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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第一部 『王宮編』
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第五章 不穏



第五章 不穏



†▼▽▼▽▼▽†



 気持ちのよい朝だった。黄色い光がレースのカーテンからさしこみ、きらきらと目に映る。ガラスの破片が反射しているようで、スーはかすかに目を細めた。

 世話係――王子に言わせれば召使もしくは奴隷だが――にしては、やけに大きくきれいな部屋を与えられていた。

 はじめはなぜなのだろうと訝ったが、たいしたことはない。世間体だ。


 今は亡き国王には、八人の息子がいた。第七、八王子は幼くして病気で亡くなったが、他六人はすくすくと育っていった。

 なかでも第一王子のフィリップは家臣や民衆からも好かれ、評判よく、今でも城や国のどこかで彼の面影を追う者もすくなくはなかった。

 滅びたとはいえ、そんな英雄とも呼べるほどの人気を誇ったフィリップの血族を、そう易々とないがしろにはできまい――そう進言する者が多く、スーには姫君のような部屋が与えられたのだった。

 もちろん、王子は反対しなかった。あきれたことに、アルはみなのまえでは、スーにとりわけやさしかったのだ。




(また今日がはじまる。アルさまに、会わなくちゃいけないんだ)

 のっそりと這い出し、着替える。白のワンピースドレスだった。

「おはよう、スー!」

 唐突に声がかかる。ノックもせずに部屋に入ってきたのは、フィリップに小さいころからつけてもらっている侍女たちだった。

 ローザはつり目ぎみで、黒茶の髪をふたつに結った、すらりとした少女だ。スーよりひとつ年上のしっかりものである。

 シルヴィは巻き毛の茶髪で、スーよりふたつ年下だ。しかしなににも物怖じせず、少々お節介なところがある。


「スー、聞いて!もうすぐ舞踏会なのですって」

 シルヴィがきゃあきゃあと黄色い声をあげながら、くるくると回る。それからうっとりと宙を見つめた。

「ああ、まだ見ぬ王子さま!きっとわたくしのことを、迎えにきてくれるはず……」

 唖然と彼女を見るスーに、もうローザは肩をすくめた。

「いつものことよ。なかなかいい男が見つからないものだから、狂っちゃって」


 軽く苦笑をするスーに、ローザはやさしくほほえみを見せた。

「わたくしたちはどこかの従者を恋人にするしかありませんが、あなたはちがうのですよ」

 ぽかんとする少女に、さらに彼女は付け加えた。

「わたくしたちはともかく、あなたはただの従者じゃないのよ」

 ローザの言わんとしていることがようやく呑み込め、スーはむっと顔をしかめる。この手の話は苦手だった。

「わたしはただの王子の世話係。それ以上の地位なんて、望んでいない」

「まあ、強情な人ね。なにも隠すことではないのに」

 それまで自分の世界に浸っていたシルヴィであったが、ばっと我にかえると、スーを責めるような目で見やった。

「いっそのこと発表してしまえばいいのではないかしら。失われたとはいえ、もと王族。どこかの貴族や王子さまに見そめられたって、おかしくはないわ」

 シルヴィの言葉に、スーは激しく首を振って拒絶する。それだけはどうしてもいやだった。


 今、自分は充分すぎる環境に置かせてもらっているのだ。これ以上の裕福を、どうして望めるだろうか。

 ただ首を振って否定するスーに、シルヴィとローザは互いの顔を見やって首をすくめた。


「スー。あなたは自分の血に誇りをもった方がいいわ」

「そうですよ。むしろ、使えるものは使っておくべきよ」

 ふたりはスーの両隣へ腰かけ、やさしく肩を抱いた。

「……つまりね、わたくしたちが言いたいのは、あなたはもっと自分をいたわるべきだということよ」









†+†+†+†+


「そういえば、アル王子はだれかに命を狙われているの?」

 自分たちの朝食をすませ、アルの食事用のフルーツなどをのせた台を運びながら、スーは隣を歩くローザとシルヴィに尋ねた。

「よくはわかりませんが、反抗グループもいるそうですよ。」

「反抗グループ?」

「ええ。なにせ今は国王はいらっしゃらないでしょう?アルさまは次期国王だけれど、あの奇怪な事件のせいで、まだ王位にはなれていないのですよ」


 奇怪な事件――スーは無意識に顔が引きつるのを感じた。

 次期国王の位をいただいた王子が、次々と亡くなっていく事件。それは事故死であったり、毒が原因であったりしたが、どれも他殺とされていた。

(そして兄さまも……)

 奥歯を噛みしめ、拳をにぎる。爪が掌に食い込んだが、痛みなど感じなかった。


「それで民衆は国に不安を感じ、反王権制度の意識をもつ人も出てきたってわけです」

「けれど問題は、城のなかにもアル王子が王位を継ぐことに反発している人間もいるということです」

 シルヴィが声のトーンを落とし、そっと教える。

「第一王子の我らがフィリップさまは、問題なくすばらしいお人でした。文句のつけようもありません」

 廊下は長くつづいている。紅色のカーペットの上を、できるだけゆっくりと歩いた。すこしでも話を多く聞きたかったのだ。

「つづく第二王子は学問を重用する賢いお方。第三王子は巧みな剣術をおもちのお方。第四王子は統率力に優れたお方。第五王子はよき家柄で育ちのよい母をもつお方」

「まぁ、フィリップさまはこのすべてをもち、絶対的な信頼のあったお方なわけですが――」

「アルさまには、ないと」

 ローザの言葉を受け取り、スーは小さな声で言った。

 シルヴィは「しーっ」と指をたてて口元に寄せ、近くにだれもいないことを確認する。


「ちがいますわ。アルさまは教養もあるし、剣術も馬術も扱えますわ。ただ――」

「ただ、どれも兄上さまたちには及ばないということ。勝っているものといえば、あの母親譲りの美貌」

 たしかに、とてもきれいな顔立ちをしていた、とスーは思い出す。暗闇のなかでも映えるあの青い目と金の髪は、とても印象的だった。

「けれど、アルさまのお母さまは、低い身分の家の出なんです」

「だから城内部でも、アルさまを中傷する人間はすくなくないのですわ」

 スーは複雑な思いだった。

 ひどい仕打を受けたとはいえ、今は遣えるべき主。本当は憤慨したり、王子を気の毒に思うべきなのだろう。

 しかし、今のスーには心から同情などできそうになかった。一方的にきらわれることは、それほど心地よいわけではないのだ。




 アル王子の自室近くまでくると、スーはシルヴィとローザと別れた。アルの自室の前には、赤い制服をぴしりと着こなした衛兵がいる。

 カラカラと朝食ののった台をおしてその前でとまり、軽くあいさつする。そのとき、王子の部屋からひとりの人間が退出してきた。

「おはようございます、クリスさん」

「あ、ああ。おはようございます、スー」

 スーに気づき、彼もにこりとほほえんだ。

 茶髪の前髪を横に流し、朝から乱れもない。そんな彼に関心しながら、スーは首を傾げた。

「急用ですか。王子に朝からお会いになるなんて」

「早馬がね……おかげでアル王子は寝起きが悪いですよ」

 クリスはくすりと笑うと、手を振って去っていった。

 寝起きが悪い――そんな言葉が、スーには呪いの呪文のように聞こえた。つまり、とばっちりを食らうのは自分である。

 それでも覚悟を決め、彼女は不機嫌であろう王子部屋に入った。




「おはようございま――」

「遅い」

 開口一発、鋭い声が飛んできた。

 アル王子の部屋はいつも薄暗い。ぶ厚いカーテンをきっちりと閉め、夜は灯りのない真っ暗闇で眠りについている。

 それでも朝になれはカーテンの隙間からはいやでもこもれ日が顔を出し、奈落の闇は終わりを告げる。


 はじめてスーがアルを起こしにきた日、なにも知らない彼女はカーテンをすべて明けてしまい、とんでもない目にあった。

 普通ならば、朝日を充分に浴びたがるのだろうが、アルはなぜかそれを拒み、きらっていた。

 それ以来、スーは明かりのことをとやかく考えるのはやめ、アルの指示に従うことにしたのだ。



 高い天井、大きな丸柱、長椅子、ガラスのテーブル、燭台に天蓋つきベッド。どれもすばらしく、うつくしかった。

 アルは身を起こし、いつものように上半身は肌を出して、ぶすっとした面持ちで座っていた。ブロンドの髪が寝癖でくしゃりとなっており、まるで彼の機嫌を表現しているかのようだ。

 やっぱりだ、と内心スーは怯えながら、それでも顔に出さぬように努め、深々と頭をさげる。

「もうしわけございません」

 それでもアルの苛々はおさまりそうになかった。ピリピリとした空気が肌を通して伝わってくる。


(大丈夫)

 自分に言い聞かせ、こっそりと深呼吸し、スーは朝食の台をベット脇まで運ぶ。

 王子の視線が針のようにちくちくと突き刺さってくる。それでも耐えて、グラスに冷たい水をそそいだ。

 くもりのない、ガラスのグラス。そこにコポコポときれいな水がそそがれてゆくのは、なんだかきれいな宝物をつくりだしているような気分にすらなる。

「これを、きれいだと思うか」

 手渡されたグラスを受け取ると、アルは唐突にそれを持ち上げ、スーに尋ねた。

 ガラスが薄暗いなかで、アルの瞳のように弱くきらと光る。

 スーは正直に、こくりと頷いた。すくなくとも、嘘をつく必要はないように思われたからだ。

 しかし、アルは不敵に笑うや否や、そのグラスを逆さにしてなかの水をスーにかけはじめたのだ。

「ほうら、おまえにくれてやるよ」

 声をたてて笑い、アルは立ち上がる。それからさらに小さな甕から水をくみ、それをスーの顔に勢いよくぶちまけた。

 たらたらと冷たい水が頭からふってきたとき、スーはなにかのまちがいだろうと思った。頭はよく働かず、王子の不敵な笑みの意味さえ理解できていなかった。

 そしてさらに水を顔にかけられたとき、やっとスーは我にかえった。口に水が入り、むせて咳込む。


「うれしい?やっぱり女の子は、うつくしいものを身体に飾らないとね」

 くすくす笑いながら、アルはさらに甕の水をどぼどぼとかけていく。

 スーにはただ、それをぼんやりと受けるしかなかった。

(この人は、なにがしたいの)

 目がかすみはじめる。息が荒くなり、涙が目にたまる。

(わたしにこんなことをしたって、きっと彼は救われないのに)

 頭がくらくらする。呼吸が乱れはじめた。

(なんで、こんなに――苦しい、の?)


 おかしい――そう思ったときには、すでにスーの意識は遠のきはじめていた。

 かすかに考えられたことは、王子が命を狙われているということ。そしてきっと、王子が口にするはずだった水のなかには、毒が入っていたのだろう、ということだった。









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