第六十二章 王子の騎士団
こんにちは!
さて、いよいよ第三部です。
長くなるだろうと思いますが、一応第三部で完結予定なので、
またしばらくお付き合いくださればうれしいです!
第三部、また登場人物が新たに出てきます……
も、申し訳ないです、ほんとに。
けれど、どのキャラたちも活かせるよう頑張りますので、
あたたかく見守ってくだされば幸いです。
第二部では、ふたりとも過去をどこか引きずっていました。
第一王子の再登場で、揺れ動く環境、心の変化……
さて、アル王子と召使のスーは、どうなるんでしょうねぇ…(遠い目
生温かく見守ってやってください。
*三部はみっにわかれます。
第一、―niger puppet―
~黒い操り人形~です。
色はラテン語です。
『ラベンダー』の属名の Lavandula はラテン語で『洗う』を意味するので、そこから名前の由来がきたそうです。
なので、ラテン語からいただきました。
では、第三部、はじまり、はじまり!
◆◇第三部『花畑編』◇◆
あなたを愛した記憶は
あの瞳とともに
きっと永遠に忘れないわ
―niger puppet―
第六十二章 王子の騎士団
†▼▽▼▽▼▽†
「ふざけているのか!」
朝はやくから、それはもう凄まじい声が響き渡っていた。
普段ならば清々しいほどの朝だ。夏の暑さも和らいで、空には風を纏った雲が流れている。
スーはこの日、そんな晴れ渡った気持ちのいい空をながめ、今日はいいことがあるかもしれないと思っていた。だからアルの朝食を運ぶ仕事も、今日はいつもよりも笑顔を込めてできそうだと胸を躍らせていた。
――それなのに。
「聞いていない……なぜ勝手に……どうして……」
彼はすごい剣幕で王子をにらみつける。いつもの彼ならそんなことはしない。
スーの知っている彼は、一見クールに見えるし、実際そのように振る舞える。しかし実はかなりの天然で、けれど心やさしい、そしてアル想いの人だった。
だから彼がアルをこんなに怒っている姿は見たことがなかった。
「俺は、認めない。そんなの破棄だ!」
第一騎士は怒りに声を震わせてそう言った。
スーは自他共に認める、タイミングの読めない人間だ。いつもなぜかこういう場面に遭遇してしまい、退出できないでいる。
朝食をアルの部屋に運び込んだスーは、王子が開け放たれた窓から差し込む明るい光に対抗しているのを目の端でとらえながらも、なにも言わずにワゴンにのせられた食事の準備にとりかかった。最近アルは、どうやら薄い暗がりから脱しようと――明るい光を克服しようとしているようだった。
いったいどんな心境の変化なのかわからないが、それでも彼が必死で戦っていることはわかる。
はじめて会ったときから、彼はずっと暗闇を好んでいた。なぜなのかはわからないが、それでもいいとスーは思う。
(大丈夫。わたしが、アルさまのこぼす心のカケラをひろっていけばいい。足りない言葉を汲み取ればいい)
アルという人間は実にわかりにくい。だがもしかすれば、とても単純なのかもしれなかった。
そんなふうに考えながら、皿に盛りつけた野菜や果物などをアルの元へやろうとした――そのとき。
ノックもなしに、すごい勢いで扉が開かれたのだった。
「ふざけているのか!」
開口一番に出てきたのがその言葉だった。そして話は冒頭へ戻る――
「なにを言い出すんだ。そんなに取り乱して、おまえらしくもない」
アルは怪訝そうに眉をひそめて口をひらいたが、そんな王子の言葉すら騎士の怒りを煽るひとつでしかなかった。
ランスロットはドンとテーブルをたたき、椅子に腰かけるアルと視線をあわせて怒鳴った。
「次期国王であるあなたが、家臣たちになんの相談もなく婚約をした――これで冷静になどなっていられるか!」
彼の剣幕は凄まじい。怒りを自身の鋭いまなざしへのせ、いつもは静かなる怒りをもつ彼が、今回ばかりは押し隠そうともせずに、荒々しい怒りをあらわにしている。それほどまでに今回のことは、第一騎士を刺激したということだ。
アルは途端に冷めた表情で騎士を見やると、静かに言った。
「ああ、ルファーネから聞いたのか。そうだ、妃を決めた」
「ええ、ルファーネ大臣からお聞きしました。だが、大臣が聞いたのはすでに妃が決まったあとではないですか……どこのどの女性なのかも知らぬと言うでは――」
「それになにか問題でもあるのか」
熱を発するほどいつになく興奮しているランスロットとは対照的に、アルは実に落ち着いている。しかし、徐々にではあるが、王子の眉間のシワが濃くなりはじめていた。
「大有りだ。一ノ妃ということは、次期国王を――もちろんアル王子の次の、という意味だが――産む可能性の高い女性だ。それを好いているはおろか、顔も名前も知らない女を妃にするだと?」
「ランスロット、貴公はもっと僕のことをわかってくれていると思っていたのだが?」
ランスロットの口調にあわせてか、アルも『王子』の口調で応える。それがさらにランスロットの怒りに火をつけたようだった。
「ふざけているのか!おまえは、国のことを――」
「国など知らない。僕がどんな王になろうと、おまえに口答えができるっていうの?」
ハッ、と鼻先で笑い、アルは眉間のシワを一瞬にして消して見せると、今度はだれもが凍りつくような冷えたまなざしをランスロットへと向けた。
「いつからおまえは偉くなった?たかが騎士の分際で何様気取りだ?」
「なっ!俺は……」
「おまえに政治のことを任せた覚えはない。変に口出しをして、第一騎士の座でも失いたいのか」
アルは容赦なかった。ここまで彼がランスロットにものを言うのを、スーは聞いたことがなかったし、自分の耳が信じられなかった。
ランスロットも唖然として、固まったまま王子を見つめている。
やがて、アルはゆっくりと口の端に笑みをのせると、『王子の仮面』をかぶって言った。
「貴公の価値は僕への忠誠だと思っていたよ?ちがうのかい、ランスロット」
名を呼ばれ、ランスロットはしばらく動かなかった。ただ、握った拳だけが小さく震えていて、スーは言いようのない不安を覚えた。
しばらくして、騎士は鳶色の瞳をふせてお辞儀すると、部屋を退出していった。なにも言わず、さっさと消えるように。
(ランスロットさん……なにか変だわ……)
黒髪の騎士が去っていく、その後ろ姿をながめながら、スーは思う。
彼の背は怒りに震えているわけではない。そう思えて仕方がない。
ランスロットはたしかに怒っていた。ただ、それだけの感情ではない気がした。
どこかさみしそうな、そんな背中だった。
†+†+†+†+
アル王子が婚約した。妃は名も知らぬ女性だ――そんな噂はすぐに城中に伝わっていった。
「……マズイですねぇ」
二文字目をやけに強めに発音して、彼はスーの顔をじぃっと見つめた。
スーも負けじと見つめかえして、まばたきもせずに問う。
「なにか大変なことでもあるんですか?」
「あ~、あるね。とってもヤバいと思うけれどね」
彼はコバルトブルーの瞳を微塵も動かすことなく応える。スーが必死でまばたきを堪えているのに、この男は彫像のように表情を変えない。
「たしかに……アルさまが勝手に妃さまをお決めになられたことは一大事かもしれませんが……ヌイストさんは、妃に推薦するのは身分のいい女性だとおっしゃっていましたよ」
「あはは、赤毛ちゃんはあまいなあ。ヌイストっていう男だって、きちんとした正体が判明していないんだよ?せっかく反逆事件が一通り落ち着きつつあったのに、王子自ら混乱させてどうすんだって話だよ」
「でも……これには深い訳が……」
スーはうつむいて唇を噛みしめる。アルとの約束で、ヌイストがレオを生き返らせたという事実は極秘となっているのだ。万一にでも広まれば、自分はなにを言われるかわからない。
カスパルニアの城では、レオは仮死状態にあったがなんとか一命をとりとめ、本国へ帰ったとされている。死んだわけではない。
「……ハイ、赤毛ちゃんの負ーけ」
唐突に頬をぷにとつままれ、スーは上を向かされた。途端にコバルトブルーの瞳が目に入る。
「よって今回も、アンタを兄貴に会わせることはできませーん」
「そんな……ず、ずるいです!」
スーはあわてて講義する。そう、今までスーは彼と勝負をしていたのだ。どちらが先に目を逸らすかという勝負を。今回で五度目だが、今のところスーの完敗である。
彼は少女の頬をつまみ、ぐるぐる回し出す。
「僕はなーんにも卑怯なことはしてないでしょ。嘘つかないでくださーい」
「だ、だっひぇ……」
「今なにか言えば舌噛むよ?あれ?赤毛ちゃんは痛いのが好きなの?」
「ち、ちがゃいまひゅ……ッ、やめてください!」
いつまでたっても勝負のバツゲームをやめない彼に腹がたち、スーは自分の頬で遊ぶ男の手を叩き落とした。
「あっ、ごめんなさ――」
「う~ん、いいね」
くす、という笑い声が聞こえる。見れば、コバルトブルーの瞳をした少年は、いつしか無表情をやめ、その口元に愛らしい笑みを浮かべていた。
「僕は痛いの、大好きだけどな」
そう言ってにっこり笑う彼は、実に魅力的だ。
漆黒色のゆるくウェーブのかかったふんわりした髪に、たれ目がちな愛らしい瞳、そして男としてはやや色白で、華奢な身体は中性的な雰囲気を際立たせている。
だが、スーは知っている。この見目麗しい男は、影で『天使のような悪魔の申し子』と呼ばれていることを。
理解不能な言葉を発する彼にもそろそろ慣れてきた。ここ最近は毎日通っているのだ。慣れないわけがない。彼は毎回不可解な言動を発しては、スーを困らせ、追い返していたのだ。
スーは今回もあきらめ、踵をかえそうとしたが、そのとき深みのある声がした。
「セルジュ。やめろ」
名を呼ばれた彼は、あからさまに不機嫌そうな顔をした。
声の主は、長身の大男だ。厳めしい顔つきをした三十代くらいの男で、筋肉隆々で、太く整った上腕二等筋を惜しみなくさらけ出している。肌は太陽のもとに恵まれたが如く日に焼けて、スキンヘッドが実によく似合っていた。
「グレイクさん、こんにちは」
「ああ、こんにちは」
相変わらず声は深みがあってやさしい。はじめこそ、スーはこの大男がこんなにまろやかな声を出せることに驚いたが、今では彼が見た目によらず子供にあまく、やさしいことを知っている。
「いい加減に会わせてやればいいだろう、セルジュ」
グレイクは突如顔をしかめ――ものすごく怖い――今までスーの頬をつねっていた男をたしなめる。
すると今度は、彼とともにやってきたもうひとりの男が口をひらいた。
「まあまあ。そんなに怒らないでくださいよ。『天使のような悪魔の申し子』だって、今回ばかりは上司の気持ちを考えているんですよ」
そう言ってグレイクとセルジュの間に割って入ったのは、二十代後半の髪の長い男だ。糸目で全体的にほんわかした雰囲気のある彼は、威圧的なグレイクの隣ではいつも霞んで見える。しかし彼自身は高貴なオーラを身にまとっており、サラサラとした麦色の髪にはスーもあこがれている。
「だがな、ロイ。スーだって、自分の主を想ってだな……」
グレイクは糸目の男を参ったように見下ろした。
セルジュが『天使のような悪魔の申し子』と呼ばれているように、グレイクが『誘惑の声をもつ詐欺師』、ロイが『野獣を鎮める優男』と呼ばれているのをスーは知っていた。
そして今自分の目の前にいるのが、『氷の騎士護衛部隊三人衆』であることも。
「センパーイ!僕は別に意地悪しているわけじゃないんですよ?」
セルジュはちょこんと首を傾げ、しかめた顔を隠して言った。
「ただ命令に従ってるだけなんです。『赤毛の子とは会わせるな』って」
だから仕方ないんですよう、と手を振ってセルジュはしめくくる。
スーはショックを受けた。まさか、そこまで自分が拒まれているなど思ってもみなかったからだ。
たしかに、出過ぎた真似かもしれない。だが、どうしてもいやだったのだ――アルとランスロットがぎくしゃくしてしまうことが。
「嘘をつくな。この餓鬼」
だがしかし、セルジュの言葉にグレイクは怒った。
「そうですね。正しくは『しばらくひとりにしてくれ』ですよね。だからスーさん、そんなに落ち込まないでください」
フォローするようにロイがスーの肩を軽く叩いて励ます。
また嘘をつかれたのだ――セルジュはどうやら自分をからかうことが快感らしい、とスーは感じた。アルとはまたちがった意味で、彼は自分に意地悪をするのだ。
セルジュはべっと舌を出し、真新しい緑の上着を引っつかんで羽織ると、さっさとどこかへ行ってしまった。
「あいつには手がかかる……いつまでたっても、変わらないな」
グレイクが少年の背中をながめてぼそりとこぼすと、ロイは応じるように深く頷いた。
「ええ、ずっと……彼は昔から、ランスロットにいちばんの忠誠を誓っている……」
スーも漆黒の髪を揺らす少年の姿が消えるまで、じっと見つめていた。
城の普及はめまぐるしい。破損された建物は一通り元に戻り、遠くへ移動されていた民たちもそれぞれの住家へ帰された。貴族たちと会合をひらき、今の状況や今後のことを話したりと毎日が慌ただしかった。
また、新しい大臣たちが迅速に決められ、新たに騎士部隊も設けられた。これはアルが王になるべく進められたことだ。第一騎士を筆頭に、選りすぐりの親衛隊が結成され、それがアル直々の騎士部隊となる。彼らには新たな制服が与えられ、特に信頼される上級の騎士には金色のバッチがあてがわれていた。
だからスーは、この制度が決まってから金色のバッチを目印に騎士に声をかけようとしたのだ。金のバッチは王子の信頼――つまり、アルのために動いてくれる可能性が高いのだ。
「それにしてもスーさん、なかなか粘りますね」
ふいにロイが微笑を浮かべて口をひらいた。彼もセルジュ同様にアル直属の騎士部隊を示す、緑色の制服を着ている。胸元には金色と銀色のバッチがきらめいていた。
「俺たちもランスロットには話しているからな……そろそろ会ってくれるだろうぜ」
次はグレイクが、安心させるようにスーの頭をかき撫でて言う。
彼も同様に緑の制服所持しており――今は上着を脱いでいるため、見えないが――彼の上着に金と銀のバッチがあるのを、スーは知っている。
つまり、このふたりはアルの信頼を勝ち得た数少ない騎士なのだ。そして同時に彼らは、ランスロットに信頼されてもいる。
金色と似通った銀色のバッチ――それは第一騎士に最も信頼されている者を示すものだった。そして銀色のバッチは、セルジュの胸にも輝いていた。
つまり『氷の騎士護衛三人衆』とは、ランスロットに最も信頼された三騎士ということである。
ランスロットがアルの部屋を訪れて「ふざけているのか」と妃の件を憤慨してから後、スーは毎日彼に会えないかと騎士の訓練場を訪れていた。そして毎回セルジュに追い返されては、グレイクとロイに慰めてもらうことを繰り返している。
彼らの慰めは専ら昔話に尽きた。だからスーはなぜ彼らが金色のバッチを与えられたのか知っていたし、セルジュがランスロットに心酔している理由もわかっていた。
「では、そろそろ戻ります。アルさまの昼食の時間なので」
スーは振り切るように頭を振ると、唐突に言った。
「ああ、お疲れ様。アル王子によろしくな」
「ランスロットにはあなたのことを伝えておきますよ」
「はい!」
スーは歩き出す。
新しい人と出会え、親しくなりつつある。きっとこれからも、うまくやっていける。
(シルヴィ、ローザ、待っていてね……わたしが必ず、迎えに行くから……居場所をつくってみせるから)
つくった拳に力を込め、スーは唇を噛みしめた。