑う。

 人形劇ははじまった。

 結末?

 それはだれにも、ワカラナイ――。





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