第二十章 噂の客人
第二十章 噂の客人
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王子が意識を取り戻した日の夜、袋にたっぷりと薬草を詰め込んだクリスが帰還した。急いで薬を煎じて飲ませると、やがて王子の容態も安定した。
城のなかに立ち込めていた騒然とした気配も穏やかなものになり、皆一様に安堵したことだろう。たしかにアル王子をよく思っていない連中もいるが、突如彼が死ぬことがあれば、それこそ国を揺るがす大事件になってしまう。今はただ、民を安泰へ導こうという形をとるのが、彼らの理想でもあるのだ。
とにもかくにも、ひとまずアルの命は救われた。これも、アル王子その人が毒に強い体質であった成果だといえるだろう。彼は幼きころより、こういったことには慣れさせられていたのだから。
アルの寝顔を横で見ながらほっと息をつく。彼は黙っていれば、見とれるほどうつくしいのだ。そして、なんとなく儚い。
(とりあえずはよかった……)
スーはふとクリスを見て、心なしか彼の顔が不機嫌そうなのに気づき、驚く。いったいなにが不満だと言うのか?
だがしかし、彼はスーの視線を感じると、いくらか顔を和らげた。それから疲れの出た目元を押さえ、口を開く。
「僕は、あの方が許せません」
「?」
なんのことですか、と問う前に、クリスはふるふると首を振った。
「詳しくはランスロットさんからでも聞いてください。僕は……そう、彼に呼ばれているので」
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「――ということだ」
ランスロットは肩をすくめる。目の前で怒りに顔を歪める少女にわずかに同情し、ため息をこぼした。
ランスロットの話はこうだ。
薬草を探しに出かけたクリスは、城に戻る途中である人物に出会った。アル王子の容態のこともあり、急ぎであったのだが、その人物は自分もカスパルニア王宮を訪れるつもりだからと言ってクリスを足止めした。
すぐにでも帰路につきたかったのだが、その人物が人物なだけに、いい加減にはできなかったのだそうだ。
そいつのせいでアルが無駄に苦しんだのだと思うとやるせない。スーは怒りに目頭が熱くなった。
「許せません」と言ったクリスの言葉の意味が今ならわかる。たしかに、その足止めのせいでアルがもし命を落としていたら……スーは途端、ひんやりとしたものが足元から忍び寄ってくる気がした。
しかし、スーがいちばん頭にきたのは、その人物の言動だったのだ。
彼はアルが毒のせいで体調が悪いと聞いても、けろりとしてこう言ったのだ――「間抜けだな」と。それから付け加えて、「でもアイツは子供のころから毒に慣らされているだろうから、平気だろ」と笑ったのだそうだ。
「なんてことを!人が死ぬかもしれなかったのに……!」
スーは悲痛な声をあげる。どんなに地位が高くとも、そんな傲慢で愚かな言葉を口にしていいはずはない。
その人物は――メディルサ大軍帝国の第二王子。アル王子の母君であるナイリスの祖国の王子であった。
メディルサ大軍帝国は、カスパルニア王国のやや南に位置する国だ。当日は周りの諸国に握り潰されそうなほど脆い小国であった。そこでかつての皇帝は強大な力を持っていたカスパルニア王国と同盟を組もうと、娘を嫁がせたのだ。
もちろんはじめは、カスパルニア王国側は渋った。見るからに力のない国と手を組んだとて、利益にはなるまい。だがしかし、メディルサの地で育った姫は、類稀な容姿を持ち合わせていた。
金に輝く豊かな髪は、絹のようになめらかで、白い肌にかかるそれは、どんな黄金よりもすばらしく見える。カスパルニア国王はすっかり彼女の虜となり、側室として迎えることを承諾した。
はたしてメディルサ国側は目的を果たし、カスパルニアという大国の後ろだてを手にしたのだった。
一方、ナイリスの処遇はたいしたものではなかった。家臣たちは国王が彼女に泥酔してしまうことを恐れたこともあり、ナイリスの地位はとても低いものだった。それでもナイリスはまったく不満を顔には出さなかったし、ついには子まで授かったのだ。
――その子供がアル王子なのだが、そのころメディルサ小国は徐々に力をつけはじめた。娘の美貌でカスパルニアの援助を手に入れた皇帝は、やがて辺りの国を取り込み、現在では大軍帝国と称するほどになったのである。
皇帝が亡くなると、兄が位を継いだ。彼にはふたりの子供が生まれており、そのうちのひとりが、今回カスパルニア王国に急な訪れを告げた人物である。
そして、その第二王子は『狼のように高慢ちきで愚かな男だ』と言われていた。その評判はカスパルニアにも届いていたが、なにぶんナイリスの死やメディルサ自体が大国になりつつあったことから、しばらく国交もなかったゆえ、疎遠な関係になっていたのだ。
それが今回、急な来訪を告げた――いったい彼らの意図はなにかと、カスパルニアの城では落ち着かない雰囲気が漂っていた。
「それに、噂は本当だったわけだ」
ランスロットは肩をすくめて言った。
「メディルサの第二王子の悪い評判は。こりゃ、アルにとっても思わしくないな」
スーは無意識に唇を噛みしめる。
メディルサ大軍帝国の第二王子――彼は、カスパルニア王国の第六王子であるアルティニオスの従兄弟にあたるのだから。
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スーがアルに呼ばれたのは、その日の晩のことだった。
夕食を終えたアルに呼ばれ、スーは彼のいる部屋を訪れた。幾分体調の戻ったアル王子はメディルサの第二王子と夕食をともにし、そのすぐあとにスーは呼ばれたのだった。
だが。
「あいつは来なかった」
アルは無表情のまま、口を切った。
「あいつは、ひとりで夕食をとりたいらしい……」
「はぁ……?」
スーは思わず間抜けな声を出し、あわてて口をとじる。メディルサの第二王子は、夕食の招待をむげに断ったのだ……。
メディルサの王子は王子としての自覚がないのではないか、とスーは思った。もし失態を犯せば、メディルサとカスパルニアの友好関係にも傷がつく。それがわからないのだろうか。
「だから、おまえは――」
「アル王子」
口を開いて話し出したアルの声は、彼を呼ぶ声と扉をノックする音とによって遮られた。
「入っても、いいだろうか」
響くテノールの声。アルはハッと口をつむぐ。そして答える前に、扉は開けられた。
「無礼は承知だが、緊急にお話が――」
急いで部屋に身体を滑り込ませ、急き立てるように口を開いて現れたのは、ひとりの青年だった。
彼は部屋が暗闇だということに驚き、口をとじたが、やがて部屋は無人ではないとわかると、ちょっと気まずそうに顔を歪めた。
「……お邪魔だっただろうか」
彼が見たのは、暗闇に浮かぶ男女の姿だった。ふたりきりで暗闇の部屋にいる――誤解されないわけがない。
しかし、アルはその言葉には構わず、現れた人物をしげしげと見やった。
「……ウルフォン?」
「ああ、そうだ!僕はたしかに、そういう名だ」
尋ねるように呼びかけたアルに、彼は喜々として応えた。彼こそが――メディルサ大軍帝国第二王子、ウルフォンである。
「スー、灯りを」
アルはいくらか声音を変えて言った。だれが聞いたとて、やさしい声だ……しかしスーにはもう、聞きわけができる。アルは突如訪問してきた第二王子を警戒していた。
燭台に灯りをともすと、辺りがよく見えてきた。いつも暗闇に沈むアルの部屋とはちがう場所のようだと、スーは頭の隅で思う。
メディルサ大軍帝国第二王子・ウルフォンは、不思議な印象を与える人物だった。金色になりきれなかったようなクリーム色の柔らかな髪を肩まで垂らし、耳には金の小さな丸い飾りをしている。眼はやや細く、そこからのぞく瞳は茶色だ。左の目の下にホクロがあり、それがややキツイ顔立ちを甘いものに変えていた。
「アル王子……」
彼は急いた様子のまま、何事か言いたげに口を開いたものの、スーの存在が気になるのか、彼女を見て再び口をとざしてしまった。
「気にしないでください。彼女は僕の世話係です」
お得意の偽造したにっこり笑みを浮かべ、アルはウルフォンを椅子へと促した。
ウルフォンは落ち着かな気にそわそわし、ちらちらとアルの髪色や瞳を盗み見る。アルは慣れていることなので、さほど気にせずに微笑を浮かべた。
「改めて……カスパルニア王国第六王子、アルティニオス・ル・ド・カスパルニアです」
「あ、ああ……僕、僕は――ウルフォン・ナティ・ル・メディルサ……お初にお目にかかります」
正式な名乗りにウルフォンはどぎまぎしているようだった。目は見開かれ、口をもごもごさせている。
スーは怪訝な表情をしないように必死だった。できるだけ空気のような存在になろうとしながらも、不審に思わずにはいられない。
ウルフォンはずいぶんと、第一印象を裏切る男だった。
(それから噂の印象ともちがう……本当に同じ人なのかしら)
呆然としたのは、どうやらスーだけではなかったらしい。アルもまた、彼の挙動や言動にぽかんとした表情になってしまっている。
「あ、わ、わかっているんだ!だから、その……ちがうんだ!」
ぱたぱたと手を振りながら、彼は眉間にしわを寄せて訴える。まるでこれからおまえを牢獄へぶちこむと言われたようなあわてふためきようだ。
アルの顔さえまともに見えないのだろう。ウルフォンは絶望した人のようにうなだれて口を開く。
「晩餐にいきたかったんだ。だけど……ほら、噂があるし……」
ちょっと上目遣いでアルを盗み見しながら、彼はつづけた。
「それに、もし人前に出れば、僕は誤解されてしまう……どうやら僕は、あまり歓迎されてないみたいだから」
(この人……)
スーはまじまじとウルフォンを見つめた。外見は怖そうな顔に見えたりしたが、実はそうではないのかもしれない。
ただなんとなく、噂通りの『狼のように高慢ちきで愚かな男』ではないように思えた。
(この方は、アルさまと血の繋がりがあるんだ……)
唐突に、スーはその衝撃の事実を思い出した。しかし、目の前に並ぶブロンドの髪とクリーム色の髪を見比べても、どうしてもふたりが結びつかない。彼らはまったく似ていなかった。
それでも、たしかに彼らには繋がりがある。自分と血の繋がりを持つ人間がそばにいる――。
(どんな気分なのだろう)
ひっそりとアルの後ろに立ちながら、スーはそんなことばかりを考えていた。
ウルフォン王子……
本当は姫と少年とともに出してあげるはずでした。ハイ。
すくなくとも、従者は付けようと思っていたのに。。
彼、名もなきころはナルシスト系でした(爆)
やがてアルみたいな性格にして、いろいろお飾りの連中もつけたんですが、結局断念。。
で、いっそ二重人格?
いや、天然に・・・などと考えていて、まぁ、おっとりタイプかなぁ〜なんて思い至りw
で、書いてみたのですが、アレ?
結局どうなんでしょう?!
まだまだ確定しない彼です(苦笑
でもまぁ、アルだって最初は不安定な感じだったし(自分のなかでは)。。
こうして生まれたのが、今のウルフォンさんです(笑)
どんな人なのか、わたし自身もあいまいです。(ぇ
とりあえず、いろいろ彼に聞きながら書いていきます(ぉぃ。
では、次回に、また!