第四十八章 侵入の傍ら
※注意:今回、だいぶ大げさにみて、ちょっとR12くらいかな、と。
よくこういう基準がわからないのですが、どういうわけか(私のテンションがおかしくなり笑)、今回少しばかり下品(?)な台詞が入ります。
ので、一応ご注意ください。
描写などについては、ばっちり大丈夫です!
ALL年齢です。(ぇ
それでは、どうぞ。
第四十八章 侵入の傍ら
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今夜は貴族を招いた、戴冠式の前夜祭のようなパーティが行われるらしい。情報をつかんで帰ってきたカインが、にこやかにスーの肩に手を置いた。
「楽勝だな。俺たちゃ、海賊だぜ」
「少数でならこっそり忍び込めたけれど、この人数じゃ目立つからな……せめてお嬢ちゃんたちだけでも、貴族に化けて堂々と入っていけばいい」
ダリーもニカっとして、さっそく赤い林檎をドロテアとスーへ差し出した。カインはさらに愉快そうに声をあげると、なにやらピンクと深い紫のドレスをどこからともなく取り出す。
「ちゃんとドレスも失敬してきたからよ。これ着ていりゃ、充分だろ」
なんとも楽観的な連中である。スーはため息を呑み込んだ。
作戦で、海賊たちはランスロットやウルフォンとともに裏道を使って城へ忍び込み、アル、スー、ウィル、ドロテア、レオは表から入り込むことになっていた。もしアルが生きているとわかれば、すぐさま陰謀が暴かれ、大きな戦いにならないかもしれない――が、こちらの可能性は極めて低い。アルの顔を出しても、城への入場を拒まれたり、捕えられるようなことになったら、強引ではあるが裏から入ったランスロットたちに動いてもらうことになっている。
「いいか。ランスロットはできるだけ多くの兵士を説き伏せ、味方につけろ。この現状にみなが必ずしも納得しているわけではあるまい……それに、味方を増やすくらいの人望はあるだろう?」
レオは力量を発揮し、てきぱきと仕事を振り分け、指示を下す。ランスロットが真剣な表情で頷くのを確認すると、今度はカインたち数名の海賊に向き直って口をひらく。
「おまえたちは、この騎士の指示に従え」
「だれがおまえの命令なんか聞くか!」
しかし、カインは鼻先であしらい、ぷいと顔を背けた。レオは舌打ちをすると、目だけでウィルを促す。海賊船長は苦笑を浮かべながらも、了解とばかりにカインの肩に手を置いた。
「じゃあ、カイン、一味のまとめ役を頼むよ。ランスロットは城の抜け道に詳しい。彼の指示に従って動いてくれ」
「イエッサー、船長!」
ニコッとしてウィルの命に応えると、カインは手を振って情報を探りに――城への偵察や物資の窃盗を含めて――ランスロットと数人の子分を引きつれていったのだった。
手に入れたドレスを自慢げに少女の腕に押し付けると、彼は軽くウインクした。
「着飾ったスーも、きっといいぞ。ほら、これで……兄貴分にもかわいい姿、見せられるだろ?」
ハッとする。それでカインは、こんなにうれしそうだったのか。
(わたしのために……わたしと兄さまの空白の時間を埋めようとしてくださっているんだ)
うれしくて、自然と顔がほころぶ。緊張感漂う最中の、幸せの一瞬に思えた。
うまくいくかは、スーたちの芝居にかかっていると言っても過言ではない。もしも城の人間が、アルが生きているという事実をもみ消しにしようとするならば、それを阻止する必要があり、スーたちは貴族として城へ侵入しなくてはならないのだから。
「貴族証もないけれど、そこはどうにか誤魔化すしかないね」
ウィルもにわかに緊張した面持ちで言葉を発する。と、そのとき、おもむろにアルが口をひらいた。
「大丈夫だろ……今、城の警固にあたっているのは傭兵だ」
「雇われ兵士が?」
レオも興味をそそられたのか、話に加わる。
「見たことがない顔だからね。あれはカスパルニアの兵士じゃない」
その場にいた者は、みな感心して言葉をなくす。スーにいたっては、びっくりしすぎて、まじまじと王子を見つめてしまった。
(アルさまったら、城中の家来の顔を憶えているのかしら?)
無関心なようで、実はそうでもないのかもしれない。スーは新たな発見に、すこしばかりうれしくなった。
アル自身は周りの反応に顔を険しくさせ、「昔ランスロットと兵士の稽古をのぞいてたから顔見知りなだけだ」とつぶやいていたが。
†+†+†+†+
空が赤くなりはじめたころ、城へはたくさんの貴族たちが次から次へと、流れるように入って行った。白い馬車、厳格な男性、香水の強い香り……様々な人たちが城へ姿を消していく。
やっと人がまばらになりはじめた。準備のできたスーたちは姿を現した。いかにも、パーティーの時間に間に合わず、急いでいるふうを装って。
人の気配が薄れてきたころ。空は深い色合いになり、そろそろ夜が訪れようとしている。身分証の確認をして城への入場を許可する役目を渡された傭兵は、ときたま欠伸をしながら作業をこなしていた。
どうせやるなら、剣を振るうほうがいい。金持ちの身分確認など、正直面倒だというのが彼らの本音であった。けれどこれは金になる仕事だ。政治のことはよくわからないが、ようは人手が足りないのだ。金になるなら文句は言えない……そう彼らは考えていた。
今回集められた傭兵はざっと三十人ばかり。そのうち数名が城周辺の警備、数名が城の裏入口の警備、数名が入場する人間の貴族証確認の番人をしている。王宮直属の兵士たちは、これから王さまになる若君の警護や城のなかの警備のため、人手不足というわけだ。それにしたとて、王国の兵士だ。数が足りないわけがない。傭兵を使うなど、まずはありえないことではないか――しかし、そんな細かいことなど、彼らは気にもとめない。金になる。なら、それでいいじゃないか。
全員入場したのだろう。人通りがなくなった――そう思った瞬間、女二人組の貴族がひどくあわてた様子で現れる。どこぞの令嬢であろうが、なんともうつくしい。ひとりはすらりとした背丈で、亜麻色の髪を肩にかけ、にっこりとほほえんでやってきた。もうひとりはピンクの淡いレースをあしらったドレスで、燃えるような赤い髪を頭の上に結っている。
「すみません、まだパーティーははじまっていませんか?」
軽やかな、歌うような声音で濃い紫のドレスを着た女性がはじめに口をきった。思わず聴き惚れてしまうような、うっとりする声だ。
若い傭兵はすぐに顔を赤らめて口ごもる。もうひとりの番人は中年の男だが、いやらしい笑みを浮かべて言った。
「ええ、まだですよ。どれ、身分証は――」
すると、女性は亜麻色の髪を無造作にかきあげると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いけないわ。父さまに預かってもらったままだったわ……どうしましょう?」
ごくん、と男は生唾を呑み込む。そして戸惑う女性の腕を取り、にやっと笑った。
「そうだなあ。本当はいけないことなんだが……お嬢さんはきれいだねえ」
「いえ……」
男はさらにいやらしい笑みを広げると、女性の腰に腕をまわす。途端、彼女の顔から完全に笑みが消えた。
「な、なにをするのですか……!」
「いや、本当は貴族証がなかったらとっ捕まえないといけないんだが……ねえ?」
女性の顔が引きつる。背後では、女性とともにきたもうひとりの貴族の少女が「やめてください!」と声をあげたが、男は構わず、若い傭兵に顎でしゃくって言った。
「おい、おめぇはそこの女を頂いちまえ」
「え、いいんすか?ヤバくないですか」
そう言いながらも、若い男は暴れる少女の腕を取ってまとめあげた。
「構うもんか。どうせ入場する貴族さまたちも、このふたりで最後だろ?ひとりやふたりどうなったって、だれも――」
「失礼する」
そのとき、突き刺すような声が響いた。女に夢中で人の気配に気づかなかったのだろう。見れば、殺気を振りまく貴族がこちらをにらんでいた。明るい茶色の髪を軽く流し、片目を長い前髪で隠している男だ。いかにも高貴な育ちらしく、すっと伸びた背は見とれてしまうほどハッとさせられる。彼の藍色の瞳が細まり、予想外の力で女に触れていた手をねじあげられて、傭兵は思わずうめき声をあげた。つづいて、赤毛の少女に絡んでいた門番の悲鳴もあがる。
「痛ェ!」
「この下郎が」
少女を救ったのは、小奇麗な男だ。女に見間違えるほどうつくしく整った顔立ちをしている。彼はじろりとにらみをきかせ、転がる若い傭兵の手を思い切り踏んだ。
「てめぇ!なにすんだ!こっちは王さまから直々に命じられてるんだぜ?俺たちの邪魔をして、でかい顔できるとでも――」
「それはこちらの台詞だ。貴様、彼女に気安く触るな」
片目を隠した男はそう言い放ち、すらりと剣を引き抜いた。中年の傭兵が、憎々しげに顔を歪め、腰の剣を彼らに向けたからだ。
そのとき、ちょうど見計らったかのように、男がまたひとり飛び出してきた。片違いの色の目をした男だ。
「待て待て。こちらはウィリアム公爵とアーノルド坊っちゃんであるぞ。戴冠式のパーティーへ参ったのだ。おまえたち、この方々に剣を向ければどうなるか――」
「うるせえ!俺はお愉しみを邪魔されて頭にきてんだ!死にたくなきゃあ、とっとと女置いて失せやがれ!」
ブロンドの髪の男に踏まれた手をさすりながら、若い傭兵も立ち上がり、腰から剣を引き抜く。顔にはニタニタした笑みをはりつけて。
「へへ。心配しなくても、女にもいい思いさせてやるからよ」
「僕はどうやら、短気になったようだ……今すぐこの場を去るなら、見逃してやるが」
「うるせぇ!そんな洒落た格好で、俺に勝てるとでも思うのか!」
血走った目でそう叫ぶや否や、男はすさまじい勢いで貴族へと切りかかる。藍色の瞳をした貴族は、亜麻色の髪の女性を自分の後ろへ匿うと、ふっと息をはき、軽やかにその攻撃を受け、流す。
傭兵は思わず舌を巻いた。この貴族、かなり剣を扱えるようだ。どんどん追い詰められていく。
若い方の傭兵は焦りの汗を浮かべると、あわてて加勢した――が、彼の剣は、ブロンドの髪をした男によってたやすくはじかれてしまった。
「おまえの相手は、俺がしてあげるよ……最近、とってもムシャクシャしてたんだ」
にこっと笑うと、そのまま傭兵の頬を肘で思い切り殴り飛ばす。ハッとした瞬間にはすでに、若い傭兵は地に伏せっていた。と同時に、中年の傭兵も剣の柄で頭を殴られ、気を失った。
藍色の目をした男――ウィルの周囲から、さっと殺気が消えた。表情は疲れ切ったようで、ため息をこぼす。
「ドロテア、スー、大丈夫?」
「大丈夫よ。ありがと」
「ええ、わたしは……」
ドロテアはちょっと苦笑しながらも、うれしそうにウィルに駆け寄ると、その頬に触れてほほえんだ。
「まったく。君たちって本当、世話がかかるよね。穏便にって言葉、知ってる?」
「煩い、役立たず」
レオが肩をすくめ、あからさまな呆れ顔をするのを、アルはギロリとにらんで黙らせた。そしてひとり、さっさと見張りのいなくなった入口へと向かう。
ぽかんと口をあけてその背を見送るスーをニッと笑って促し、レオは歩き出す。
「イイモン見れたじゃん。ま、嫉妬深い夫って疲れると思うけどね」
「……なんですか、それは」
スーは放心状態に近い形で、城へと入っていく。本当に、わけがわからない。
ウィルの行動には納得がいく。愛する人が、他の男に触れられるのを黙って見ていることなどできない。けれど、アルは――?
(勘違いしちゃだめよ。ただ、騒ぎにならないように助けてくれたんだから)
わかってはいるのに、どうしても心臓の音が静かにならない。
自分が男に手を取られ、いやらしい笑みを向けられたとき、ぞっとした。そして、黒い塊のような恐怖に襲われた。そんななかで、月を思わせるブロンドの髪がきらりと光るのを見た。青い瞳がキツく歪められ、彼に腕を引かれて助けられた――アルは自分の胸にスーを抱き、彼女の腕を拘束していた男を憎々しげににらんで打ちのめした。
そのときささやかれた彼の声が、耳から離れない。たぶん、アルは無意識のうちに口走ったのだろう。
心臓を鷲掴みにされた。心すべてを持っていかれてしまったような錯覚。
(アルさまは、どうしてわたしを助けたの?)
近くて遠い、そんな存在の背を見つめながら、スーは彼の言葉を反芻した。
『こいつは、俺のモノだ』
その意味のわからない、言葉を。