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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第二部 『海賊編』
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第三十九章 悪夢


第三十九章 悪夢




†▼▽▼▽▼▽†



「アルさまなんて、いなくなればいい」


 のばしかけた手を、急いで引っ込めた。冷たい風が、身体を通り抜けていった気がした。

 少女は赤い髪を揺らしてふりかえると、さらに眉をひそめて口をひらく。


「アルさまなんて、だいきらいです」


 どうしたことだろう。苛立ちと一緒に、それと同じくらい……いや、もっと大きな悲しみが押し寄せてきた。

 アルはくっと口を噛みしめ、顔を歪める。馬鹿だ。なにを悲しむ必要がある?


「黙れ。おまえは俺の召使――」

「そんなの、おかしい」


 アルの言葉を遮り、スーは言う。非難めいたまなざしを向け、いささか強すぎる口調で。

 こんなはずじゃない、と王子は内心舌うちをしたくなった。

 自分はこの少女の――緑の眼が、怯えに、恐怖にくもっていく様が見たかったのだ。逃げるようなことは考えず、ただ従順にそばにいればいい。

 あの日――はじめて少女自身が怒りをあらわにし、『だいきらい』だと言葉にされたとき、アルは心が軽くなったような気がした。やっと本当のことがわかった気がした。

 そしてしばらくしてから、言いようのない絶望感に囚われたのだ。

 矛盾している。――それはわかるものの、うまく感情をコントロールできない。

 自分でも、自分自身のことが理解できなかった。


「ねぇ、アルさま?」

 ハッと顔をあげると、口の端に、彼女には似つかわしくない笑みを浮かべたスーがこちらを見ていた。

「あなたは、いったい、なにが憎いの?」

 強く、低く、唸るような――心の奥底に直接染みてくるような、そんな声音で彼女は言う。緑の瞳が嘲りの笑みに歪んだとき、アルは不覚にも怯えた。

(なにが……憎い……?)

 おかしい。――アルは苛立ちと恐れが入り混じったまま、動揺を隠すこともできずに、ただ少女を見つめた。

 自分はいつでも、優勢だったはずだ。主導権はこちらにあったはずだ。それなのに、どうして……。

「かわいそうな人ね」

 ふっと笑みをもらし、少女は王子の頬に指を這わせる。冷たい感触が走り、アルはぴくりと肩を縮めた。

「怖がることなんてないわ……だってみんな、同じ気持ちですもの」

 少女はくすくすと含み笑うと、両手でそっとアルの頭をはさむと、ほとんどくっつきそうなくらいに近づいてきた。

 身を引くこともできず、アルは次第に大きくなってゆく恐怖に震えていた。

(やめろ)

 声はただのか細い息となって流れてゆく。深い緑の眼に吸い込まれていくような、そんな錯覚を覚えた。

「アルさま……」

 少女はゆっくりと彼の肩に手をかけると、滑らせていく。そして――。

 アルはぎくりと目を見開いた。

「烙印はお好きですかぁ?」

 少女の白い指先は、彼の醜い痕を愛しむように撫でていた。

 ぞくりとした嫌悪感が走り抜け、アルはあわてて手をはたいて身を引く。

「やめろ」

「なぜ、ですか」

 それでも少女は怯むことなくほとんど身体をのしかかるように彼に預けた。馬のりになるかたちで、彼女は王子の頬に触れる。

「知ってますか?フィリップ王子は自殺したんです」

 暗く重いなにかが、アルの心臓に迫る。

「殺されたんじゃない……あの人は、この国を捨てて、自殺したんです」

「嘘だ!」

 気づけば、泣いていた。ぽろぽろと次から次へとこぼれていく涙を拭うことなく、アルは頭を振った。

「ちがう……嘘だ!兄上が自ら死を選ぶなんて……」

「知っているのでしょう?」

 アルの言葉を遮り、少女は冷たく笑う。その瞳を見た途端、アルは反論することができなくなった。

 おかしなことだ。フィリップ王子が自殺したのだと少女に教えたのは、アル自身なのに。それなのに、彼はその事実を尽く否定しようとする。

 自分でもわからなかった。自分がわからなかった。

「フィリップ王子には、愛した人がいました。あなたは、知っていたのでしょ」

「ち……がう……俺は……知らない……」

「嘘つき」

 少女はニッと笑うと、さらに緑の瞳を歪めて顔を近づけた。

「知っていたから、ここへ来たのでしょう?兄上は暗殺されたのだと――自ら死を選んだわけではないと、思いたくて」

 声が出ない。あまりの苦しみに、アルは顔を背けようとした。しかし、少女はそれを許さず、強い力で彼の顔を自分へと向けさせた。

「逃げるなんて、赦さない」

 深く底光りする緑の眼が、有無を言わせぬ力をもってこちらを見た。


(――兄さま――)


 そこにいたのは、もはや怯える少女ではない。怒りに顔を歪めた、フィリップ王子だった。

「僕はおまえを、赦さない」

 逃げられなかった。ただ、足枷をはめられたように身体は重く、肩にかかる烙印がみしみしと痛んだ。

 そしてなにより、胸に迫るとめようもない恐怖と悲しみが、どっと彼を襲う。

 ――逃げられやしない。もう、呪縛のような想いからは。

 真相を知ってどうなるというのだ。自分がさらに傷つくだけかもしれないではないか。

(なにもいらない)

 ぼんやりと緑の瞳をながめながら、アルは思う。

(偽りでかためられた世界なんて、壊れてしまえばいい……)

 そっと目をとじる。いつも暗く、肌寒い世界がそばにあった。そこはいつも、彼を拘束しては痛めつけようと笑っている。

 すべてが同じだった。すべてが、いつも、暗闇で笑っていた。

(――いらないんだ)

 しかし、どうしたわけか……彼の瞼の裏に浮かんできたのは、あの忌々しい記憶をつくった父王でも、必死に好いてもらおうと努めた母でも、いつも心に潜んでいた兄でもない――そこに浮かんだ姿は、つい最近、彼の片隅にすらないと思っていたなにかだった。


(――ステラティーナ……)


 そっとアルは彼女の名を反芻する。涙が――先ほどとはまたちがった涙が、ぽろりと落ちた。






†+†+†+†+


 だれかが呼んだ声を聞いた気がして、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

(――夢……?)

 身体を起こし、今だ夢現と混乱している頭を振り、アルはこめかみを押さえる。

 どうやら、しばらく眠りについていたらしい。目が覚めて、今いる場所がカスパルニアの城ではないことを思い出すのにたっぷり十秒かかった。

(……馬鹿みたいだ)

 アルは濡れた睫毛を乱暴に拭い、涙のあとを消すように顔をごしごしと手でさする。夢をみて本当に泣くなど、こどもではあるまいし。

 そうは思うものの、心にぽっかりとあいた穴を埋めるがごとくわいてきた、言いようのない苦しみを覚え、アルは息をすることすら億劫になった。

(きっと……兄さまは――)

 アルは掌に顔を埋めた。そうしてしばらく、そのまま沈黙した。



 城を飛び出してからどれくらい日がたったのだろう。

 王子とはいっても、アルは様々なことを叩き込まれて育ってきた。野宿の仕方だってなんだってわかっているつもりだ。

 まだはじめのころ、弱虫な第六王子としてないがしろであったころ――自分にはなにもできないのだと、ただあきらめていた。母の喜ぶ顔が見たくて、そればかりに熱を注いでいた。母が亡くなると、父からの虐待に耐えるため、殻に閉じ籠る術を身に付けた。

 そうやって生きてきた――フィリップ王子が死んでからは、特につらく。

 教育をきちんと受けられるようになったのは、フィリップが計らってくれたからだったが、アルはそのフィリップに頼んだのがランスロットであることを知っている。あの世話やきの騎士は、王家の教育がきちんとアルに行き届いていないことをフィリップに告げ口したのだ。

 剣術はその第一騎士から学んだ。そのためか、どんな教育よりも彼は剣を振るうことが好きであった。――いや、むしろ、ぶ厚い本を片手に冷ややかな視線で嫌々語る偉大な教授たちからの教えよりも、素朴で切実な、ただ騎士という役割に熱心な少年から学ぶことのほうが楽しかったのだ。

 第一王子であるフィリップが亡くなると、翌年には第二王子までもが暗殺された。次から次へと死んでいくカスパルニア王家の王子たちに、いつしか呪いのような恐怖すらはびこっていた。だが、フィリップ王子が死ぬ間際に見つけ出した暗殺組織のことからも、呪いのような奇怪な事件ではないのだということはわかっていた。それでも、第一王子の死以来、暗殺組織の姿など見当たらぬなか、次々に王子は亡くなっていった。やがては潰したはずの暗殺組織の影に怯えた。

 次は己の番だ――そう嘆き恐れる兄たちを見てきた。そしてついに、自分の番が回ってきたとき、アルはふと、なにか空虚な歓びを覚えた。

 第六王子として生まれてきた自分には、王位を得ることなど皆無だと思ってきた。なによりも優秀な兄がたくさんいたし、特別に優れた能力のない自分には絶対に叶わぬ夢だと思っていた。

 だが、それが今や、自分の手のなかに転がっているのだ。王冠を玩具のように、国を暇潰しの道具として扱える地位にいるのだ――次期国王となった日の夜、アルは声をたてて笑った。

 月がうつくしい夜だった。バルコニーへ出て、夜風を浴びながら、アルは低く赤みがかった月をながめた。


『おまえなんかいらない』


 今でも耳の奥にこびりついて離れない、声がある。ただひたすら欲していた、母親からの愛情――。王になどなれない我が息子を嘆いていたあの声が、がんがんと頭を打った。

(もう、いらない子じゃないでしょ、母さま)

 唇の端を引き上げ、アルは目をつむる。

 星すら呑み込んでしまいそうな満月の光に、ただ光悦として酔った。

(王になるよ――兄さまが手に入れられなかった、すべてを……)

 刺客など恐くはなかった。どんな陰謀が待っていようとも、なにも恐れることはない。

 もし、王の血を継ぐ最後の人間である自分が死ねば、どうなるのだろう――なぜ、王子たちを殺していったのだろう。それも、ひとりずつ、じっくりと。

 なにか隠されているのだろうか……アルはニヤリと笑みをもらし、ではどうやって真相を掴もうかと思案した。

 彼には、兄たちにはないものがあった。

 剣術に長けた騎士、優秀な側近、そして扱い難いが手駒はあった。なにより彼には、他者を寄せ付けぬなにかがあったのだ。

 絶対に王になろう――アルはその夜、野望にも近い、秘かな誓いをたてたのだった。




 アルは一度ぎゅっと目をつむり、ごしごしと手の甲で顔をこすった。いつまでも過去を思い出し、物思いに耽っているわけにはいかない。

 すっと立ち上がり、深呼吸する。高ぶった感情を静めるためにそうしていたが、ややあって彼は歩を進めた。

 今宵こそは、聞き出さなくてはならない――なにも期待する結果は得られないとしても、すこしでも知りたかった。

 フィリップ王子の死の原因を、たしかめたかった。


(兄さまは、きっと僕を許しちゃくれない――)


 とてつもない、恐怖に似た心細さがわきおこる。それでも、知りたいと思ってしまう。

 自殺ではないと――そんな答えをまだどこかで期待しながら、アルは部屋をあとにした。


 もう二度と、会うことのできない兄の影を追い、彼は暗闇の世界へ溶け込んでいった。








久々にアルを書きました。

めちゃ楽しいです笑


そういえば、最近アルが出ていなかったんだなぁと、改めて思い知らされました。

きっと自分の出番が減って、ご機嫌ナナメなことでしょう。

だって彼、自己中心ですから。

ええ、たぶん(ぇ


今回は、ちょっとだけ、外伝『月の騎士』にもリンクしてるかな?



お知らせ:

2010年1月22日~三十七章→時間軸修正完了。

           三十八章→誤字脱字修正。加筆あり。



では、ひきつづき、よろしくお願いします。



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