第五十八章 あらたなるモノ
こんにちは!
いつも【王国の花名】をありがとうございます。
活動報告にも書きましたが、これより第二部が終わるまでの章は、
今までより若干長めとなっております。
どこで区切るか迷った末、自分の落ち着くところで区切りましたが、
そのせいで時間軸を混乱させてしまうようなことがございましたら、すみません(汗
あとがきに、
ちょっとしたアホ話も掲載しておりますゆえ、
どうぞご覧ください(笑
ではでは、どうぞ!
第五十八章 あらたなるモノ
†▼▽▼▽▼▽†
暇を持て余していた召使のもとへ、その知らせは唐突に持ち込まれた。
「ドロテアさんが?」
見るからに参ったという顔をしたカインに、スーも驚いて聞き返す。
「そうなんだ。ここ最近、やけにつらそうだったからな……ドロテア自身は、忙しいから体調を崩しただけだと言っているが……俺はなにか病を患っているんじゃないかと思ってな」
カインは深く息をはいて、顔をしかめた。心配なのだろう、彼もひどく顔色が悪い。
「ウィルには内緒だぜ。あいつだって身体が丈夫なほうじゃねぇ。もし恋人になにかあったら、あいつ自身が死んじまいそうだ」
冗談に聞こえない冗談をこぼし、カインはスーの肩を軽くたたいた。
彼がスーにもたらした情報は、ドロテアが最近体調を崩しやすいということだった。よく吐き気を催し、動けなくなることが多いらしい。また食欲不振に陥ることもしばしばで、あきらかに様子がおかしいらしい。
カインやダリーたちは今、城の破損されたところの整備に身を投じているため忙しく、ドロテアの具合を見てやれない。よってスーに、彼女を気にかけてほしい、と言われたのだった。
無論、断るつもりはさらさらない。自分にもできることがある。なにより、ドロテアが心配だった。
「任せてください!」
カインを安心させるように強く頷き、スーはぐっと拳を握る。今すぐにでも、彼女のもとへ行こうと思い立った。
†+†+†+†+
「あ、ああああ、アルさまはどちらにっ」
王国騎士部隊訓練場。その広い敷地で、スーはすぐに馴染みの顔を発見し、勢い込んで尋ねた。
ランスロットは怪訝な顔をして、肩で息をするほど慌てふためいた少女を傍観するように見やる。
「何事だ。今は訓練中だぞ」
「訓練……?」
汗ひとつかかない額を盗み見て、スーはうんさん臭そうに顔をしかめる。
「ああ。いつ何時、また戦いになるかわからないからな。忙しくとも、訓練は必須だ。それに、こうしている方が、兵士たちとのコミュニケーションもとれるし……」
うれしそうに、彼は目を走らせる。今、訓練場では多くの男たちが一糸乱れぬ動きで剣を振るっていた。奥の方では、簡易な鎧をつけた兵士たちが実戦的な形式で対戦をしている。
(ランスロットさんにとって、訓練って遊びみたいなものなんじゃないかしら)
他意はない。ただ、純粋にスーはそう思った。
「……それで、アルになんの用だ?」
騎士の問いかけに、スーはあわてて我にかえる。アルを捜している最中だったのだ。彼の自室にはいなかったので、ランスロットならば王子の居場所ぐらい知っているだろうとやってきたのだった。
「そ、そうでした!至急、アルさまに取り次ぎを!に、兄さま――いえ、ウィルさんからの要望です」
ランスロットはふいと肩をすくめ、顎の先で訓練場の奥を示した。
「アルなら、あそこだ」
「え……」
示された先は、対戦をしていた兵士たち。凄まじい勢いで剣と剣をぶつけ、戦っている真っ最中だった。
スーはぎょっとする。この忙しいなか、訓練生にまじって剣を振るう余裕がどこにあるというのだろう。それに、アルはあんなふうに勢いに力任せで剣を振るうタイプではなかった気がする。
「ストレス発散だ。ああやって鎧を身につけて簡易兜をかぶれば、だれも相手が王子だとは思うまい?」
唖然と戦う男たちを見つめている少女の疑問に答えるがごとく、どこかおもしろそうに、騎士は説明する。
「アルらしくない剣さばきだろう?まあ、それほどイライラしているんだろう」
「ええ、そうなんでしょうね……」
あの鎧のなかにあるであろう、冷たく腹立たしさにたぎった青い瞳を想像し、スーは知らずに身震いした。
汗が渇かぬうちに、訪問者はやってきた。アルはスーに急かされるまま、自室へとやってきたのだった。
まったく勝手もいいとこだと思う。ウィルはスーに「アルが暇なときに話したいから、取り次ぎを頼む」と言ったのだそうだ。それを張り切った召使は「すぐさまアルを呼べ」と勝手に変換したらしい。それに彼女は『ウィルがアルに話したいこと』の内容も知っているらしく、やけにあわて、尚且つうれしそうに落ち着きがなかった。
ワケのわからないアルはそんな少女に苛立ちを覚える。憤慨したい気持ちをどうにか押しやり、彼は召使をにらむことでどうにか我慢した。
「……で、話とは?」
向かえの席に着席し、視線を合わせずにアルは問う。ふたりの間にあるのは丸いテーブルだけなのに、厚い壁で阻まれてしまっている気がしてならない。
スーから出されたコーヒーから、深い香が漂っている。テーブルに置かれたふたつのティーカップから、白い湯気が細く伸びていた。
「前置きはいらない。話とはなんですか」
あくまで視線を合わせようとはしない。アルは煎れたてのコーヒーに口をつけた。
ウィルはふっと微苦笑を浮かべると、相変わらず薄暗いアルの部屋にはなにも言わず、言われた通りさっそく本題に入った。
「妻が身篭りました」
ぶっ、とあからさまにコーヒーを吹き出した弟を笑わぬように注意しながら、ウィルはつづける。
「最近どうも体調が芳しくなかったようだが……つわり、だったようです」
「なっ……ななっ……!」
仰天し、口も回らないアルは、顔をあげた。ようやっとまともに視線を合わせることができ、ウィルは柔く笑う。
顔を真っ赤にし、アルはあわてふためく自分をなんとか押し止めようと胸に手を当てていたが、効果は得られないようだ。紡ぐ言葉も見つからず、目の前の男を唖然と見て喘いでいた。
「それは――あの――兄上――」
「アル王子、しばし妻が休養する場所を提供していただきたい」
アルは動きをやめた。そうして、頭を下げる――自分に頭を下げている、かつて第一王子と騒がれ、あこがれた兄を呆然と見つめた。
口調からしておかしかった。彼は弟であるはずの自分に、実に丁寧な口調で話をしていた。今、彼は弟を『アルー』とは呼ばなかった。
ウィルは今、兄ではなくひとりの海賊として、アルに話をしているのだ。
もう、戻る気はないのだろう。ウィルから、フィリップに。
ブロンドの王子は黙ってくるりと背を向けると、かすかに光を放つ窓辺へ歩を進める。そうしてカーテンの隙間に指をひょいと引っかけ、まぶしさに顔をしかめながら、遠く外をながめた。
ややあって、王子は口をひらく。
「……僕にはかつて、兄が五人いたんだ」
(アルさま……?)
スーは思わず目をぱちくりさせて首を傾げる。この王子はいったいなにを言い出すのだろう。またなにかウィルにひどいことを言うのではないかと気が気がではなかったスーは、面食らってしまった。
アルは相変わらず背を向けてつづける。
「そのなかでも、とりわけ優秀だったのは第一王子の兄でね。……けれど彼は十年前亡くなったんだ」
召使は傍らで目を見開く。頭を下げていた海賊は、ゆっくりと顔をあげて、王子の背を見つめた。
「その兄上が使っていた屋敷が、まだ残っているんだ。今回貴公たちにはたくさんの働きをしてもらった……その礼というわけではないが、好きなだけ屋敷に滞在すればいい」
アルの表情は、スーにも見えなかった。代わりに見たウィルの顔は、とてもうれしそうにほころんでいたが。
「ありがとう、アルー」
久々に見た、かつて大好きだった笑顔であった。
スーもつられてうれしくなり、アルを見やる。なにか心境が変わったのだろうか。とにかくウィルとの関係に進歩のきざしが見えて、たまらなくうれしかった。
(アルさまはもう、兄さまに……いえ、ウィルさんに素直になれるはず……?)
そこでふいに、スーはアルがうつむいているのに気がついた。カーテンを握る手は強く、唇もぐっと噛んで堪えているように見える。
どうしたのかと声をかけようとしたそのとき、唐突に彼の口から声がもれた。
「――ずるいよ、兄さま」
その声はとても小さかった。つぶやきよりも小さく、すぐに溶けて消えてしまった。
けれどスーのよすぎる耳は、そんな彼の声さえ拾ってしまう。
なぜかアルが泣いているように思えて、スーは胸が張り裂けそうだった。
もし、アルが無意識のうちに今の言葉のなかに本当の気持ちのカケラを散りばめているとしたら?彼はウィルの言動になにを想ったのだろう。
スーは抑え難い衝動とたたかいながら、強く思う。もしも他人の心を解してくれる道具や魔法があれば手に入れたい。感情が、心というものが、これほどまでに複雑で厄介で、そして繊細でなければよかったのに。そうすれば自分は、すこしでも王子の心をわかってあげられただろう。手に取るように、彼の想いを言葉にして読んでみせただろう。
しかし、今スー自身にそんな不可能なことはできない。できるとすれば、憶測だけ。
だからスーは聴く。彼の声の微妙な変化を。彼の仮面のような表情にかいま見る真実を視る。
すこしでも、本当を知りたくて。
(……それにしても、兄さまがお父さまになるなんて……ドロテアさんとの赤ちゃん……)
「さーすが王子さま!わかってるじゃねえか!」
ふいにスーがウィルに顔を向けたそのとき、部屋の扉が勢いよく開かれ、声高々に男が入室してきた。彼はニコニコと顔をほころばせながら、実にうれしそうにアルに握手を求めんと歩み寄る。
「いやいやいや!俺はわかってたぜ。おまえさんはあんまり笑わないし、妙にイケスカナイが、結局イイ奴だってことはな!」
「カ、カイン……」
男がツカツカと遠慮もせずにアル一直線で進んでいく様を唖然と見やり、ウィルは口をあんぐりとさせている。スーもまったく同じ気持ちで、この突拍子のない男を見つめた。
アルは先程のつぶやきからは一変し、いつものごとく眉を寄せてあからさまに嫌悪感をあらわにしてカインをにらんだ。しかし、有頂天の海賊には効果はないようで、カインはそのまま王子の手を握り――
「おまえ、大好きだ!」
――ガバッと抱きしめた。
スーはアルの心の悲鳴が聞こえるような気がした。たぶん、ウィルも同じ気分なのだろう。やれやれと首を振り、ため息をこぼしている。
「俺らもその屋敷に行っていいだろう?ちゃんと仕事はするからさ!」
そう言って新たにひょっこりと扉から顔を出したのは前歯のかけたダリーだ。ニカッと笑いながら林檎を両手いっぱいに抱えている。
「それから、これは王子さんにささやかながらのプレゼントさ」
「お!イカスじゃねえか。よしよし、遠慮すんなよ王子さん。俺らはあんたに感謝してんだ」
「感謝される覚えはない」
やっとショックから立ち直ったように、アルは抱き着いているカインをぐいっと引きはがして文句を言う。しかし、それはすぐにカインの馬鹿力によって無効果されてしまった。
「照れるなよ。あんたが実は兄貴思いだってことくらい、みんな知ってるのさ。海賊ナメんなよ」
再びぐいっと抱きしめ――否、腕で首をしめながら、カインは愉快とばかりに笑った。
スーはそれを見て、思わずふき出す。
想像できただろうか。はじめてアルと会ったとき、彼の周りにこんなに笑顔ができると、思えただろうか。
城は醜い人間ばかりだと思っていた。たしかに、そうだった。けれどこれから正していけるのではないか。
かすかな希望を感じられ、スーはいつまでもこの気持ちがつづけばいいのに、と思っていた。
思いながら――ずっと心に引っかかっている、言葉にできぬ感情を再確認していた。
†+†+†+†+
ドロテアの休養のためにウィルが与えられたフィリップの屋敷は、スーが城へ上がる以前に居住していたところとは別のものである。フィリップ王子には大小合わせればいくつも別荘があり、今回は城の敷地内にある屋敷で過ごすことを許された。
ウィルのことは極秘なため、彼は城ではいつも顔を隠しているか、書類作業の手伝いをしていた。ヌイストが城の兵士のいる前でウィルをフィリップと呼んだことは、すくなくとも混乱を招いた。今ではあれは敵の出まかせだったということになっていたが、屋敷へ城から人を派遣するにはあまりに危険だということで、彼の正体を知っている者、つまり海賊たち貸し切りの屋敷となったわけである。
海賊たちは気楽で快適だとよろこんだが、しかし、ドロテアの世話をするには彼らではあまりに無骨だった。
「おまえに暇を出す」
だから、アルにそう言われたとき、愕然とするよりむしろ感嘆に震えた。
「えっと……それはつまり……」
「俺の召使からはずすってこと。しばらく休みやるから、好きなとこに行けばいい」
ぶっきらぼうにそれだけを言い放ち、アルはさっさと業務へと向かっていった。
スーは信じられないという思いから、しばし金縛りにあう。
アルが暇をくれた。このタイミングで。それはつまり――。
(わたしが、ドロテアさんの身の回りのお世話をしよう!)
口が緩むのを止められそうになかった。こんな夢みたいなことがあっていいのだろうか?
(わたしはしばらく、ドロテアさんと屋敷で暮らす……屋敷にはカインさんたちもいる……)
スーは無意識に走り出していた。
(兄さまと一緒に暮らせるんだ!)
スーはさっそく、暇を出されたから自分はドロテアの侍女になると、ウィルたちに報告した。彼らもアルの粋な計らいに、目を丸くしてはよろこんだ。
久しぶりにウィルの柔らかいやさしい笑顔をかいま見た気がして、スーは胸があたたかくなった。幸せとは、こういうことだと思う。
いまだアルとウィルの関係はどこかギクシャクしていることに変わりはない。けれど確実に、動こうとしている。微弱ながらも変化はあった。そう、スーは思う。
(兄さまがアルさまをきらいになるはずなんかない……アルさまはどうして素直になれないのかしら。それともまだなにか、彼を迷わせることがあるのかしら)
ウィルはいずれ海賊としてこの城を、このカスパルニアの国を出ていくだろう。ならばその前に、彼らふたりの関係がもっとよいものになればいい。
そこでふいに、スーは気がついた。
(そういえば、なにかしら……アルさまは以前のアルさまとちがう気がする)
はて、と首を傾げてみる。変わったのは自分もそうだ。それは自覚がある。だが。
(アルさま……わたしの瞳を見なくなったわ)
気づいて、愕然とした。
以前は穴があくほど見つめてきた。脅すように、挑発するように、誘うように。けれど今では、浅く薄く、チラとしか目があわない。
だからだろうか。アルに以前ほど恐怖を感じなくなったのは。
(アルさまはもう、わたしの緑に兄さまを見出だすことはないんだわ)
たしかにここ最近は忙しく、以前のように長時間王子のもとで過ごすことはなくなった。それにもともと恋人同士でもない。わざわざ見つめ合う必要などないではないか。
なんでも独り占めしたがるのは悪い癖だ。みな昔からスーに欲がないと言うが、それは大きな間違いである。
スーはため息をこぼした。
それにアル王子のまなざしは、最初から自分に向けられたものではないことくらい百も承知。彼は緑の瞳から兄を見出だし、感情をぶつける代わりにしていたに過ぎない。
(これでわたしは晴れてお役御免。もう自由なんだ)
けれど、と少女はそこで思い悩む。
はたしてこれから、自分の居場所はどこにあるのだろうか、と。
今まではフィリップのいた場所だから、いちばん近くだからという理由で城に留まっていたようなものだ。アルの召使としての仕事だって、いつか優秀な従僕に引き継がれるだろう。
三ヶ月後、レオが目覚めたそのとき、カスパルニアの王妃の席はうまる。夫が他の女に世話をされるのを、妃になる女性は好まないかもしれない。食事を運ぶだけならともかく、城へ上がってからのスーの仕事は、常にアルのそばにいたようなものだ。そんな気がする。
(わたしに力があれば……能力があれば)
男だったらよかったのかもしれない。そうすればアルの期待どおり、軍司を目指すこともできただろうに。
ウィルたちが城から去り、アルが妃を迎えたあと――はたして自分はどこにいるのだろう?
シルヴィもローザもいないのに。留まる意味はあるだろうか。
(もし……わたしがついていくと言ったら……兄さまは困るかしら)
いいや、彼なら笑って受け入れてくれるだろう。
そうだ。なにも自分は無理してまで城へいる必要などない。
スーはもやもやする感情をどうすることもできず、また深いため息をこぼしてやり過ごした。
~ちょっとした脱字のアホ話~
★編集後★
「それから、これは王子さんにささやかながらのプレゼントさ」
「お!イカスじゃねえか。よしよし、遠慮すんなよ王子さん。俺らはあんたに感謝してんだ」
「感謝される覚えはない」
…本編にありましたこの会話、実は…
☆編集前☆
「それから、これは王子さんにささやかながらのプレゼントさ」
「お!イカじゃねえか。よしよし、遠慮すんなよ王子さん。俺らはあんたに感謝してんだ」
「感謝される覚えはない」
――おわかりいただけたでしょうか?
そうです!カインの台詞です。
「お!『イカ』じゃねえか」
~~ちょっと!イカ?!
これを見つけた時、思わずふいてしまいました。
それにしても、王子にイカって……
か、海賊だから海の幸、とかかな?笑
脱字、発見できて本当によかったです。
もし編集できていなければ、皆さまはどう思ったんでしょう……苦笑。。
アルも、きっと「感謝される覚えはない」というか、「感謝されたくない」「受け取りたくない」と思ったことでしょう…ふ。
さて、話は変わりますが……
2010年8月――第二部の執筆終了。
第二部はもうすこしつづきます。
お付き合いくだされば幸いです。
では、よろしくお願いいたします。