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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第一部 『王宮編』
6/150

第六章 まどろみの夢魔の手

余談ですが、『サイレント・プレア』は、フィリップ王子と暗殺者の女の子のお話です笑


それにしても、アルくんって・・・!

スーがんばってw



第六章 まどろみの夢魔の手




†▼▽▼▽▼▽†



 ぐるんぐるんと回る世界。そこでスーはひとりぼっちだった。

「お母さん!」

 スーは小さな少女だった。ぼろぼろの服をなんとか身体につけて、傷だらけの素足で地を駆ける。

「お父さん!」

 とんがった小石が足の裏に食い込み、激痛が走る。声はからからで、かすれていた。

「言うこと聞くから!ちゃんといい子にするから」

 泣いたってどうしようもないのに、泣かずにはいられなかった。

 侍女たちはすでに息がなく、手足は骨と皮のように細い。いつも血色よく笑ってくれていた顔はなく、今はただ疲れてやつれきった顔のまま地に突っ伏していた。



 あたたかな世界は、もうどこにもない。

 つづくのは、破滅の世界だけ。



 スーの祖国は王家とはいっても、使用人も含め、みな家族のようなあたたかいところだった。だからスーは自分が大家族の一員のように感じていたし、それをとても誇りに思っていた。

 けれど知ったのだ――もう家族はだれひとりいないということを。

 母の名を呼び、父の名を呼び、さきほどまで手を取り合って一緒に生きてきた侍女たちの名を呼んだ。従僕を、大臣を、伯爵を、とにかく知っている者の名はすべて。

 しかし、応える者などない。


(だれもいないんだ。わたしの家族は、みんな死んでしまった……)

 ならば、自分はどうすればいいのだろう。居場所のない自分は。


 ぐるんぐるん回る、暗闇の世界。涙は海をつくり、スーを呑み込む。

 このまま消えてなくなってしまいたい――強くそう感じた。




「僕らは家族だよ」

 ふいに、天から声がふってきた。太陽のようにあたたかく、やさしい声。


「さすが乞食だな」

 次に地から低くのびる声がする。足首をつかみ、そのまま地中深くに引きずり込もうとするような。



(――いやだ)

 身をよじり、逃げようとする。あのやさしい声を求め、腕をめいっぱいのばす。

 届くはずのない、光を求めて。



「おまえなんか、いなければいいのに」

 スーは頭を振る。そんな拒絶の声が幾度も耳いっぱいに鳴り響く。

「おまえなんか、いなければいいのに」

 やめてと叫ぼうにも、声はでない。強く目を閉じ、耳をふさぐも、ぐらぐら揺れる世界でその声だけはやけにはっきりと耳に届くのだ。

「おまえなんか、いなければ――」


 ふと、スーはそっと目を開いてみた。耳から手をはずす。

 声は拒絶を示しているわけではない気がした。どこかさみしく、儚げで――助けを求めているようにすら聞こえる。


 スーは手を地にのばし、今度はその闇を求めた。すぐに助けてあげなくてはならないような気がした。

「大丈夫だよ――」








†+†+†+†+


「――なら、よかったよ」

 冷たい手がふりほどかれた。



 まだぼんやりする頭で、スーは自分が生きていて、さきほどまでは夢をみていたのだということに気がついた。

 頭はいまだにぐわんぐわんと唸り、すこし動かしただけでも吐気が襲う。身体はだるく、しばらくは目をぱっちりと開ける気にもならなかった。

 ただ、つないでいた手が離れ、その冷たい指先が遠のいたとき、かすかにさみしさを覚え、その手を追いたい衝動にかられた。


「ワラン草の猛毒ですね。マヤナヤで相殺できたので心配はないでしょうが、しばらく様子をみておいた方がいいです」

 目を閉じてじっとしたまま、スーは働きはじめた耳をそばだてる。声も発する気力はなかったが、それでも思考は動きはじめた。

 クリスの声は説明をはじめる。一日に一回は副作用がないか受診すること。朝昼晩に薬を飲むこと。三日はベットから出さない方がいいということだ。

「でも、こいつは大丈夫だって……」

 不満そうなアルの声がする。さきほどまで握っていたのは彼の手なのだろう。スーは乾いた唇をなめる。

「アル王子、それは彼女の寝言ですよ。しばらくは身体も疲労しているでしょうから、やさしくしてあげてくださいね」

 クリスはあきれたように告げ、なにやらガタゴトと鞄に物を詰め込みはじめた。


 そこでようやっと意識のはっきりしたスーは、ゆっくり目を開けた。ぼやけた視界に、ふたりの人間が映る。

 部屋はほのかに明るかった。淡い黄色を基調とした部屋で、スーはふかふかのベットに寝かされていた。幅は人が三人余裕で横たわれるくらい広く、天蓋もついている。

 ベット脇の椅子にアルが腰かけ、クリスは大きな鞄になにやら医療品や薬草をしまっているところだった。


「おや、目覚めましたか」

 あわててクリスは駆け寄り、冷たいタオルでスーの頬をぬぐう。ひんやりとした感触が心地よい。

「あの、わたしは……」

(たしか、王子にかけられた水を口に含んで……)

「毒ですよ。幸い、僕が相殺の薬草を持っていましたが……」

 クリスは心配そうに瞳を歪める。

「城中の人間はみな、スーに感謝していますよ。王子の口にするものの毒味を怠らないなんて、さすがですね」

 にっこりとほほえまれ、スーはあいまいに頷く。クリスの横にいる青い瞳が、強くこちらを見ていたからだ。

(つまりわたしがアル王子の毒味をして、倒れた――そういうことになっているんだわ)

 話は合わせなくてはならない。スーはにわかに緊張した。

「王子も心配していましたよ。ずっとあなたの手を握っていらして」

 こそりと彼はささやき、ウインクする。

 驚きと疑いに顔をしかめたが、クリスはすぐにあいさつをして部屋をあとにした。



 部屋はふたりだけになった。

 沈黙が占め、気まずい雰囲気で満たされる。


「……クリスさんは、お医者さまの資格をお持ちなんですか」

 たまらず、スーが沈黙を破る。

 罵声を浴びせられるかとどぎまぎしたが、アルはぶっきらぼうながら応えた。

「あいつは数えきれないほどの免許を持っている。もしあいつがいなかったら、おまえは今ごろ天の上だろうね」

 くすりと不敵な笑みをもらし、アルは声を落としてさらにつづけた。

「大好きなフィリップ兄さまと一緒にね」


 無意識に、スーは奥歯を噛みしめた。唖然とし、そして一方では妙に落ち着いていた。

(この人は、決して謝らないんだ。そして、人を傷つけることに躊躇いがない)

 それは衝撃的で、あきれることを通り越していたのかもしれない。すくなくとも、彼の神経がスーには信じられなかった。

 うなされたあの悪夢のなか、必死でつかんだのが彼の手だったのかと思うと、その落胆は小さくはない。

 クリスはアルが心配していたと言ったが、それはうそだろうとスーは確信していた。

(ならば、さっさと手を離せばよかったのに)

 自分の掌に目を落とす。あの冷たい感触が、今も指先にこびりついて離れない。



『王子も心配していましたよ』

 クリスの声が、頭に響く。

 うそだ、と強く思うのに、指先が熱い。

『ずっとあなたの手を握っていらして』

 どうしてこんなに切ないのだろう、とスーは思った。なぜ悲しくなるのだろう、と。

 アルは小さく欠伸をし、ふいに立ち上がる。無造作に髪をかきあげ、部屋を見回した。

 何事だろう、と考える暇もなく、部屋の外がにわかに騒がしくなる。ドタドタと足音がし、勢いよく扉が開いた。

 やってきたのは、ローザとシルヴィだった。ふたりとも額に汗をかき、ひどくあわてた様子である。


「ああ、スー!」

 スーを見るなり、シルヴィは目にどっと涙をためて走り寄ってきた。王子になどかまわず、スーしか見ていない。

「よかった……生きていた……」

「さきほど、アル王子から面会のお許しをいただいたのよ」

 ローザも涙ぐみながら、にっこりとしてスーの肩をさする。


(アルさまが――?!)

 びっくりして彼の顔をうかがうように盗み見したが、アルは立ち上がって部屋を出ていくところだった。

「あ、ありがとうございました」

 あわてて声をあげる。びくびくと頭をさげたスーだったが、ふってきた声は思いの外やさしげだった。

 否――やさしすぎた。


「気にすることはない。僕のために命をはってくれたんだ。礼を言うのは僕のほうだよ、スー」

 ぎょっとし、反射的にスーは身構えた。背筋が凍る。

 すぐにわかった。王子はやさしさから侍女たちの面会を許可したわけではない――すべては体裁のため。

(アルさまは、怒っている)

 直感でスーはそう確信した。不自然であろうが、怖くて顔もあげられそうになかった。


「スー、はやく元気になってね。君がそばにいないと、僕もさみしいんだ」

 やさしい声だ。けれどあきらかに、フィリップのそれとはちがうやさしさ。

「こっちを向いて、スー?しばらく会えないのだから、別れのときくらい笑っておくれ」

 その言葉に、スーは頭をフル回転させながら顔をあげる。

(そうか。病人扱いのわたしは、しばらくアル王子の世話役から外されるんだ……)

 スーは思いきってアルと目を合わせた。澄んだ空を思わせる、明るい青い瞳がこちらをじっと見つめていた。

 にらまれている――そう思った。口元は柔く半円を描いているのに、その眼はどうしても強く射るように捕えてくる。

 スーは目が離せなくなった。

(いつもそうだ……この人に見つめられると、どうしてもそらせなくなる)



「じゃあ、またね」

 にっとほほえみ、アルは部屋から出ていった。

 スーは胸に不安を覚えながら、その背を見送った。









†+†+†+†+


「なんておやさしいのかしら!」

「アル王子さまってすてきよ。わたくし、見直したわ!」

 アル王子が部屋から出ていった瞬間、すぐにローザとシルヴィが黄色い声をあげ、うっとりと語りはじめた。

 ローザは何度もうんうんと頷き、スーによかったわね、とささやく。

 シルヴィはいかにアル王子がすてきな人間なのかを延々と解説していた。


「スー、本当にありがたいことなのよ。あんな方を主にできるなんて、恵まれているわ。他国では威張り散らして、遣える者に目も向けない王族がたくさんいるんだから」

「そうよ!あのきらめく青い瞳!夜のお月さまのような流れる髪に、麗しいお声……完璧な容姿に加えて、とても善いお人柄だわ!」

「スーのことをすごく心配していらしたのね。あなたが目を覚ますまで、ずっとつきっきりだったそうよ」

「フィリップさまのようなお心をお持ちだなんて……感激だわ!いつもツンとしているイメージを持っていたけれど、わたくしの勘違いだったみたいね」


 勘違いではないかもしれないよ……そう言いたいのをなんとか押しやり、スーはあいまいに賛同した。

(わたしのことなんか、すこしも心配していないのよ。きっとわたしが告げ口しないか見張るために、そばにいたに過ぎないんだわ)

 ローザとシルヴィがアルを誉め称えるたびに、スーはふたりを騙しているような感覚に襲われた。それとともに、本当のやさしさを持ったフィリップと同等に扱われるアルに対して、すくなからず苛立ちを覚えた。


「ああ!是非とも舞踏会でご一緒したいわ!」

 シルヴィが髪をふってくるくるとターンする。それを見てローザはケラケラと笑った。

「もう、シルヴィったら――スー?どうかしたの」

「えっ」

 我にかえり、スーはあわてて作り笑いを浮かべた。

「まぁ、スー!そんな嘘笑いでわたくしたちを騙せると思わないで」

「具合がまだよくないのね?」

 心配そうに顔色を変えるふたりの侍女に、スーは複雑な思いで頷いた。

 すぐにふたりは気を遣い、部屋をあとにする。


 残された少女はただ、悶々とする心をどうにか静めようと躍起になっていた。










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