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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第一部 『王宮編』
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第十七章 新たな気配




第十七章 新たな気配





†▼▽▼▽▼▽†



 鳶色の目が怖かった。鳥肌がたつほど、空恐ろしかった。


「お、おやめください!ランスロットさんっ!」

「いいじゃないか!もう充分だ」

 ランスロットは言うなり、少女を抱えて部屋に入り、彼女をベッドへ落とした。そして抵抗する彼女を押さえつけ、にっこりと微笑する。

「ランスロットでいい。スー、そう呼んでくれ……」

 ベッドに倒されたスーは真っ青になって、自身の肩を抱きしめる。それから悲鳴のような声で言った。

「ちがうんです!本当に!だから、お願いですから、やめてください……」

「なにを言うんだ。もう俺は、我慢できない……」

 起き上がろうとするスーを、ランスロットは再び押し戻す。スーの身体はふわりとベッドに沈んだ。

 懇願するランスロットの鳶色の瞳に、スーは観念したように抵抗をやめ、ふわふわのベットに身体を預けた。

「わかりました……今回は言うことを聞きます。けれど――」

 スーは顔を真っ赤にし、目に涙をためた。

「けれど、どうかもう、わたしを特別扱いしないでください。これ以上の辱めは……」

 スーの願いは、ランスロットの微笑によって尽く破壊されてしまった。

「いつ、俺が君を辱めたんだ?大丈夫……きっとうまくやるから……」

 彼のほほえみを見て、スーは悲しくなりながら、そっと瞼をおろした――。







†+†+†+†+


 アルが刺客の毒によって倒れてから三日が過ぎた。舞踏会に招かれた客人には、アルが急病を患って寝込んでいると告げ、早々に切り上げてもらった。

 ただしクリスの付き添いで帰還することになっていたリオルネは例外で、城の客室を与えられていた。

 スーはというと、三日間ずっとつきっきりでアルの世話をしていた。解毒の薬草が見つからないのか、クリスはなかなか帰ってこない。いつまでアルが高熱に耐えられるのかわからず、一抹の不安が頭をよぎる。

 シルヴィたちもスーを心配していたが、面会はできずに悶々としていた。そこで、アル王子の病室を護衛することになっているランスロットを見つけ出し、スーの様子を問いただした。

 ランスロットは非常に重い口調で、「事態は深刻だ」と告げた。恐怖に引きつる侍女たちにゆっくりと頷くと、彼は自身の推論を述べはじめた……。


「つまり……スーは恋をしてしまったと?」

 慎重に口を開くローザにランスロットが頷くと、シルヴィは待ってましたとばかりに黄色い声をあげて笑う。

「やっとスーが目覚めたのね!ああ、よかった!」

 「スーの初恋はフィリップ王子さまだったからね」と言い、無邪気に笑うシルヴィだったが、ローザは顔をしかめたままだ。

「ランスロットさん……お願いですから、スーに無理はさせないでください。あのこは、わたくしたちの大切な存在なんです」

 シルヴィもあわてて付け加える。

「そうです!叶わぬ恋にならぬよう、しっかりと守ってやってください!」

 ふたりの侍女の熱意に、ランスロットは深く頷いた。

「――承知した」


 そうして、ふたりの侍女のあたたかな言葉を告げてやると、スーは目を見開いたまま動けなくなった。

 ランスロットはきっとスーが感動したのだろうと推測したが、とやかく聞きはしなかった。

 スーは寝る間もないほど、つきっきりでアルの看病をしているのだ。それほど王子に心酔してしまったスーを、ランスロットは憐れに、そして感心に思うのだった。


 やがて三日たち、スーの顔にはっきりと疲れの色が見えはじめたころ、ランスロットは侍女たちの願いを叶えるべく行動に移ったというわけだ。

 抵抗する少女を軽々と抱えてベッドへ寝かせ、休ませてやる――ランスロットにかせられた、大切な使命だ。

 無事に使命を果たし、アルの警護をするため意気揚々と部屋をあとにする騎士を見て、スーはたまらずため息をこぼすのだった。







†+†+†+†+


 アルが刺客に襲われた夜――ランスロットが誤解をしてしまった夜から、彼はスーに対して一段と親切になっていた。それはまるで愛娘を溺愛する父親のようで、スーは変な意味で恐ろしかった。

(あの凛としていたランスロットさんが……あんな顔をするなんて……)

 ふかふかのベッドに身を沈めながら、スーは変な気分で目を再度とじる。

(うまくやるって言ってくださったけれど……やっぱりわたしが休んでいてはいけないわ)

 大きなため息が自然とこぼれてしまう。情けない。憂鬱の種は次から次へと増えていくばかりだ。

 瞼の裏に、そっと悪戯っぽく笑うシルヴィと、心配そうに眉根を寄せるローザが映る。

(彼女たちの誤解も解かなくちゃ)

 ランスロットの勘違いぶりには閉口するしかない。どう言ったって、彼の耳には照れを隠す言い訳にしか聞こえないのだ。

 それに、なにより恐ろしいのは、この誤解が噂となって城のだれかの耳に入るということだ。もしそうなってしまえば、スーは居ずらくなるし、アルはスーを切り捨てるかもしれない。

 ただの召使と王子が寝た――そんなこと、許されるわけがないのだ。


(わたしはいつか、アルさまの召使ではなくなる――)

 漠然とした確信だった。スーから召使をやめるのか、アルが見切りをつけるのかはわからないが、とにかく一生自分が召使で終わることはないだろうと思うのだ。

 それはいったいいつなのだろう……?アルが妃を娶とったときか?きっとスーは邪魔になるにちがいない。では、スーに愛しい者ができたときか?それならアル王子の戒めから解放されるのかもしれない。

 いつまでも、このままでいていいはずはない。アルからの仕打に耐えるのは、居場所がここしかないからだ。フィリップ王子にいちばん近い場所で生きていたいと思うからだ。

 だが、やがてはその気持ちとも決別しなければならない。いつまでも呪縛のようにフィリップを想って嘆いていてはいけないのだ。

 なんとなく、スーは最近そういうことがわかってきた。

(今はまだわからないけれど……でも)

 瞼の裏に蘇るのは、暗闇で泣くアルの姿だった。ぽろりと落とした不意打ちの涙は、スーをひどく惹きつけていた。

 あのとき、アルは笑っていた――しかし。

(アルさまは、悲しんでおられた……わたしは、彼を傷つけてしまったんだわ)


 苦い思いで、目をあける。眠れるはずなどなかった。

 いそいそと起き出し、手櫛で髪をとかすと、スーは部屋を飛び出し、アルの眠る部屋へと向かった。



 きょろきょろと辺りを見回す。廊下は人払いが為されているためか、人っこ一人いない。それは王子のいる部屋の前も例外ではなく、見張りの兵士は姿を消していた。交代の時間なのだろうか。

 スーはチャンスとばかりに足をはやめ、ノックもせずにそっと部屋に忍び込んだ――途端、鋭い切っ先が喉のそばに迫っているのが目に入った。

「――んだ、スーか」

 ぴたりと槍の刃が止まり、引っ込められる。息もつけぬ出来事に、スーは身体を硬くして槍を持っている青年を見上げた。

 鳶色の瞳を歪め、彼はほっと息をついた。

「忍び足で、しかも気配を消すように寝室に入ってきたもんだから、てっきり刺客かと――大丈夫か?」

 こくりと頷く。まだ心臓はどくどくと激しくなっていた。

 一瞬ではあった――しかし、確実に槍はスーを狙い、仕留めようとしていた。それがとてもはっきりと突きつけられ、恐怖を感じたのだ。

 これが、命を狙われるということ。

 スーはあの夜、命を狙われたアルを思い、その恐怖に震えた。

「しっかし、いい耳をしてるな、アンタは」

 肩をすくめ、最近出はじめた『溺愛症候群』を見せることなく、ランスロットが言う。スーがいぶかしげに首を傾けると、彼はニヤッと笑った。

「俺は本気だった――スー、あんたは一瞬、『なにかの音を聞いて足を止めた』んだ。槍が空気を引き裂く、わずかな音を聞いて」

 そんなことをした覚えはない。気がついたら、首もとに槍があり、スーは動けなくなっていたのだから。槍が空気を引き裂く音など、聞いたはずはない。

「これはもう本能だ……以前アルが言っていたことも、まんざらじゃないかもしれないな」

 スーははじめてランスロットと出会ったときにアルが口にした思いつきを思い出し、肩を縮め、拒絶するように首を振った。「軍師」になど、なりたいわけがない。

 ランスロットは肩をすくめただけだったが、その背後――アル王子の寝ているベッド脇から声がした。


「そんなおきれいなお嬢さんを、いじめないでくださいな」


 ――足がすくむ。なにかがぞわりと背中を這い回った。

(だれ……)

 眠っているアルの脇に立つ人影……スーは緊張して身構えた。

 気がつかなかった。人がそこにいた気配さえ、スーには感じとれなかった。驚きと恐れが一気に高まる。

 しかし、ランスロットの穏やかな声で、スーは勢いが削がれてしまった。

「俺はいじめてなんかいませんよ」

「そうですか?そちらのお嬢さんは、怖がっていましたけれど」

 どうやらふたりは知り合いのようだ。くすくすとその人物は笑い、にっこりとしてスーに会釈した。

 短いショートヘアーで、飾りけはなかったが、侍女用の制服からでもスタイルがいいのが見てとれる。キュッとウエストは引き締まり、きれいな小顔がのった、人形のように整った女性だ。

 先ほどからずっとそこにいたのだろう。スーは途端に恥ずかしくなり、また彼女に恐怖を覚えたことを申し訳なく思った。

「スーでございます。アル王子さまの、召使です」

 お辞儀をしてスーが名のると、女性はまぁ、と声を発した。それから再び、ゆっくりと上品なお辞儀をかえす。

「急遽、アルさまの看病専門の侍女としてルドルフさまから言いつかりました」

 にっこりと笑う女性に、ランスロットも軽く頷く。

「医術にも詳しいそうだ。クリスが不在の今、彼女に頼るのが最善だろう……これでスーも、ゆっくり休める」

(休める……?)

 なにか、重く鈍いものが唐突に胸にのしかかってきた。暗く、気持ち悪くなるようなその感覚に、スーは思わず顔をしかめる。

(アルさまの看病専門の侍女……?世話係?)

 ぐるぐると、世界が足元から崩れていく気がして、スーはあわてて足の裏に力を込めてふんばった。

 そんな様子に気づきもせず、ランスロットは槍を片手に部屋を出ていこうとしていた。

「それじゃあ、俺は外で控えている。アル王子をよろしく頼みます……スーも、もうすこししたら、自分の部屋で横になるんだぞ」

 再び『溺愛症候群』が再発しそうな予感に、スーはあわてて首を縦に振った。

 やがて扉が閉まり、部屋はしばし沈黙した。



「――うッ」

「アルさま?!」

 アルのうめき声に沈黙は破られた。スーは駆け寄ろうとしたが、侍女の手早い動作を見て、足を止めた。彼女はすぐさま冷たいタオルで王子の顔を丁寧にふき、落ち着かせるように肩をやさしく撫でている。

(かないっこない)

 知らないうちに、スーは唇を噛みしめていた。悔しさに似た感情が露になる。

 急に泣きたくなった。所詮自分にはなにもできないのだと見せつけられた気がして、涙腺が弱まる。

(わたしはただの役立たずなんだ)

 それ以上、どうしてその場にとどまれよう?

 スーとはちがい、手早く的確な、それでいて真心のこもった看病を見せつけられた今では……。

「それでは、あとを……よ、よろしくお願い、します」

 最後は絞り出すように言うと、スーは部屋を出ていこうとした。

 侍女はさっと振り返り、にこやかに笑う。

「任せてください」

 スーは再び唇をぎゅっと引き結んで頭を下げると、扉を開けた。だが、出ていく前に、思い出したように尋ねた。


「あの、あなたのなまえは……」

 侍女は一瞬驚いたようだったが、すぐににっこりと深く笑って応える。



「――リア、と申します」










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