第五十三章 戦闘乱舞
第五十三章 戦闘乱舞
†▼▽▼▽▼▽†
「うわぁっ」
なんとも場にそぐわない悲鳴である。アルは不格好な鎧に身を固めた少女の首根っこを引っつかむと、半ば引きずるようにして連れ戻した。
戦闘開始後、すぐにどこからともなく現れた海賊たちの応戦により、アルはなんとかよたよたと歩くスーのところまでたどり着いたのだった。彼女はすぐさま戦闘に参加しようと剣を握っていたが、馬鹿なことである。アルは腹立たしさに思わず怒鳴りそうになった。
「なんでおまえは、ここにいる。それに、なんだその格好は」
奥歯を噛みしめながら言葉を絞り出すと、少女は兜をあげ、その緑の瞳を不安げに揺らした。
「あ、あの……カ、カインさんたちが、おまえは危ないからって……」
アルは深々とため息をこぼす。
この少女は意外に頑固だ。危ないからとて引き下がることはないだろう。無理にでも大好きな『兄さま』のいる広間へ来るため、言うことを聞かなかったにちがいない。そこで海賊たちは、できるだけの対処をしようと、彼女の身を固めたのだろう。
(馬鹿しかいないのか、俺の周りには)
今度はため息を飲み込む。この状況でなければ、じっくりと少女に言って聞かせてやりたいくらいだ。だが、今はそうも言っていられない。
「いいから、おまえはさっさと行け。邪魔だ」
「でも――」
なにか渋るように言い淀む少女に、アルは舌うちをする。なぜ彼女がこの場を離れたくないのか察知できる自分に、さらにアルは嫌悪を増した。
「あいつは大丈夫だ。剣の腕前もある。だから行け。おまえがいれば、助けられるものも助けられない――」
言ってから、自分はなにを口走ったのだろうと、アルは自身に愕然とする。今、自分のこの口は、「フィリップを助けるつもりだ」と述べたのだ。憎みたかった相手を、すくなくとも目の前の少女は彼がフィリップを嫌っているのだと思っているはずであるのに、自分は……。
(調子が狂う)
苛々する。アルは眉間にしわを寄せ、少女に有無を言わせぬ勢いで再度言った。
「はやく行け!」
しかし、今度は少女も断わることはしなかった。深く頷き、さらに笑顔をにじませて彼の命令に素直に従う。
「はい、わかりました!」
なんてうれしそうな顔をするのだろう……アルはそんな彼女にも、そして彼女をそんな顔にさせた自分にも腹がたって、けれど今さらどうすることもできなくて、気まずそうに顔をそむけた。
よたよたとスーは移動しはじめる。なんとも間抜けな格好で、重い鎧に負けそうになりながらも、必死で歩いていた。
思わず戦闘状態にあることを忘れてしまいそうになるくらい間抜けだと、アルはため息をつく。やがて、自分はこの状況をどうにかしなければならないと、再びその身を戦いの場へ向かわせようとした、その時――。
(……まさか……!)
アルの眼は、その姿をとらえていた。視界の端に、のろのろと歩いている少女、そして――彼女を狙う、その男の姿が。
(危ない!)
思っても、声が出なかった。一瞬にして冷や汗がふき出し、ぞっとする。クリスが、その赤い眼を光らせ、少女に向かって剣を振るおうとしていた。
まるでスローモーションのように、アルの目には一挙一動のすべてが入ってきた。自分は声も出せず、だがしかし、必死で彼女を救おうと走っている。男は剣の切っ先を少女へと向ける。彼女はようやっとそれに気づいたが、すでに遅い。もはや避け切れない。
銀色の牙が、少女の、命を、殺す。
――その瞬間――。
「かがめ!」
瞬時の出来事であった。その声にいちはやく応じた少女、そして驚きに目を見開くクリス。アルは届かぬ手を伸ばして、固まっていた。
(……ランスロット……)
王子の第一騎士・ランスロットが、少女を危機一髪で救っていた。彼はクリスの剣を受け止め、少女をかばうように立ちはだかる。
「なるほど。第一騎士というのは建前ではなさそうですね」
驚きに唖然としていたクリスも、すぐに笑みを取り戻すと、剣を握る手に力を込めて言う。ランスロットはふんと鼻先であしらうと、かがんでいる少女に声をかけた。
「はやく行け、スー。ここは任せろ」
「あ、ありがとうございます!」
ようやっと避難をした少女を見て、アルはやっと安堵の息をもらした。気が抜けない。本当に、ハラハラさせられっぱなしである。今回は本当に冷や汗をかいたと、内心、少女をなじった。
それにしても、ランスロットはよく少女の危機に気づき、そして助けられたものだ。アルは改めて自分の騎士の有能さを知り、同時に、言葉にできない、胸の内に巣食うもやもやした感情に戸惑いを覚えた。
自分は、そこへ行けなかった。声も出なかった。けれど、ランスロットは彼女を救った……その光景が頭のなかを何度も何度も繰り返し流れてゆく。どうしても、胸のしこりのような、その感情を消すことができない。
(なんだ、俺は。どうしたっていうんだ……)
「アル王子、覚悟!」
突如聞こえた声に、ハッと我にかえった。なんて馬鹿なことをしたのだろう。ぼうっと突っ立って考え事をするなど、あの召使の少女のような失態をしてしまうとは。
見れば、兵士がふたりがかりで剣を振り上げていた。襲いくるひとり目の攻撃はなんとか反射的に避けたが、その拍子にバランスを崩し、態勢を整えるのが遅れた。それを見逃さず、ふたり目がもらったとばかりに切り込んでくるのを目の端にとらえ、アルは瞬間、覚悟した。
だが、痛みはなく、その代わりに金属のぶつかる音が響く。
ウルフォンが敵の攻撃を受け止めていた。ひるむ兵士に、彼は剣を強引にはじいて武器を失わせる。
「アル王子!」
ニッと笑うと、彼はアルの背後へ回った。目を走らせると、五、六人の敵に囲まれている。
「このような時には――」
トン、とアルの背に自身を預けるようにして、ウルフォンは口をひらく。
「メディルサは全力で、カスパルニアの背後をお守りしましょう!」
背にわずかなぬくもりを感じ、アルも口端に笑みを浮かべる。あのおどおどとしていた男は今や、戦慄に猛っている。普段は気が弱くとも、いざというときには頼もしい味方になってくれる。
「背中は任せる」
「もちろんですよ」
アルの声にウルフォンも応じ、ふたりはわずかに声をもらして笑った。
(俺は、王になる。俺には、兄上たちになかったものがある……)
チラと目を走らせれば、ランスロットがクリスと一騎打ちをしているところが見えた。
こういう場面でも、彼の剣さばきはうつくしい。まるで舞を舞うように、軽やかで、そして轟々としている。ランスロットの剣は彼自身の腕のように働き、鉄の刃がバネのように自在に変化するような錯覚を起こさせる。
次第にクリスの顔が歪むのが、手に取るようにわかった。
「遅い!」
ランスロットが言うや否や、彼に蹴りあげられたクリスの剣は宙へ舞い、自ら意志で動いたかのように、騎士の手のなかに収まった。
「動くな。貴様には、まだ死んでもらうわけにはいかないからな」
騎士の鋭い一声。武器を失ったクリスは、ただ、ランスロットを憎々しげににらみつけることしかできなかった。
また目を走らせると、ドロテアが器用に剣を振るう姿が目に入った。次々と兵から武器を奪い、床へ転がしていく。彼女はあきらかに素人ではない。
そしてウィルの動きも、やはりただ者ではないふうを思わせた。彼の剣さばきは実に鮮やかで、それほど力を込めずに相手の剣を押し返している。アルが助けずとも、彼らは彼らでどうにでもできそうだった。
「さっさと片をつけようぜ」
ふいに声がかかる。いつの間にか登場したレオが、近くで自由奔放に剣を振るっていた。三人の兵士相手に笑みを浮かべるほど余裕のある彼に、アルは軽く含み笑った。
(勝敗はついた)
アルは深呼吸する。ぐっと手に力を込める。
(俺は、負けない)
じりじりとつめ寄る敵に集中する。神経を研ぎ澄まし、呼吸を整える。
瞬間、一斉に兵士が襲ってきた。それと同時に、ふたりの王子も攻撃を開始する。
力をめいっぱい込めて相手の剣を振り落とす。剣を振り下ろそうと両手をあげたままの相手の懐に飛び込み、みぞおちに肘をめり込ませる。うめくのも構わず、次に襲いくる敵に向かって剣を横へ滑らせた。赤い血が、目の前を絵を描くように流れていく。しかし、次に繰り出された銀の刃を避け切れそうになかった。アルの心臓に向かってきた鋭い武器。だが、自分のほうが相手よりもすばやく動ける。攻撃を受けないためには、相手の急所を剣で突き刺せばいいのだ。しかし、アルは一瞬ためらってしまった。
アルは剣を受けるうちに、カスパルニアの兵士たちは自分を殺す意志がないことを悟っていた。ただ、大臣の命に逆らえず、王子を殺さずに捕らえようとしていることを知った。だから彼自身も、なるべく傷を負わせぬよう、最小限の被害で済むように配慮して攻撃していた。それが災いしたのだろう――ためらった隙に、もはや攻撃もできない距離に詰め寄られた。
「死ね!」
そう吠えた相手を見れば、カスパルニア兵士の顔ではなかった。きっと大臣の雇った傭兵だろう。遠慮などすることなかったのだと知り、アルは舌うちをする。
確実に殺せる、そう思った傭兵の顔に笑みが浮かんだ。
(なめるな)
ぐっとアルは足に力を込め、咄嗟の判断で重心を後ろへ持っていき、なんとか急所を外した。しかし、相手の剣を完全に避けることは叶わず、肩に痺れるような熱い痛みを感じた。
「クソッ!」
傭兵はさらに剣を振り上げる。アルは反射的にさらに後ろへ飛び、不安定な態勢のままに剣を横へ流した。
アルの剣は敵の手首を切り、途端にいまわしいほどの悲鳴が響く。鮮血が次々に流れ出していた。
「貴様のようなよそ者がこの国の鎧を身につけるな」
アルは手首を押さえてのたうち回る男を一瞥すると、冷たい声で言った。
「……虫唾が走る」
ややあって、片がついたのだろう、ウルフォン王子が無傷のまま駆け寄ってきた。はじめて会ったときのおどおどした様子もなく、見た目では剣術などできそうにはなかったが、ある程度は扱えることはその姿から明白だった。
「アル王子、大丈夫か?」
ウルフォンはぎょっとして、アルの抑える肩を示して言う。傭兵に切りつけられた傷は浅いが、思ったよりも出血がひどい。
「見た目ほど深くはない。大丈夫だ……それより、そちらは平気か」
「ええ。どうやら、裏事情も明らかになってきましたよ」
ウルフォンは微笑を浮かべたままつづける。
「どうやらルドルフ大臣はカスパルニアの兵士たちを脅迫していたようです。家族を人質にとっていたのでしょう。……ですが、もはや力の差は歴然です」
言われ、辺りを見回せば、たしかに戦いは終わりにさしかかっているようだった。よく見れば、カスパルニアの見知った顔の兵士たちが、他の兵士を説得しているようだ。これはランスロットのおかげであろう。彼が城に忍び込んでからずっと、味方を増やそうと懸命に兵士を説得していたおかげだ。また、彼の人望の厚さもある。
もともとカスパルニア兵にそれほど戦闘意識はなかったのだ。海賊たちの力もあり、場は収まりつつあった。
「もうすぐ我が軍も到着する。……復旧のお手伝いをさせていただきたい」
ウルフォン王子はにっこりと笑ってそう言う。たしかに彼は気弱で羊のような性格であるのだろう。しかし、また反面はいざというときに頼りになる、強い狼のような性質も持ち合わせているのだ。ウルフォンは、仮にも王子だ。メディルサの――大軍帝国の王子なのだから。
(カスパルニアは運がいい)
軽く頷きながら、アルは思う。
普通、国内で揺れ動きがあり、情勢が乱れたとき、他国はこれ幸いとこの機を逃さずに攻め入ってくる可能性のほうが高いものだ。今回も周りの理由はどうであれ、ベルバーニの大軍がカスパルニアへ向かってきていたことは事実だ。しかし、今になっても、彼らは姿を現さない。カスパルニアはメディルサという力のある国が味方についてくれた。このことが少なからず影響したのだろうとアルは考えていた。彼らがカスパルニアに手を差し伸べたことは、借りをつくることになるのかもしれないが、それでも、他の国への牽制になったにちがいない。メディルサが力を貸して動くということは、他国がカスパルニアに手を出せないような働きをしてくれたのだ。それはベルバーニとて例外ではない。
(メディルサは侵略はおろか、こちらの力強い鉄壁となってくれたということか)
終局だ。
戦う意志をなくした兵士たち。雇われ兵士にももはや抵抗する力はない。大臣やクリスはランスロットによって首尾よく捕らえられていた。
やがて到着したメディルサの兵士の力を借り、城周辺は厳重に警備された。
アルはランスロットに、兵を別室へ移し、傭兵と真の国内兵にわけるように命じた。騎士は数人の海賊を助手に、武器を捨てた兵士たちを連れて広間を後にした。また、ウィルを目にして動揺しているアーサーを連れ、ドロテアとウィル、そしてカインたち数名の海賊も、説明をするために広間を去る。アーサーはかつて、第一王子フィリップの手腕とも言われた男だ。第一王子が死んだと報じられたときの彼の悲しみは計り知れない。
広間には、今回の主犯者である大臣とクリスが拘束されていたが、ヌイストの姿は見当たらず、どうやら取り逃がしたらしい。また、リオルネはショックが大きいため、城の侍女をつかせて別室で落ち着かせていた。
「ルドルフ大臣、観念しろ」
アルは男の前に立つと、冷ややかに言い放つ。
「貴公の行為は許されざるものだ。覚悟するがいい」
「ちがう……こんなはずでは……わたしは悪くない!」
大臣はいつも整った髪をぼさぼさに乱して狂ったようにつぶやきつづけ、対照的にクリスは事切れたように黙り込んでいる。
アルはそんな光景を見やりながら、ふいに自分自身を嘲った。
(間抜けだ。……大臣も側近も、この様。カスパルニアの兵士も、俺の言うことを聞かなかった……)
普通なら、捕らわれるべきは海賊で、正義は国の兵士である。それがいまや、まったくの逆ではないか。正義とは、見方でどうにでもなるものだと痛感する。
たしかに、自分には力がなかった。従わせる力があきらかに足りなかったのだ。アルは顔を歪め、自嘲的に笑った。
(認めよう。俺は、まだ王にはふさわしくはない……けれど)
あきらめはしない、と、固く胸に想いを刻んだ。
「それにしても、あいつは逃げ足がはやいことで」
レオが大げさにため息をこぼしながら言う。
「俺はあいつが苦手だ――というより、無理だ」
深くひとり頷きながら、彼は色のちがう双眼をアルへと向ける。
「あいつの――ドクターの目的はわからない。けれど、あいつは怪物並みにしつこい……このまま終わるとは思えない」
アルも頷き返す。ドクターの……ヌイストの真の目的とは、なんなのか。なぜ、大臣に加担していたのか。まだまだ不可解なことは後を絶たない。
「そうだな……なにか――」
瞬間、凄まじい音が響く。その音はカスパルニアにはないもの。大軍帝国で近年使われるようになった、異国から入ってきた武器の音――銃声だ。異様なにおいを放つ煙を発して、それは恐怖を彼らに植えつけた。
今回は更新若干遅れてすみませんでした。。
なんと、執筆していた分が消えてしまい、書きなおすのに手間がかかりまして・・・。
しかも消える前に書いていた五十三章と若干ちがうというorz
・・・でも、前よりましかと。(ぇ
推敲あまいです。
が、御許しください。
次回は日曜日に!
では、よろしくお願いいたします^^