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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅰ niger puppet-黒い操り人形-】
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第六十三章 幕間のひととき


第六十三章 幕間のひととき



†▼▽▼▽▼▽†



 初老の男はいかにも気弱そうだ。その隣に座る三十代の男は対照的にこちらに敵意とも取れるまなざしを向けてくる。他の大臣はただ黙って三人の成り行きを見守っていた。

 アルは内心、ため息をつく。どうして人とは、こうも思い通りに動かないものなのだろう。

「その、アル王子……恐れながら……いかがなものかと」

 初老の男はふさふさの白い髪をかきながら、こちらをチラとも見ずに言った。

「どこか不満な点でもあるのか」

 アルはふてぶてしいまでに椅子に深く座り、冷めた目で家臣らをながめながら口をひらく。

「言っただろう。クリスは敵に操られていた……たしかに僕に逆らおうとしたかもしれないが、だれもあの者がこちらに刃を向けたところを確認していない。証拠不十分だ」

「それが不満だと言っているのです」

 今度は三十代の男が割って入ってきた。巻き毛の、浅黒い肌をした男だった。

「いいですか?彼らの罪は『不敬罪』。反逆者に情けは無用。これでは示しもつかず、ナメられるだけです」

 言葉ではたしかに彼は王子を想って発言している。しかし、その口調や表情にはあきらかに馬鹿にした響きがあった。

「そうですね。たしかにクリス罪人は操られていたのかもしれない――その、『何者』かに。けれどあやつが人を殺したのは事実――」

「あいつは人を殺してなどいない」

 アルはたまらず声をあげた。どうも最近は仮面のつけ方がわからない。皮肉な言い方をする輩など、今までだってごまんといたのに、最近は感情のコントロールがうまくいかなかった。

 巻き毛の大臣は嫌味ったらしくため息をつくと、肩をすくめて口をひらいた。

「あなたがどうやって隠蔽したのかはわかりませんが、クリスが人を撃ったことは事実です。響いた銃声とその場に残された大量の血痕――噂では、援軍のメディルサの王子を殺したというではありませか?もしそれが事実なら――」

「事実ならとっくに攻められているだろうよ」

 言葉を引き継ぐ形で、アルは言った。そのまま男をにらみつけてつづける。

「貴公こそ、憶測でものを言うべきではない」

「ああ、これは失礼いたしました。けれど『不敬罪』は免れられない」

 気にしたふうもなく首を振り、大臣は笑った。

「勝手にどこの娘とも知らぬ女を妃と決め、つづいて罪人を庇うこの行為……すこし考えさせられるものがありますな」

「なにが言いたい」

 アルがぐっと力を込めて見下ろすと、その場にいた者たちはみなうつむいてしまった――巻き毛の男以外は。

 彼は恭しく頭を下げて、軽く笑った。

「いいえ、ただ――罪人は死刑に処するべきかと。さすれば我々はあなたを次期国王と疑う余地もないでしょう」






†+†+†+†+


(あの男――オーウェン!)

 荒々しく自室へ戻りながら、アルは癇癪を起こしそうなほど怒りがふつふつと沸き上がってきた。

(よっぽどおまえを『不敬罪』で死刑にしてやろうかと思ったよ!)

 乱暴に扉を閉め、一気に部屋の明かりを消した。今の状況では、明るい部屋に堪えられそうにない。

(あいつなど……他に優秀な人間がいれば……採用しなかったのに……)

 城の老いぼれ連中はだめだ、とアルはベッドに身を投げながら思う。

 ルドルフと同期の大臣たちは、謀反に関わっていなかったとはいえ、止められなかったのも事実。大臣職をつづけられるはずもなく、彼らは怯えるように辞めていった。

 そこで次にベテランな人間を集めてはみたものの、みな気弱な人間ばかりだった。初老の大臣ルファーネがそのひとりで、いつも自分より若いオーウェンに意見できずにいた。

 強い発言力をもった大臣らはみなルドルフにより職を追われており、現在気弱でない大臣などいそうにない。よって次に仕事のできる人間として有名であったオーウェンを大臣へ迎えたわけだが、どうも彼はアルと反りが合わなかった。

 せっかく事実を知る人間に口止めし、一度レオが死んだことは証拠がないとしたのに、これでは意味がない。

 アルはクリスを自分の配下に戻すつもりだった。

 情けなどではない。一度どん底に突き落とされた人間は、救ってくれた人間に実に忠実になる。たとえクリスが再び自分を王座から引きずり下ろそうとしても、表面状は従うだろう。今までのように。

 アルにとってはそちらのほうが都合がよかった。あからさまに意見に反対するオーウェンのような人間のほうが苦手であった。

 だが、今までならうまくやってこれた。ルドルフのときだって、どんなに嫌味を言われようと、笑顔の仮面をつけて凌いできたのだ。それなのになぜ、今になってこんなに苛々しなくてはならないのか。どうしてうまくかわせないのか。

 どうも落ち着かない。苛々する――そうして決まって、アルの頭のなかに鳶色の目をした男が浮かんでくるのだ。

(――なぜ)

 男が自分をにらんだ顔が忘れられない。怒りをあらわにした声が耳から離れない。

(なぜおまえに、そんなふうに怒鳴られなければいけないんだ!)

 アルは静かに目をとじ、沸き上がる怒りをなんとか押し殺す。

 同時に、頭のなかには愕然とした――それよりももっと深い、傷ついた表情をした彼が浮かんできた。鳶色の瞳を見開き、なにも言えずに静かな非難を込めたまなざしをよこして……彼は一礼して去っていった。

(なぜ俺はこんなにも乱されるんだ)

 深く息をはく。静かに目をひらいたが、頭はガンガンと唸っていた。胸にぽっかり穴があいたようで、そこに言いようのないせき立てられるなにかがどっと押し寄せてきて、アルは思わず息をつめた。




 ウィルたちが城を去り、城の普及に伴い、アルの戴冠式の準備は着々と進んでいる。どうせなら縁起を担いで花の芽吹く春に戴冠式を行おうということになり、それまで問題を一通り片付けることとなっていた。

 ルドルフは相変わらず、「王子暗殺はアルの母親であるナイリスから命じられた」としか言わない。それに加え「わたしもヌイストに操られていた」のだと話し出す始末だ。

 クリスの方は逆にひどく自責の念に駆られているようで、食事もあまり口にしていない。「僕はアルさまを殺そうというよりは、リオルネさまを主としたかった……尊敬するルドルフさまに協力したかった」と述べている。

 また、海賊の船で捕まえた女・リアもといデジルは、「わたしは大臣に雇われたフリーの刺客。詳しいことは「わかんない」という調子。スーによれば彼女は以前、クリスに雇われたと示唆する言動を残していたようだが、今はそんな気配は見せていない。

 オーウェンたち大臣は、今回の事件に関わった彼ら全員を始末して一掃したいようであったが、アルはなんとかアーサーとリオルネの罪だけは帳消しにできた。これに大臣たち、特にオーウェンは不服のようであったが、アルは頑として罪を問おうとはしなかった。

 リオルネはすでに公爵家へ返されており、アーサーは政治というよりは再び騎士の立場に立ちたいと自ら志願し、今は剣を教える役職へ就いている。

(俺が次期国王であることは確実なのに。道はまっすぐなのに……なぜ簡単にいかないのか)

 謀反を起こした人間はすべて檻のなか。されど、まるで背水の陣のよう。

(これは俺が王に望まれてはいないということか……)

 アルは皮肉っぽい笑みを浮かべる。自分は選ばれて王になるのではない。自分しか位を継ぐ人間がいないから、王になるのだ。

(ならば、認めさせてやろう)

 だれにも文句を言わせない、王になろう。






†+†+†+†+


 秋風が心地いい。木の葉は色づき、深まっていく。夏がいつの間にか終わり、秋が過ぎていく。

 約束の三ヶ月後は間近に迫っていた。


「アルさま、失礼いたします」

 ノックとともに、いつものように赤毛の少女が部屋へ入ってきた。

 もうそんな時間か、と思いながら、アルは開け放していた窓をしめ、裸だった上半身に上着をはおる。

 少女は相変わらず、アルの身体には慣れないようで、ふいと目をそらしていた。やがて、遠慮がちに口をひらく。

「……アルさま、か、風邪をひいてしまいますから……お、お気をつけになってください」

 主の様子をうかがうように、チラと彼女は見上げた。以前はそんな動作に苛立ちを覚えただろうが、なぜか今はほほえましく見えてしまうから驚きだ。

 自分は精神を病んでいるのかもしれない……アルは自嘲的な笑みをもらしてそう思ったが、なにも言わず、さっさとベッドへ腰かけた。

 赤毛の少女は相変わらずこちらを見つめている。自分を見つめている。

 アルは気づいていた。自分がもはやその緑の瞳に、兄を見出ださなくなったことを。そうして彼女もまた、自分にフィリップの面影を求めなくなったことも。

 満たされた気がして、アルはベッドに横たわる。突然眠気が襲ってきた。昨夜はあまり眠れなかったからだろう。

「アルさま」

 驚いたのか、少女があわてて駆け寄ってくる気配がした。アルは薄ら目をあけて、ぼんやりと彼女を見る。

 ふんわり豊かな赤毛の少女。燃えるような髪色は、はじめ内気な彼女には似合わないと感じた。

 アルは思う。この赤毛に指を通したい。いや、頭を撫でてやりたい。そうすれば彼女はどんな反応をするのだろう――。


(兄さまに撫でられていたとき、幸せそうだったな……)


 うとうととしながら、アルはウィルにほほえみを向ける少女の顔を思い出していた。あの笑顔は、自分に向けられることはあるのだろうか?

(でも……こいつは笑ったんだ……)

 落ちてくる瞼の裏に、アルは彼女の笑みを思い描く。


『わたしは、アルさまの召使ですから』


 ――そう言って彼女はわずかにほほえんだのだ。

 驚きだった。恐怖でしか自分を見なかった、あるいは好いた兄のためでしかこちらを見なかった彼女が、はじめてまともに自分を見た気がした。

 彼女を追い込み、恐怖させて怯えた眼を見るのは、たしかに快感だった。そうすることで彼女は自分から目が離せなくなる。こちらのことでいっぱいになる。

 だが、それはなにも恐怖だけで表れる現象ではないのかもしれない。あのとき、はじめてアルはそれに気がついた。

(おまえのいろんな表情カオが見てみたいな……)

 うまく働かなくなった頭でぼんやりと思い、アルは無意識に彼女に手を伸ばした。


「アルさま……?」

 指先にあたたかいぬくもりが走る。心配そうな声が同時にふってきた。

「……寝る」

 なんとかそれだけを言うと、アルは眠りへ落ちていった。

 指先にいつまでも、少女のぬくもりを感じながら。



「――ステラティーナ……」


 アルは眠りに落ちる瞬間、つぶやいた。


(おまえは、俺の……)







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