第二十二章 見えぬ敵
今回はちょっと長めです(*^^*)
では、どうぞ。
第二十二章 見えぬ敵
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プラチナブロンドの髪をした少年は、頬をぷっくりと膨らませ、口を尖らせていた。機嫌がよくないのを隠す様子もなく、チラチラとスーを盗み見しては大袈裟にため息をついていた。
「あの……リオルネさま……?」
引きつったほほえみを浮かべ、スーは言う。舞踏会で強固として拒んでしまったことが後ろめたく、まともに少年の目を見ることもままならなかった。
朝早くに、リオルネの接待相手の若者がスーを呼びにきたのだ。アルに了承を得、すぐにリオルネのいる客室へ赴いたのだが、いくら呼びかけても当の本人は仏頂面で一向に目を合わせようとはしなかった。
いくらアルのことで急いでいたとはいえ、なおざりになどできない相手だった。けれど、巧みな断り方など知らないスーはリオルネの機嫌を損ね、もしかすれば大失態を演じてしまったのではないかと、はらはらした。
ほぼ拒絶に近かった少年への態度を思い出し、スーは申し訳なさにいっぱいになる。
(せっかく好意で声をかけていただいたのに。わたしは、彼を怒らせたまま、ずっとほったらかしにしていたんだ……)
アルの看病の合間にでも、リオルネへ謝罪はできたはずだ。しかし、スーはそのときアルのことで頭がいっぱいで、他のことへなど気は回らなかった。
(またあとで、時間をおいてから来よう)
らちがあかないと悟ったスーは、ぺこりとお辞儀をして退出しようとした――が。
「行くな」
腕をつかまれ、引かれる。見ると、顔を隠すようにテーブルに突っ伏しながらも、リオルネはスーの腕をしっかりとつかんで放さなかった。
「リオルネさま……?」
「おまえ、僕の侍女だろっ」
スーの言葉を押し返すように、キンと張った声が響く。顔をあげたリオルネの頬は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「あ、アル王子から、言いつかってるんだろ?!侍女なら、僕のそばにいなくちゃならないんだぞっ」
いつしか、リオルネの顔は赤くなりすぎて、目はうるんでいた。スーはほほえましいような、見てはいけないような、複雑な想いがした。
リオルネはキッと眉をつり上げ、唇を噛みしめると、思い切ってスーをまじまじと見つめた。
「だけど、僕だって子供じゃないんだ!じ、自分のワガママが通らないことくらい、わかる……」
少年は、今にも泣きそうだった。
スーの腕をぎゅっと強くつかみながらも、その声は震えていた。
「……申し訳ありませんでした」
にっこりと笑い、スーはリオルネと視線を合わせるために屈む。そして自分の腕をがっちりとつかんでいた少年の手をやさしく包んだ。
ぴくっと少年は反応し、驚きに目を見開く。
「うれしかったです……リオルネさまが、わたしにお声をかけてくださって。本当はわたし、リオルネさまとも踊りたかったんですよ?」
リオルネはぱっと目を輝かせる。うれしさを隠すことなどできないようで、耳まで赤くなりながらも、にっこりと笑った。
スーもつられ、破顔する。こんなにもまっすぐに好意を向けられたことはなかったかもしれない。
「なら、今度、踊ろう!いつかまた、パーティーが開かれたら、いちばんはじめに僕と踊るんだぞ!」
「はい、もちろんです」
かくして、リオルネの機嫌はおおいによくなった。頬は緩み、満足そうな笑みを顔中に浮かべている。スーはまるで弟をもてたような気分になり、心があたたかくなった。
リオルネは、自分を必要としてくれる――情けでも、命令でもない。なんの枷もなく、好意をくれる……それはどこか、誇らしい。
ほほえましいなか、会話を再会しようとリオルネが口をひらいたそのとき、部屋の外から声がかかった。ノックをし、入ってきたのは、時の大臣、その人だった。
「おや、これはこれは……」
髭をたくわえ、でっぷりした身体を揺すりながらやってきた大臣・ルドルフは、めざとくスーを見つけると、眉をひそめ、あからさまに失礼な顔をした。口の先だけで薄ら笑いながら、目だけはいやらしくスーを小馬鹿にしたように見回す。
「ああ、大臣。どうしたのですか」
リオルネはさっと笑みを引っ込め、やや顔をこわばらせる。彼はまだ幼い子供だが、公爵の代理として赴いているのだ。それは本人も重々承知だろう。
「いやいや、リオルネ殿、ご機嫌はいかがですかな?」
ルドルフはスーから目を放し、にっこりと――他人にとっては不快極まりない――笑みを広げて言った。すたすたと近寄ってきて、親しげに少年の肩に手を置く。
「おお、お父上に似てきましたなぁ!これは将来も楽しみだ!」
「いえ、そんな……」
かあっと頬に熱を這わせたリオルネは、顔を伏せてもごもごと言う。
大臣は気にするふうもなく、ただウンウンと頷くと、「話したいことがあるのですよ」と言うや否や、スーを振り返った。
「おい、おまえはもう下がれ」
びっくりと身体はすくんだ。いきなりの冷たい態度に、アルを思い出し、指先が震える。
「では、失礼いたします」
ぺこりとお辞儀し、そのまま踵を返す。スーが部屋を出るまえに、やたらと大きな声でルドルフが話しはじめていた。
「まったく。あれは躾がなってませんな。王子の侍女のくせに、マナーも知らぬとは……ああやって我々の話を盗み聞きしようとしたのでしょうよ。ああ、卑しい身分なものだ」
扉を閉め、部屋をあとにする。しかし、ルドルフの声は遠くに足を運ぶまで、スーを追い掛けてきた。
「アル王子も甘いですな。あんな小娘をわざわざ呼び寄せたりなど……どこぞの愚国の娘だかなにだか知りませんが、なにも馬鹿な兄上の面倒事をわざわざ宮中に持ち出すなど、我らも大迷惑ですよ。うつくしい娼婦をそばに置くほうがまだいい」
早足になる。はやくルドルフの声の届かぬところへ行きたかった。
なにを考えたわけでもなく、スーは勢いよく自室へ戻り、部屋の鍵を閉めた。息は荒い。
(なにをしたっていうの――わたしが!)
ふいに涙が込みあげてきた。悔しい。
(兄さまが……なにをしたっていうの。なにもかも失ったわたしに、救いの手をさしのべてくれた兄さまを馬鹿だなんて!)
たしかに、侍女として育てられていなかったスーは、いまだにそういう面での教養は皆無に等しいかもしれない。客人が訪れたときに空気を察して控えるか退出するかを選ぶことなど、まだスーにはできなかった。
(だけど、あの方はアルさまの味方じゃないの?兄さまの味方じゃなかったの……?)
ルドルフはフィリップが王宮にいたときも、大臣の職にあったはずだ。先代の王に買われ、出世の道をひた走ってきたのだ。
(わたしは、迷惑なの?兄さまのときも――そして今も)
苦しかった。いっそ息をとめてしまえれば、どんなに楽か。
悔しいのに、なにもできない――それが悲しく、惨めだった。
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そわそわとしたままで、彼はすっくと立ち上がる。
「あの、あ、アル王子は……」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
スーはきっぱりと言い、後ろ手に扉をしめる。部屋はほのかにオレンジの色のランプに照らされており、ふんわりとした空間を作り上げていた。
中央の丸テーブルに促されてウルフォンと向かい合う形で座ると、スーは改めてしげしげと目の前の青年を見つめた。
ウルフォンはぴくりと身体を縮めたが、やがてそわそわしたまま口をひらいた。
「突然お呼び立てして申し訳ない。話しておきたいことがあったので」
幾分ぴりぴりとした雰囲気になり、スーは無意識のうちに自身の手を固く握った。ウルフォンの落ち着きのなさも加わり、なんだか言いようのない不安に襲われる。
内密に話しておきたいことがある――そう言われ、スーはアルから解放された夜になると、すぐにウルフォンのもとへ訪れたのだった。
昨日は突如アルの自室を訪問し、驚かせたウルフォンだったが、彼の持ってきた話は恐怖の足音のようだった。
『海賊が妙な動きをしている』という情報を伝えるため、わざわざ出向いたのだと、昨夜ウルフォンはアルにそう言っていた。
海賊など、普段あまり耳にしない言葉にアルもスーも顔をしかめたが、ウルフォンはたいそう恐れているようで、カスパルニア王国も警戒すべきだと忠告した。
カスパルニア王国は海に直接面しているわけではない。森を抜けて先をゆくと崖が現れ、その先が海なのだ。普段は特別気にすることもなく、どちらかといえば疎遠と言えるだろう。
「海賊など、恐れるに足らない――そう思っていては、大きな間違いだ」
ウルフォンは極力真剣な表情でそう言った。
「アル王子、海賊が狙っているのは……まぎれもない、あなたの国だ」
ぞくり、と身が震えた。彼の告げた情報は、スーを怯えさせたのだ。
アルは貴重な情報に感謝の意を述べ、昨日はそれ以上話すことなく退出したウルフォンであったが……。
(わたしに、なんの用なのだろう……)
スーは生唾を飲み込む。緊張した。
アルに内緒で自分にだけ話されることはいったいなんなのか……本当はアルの敵なのか味方なのか、見分けられるチャンスかもしれないと、頭の隅でそんなことを考えていた。
「あなたは、反王子組織があるのを知っているだろうか」
部屋はきわめて静かだ。スーはウルフォンの息づかいが聞こえるような気さえした。
ウルフォンは額にかかった髪を手ではらい、ふっと息を吐く。顔をしかめ、どこか不満そうに目をつむった。
彼の質問は、スーには答えられないものだった。もし知っていると答えれば、アルが王になることに反発している輩がいることを認めてしまう。いくら彼がアルの血族だからといっても、他国の者に易々と暴露していいことではあるまい。だが、ここで知らないと答えれば、きっとウルフォンはそれ以上話を進めようとはしないだろう。
スーは思いあぐね、しばし沈黙した。
次に口を開いて言葉を発したのは、ウルフォンだった。
「あなたは、聡い人だ」
彼の瞳は静かだ。じっとすわったまなざしでスーを見つめ、深呼吸する。そこには辛辣な気配がうかがえた。
「僕は、自分がいやになるんだ」
ウルフォンはクリーム色の髪を振り、ぽつりとこぼす。
「気弱で、軟弱で……王子になんて、本当はむいていないんだ」
「そんなことはありません。あなたさまは他者に感謝することを知っています。心優しい方です」
スーはすぐに慰めと励ましを口にする。それは本心からだ。
ウルフォンは柔く顔を崩したが、その眼はどこかさみしい。なにかをあきらめてしまっている、そんな表情に見える。
「ありがとう……でも、ちがうんだ。アル王子のように、僕は強くはない」
どきり、と心臓が唸る。ウルフォンが核心となる話をしようとしていることは明白で、彼の表情がいくぶん堅くなった。
「アル王子が王位を継ぐことへ反抗の意がある者……それが城のなかにいる」
彼はきっぱりとそう言った。スーが答えられなかった先ほどの問を無視した、スーが知っていること前提で話されたものだ。
スーは手を膝の上でぎゅっと握りしめ、唇を噛みしめる。
「あなたはその首謀者を知っているだろうか」
(首謀者……?主だって抵抗する人間なんて、知らない)
だいいち、城のなかですら目立って反発する人間など見たことがなかった。それはスーがさほど政治の中心にまで関わっていなかったこともあり、そういった情報は噂止まりであった。
そもそも、アル王子やら暗殺未遂やらで手一杯で、とても反抗グループを気にする余裕などなかったのだが。
ウルフォンは少女の反応から、彼女が知らないであろうことはわかった。しかし、そこで話を打ち切るつもりは毛頭ないようで、微苦笑しただけで、すぐに口を開いた。
「僕は驚いたんだ。そして、同時に不安になった……だから、アル王子の信用を勝ち得ているあなたに、聞いてもらいたい」
びっくりして、スーは一瞬言葉を忘れた。
アル王子の信用を勝ち得ている……そういうわけではないのに。
「アル王子が王位を継ぐことに反対し、組織を作りあげて抵抗する男がいる……彼は人望も厚く、はっきり言って厄介なんだ」
ウルフォンは躊躇うことなくつづける。真剣な話をするときの彼は、控え目な羊などではない――むしろ、狼だ。
「数年前、有望な彼の噂は、遠く我らの国々にまで伝わった……だから知っているんだ。その男がどれだけ、アル王子の危惧する者になり得るかということが」
ごくりと生唾を飲み込む。ひたひたと冷たい恐怖が、じわじわと熱い興奮が沸き上がってくる。
否応なしに襲いかかる、運命に向かって。
「男の名は、アーサー。アル王子の第一騎士・ランスロットの父親だ」
アーサーがだれか、知ってますか?
というか、気づいた方はいるでしょうか?笑
推測してみてください←
では、次回に!