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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第二部 『海賊編』
38/150

第三十八章 ふたりの暗殺者

いつも読んでくださる方、ありがとうございます\(^o^)/


月の騎士~秘密の誓い~を読んでくださった方はなんとなく気づいていただけたかもしれませんが、

ランスロットとスーの月をながめる場面には、暗示する感じとなっていたり……笑



では引き続き、よろしくお願いします。



第三十八章 ふたりの暗殺者




†▼▽▼▽▼▽†



(……あれ……?)

 津波のように一気に不安が押し寄せる。なにをしたわけでもない。身体がぞくりと震えたのだ。

(この感覚……前にもあった……)

 耳に覚えがある。恐怖を引き起こす、この声……。


「なに浮かない顔してんの」

「――レオさん」


 傍らに、赤みがかった黒髪の男が立っていた。他の海賊たちのように、酔って顔が赤らんでいることも、ふらふらと足元がおぼつかない様子もない。

「レオさんは、お酒は飲めないんですか」

 彼の質問には答えず、スーは思ったことをそのまま口にした。

「酔えないんだよ……俺は酒には強いからね」

 にやっと口角をあげるレオに、スーは曖昧な笑みをかえしながらも、どこか納得がいかなかった。

 なぜか彼が、張りつめているような気がする……。

(ランスロットさんみたい……)

 ぼんやりとそんなことを思う。どこか抜けていそうだが、芯はしっかりとしている。内になにかを含みながらも、それを巧みに隠してみせる……そんな印象を受けた。

 だが、なにかあったのか、などと無粋なことは聞きたくなかった。この楽しい宴に、水をさすようなことはしたくなかった。

 レオは言わない。ならば、聞かぬほうがいいのだ。

「……ここの海賊さんたちは、みんなやさしいですね」

 わざと話をそらせようと、スーは口をひらいた。レオもうんと頷く。

「ああ。愉快極まりない」

 世界が広がるような気がする。今まで見えなかった、そんな世界が――。

「飲まないのか?」

 ワインをテーブルに戻したスーを見て、レオは言った。

「ええ。この国の法律では、まだわたしは飲めない年齢ですから」

「お堅い奴だね、君も」

 ふんと皮肉まじりに言う男に、いっそ船酔いはどうかと嫌味のひとつでも言いたくなった。


(……そういえば、カインさんの話……)


 ふいに、ハッと思い出す。レオには気をつけろ、と言われていたのだ。たしか、彼は今、スーが自分に夢中だという、大いなる勘違い中であるはずだ。

「ん?」

 ばっちりと目があってしまった。あわてて顔をそらす。

 きっと忘れているにちがいない。意識するなど、自信過剰もいいところだ。――スーは顔を赤らめ、うつむいた。

 だが、それは逆効果であったらしい。

「なに?誘ってんの」

 レオは甘く囁き出す。ゆっくりとした動作で、しかし確実に少女に迫ると、そっと腰を抱いた。

 びっくりして顔を引きつらせるスーに、彼は目を細める。

「なんなら、今からふたりで部屋にいく?」

(なっ――!)

 口をぱくぱくさせる。

 そうだ、忘れるところであった。彼はカインと同じくらい手がはやい男なのだ……。

「け、結構です!」

 きっぱりと言い切り、スーはレオの拘束から無理矢理抜け出すと、急いでその場をあとにした。

 後ろからくすくすという笑い声が聞こえたが、もはや構う余裕もない。はやくこの頭を冷やし、落ち着かなくては――いちいちからかいに振り回されてはいけない。

 しかし、スーは最後にちらと後ろを振り返った。相変わらず口端に笑みをのせ、レオはアルそっくりにこちらを見ていた。


(なにか隠しているのかしら)

 ふいと目をそらし、再び歩き出す。

 あの眼を細め、口角に笑みを浮かべながらも、どうも笑っているとは言い難い表情は、あの独特の笑みは、スーをおかしくさせる。思わず手をのばし、なにか言ってやりたいという衝動に駆られる。そしてそんな衝動につき動かされながらも、やはり身体は躊躇い、とどまってしまうのだ。

 スーは熱くなった頬に手をあてて、とりあえず船内を歩き回って気を落ち着けようと考えた。

(ああ、もう。わたしはどうして、こんな――あれ?)

 ずんずん歩いているうちに、ふとユーリのことを思い出した。レオはもう船酔いからは回復したようであったが、彼女はどうなのだろう。歓迎会と称される騒ぎの場には、いなかったように思う。まだ具合が悪いのだろうか。

(大丈夫かしら。今夜くらい、楽しめればいいのに)

 もったいないと思う。舌がとろけそうな夕食も、うっとりと聴き惚れる歌声も、あの胸踊る空間にも、彼女は居合ることができなかったのだ。

 せめて、ドロテアの歌声だけでも聴かせてやりたい――あんなにひどい船酔いをしていたレオでさえ、もうけろりとしているのだ。もしかすれば、ユーリも元気になったかもしれない。

 スーは半ば自分に言い聞かせるように頷くと、足をユーリの部屋へと向けた。


 しかし、部屋に彼女の姿はなく、布団が無造作に跳ね退けられているだけだった。がらんとした印象を与えるその部屋をぐるりと見回し、スーは知らぬ間にため息をこぼす。

(どこに行ってしまったんだろう。具合も、よくなっているといいけれど)

 ゆっくりと扉を閉め、スーは仕方がないとあきらめると、再び甲板へと足を向けた。






†+†+†+†+


 異変に気づいたのは、甲板へとつづく扉が見えてきたころだった。

 どうも気配が殺伐としているように感じられる……静かすぎた。

(歌も聞こえない……)

 ぎゅっと自身の肩を抱きしめ、スーは恐る恐る扉に近づいた。――と、そのとき。かすかに、鋼の交える音がした。

 あっと思う間もなく、今度は大きな音をたてて扉が壊れ、もろともにレオが吹っ飛んできた。扉の破片やらの木屑をあびながら、彼は廊下の壁に強く身体を打ちつけた。

「レオさん!?」

 震える声を絞り出し、スーは駆け寄る。頭を抱き起こし、顔を軽くたたいた。レオには目立った怪我はなかったが、切傷がある。それに、今の衝撃で彼は気を失っていた。

(――なに……)

 なにが起こったのか、わからない。スーはそのまま、壊された入り口から外の光景を見た。


 日はすっかり暮れ、夜の海が漂う。空よりも深い黒色の広がる水面は、たぷたぷとさざ波を立てて揺れている。

 パーティーの準備として飾られたランプに照らし出された甲板――先ほどまで、様々な料理が並べられ、ドロテアの歌にみな意気揚々と酒を飲み交していたその空間――で、スーは思わず目を見開いて悲鳴をあげそうになった。


(ひどい)


 海賊たちはみな床に伏せっていた。手にしていた食べ物や飲み物を落とし、みな崩れるように倒れていたのだ。テーブルは傾き、のっかっていたはずの料理もすべてぐちゃぐちゃに床に散らばっている。

 わけもわからず、スーは散乱した光景に立ちすくんだ。

 レオはあきらかにだれかに襲われたのだ――それがわかり、スーは戦慄に似た震えを覚える。だれが、なぜ……。


「不用心じゃない、お嬢ちゃん?」

 はっとして、しまったと顔をしかめた。もっと警戒すべきだったのだ。のこのこ顔を出してはいけなかったのだ。

 聞こえた声に、スーは震えた。

(ああ……そうか)

 月光を背に立っていたのは、闇色のマントに身を包んだ人物だった。男たちが倒れているなか、その人物はうつくしいくらいまっすぐに、殺気をにじみ出して立っていた。

(この声はあのときの……アルさまの刺客の声――)

 彼女はマントのフードをゆっくりとはらいのけた。そこには、妙に整った女性の顔が――看護に長けた、侍女の顔が現れた。

(……だからわたしは、怖かったんだ。この声を知っていたから……)

 リアの声を聞くたび、ぞくりとした震えが走ったのを思い出す。その理由が、今はっきりと理解できた。


「やっと会えたね、お馬鹿な娘」

 にっこりと唇を横に広げ、リアは言う。片手に剣を持ちながら笑う彼女は、そのうつくしさに不似合いなようで、しかし妙にさらに秀麗に見せるようで、不思議な感覚になる。

 スーは後退りをして、口を引き結んだ。

「刺客は、あなただったんですね……どうして……」

「雇われたからよ。幸いわたしは、あの城のことを知り尽してる」

 ふんと鼻をならし、彼女はさもおもしろそうに唇を歪めて、一歩ずつ近づいてきた。

「邪魔してくれちゃってさぁ。依頼のシナリオ通りに動いてくれなくちゃ」

 スーの背は壁にあたった。じりじりと相手との距離はつまる。

「嫉妬に狂った召使が、うつくしき王子さまを殺しちゃうのよ?あのとき――あとでふたりまとめて殺してやろうと部屋に戻ったけど、王子さまはいなかった」

 スーはハッと顔をあげる。たしか、スーをいちばんはじめに発見したのは、リアだった。

「仕方ないから、あんただけでも始末しようとしたけどさ、うまく逃亡してくれちゃって」

 アル王子の部屋に残されていたという血痕も、彼女の仕業なのだろう。スーは苦い思いで、見つめる眼に力を込めた。

 すべてはシナリオだったのだ。その黒幕はだれなのかわからないが、すべては敷かれたレールを用意されていたのだ。――第六王子の暗殺という。


「リアさん、やめてください……!」

 訴えるようにスーは声をあげた。しかし彼女は、すこしも心動かされることなく、けなすように笑う。

「あら、いい態度ね。もっと命ごいでもしてみなさいよ」

 声も高らかに笑う。リアはそばに寝転がっていた海賊のひとりの顔を爪先で蹴った。

 ひ、と声を呑み込み、スーは口を手で抑える。あまりに非情だ。

「みなさんになにをしたんですか!」

 相変わらず冷えた笑みを浮かべながら、彼女は歩を進め、同じく気を失っているドロテアの髪をつかんで言った。

「ワインに眠り薬を入れただけよ……あんたは飲まなかったみたいだけど」

(あのときの――!)

 たしか、ワインをすすめてきた小柄な少年がいたことを思い出す。そして海賊たちはみな、意気揚々と酒に溺れていた……。すべては彼女の仕業だったのだ。

「違い目の男とあんただけがワインを飲んでくれなかったからさ。始末しなくちゃね……」

 リアはドロテアの白く清んだ肌をぱちぱちとたたく。

「本当は毒で殺してやりたかったんだけどさぁ……ほら、この女には借りがあるし」

 くすくすと声をたてて、彼女はぱっとドロテアの髪を離した。亜麻色の髪をした女性は抵抗もなく倒れる。

「あたし自身で始末してやらなきゃ……そうね……全部、この悪い海賊の仕業で……ね?」

 スーはリアから目を離すまいと、まばたきすらしなかった。刺客がこのように事情をぺらぺらと話したということは、本気で自分を殺しにくるのだろう。――慈悲など、皆無で。

 女の口が笑みでさらに引き上がった――あっと思う間もなく、スーの首に、白くほっそりとした指が絡まった。

 途端、一気に息ができなくなり、苦しさが襲ってくる。

(苦し――?)

 だが、首への圧迫はすぐに消え失せた。空気が肺を満たし、スーは咳込みながらふらふらとよろけ、事態を把握すべく目を走らせる。


「……デジル」


 かすれたようなドロテアの声と同時に、リアが息を呑むのが聞こえた。スーが首元を抑えながらそちらを見上げると、リアの手をドロテアが取っているのが見えた。

 ドロテアに助けられたのだ。

「おまえ――薬が効かなかったの」

 苛立ちを声にのせ、リアはつかまれていた手を弾いて身を構える。ドロテアは感情の見えぬまなざしを向けたまま、ゆっくりと口をひらいた。

「ワインに眠り薬を入れたのね……あたしはあまりワインが好きじゃないのよ」

 ちっと舌うちし、しかし次の瞬間には彼女はニタニタと笑みを広げた。

 ぞく、と震えが走ったと解るより先に、彼女はドロテアの首に手をかけて、目をむいて嬉々と力を込めていた。

「――かはっ」

「あんたから殺してあげる……腰抜の小娘」

 ぎりぎりと力が込められる。ドロテアの眼は細められ、苦しみに歪んでいく。

「や……めて……デジ……ル……」

「煩い!わたしは――今のわたしはね、リアなのよ」

 蚊の鳴くような声で言葉をつむいだドロテアに、女は嘲笑って告げた。おもしろくてたまらない、というように。

「カスパルニア王国第六王子の、看護専門の侍女として、ね――かつて歌姫ともてはやされた、あんたの名を使ってね」

 くっくっと女は笑う。ドロテアの目からは、悔しさか悲しさからか、涙がぼろりと落ちた。


(いやだ)


 胸につまった苦しさを押し出すように、スーは急いで立ち上がりながら声をあげる。

「やめて!お願いします――」

 ほとんど泣きじゃくるように女の腕をたたく。だんだん抵抗の力をなくしていくドロテアを見て、彼女の命が消えそうで、怖かった。

 しかし、女はさらに笑みを深めた。目だけを怪しく光らせた、御馳走を目の前にした、猛獣のように。


「お嬢ちゃん、フィリップ王子に拾われたんでしょ?」

 ――なぜそれを。今の状況と女の言葉の意図がチグハグで、スーはただ一時停止した。

 女の唇が、ニッと横にのびる。

「なら、いいことを教えてあげるよ――」

 ぱっちりと目があった、その瞬間、スーは言いようのない恐れを感じた。聞いてはいけない、とどこかで警鐘が鳴る。

 しかし、もうそのときには、女は口をひらいていた。スーがいやだと実感するよりはやく、言葉を発していた。


「フィリップ王子を死に追いやった犯人はね――この女よ」



 夜の訪れ。今宵の星はほとんど見えない。厚い雲に覆われて、ただ、深い闇が広がっていた。










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