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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第二部 『海賊編』
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第三十章 疑惑と迷いのつり橋で


第三十章 疑惑と迷いのつり橋で





†▼▽▼▽▼▽†



 マントをどけ、彼は隠していた顔を出した。栗色の髪を風がなぶる。

 肩で息をしながら、スーは信じられない思いで彼を見つめる。どうしてここにいるのだろう……?まさか、彼が追っ手なのだろうか。

「危ないところでしたね」

 わずかに笑みを浮かべて、クリスはそう言った。額にうっすら浮かんだ汗をぬぐい、ふぅと息をつく。

「どうやら盗賊たちからは逃げ切れたみたいですね……無事でよかった」

(この声!)

 スーははっとした。盗賊たちにまぎれて聞こえてきた声は、クリスのものであったにちがいない。彼の微笑を見る限り、どうやら助けにきてくれたらしい。

 あわてて、少女は少年に懇願した。

「た、助けて!ランスロットさんが、わたしをかばうために……」

「自業自得さ」

 クリスの言葉に耳を疑う。見れば、彼は冷たいまなざしで、顔を憎々しげに歪めていた。

 呆然とするスーの肩をつかみ、クリスは乱暴と呼べるくらいの勢いで揺さぶった。

「いいですか、よく聞いてください。あいつは、敵です!」


(――そんな)


 信じられない。あんなに必死で自分を守ってくれたランスロットが敵だなんて、信じられるわけがない。

 クリスに疑念のまなざしを向けかけてはみたが、彼は揺るぎない眼でキッと見返してきた。

「奴の父親は、アル王子反抗組織のリーダーなんです。探りを入れ、やっと証拠をつかみました……スー、あなたは騙されている!」

 スーはふるふると拒絶するように頭を振った。父親がどうであれ、ランスロット自身はアルの第一騎士なのだ。

「ルドルフさまは奴にのせられたんです。奴は――アーサーはあなたを犯人にしたてあげ、アル王子を抹殺する予定でした」

「でもっ」

「よく考えてください!城から逃げ出したことで、あなたが犯人だと疑う者が増えました」

 痛いくらいぎゅっと肩をつかまれ、スーは顔をしかめる。しかし、クリスは構うことなく真剣な表情でつづけた。

「きっとアルさまは、ご自分のお命の危険を察して逃げたのでしょう。彼にも刺客がかかっているはずです」

 スーは苦しい思いで彼を見上げる。信じがたいが、しかし……。

 クリスはそっと少女から手を離し、やや落ち着いた声でつづけた。

「たしかに、ランスロットは昔、アル王子に忠誠を誓っていたかもしれない。けれど今はちがう――人は変わる生き物です。みんながみんな、善良なわけがないんですよ」

 彼の赤い瞳がくもる。クリス自身もつらいのだろう。

「奴らはアル王子を亡き者にしたあとで、あなたをどこか人のいない場所で殺す予定だったのでしょう……だからあなたを城から連れ出した。そちらの方が都合がいいですからね」

 スーはぎゅっと唇を噛みしめる。やはり、信じられない。

 処刑されそうになったのを助けてくれたのは、ランスロットだ。クリスは冷たい目で、大臣と尋問に来たではないか。自分を犯人だと、疑っていたではないか。


「……ちがうわ。ラ、ランスロットさんは、そんな人じゃあ――」

「今城は混乱しています!」


 反抗しはじめたスーの言葉を遮り、クリスは声を荒らげる。ドンとそばにあった木をたたき、顔を歪めた。

「この混沌とした最中――ウルフォン王子はカスパルニア王国をのっとるつもりにいます。彼は、アーサーと手を組んでいた!」

(そんな!)

 ちがう、とスーは思う。クリスの言うことと、スー自身が見てきて感じたことは、どうもずれている。噛み合っていない。ランスロットのことにしたって、ウルフォンのことにしたって、まるで別人の話をしているようだ。

「クリスさんは、誤解しています。ウルフォン王子は、決して噂通りの人じゃ、ありません」

「あの方は演技がお上手なんですよ。ああ、騙されないでください!」

 悲痛な面持ちで、クリスは一歩詰め寄った。スーはひとつ後退さる。

 たしかに、クリスはアルの命を救っている――スーを含めて、敵の毒から助けてくれたのは他のだれでもない、クリスだ。

 クリスを疑うことも、憚られた。それでも、やはりランスロットやウルフォンを疑う気にはなれない。彼らが裏切るなんて、考えられなかった。

(だれか他に、内部で敵がいるんだ……クリスさんをも丸め込む、だれかが)

 そこでスーはピンときた。クリスが崇拝するがごとくあこがれているのはだれだ?

(ルドルフ大臣!)

 彼だ。きっと彼が黒幕なのだと、スーはあの下品な笑みを浮かべる大臣を思い出し、顔をしかめた。


「スー、どうか信じてください」

 我にかえって顔をあげると、すぐそこにクリスの顔があった。びっくりして身体を引いたが、背は木の幹につき、行き場をなくす。

 クリスは切迫した表情から、どこか妖艶な憂い顔になって、さらに近づいてきた。

「あのときは……あの場では、仕方がなかったんです……けれど僕は、ちゃんとあなたを助けだそうとしていました」

 牢屋での態度を言っているのだろう。しかし、スーには彼を責める気はない。彼は王子の側近として、当たり前のことをしただけだ。犯人だと疑われたことにショックは受けても、それでクリスを憎むことはない。

 彼は両手を少女の顔の横につけ、スーを逃げれないようにする。背後は木、前にはクリスがいて、身動きがとれない。

「クリスさん……は、離して」

 身をよじる少女の腕をつかみ、彼は真剣な顔で見つめてくる。赤い瞳が、強く訴えかけるように揺れた。


「僕はあなたを助けにきたんです。スー、僕を信じて」


(わたしは……)

 どうすればいいのだろう。疑うことなんてできない。ランスロットもウルフォンもクリスも、スーにとっては大切な人なのだから。

「わ、わたしは……」

「僕を見て」

 いきなり顎をとらえられ、くいっと上を向かされる。すぐそこに、赤い瞳があった。

 あまりの近さに顔を赤らめ、目をそらす少女に、クリスはさらに言った。


「僕は君のことが好きなんだ」


(えっ――)


 唐突だった。驚き、目を見張る。

 次の瞬間、赤い瞳がさらに近づいてきた――。







†+†+†+†+


(クリスさんが、わたしを、好き?)

 もちろん、スーだって彼が好きだ。大好きだったフィリップのようにやさしい彼に、友人のような、そんな気持ちで慕っていたのは事実だ。

 しかし、彼の言う好きとはちがうようだ――近づけられた唇の意味を悟り、スーは驚きに固まった。

(いやだ――)

 口づけされそうになった、その瞬間。場違いな声があがった。


「うわっ」


 ぎょっとしたのはスーだけではない。クリスも肩をぴくりと動かし、動きをやめ、声のした方を見やった。

 木の影から、黒い姿が現れた。そこにいたのは、マントを頭からすっぽりかぶり、顔の半分を黒いマスクで隠した人物だった。盗賊といでたちは異なるものの、怪しいことこの上ない。

「だれだ」

 さっと身構えるクリス。スーはとりあえずほっと安堵の息をつき、それから目の前の人物を見やり、緊張した。

「あ~、怪しいもんじゃないよ」

 声からして男であろう。低すぎず、軽く響く声音だ。

 男は両手をあげ、危害を加えるつもりのないことを示してから、唯一さらけ出している眼を細め、声を発した。

「やだなぁ、誤解だよ。邪魔するつもりも、覗くつもりもないし」

 ひらひら腕を振り、なにが楽しいのか彼はさらに目を細める。口元は隠れているものの、笑っていることはわかる。

「どうぞ、つづきをごゆっくり。男色家は俺の趣味じゃないんでね」

 にっこりと言う男をまじまじと見つめ、スーは口をあんぐりとあけて固まった。それから自分の装いをながめ、納得する――今のスーは、男装をしているのだ。クリスのように、彼女をよく見知った人物ならば、それがスーだとわかるだろうが、フードで顔立ちを隠している今、他人には少年にしか見えないのだろう。

(つまり……えっと……この人は、わたしを男だと思ってて……つまり……男同士で、キスしようとしてると思われたってこと……?)

 スーの思考はぐるぐる駆け巡る。ちがうんです、とあわてて否定したくなったが、それではせっかくの男装の意味がないではないか。

 クリスは油断を見せず、警戒したまま男から目を離さない。そんな彼をちらと見やり、男は急に眼光を鋭くさせる。

「ハッ。いつまで牙を剥きつづけるわけ?……あんまり馬鹿だと、いじめたくなるな」

 薄く笑いながらも、声には冷ややかさが加わる。スーはぎくりとし、身を縮めた。

「野蛮ですね。用がないなら、さっさとどこかに行ってください」

 クリスも冷たいまなざしを向けながら言う。男はマスクの下でクスリと笑った。

「そうしたいのは山々なんだが、そうも言ってられないみたいだ――来るぞ」


 三人は後方に目を走らせる。どこからわいてきたのか、盗賊たちが再び奇声をあげながら走ってくる。手には武器を持ち、ニヤニヤ笑みを浮かべて。

 不安がスーの胸に響く。ランスロットはどうしたのだろう。無事なのだろうか?

「逃げるぞっ!」

 男が叫び走り出すと、クリスがスーの腕をつかんでそれにつづいた。スーはただ、唇を噛みしめて騎士の無事を祈るしかなかった。

 息があがる。軽く目眩を覚えながら、一目散に逃げた。

 枝を避けながら進むうちに、なにやら木々はすくなくなってきた。やがて見えたのは、大きな谷川にかかる吊り橋であった。

 男は揺れる橋に構うことなく足をのせる。一瞬ためらった後、スーもぎしぎし軋む綱に足をかけた。

「逃がさねぇぞ!」

「クッ!」

 背後であがった声に、ハッとして振り返る。クリスが追いつかれた盗賊のひとりに切りかかられ、あわてて身を翻しているところだった。

「クリスさんっ!」

「構わないで!はやく、行ってください!」

 叫ぶクリスを見て一旦動けなくなったが、彼を越えて襲いかかってくる盗賊が目に入り、スーは仕方なしに走り出した。

 ぐらぐら揺れる足場に、泣きそうになる。下を見れば、峡谷。ゴォゴォと轟く河が吠えている。

 顔からサーッと血の気が引き、スーは途端足がすくんで動けなくなった。座り込むことも、足を進めることもできない。


「なにしている!」


 前方ではマントを翻し、男がマスクの奥から声を荒らげて叫んでいる。しかし、少女にはどうしようもなかった。

 後方からは、盗賊たちの声が聞こえる。クリスがどうやら足止めをしてくれているようだが、もはやそれも時間の問題だ。

 マスクの男はチッと舌うちすると、急いで逆戻りして、スーの腕を引っ張りあげた。

(わたし……)

 ――また足手まといになった……そう思ったそのとき、身体がぐらりと大きく揺れる。

「え――あっきゃっ……!!!」

 激しく視界が傾いたと感じた瞬間、時間がゆっくりと流れるように――吊り橋がゆらゆらと揺れ、横に倒れるように傾き、身体が不思議な感覚で宙に浮く――。

 とらえた目の先で、盗賊のひとりが吊り橋の綱を切っていた。クリスの姿は見えない。ただ、視界が歪んでいく。


(――落ちる)


 耳に、ヒューっと風を切る音が入った。

「きゃああああッッッ――!!!」

 悲鳴も途中からあげられなくなる。あまりの落ちていくはやさに、その恐ろしさに、目をつぶった。

 心臓を置いてきてしまったようだ。気持ち悪く、なにも考えられなくなる。


 男装をした少女は、謎の男とともに、暗い谷底へ落ちていった。








い、いろいろごちゃごちゃしていてすみません。。

なんだか展開が急すぎますかね?(汗

いずれ折をみて、修正したいと思います。

とりあえずはこのまま・・・すみませんっ。


いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。


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