第三十四章 謎の人々
第三十四章 謎の人々
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激しく肩を揺すられ、スーは瞼を持ち上げる。懐かしい夢をみていたようで、まだ頭はぼんやりとしていた。
不思議な気分だ。久しぶりにフィリップに会えたような気がする。けれどそれは同時に果てしない切なさまで胸に起こった。
(兄さま……)
「寝惚けてるの?」
ゆっくりと顔をあげる。オレンジの髪をした女性が、あきれたように笑ってスーの肩を揺すっていた。
「ほら、お捜しの人がきたよ」
(お捜しの人……?)
そんな人いたかしら、などと鈍い頭で考えながら、スーは示された方に顔を向け、あわてて正気を取り戻した。
そこにいたのは、レオから預かった写真に映っていた人物――ドロテアであった。
うつくしい人だ……スーは思わずうっとりと見取れてしまった。写真で見たときよりもずっと妖艶で、ずっと清純そうで、ずっと透明な――まるで妖精のような人だと思った。
亜麻色の細く伸びた柔い髪に、紺色のような紫の瞳、すらっとした身体、白い肌――じっと動くことすら忘れ、少女は立ち尽くす。
ドロテアは視線に気づき、その瞳をチラとこちらに寄越す。ばちっと目が合うと、彼女はスーに向かってにこりと笑った。
「あら、はじめての人ね?あたしのことを捜しているって聞いたけれど――」
かあっと顔を赤らめて立ち尽くすスーに、彼女はにこやかな笑みを浮かべながら近づいてきた。そしてスーの目の前にまでくると……。
(えっ)
スーはぽかんとして彼女を見つめ返した。スーに近づいてきたドロテアからは次第に笑顔が消えていき、驚きと戸惑いの表情が浮かんだ。
「あ、あの、わたし……」
身動きできないほどショックを受けたように、ドロテアはまばたきすらせずにおろおろするスーを見つめる。
まさか、知らぬ間に気に触ることをしてしまったのだろうか。自分の男装がいけなかったのだろうか。
「あっ、すいません」
スーは不安に顔を歪める。そういえばマントのフードをかぶりっぱなしであったことに気づき、失礼に当たってしまったのだろうと考えた。あわててフードを取り、頭を下げる。
初対面できらわれてしまうのには耐えられない。
しかし、スーの推測はまちがいに終わった。ドロテアはスーの謝罪に急いで笑みを戻し、手を振った。
「いやだ、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって」
「えっ……あの……」
「男の子が会いに来てくれたのかと思ったのよ」
ふふ、と柔く笑う彼女に、スーはほっと安堵する。とりあえず、なにか気に触ったことをしたわけではないのだ。
すこし違和感を覚えながらも、スーはそれ以上気にすることをやめた。
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「レオが?!」
スーが今までの経緯――レオに頼まれたのだという事情を話すと、ドロテアはあきれたように声をあげた。
「今さらのこのこやって来るなんて……あいつのせいで、あたしたちは出港を遅らせたっていうのに」
ドロテアは大きくため息をつき、スーの隣に腰かけて出された水を飲み干した。
「ただでさえ急いでいたのに、あたしたちはあいつを待つことにしたのよ?それなのにレオったら、昨日も約束の時間に来なかったし……」
「そ、それはわたしのせいなんです!」
苛々しはじめたドロテアに向かって、スーは急いで弁解する。すくなくとも、昨日彼が約束の地へ行けなかったのは、自分のせいでもあるのだ。
申し訳なさでいっぱいになる。なんの商売かはわからないが、きっと遅れは多大な損害になるのだろう。
「ちがうわ、あなたは気にしないで。あいつが優柔不断だから、あたしは怒っているのよ。五日前には出港をはやめろと言ってきたし、急に俺も海へ連れていけなんて言うし。それで今度はこの有り様でしょう?たまったもんじゃないわ」
長い髪を振り、彼女はスーを見た。
思わず、スーはどきりとする。なぜかドロテアの瞳に、憂いのようなものがかいま見えた気がした。
「あなたはどこから来たの」
今度こそ、本当にスーはどきりとした。冷や汗がつーっと伝う。
いちばん聞かれれば困る質問である。まさか「カスパルニア王国王宮から来ました」などと言えるはずもない。かといって、他にいい考えも浮かばない……スーは他の町や村の名前さえまともに知らないのだ。
うつ向き、すっかり言葉をなくしたように黙り込む少女に、ドロテアは声をかける。
「ごめんごめん。なにかワケありなんだよね。男装までしているし……気が回らなくてごめんね」
「いえ、そんな……」
なにも言えない自分がいやだ。相手に気を遣わせるばかりで、自分ではなにもできていないではないか。
スーは無意識に唇を噛みしめた。
(わたしはもっとしっかりしたいのに……?)
ふいに視線を感じて顔をあげると、ばちりと目が合った。あまりにじっくり見られていたので、スーは気後れしてしまったが、ドロテアはすぐに柔い笑みをつくった。
「すごくきれいな瞳ね。海みたい」
彼女の言葉にどきっとする。瞳を褒められるのはなによりうれしかった。
「海みたいだと言われたのははじめてです」
「そうなの?でも、とっても深い色合いで、素敵だわ」
はにかむスーにさらに笑顔を見せ、ドロテアは首を傾ける。そのちょっとした動作すら、上品でうつくしい。
「で、でも、ドロテアさんの瞳もきれいです……紫がかっていて……不思議な感じで……」
恥ずかしそうにもごもごとスーは言葉を落とす。他人を称賛したい気持ちはあっても、その気持ちを表すほどの言葉はなかなか浮かばない。
きっとアルならば貴族の社交辞令ではあっても、相手を誉め称える最高の言葉を知っているにちがいない。
スーはチラと彼女を盗み見る。――瞬間、幼い少女のつぶやきが頭に響いた。
『きっと悲しいんだ。いつもやさしいけど、いつも泣きそうだから』
――ドロテアの眼には、たしかに憂いがのぞいていた。その不思議な瞳の奥に光る、あきらめいた悲しみが見えた気がして、スーは刹那息を止めた。
「あなたも、気づいてくれるのね……」
それはどういうことですか、と尋ねようとしたが、口をひらく前にドロテアは視線をはずす。遠回しにそれ以上は聞かないでほしいと言われているのだと悟り、スーは唇をしめた。
これ以上踏み込みな、と柔く拒絶されたようで、心が痛む。見えない壁を一瞬にして張り巡らされたように感じ、なんだか悲しくなった。
その場にはしばし気まずい雰囲気が漂った。だがしかし、ドロテアは瞬時に柔い笑みを浮かべて口をひらく。瞳は明るく輝いている。
「赤毛も素敵ね!こんなにきれいな夕日色は見たことがないわ」
(はぐらかされた――)
わかった。やはりドロテアは、みんなの言うようなやさしく明るいだけの人間ではない。あの少女の言葉がなによりも核心をついているのだ。
彼女にはなにか、秘密があるのだ……悲しみから抜け出せない、なにかが。
スーはまたしても――アルのときと同様に――気づかぬふりをする。その方が、ドロテアはうれしいのだとわかっていたから。
†+†+†+†+
それから店を出て、昨夜泊まった宿を目指すこととなった。レオとはそこで落ち合うことにしていた。
スーはしばし緊張する。ランスロットとクリス、ふたりとも無事であればいいが……。
「じゃあ、あたしはしばらく海に出るから」
「またね姉さん!」
「元気で!」
それぞれに別れを告げて店を出る。だが、スーとドロテアにつづいてもうひとり、マントを頭からすっぽりかぶった女性まで店を出た。
スーが不審に顔をしかめると、ドロテアは忘れていたわ、と軽く笑って彼女を紹介した。
「この子も、新しく仲間になるのよ。船にのせてくれって言うからさ」
「そいつはいい。美人は大歓迎さ」
はっと振り返る。店の外には、三人の人影がうごめいていた。
声をかけてきたのは、体格のいい長身の男だ。額に布を巻いており、口元には笑みを浮かべている。腰から抜いた剣をきらめかせ、あきらかに悪人っぽさを漂わせている。
スーは身を引く。まさか、こんなところで盗賊に襲われるなど……。
「嬢ちゃん、ほら、行くぞ」
体格のよい男のうしろからのっそりと現れたのは、今度は小柄な男であった。にやっと笑った口から、歯が二本かけているのが見える。手に持っているりんごをがぶりと頬張って、さらに笑った。
いったいどうすればいいのだろう。女三人では戦えやしない――。
恐怖にスーが引きつったそのとき、なんとドロテアは臆することなく男たちに近づいた。
「わかっていると思うけど、絶対に手を出さないでね」
「んだと――お嬢ちゃんが相手してくれんのかい?」
体格のいい男が凄む。じとっと目を細め、ドロテアに詰め寄った。
(あぶない――!)
スーが悲鳴をあげようとしたそのとき、ドロテアの平手が男へと飛んだ。
「いってぇ!」
「ふざけないで。ウィルに言いつけるわよ!」
凄んだ男よりも、彼女の剣幕の方が勝っていた。腰に手をあて、ドロテアはふんと鼻をならす。
「もう!カインはいっつも女遊びが激しいんだから」
「海の男はそんなもんさあ」
今度は小柄な男が、どこからともなく取り出した林檎をドロテアの手へと握らせ、ニッと笑った。
どう見ても賊には見えない。それに、ドロテアと男たちは知り合いのようだ。
そんななか、呆然とするスーに向き直り、ドロテアはにっこりと笑って言った。
「彼らはあたしの仲間よ。こっちがカインで、こっちがダリー」
「よろしく」
「よろしくな、お嬢ちゃん」
ダリーという小柄な男はニカッと笑って言い、カインという男はひらひらと手を振って愛想を振り撒きながら言った。
「で、こちらがユーリと……えっと……」
「あ、スーです」
ドロテアがマントの女性を紹介したあとで戸惑いを浮かべたので、スーは急いで言った。そういえば、名のってすらいなかったのだ。
「スー?」
だがしかし、あきらかにドロテアの反応はおかしい。スーは内心怯えながらも、付け加えるように言った。
「はい、ええと……スティーナです」
偽名を使う必要はないかもしれない。それでも一応はと思い、スーは応える。
ドロテアは再び顔を男たちへ向け、改めてふたりを紹介する。
(なんだったのかしら……)
スーは不安を感じながらも、それを無視する。ドロテアが悪者だとは思えない。
結局、宿に向かうことになったのはスーとドロテアだけではなかった。どうやら店の外では商売仲間――ダリーとカイン――が待っていたらしく、合計五人で行くこととなった。
「レオとは砂漠で出会ったのよ……」
宿に向かう最中、ドロテアは懐かしむように語り出した。
「ウィルがね――あ、ウィルっていうのはうちの船長なんだけど……彼がね、逃走しちゃってね」
くすりといたずらな笑みをこぼし、彼女はつづける。
ちょうど船がとまった隙に脱走した船長。彼は次の船で他国へ逃げ、みなで彼を追い掛けたのだとか。
そこでちょうど砂漠の国へ逃げ込んだとき、砂漠の王宮で犯罪者として捕まっていたレオに出会った。ウィルは彼の潔白を証明し、レオは無実となったのだが、今度は逆にウィルが捕まってしまう。
そこでちょうど船長を追いかけていたドロテアたちと落ち合ったレオとで、ともに力を合わせてウィルを救い出したのだという。
「ウィルとレオは仲がいいのよ……絶対に馬が合いそうもないのに」
口元に手をあて、ドロテアは含み笑いをする。その目には楽しげな色が浮かんでいた。
「そうだよなぁ。でもさ、意外にいけるんじゃねぇか」
「船長とレオは、似ている部分があるのかもしれないなぁ」
後ろから呑気な声を発し、カインとダリーも話に参加する。
船長という人物はよっぽど好かれているのだろう。カインやダリーたちの表情にも笑みが浮かんでいた。
「そうね、たしかに通った気持ちがあるのかもしれないわね……」
ドロテアはニコっと笑って頷いた。しかし、スーはまたすこし違和感を覚える……ダリーたちの意見を肯定した彼女であったが、なにか他に思うことがあるのか、含みのある笑みをもらしていた。
スーはずっと自分から積極的に他者と触れ合ったためしはない。そのせいか、他者の違和感や感情の変化を読み取ることには取り分け優れていたのだ。本人もとい周りの人間も気づいていないが、たしかにスーは敏感なほど他者の変化を察していたのだ。
しかし、おかしいな、と思う前に、話は変わってしまい、スーの頭からその違和感は消え失せてしまった。
スーとレオが泊まっていた宿が見えてきたころには、日はすっかり落ちていた。紫紺の闇が遠くから迫り、すでに家々には明るく仄かな灯が色ついている。
スーは宿が近づくにつれ、うれしさと不安でいっぱいになった。
(ランスロットさん……クリスさん……)
ぎゅっと胸の前で腕を握る。怖くてたまらない。
「しっかし、レオと一晩同じ屋根の下で平気だったとはね」
「意外ね」
ふざけてスーをからかうカインに、ドロテアもうんうんと頷く。スーはただ苦笑いするしかなかった。
レオがどんな人物であれ、頼るしかなかったのだから。
「そうだ、ユーリ。あなたも船に乗るのよね?本当にいいのね」
出し抜けにドロテアがマントを頭からかぶった女性に話しかける。それまでだんまりでただ歩くことしかしなかった彼女が、ドロテアの声に小さく頷くのを見て、スーはなんだか変な感じがした。
ドロテアはまた頷き返し、前方に見える宿屋へ目を戻す――その瞬間。
「止まって、スティーナ!」
「わあっ」
「馬っ鹿!止まれったら止まれ!」
ドロテアの声が響き、つづいて首ねっこが引かれる。そうだ、自分は今スティーナだったと思い出し、ひやりとした。
カインはスーのマントを離すと、声を落として言った。
「妙だ……静かすぎる」
「たしかにね」
何事かといぶかるスーが宿屋に目を向けた瞬間――聞いたことのある声が唸るように響いた。
「走れ!逃げろ!敵襲だっ」
ぞわりと鳥肌が立つ前に、スーの身体は抱えられ、あっという間に空を切っていった。
ここでお知らせです!
王国の花名の外伝をまたまた書きました。^^
【リタレンティア~悪魔の微笑~】です。
本編とのかかわりはリンクする部分などでありますが、単品だけでも読めますので、
よかったらお読みください。
ズドーンってイメージ(ぇ)をイメージしましたが、どうでしょう笑
引き続き、HPでは感想やキャラ投票などお待ちしております!
よろしくお願いします。