第二十九章 変装と盗賊
第二十九章 変装と盗賊
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男女ふたりで同じ部屋で寝るというのは、やはりどこか気詰まりなスーであった。ベッドは幸いふたつあるし、密着して過ごすというわけではない。風呂場も宿の隣に設置されてあるし、ただ寝る場が同じ部屋というだけなのだ。
(だけど……!)
風呂あがりのぽかぽかした身体を夜気で冷めぬよう急いで部屋に戻りながら、スーは心中で地団駄を踏んだ。
二階にある部屋に戻るには、食事場や受付となるカウンターの前を通らなくてはならない。そのたびに主人はにんまりと笑顔をこちらに向けてくるのだ。スーにはその笑顔がなぜか親切心や同情よりも、色ものを見る好奇心であり下品な笑みに見えてしまう。
駆け落ちなどという関係ではないのだ、ふたりで同じ部屋に泊まるのにはわけがあるのだ、と叫びたくなった。
スーは自身にさえあきれ、顔を赤らめながら、いそいそと走り去った。
すでに部屋にはランスロットがいた。濡れた髪をそのままに、ぼけっと窓から空に浮かぶ月をながめている。その姿はなぜか少女をハッとさせ、声をかけることを躊躇わせた。
(アルさま……?)
月を見る騎士の眼は、アル王子を見守るそれに類似している気がした。スーはしばし身動きせず、彼の横顔を見つめていた。
「ああ、どうだった?」
ふいに声がかかり、スーは我にかえる。少女に気がついたランスロットは、微笑を浮かべて口をひらいた。
「ちゃんとバレないように、してきたな?」
話に合点がいき、スーはこくりと頷く。それから、はおっていたマントをはずす。ランスロットから借りたぶかぶかのマントは、スーの身体をすっぽりと隠していたのだ。
スーが風呂あがりに着替えたのは、膝までのスラックスに、上には褐色の服で、胸元は赤紫のボタンでとめられている。茶色のブーツは長めで、動きやすさを重視した服装となった――すなわち、男装だった。
まだ湿っている髪をひとつに束ね、スーは変装した姿を見せながら、自分は顔を伏せる。とてもではないが、ランスロットの眼をまっすぐに見れる気がしない。これではまるで、ショーかなにかをしているようではないか。
美人であるという自覚を持ち合わせているわけではないし、そんな自分をまじまじと見せたいなどという希望もあるわけではない。どちらかといえば、極力目立たず、陰に潜んでいたかった。
ランスロットは品定するようにじっくりスーをながめてから、やがて満足そうに破顔した。
「完璧だな。これで兄弟ふたり旅のはじまりってわけだ」
これは計画だった。
三日間の滞在分の金貨を払ったランスロットは、「二日目からは部屋に篭るつもりだ、食糧もあるのでそっとしておいて欲しい――これからのことを考えたいのだ」と、非常に同情を引く演技を付けて宿の主人に言いつけた。主人はわかってますよという顔で何度も頷き、最後にはランスロットの背後に立つスーにウィンクをしてみせた。
夕食を済ませたあとで、ランスロットはスーに包みを渡し、風呂に入ってこいと言った。包みのなかは例の服とマントが入っており、不安気に見上げる少女に、彼は声を落として計画を話しはじめた。
とにかく、今の格好では宿を出るときに目立つ。主人の印象にも強く残っていることだろう。金は渡したが、追ってにかかれば主人はこの怪しいふたり組のことを暴露するかもしれない。ならば逆に、それを利用してやればいいのだ。
宿には怪しい駆け落ちのふたり組が泊まっている……そう思い込ませたまま、自分たちはさっさと宿をあとにするのだ。機会を見計らい、宿を抜け出す。
そのためには、ふたりは別人になる必要がある。ランスロットはマントを頭からすっぽりかぶればいい。では、スーは?
ランスロットは持っていた荷物から衣服を取り出し、笑ってみせた。
「アンタは今日から、俺の弟だ」
目立つ赤毛はマントのフードをかぶって隠し、ふたりは兄弟という関係で旅をする……。うまくいけば、追っ手を撒けるかもしれない。
商人や曲芸人はさておき、旅人のなかにはワケありの人間もいるだろう。人相を隠すことなど、特別なことではない。
スーは漠然とした不安を抱えながらも、半ばわくわくする気持ちを抑えられなかった。
そんなわけで男装を試みたスーであったが、なんとも気恥ずかしい。明日は早朝に出発すりからと、さっさとひとりベッドに入ってしまうランスロットを恨めしくさえ思う。
自分は寝相が悪かっただろうか、明日目を覚まして、はしたない格好でなければいい、などと思いつつも、結局彼女は興奮の冷めぬうちに眠りに落ちていった。
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翌朝、主人が寝惚け眼のうちに、外から馬のいななきが聞こえた。なんだなんだと窓から様子をうかがうが、すでに宿の前に人影はない。
主人は禿げた頭をぽりぽりかき、大きく欠伸をする。昨日やってきた若い男女は、今部屋でどうしているのだろう?
互いに愛を語らっているのだろうか。いや、そうではあるまい。これからどう生活するのか、深刻に話し合っているにちがいない――主人はひとりでそう納得すると、再び大きく欠伸をした。
悲鳴を呑み込んだまま風を切る。スーはぎゅっと目をつむり、気分が悪くならないように努めた。
ランスロットは容赦ない。馬を全速力で走らせ、それこそ突風のように道を進んでいく。乗馬に慣れないスーは、とにかくしがみつくことに必死だった。
やがて再び道は細く、険しくなる。整備された道は使わず、抜け道として選んだ所をランスロットは難なく馬を走らせていく。こうして馬屋が見えたころには、スーは体力と精神力を刷り削ったような気分だった。
ランスロットはひとりで馬屋へ赴き、そこで人に道を確認した後、先をのろのろと歩いていたスーに追いついた。
「スー、あまり離れるなよ」
出し抜けに彼はそんなことを言う。荷袋を肩にかけながら、ランスロットはつづけた。
「さっき馬屋で聞いたんだ。最近ここいらで盗賊が出るらしい」
「盗賊?」
「そ。海賊か山賊か知らないが、旅人を襲って金目のものを根刮ぎ奪うらしい。それに……」
彼はチラと鳶色の瞳をくもらせ、スーのマントのフードを深くかぶり直させた。
「アンタ、絶対女だってバレるなよ。鈍そうだから、余計心配だ」
失礼な人だと頬を膨らませながらも、スーは首を傾げる。なぜ女だといけないのだろう。
ランスロットはふっと息をこぼすと、仕方なしに口をひらいた。
「いいか?ここは兵士に守られている城じゃないんだ。盗賊ってのは、非情な人間だぞ。金目のものがなけりゃ、服だってなんだって奪われちまうんだ」
(えっ。それって……)
「あとはわかるよな?慰めものにされたり、売られたり、殺されたり……そんな運命しか待ってない」
スーは思わず唖然としてランスロットを見上げる。そんな運命、絶対にお断りだ。
騎士はマントの下に隠してある剣の柄にそっと触れ、冷たく笑ってみせた。
「平気さ。アンタが足手まといにならなきゃ、俺が片づけてやるから」
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昼を過ぎたころ、昼食にしようと適当な場所に腰かけ、休息をとった。ランスロットは荷袋から水筒とパンというささやかな食糧を取り出し、スーに手渡す。
「今日のうちに村に着くだろう。食糧を調達して、しばし身をひそめるからな」
スーは頷き、パンを頬張る。ずいぶん歩いた気がしていたので、すこしの食事でもありがたいものだ。
「あの、わたしたちはどこへ行くの……?」
それは今更な問である。しかし、ずっと言えずにいた問であった。
ランスロットは木の幹に身体を預け、考え深気に顎に手をやる。しばし唸っていたが、やがて微苦笑を浮かべた。
「わからん」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。ランスロットのことだから、なにか目的地があるのだと思っていた。
逃亡するといったって、どこに逃げればいいのだろう。いったい、いつまで……。
「とりあえず、アルを探そうと思う……だが、あいつが今どこにいるのか、よくわからないんだ」
「そ、そうですか」
果てしない道のりに思える。この広い国で、どこにいるのかもわからないアルを見つけ出せるというのだろうか。
スーは自分の甘さに眉をひそめた。
「ま、ぐだぐだ悩んだって仕方がない。手当たりしだいに潰してくしかないな」
頭の後ろに手をそえ、黒髪の青年は言う。スーはそれを見届け、残りのパンをすべて口へ放り込んだ。
(そうだ。考えて、どうにかしなくちゃ。せめて足手まといにならないように)
風が出てきた。遠くの空は灰色にくもりはじめている。青空を徐々に呑み込まんとしているように。
さて、行くかと身体を伸ばすランスロットにつづいて腰をあげたスーであったが、次の瞬間、ハッと顔を歪めた。足音が聞こえたのだ――複数の、忍ばせて近づいてくる足音が。
「ら、ランスロットさん!」
「しっ」
騎士も気づいたようだ。指をたてて口に当て、彼は身を低くさせる。スーに荷袋を預け、隠れていろとささやいた。
(――盗賊だ)
スーは確信した。直感であったが、間違いはないだろう。
ランスロットは表情を鋭くさせ、辺りに目を走らせる。四方八方から足音が、気配がする。もはや隠れる気はないらしい……囲まれていた。
「合図したら、走れ」
ランスロットに引き寄せられ、耳にささやかれる。スーは小さく頷いた。
ガサガサと茂みをかき分け、数人の男が現れた。木々の後ろからも、ぞろぞろと姿を見せる。目は獲物を見つけた歓びに輝き、薄汚い笑みを浮かべている。
(盗賊……だけど――)
耳をそばだて、スーは目をつぶって集中した。なにか違和感を覚えたのだ。
(よく聴いて……わたし……この声……)
盗賊であろう男たちの声に混じり、スーは確かに聞いたことのある声を聴いた。
(だれの……声……?)
「走れっ!」
突如響いた声にハッとして目をあける。一拍遅れたものの、すぐにスーは走り出した。
「かかれぇ!」
「おおぉぉお!!!」
ドスのきいた声とともに、盗賊たちがぬっと現れ出てきた。手に剣や棍棒を持ち、振り回しながら襲いかかる。
「頭を下げろっ!」
背後からかかった声に従い、スーは頭を低くした。その瞬間、銀のきらめきが走ったかと思うと、スーの頭上で赤が散った。
うめく男に目もくれず、走る。今は命からがら逃げ切るのみ。
次の攻撃にも、ランスロットは確実にかわししては反撃をしていた。マントの下から剣を躍り出し、舞うようにひとりひとりを負傷させていく。
「くそぉっ!」
「小ざかしいガキが!」
悪態をつきながら、盗賊らはすごい形相でふたりに襲いかかる。ランスロットは振りおろされた剣をいなし、蹴りあげる。男たちは次々に倒れていった。
(いやだいやだ!もう~っ)
泣きたくなり、スーは唇を噛みしめる。それでも恐怖に身体が縮みあがるよりはマシだった。
血はなるべく見ないように顔を背けて走る。ランスロットもそんなスーをかばいつつ、確実に盗賊を仕留めていった。
だがしかし、相当な数だ。倒しても倒しても、次から次へと盗賊たちは攻撃してくる。
「くっ」
さすがのランスロットも息があがってきた。このままでは――。
騎士は剣を横に滑らし、身体ごと盗賊にぶつかっていく。道がひらけたその瞬間、彼はスーを押した。
「走れ!先に行け!」
振り向く暇などなかった。溢れる盗賊に、スーがランスロットのそばにいたってどうしようもない。せめて足手まといにならぬよう、スーは必死で逃げた。
(だれか助けて……ランスロットさんが――!)
無事でいて欲しい。どうにもできない自分が大嫌いだ。
「あっ」
木の根に足をとられ、転んでしまった。しまったと思ったとき、後ろに人の気配を感じた。
急いで逃げようと身体を起こしたスーだったが、背後の気配はそっと近づき、彼女の肩に触れた。
「こっちだ」
ぎょっと青ざめた彼女に、その人物はささやく。柔らかな、けれど緊迫した声で。
びっくりして顔をあげるスーは、赤い眼を見た。彼は頷くと、さっさと少女を助け起こし、促す。
(なんで、この人がここにいるの……?)
戸惑いにまばたきすることすら忘れ、スーは彼に従ってその場をあとにした。