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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第一部 『王宮編』
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第十六章 襲いくる刺客




第十六章 襲いくる刺客





†▼▽▼▽▼▽†



 ぞっとする光景。まっすぐに迷うことなく、ただ王子を殺めるためだけに振りおろされた刄が、その銀のきらめきをもって浮かび上がり、身の凍るような光景を作り出していた。

 と、床に刺さっている剣をズッと引き抜いた人物がいた。黒マントに身を隠してはいたが、そこからのぞく白い手はなめらかで、細身の女性であることがわかった。


「だれだ」

 アルが唸るような声を発する。スーはハッとして肩を上げた。

 黒マントの人物は口を開くことなく、さっと飛び出して再び切りかかってきた。すぐさまアルはその刄を受け、突き放す。

 上から下からと縦横に繰り出される攻撃に、アルはただ防ぐので手一杯だった。銀の光が尾を引いて闇のなかを舞い、王子の心臓を狙う。

 腕が切りつけられ、足にも刄がすれる。息を荒くするアルとは対照的に、黒マントの人間は乱れることなく襲いかかる。やがていつの間にか両手に剣を持った女は、余裕でアルを追い詰めた。

 アルは腰から鞘を抜き、それで一方を受ける。強い力で勢いのままに女の剣を払い落とそうとしたが、逆に手にしていた唯一の剣を落とされてしまった。剣はくるくると床を回ってスーの足元に転がる。

 アルの手に残るのは、剣を収めていた堅い鞘だけ。

 ガッと強い勢いで切りかかられ、アルはそれを歯を食いしばって受け止める。全体重をかけてぎりぎりと押してくる黒マントの女に、アルは内心舌打ちをした。

 どこからそれほどの力が出てくるのかわからないが、黒マントの女の力は強く、アルはだんだんと身体が傾いてくるのを感じていた。



(ああ、どうしよう!)

 スーは目の前の光景を目にして、焦りが爆発しそうだった。クリスの顔が、そして脅迫状の存在が頭に浮かび、苦虫を噛み潰したような顔になる。

(だからいやだったのに。わたしは護衛にすらならないんだから!)

 けれどなにかしなければ。考えている暇などなかった。

 スーは足元に転がっている剣を手にとった。途端、ずしりとした重みが加わり、がくんと膝が抜けそうになる。

 気合いを入れて剣を持ち直し、よたよたとした足取りで立ち上がった。

(わたしが、やらなくちゃ……これ以上、フィリップ兄さまの国を傷つけちゃいけない)

 怖さはなかった。ただ熱くなった身体で、スーは剣をかまえたまま黒マントに向かって走った。

 剣の重さに身を任せ、ほとんど体当たりするようにぶつかっていく。黒マントの女は気づき、驚いて身をかわし、アルから離れる。

 スーは肩で息をしながら、にらみつけるように黒マントの女を見ていた。

(これが、アルさまの刺客……)

 フードに隠され、いったいこの刺客がなにを思っているのか表情すら読めなかったが、スーはなんとなく笑われているような気がした。


「邪魔しないでよ、お嬢ちゃん」

 女はよく通る声でそう言った。ぴりぴりと空気が震える。

 次の瞬間、刺客はスーに襲いかかってきた。あ、と思う間もなく、世界が傾く。

 アルに腕をひっぱられ、敵の牙を避けたのだと気がついたときには、すでにアルと刺客の戦いが再会していた。

 いつの間にかスーの手から剣はもぎ取られ、アルの武器となって戦っている。激しくぶつかりあう金属に、剣が歯こぼれした。


(だれか……)

 スーは震えながら、心のなかで悲鳴をあげた。

(だれかアルさまを助けて……!)


 自分には力などない。スーは無力を呪った。

「だ……だれか!刺客が!アルさまが!!!」

 あらん限りの力をふりしぼって叫ぶ。だれかがこの助けを求める声を聞いてくれるだろうか。

 逃げることなど考えなかった。アルだけを残してこの部屋を去るなど、考えも及ばなかった。

 実際アルだって、刺客がスーに気をとられている隙に逃げられたかもしれないのに、彼はそれをしなかったのだから。

「だれかぁっ!助け――ッ!」

 なにが起こったのか理解する前に、本能が警鐘を鳴らした。さぁっと血の気が引いて、冷や汗がぶわりと湧き立つ。

 叫ぶスーめがけて、ナイフが飛んできたのだ。ちょうどギリギリ、スーの赤毛の前髪をハラリと切って、ナイフは壁にストンと突き刺さった。

 殺すためじゃなく、黙らせるための攻撃だった。狙って放たれた攻撃だ。

 スーはぞわっとして辺りに目を走らせたが、部屋にいるのは王子と、それを狙う黒マントの刺客だけで、あとはだれもいない。まさか、刺客が王子と剣を交えながらナイフを投げたというのだろうか。両手に剣を持っているというのに?

(どういうこと?まさか……)

 スーは急いで壁に刺さったナイフを力を込めて抜き、目を光らせる。

(他にも刺客がいる、ということ?)

 感覚がすっと鋭くなった気がした。高ぶる感情や恐怖の他に、神経のどこかから、妙に落ち着いた気持ちが満ち上がってきた。

 しかし、そんな緊張も長くはつづかなかった。

 アル王子を襲っていた刺客が突如退散の格好をとったのと、部屋の扉が勢いよく開いて騎士が入ってきたのはほぼ同時だった。

 刺客はマントを翻し、煙幕玉を投げて窓を割り、すばやい動作で姿を消した。たちまち辺りは真っ白い煙に巻かれ、見えなくなる。

 スーはあわててナイフを投げ捨てると、騎士――ランスロットに向かって叫んだ。

「あ、アルさまが!」

 言われる前に彼は動いていた。急いでくずおれるアルを抱え、スーの腕を引っつかんで部屋の外へ出る。

「煙幕だ。毒が入っているかもしれない。気をつけて事にあたれ」

 たちまち集まってきた衛兵たちに指示をし、ランスロットはそのままアルを別室へと移した。







†+†+†+†+


 舞踏会の行われている広間からも、刺客に狙われた部屋からも離れた離宮で、アルはベッドに寝かされた。

「しばらくは安静にしておいた方がいいでしょう……」

 すぐに医療道具を持って駆け付け、王子の治療をし終わったクリスがそう言った。表情は暗く、どこか自分を責めているように見える。

 しばらく息もすることができないまま彼の動作を見つめていたスーは、クリスの声にハッとして大きく息を吐いた。しかし、隣でアルを見るランスロットは、じっと彫像のように動かない。だんまりを決め込んだ人のように、ただアルしか目に入っていなかった。

 スーはちょっとランスロットを盗み見してから、その視線を追ってアルを見やる。

 頬が赤く色づいて熱り、息は荒い。額からびっしょりと汗をかき、時折頭を苦しそうに揺らす。目は固く閉じられ、ひどくうなされていた。


 助けが来てからすぐに倒れた王子。熱を出し、急に状態が悪化したのだった。クリスの様子を見ると、王子はやはりまだ完全に回復したわけではないらしい。

「どういうことだ。王子はたいした怪我を負ってはいないのに、どうして発熱したのだ?」

 ランスロットが唸るような低い声でスーの心の疑問を代弁したので、彼女はぎょっとした。

「ええ、受けたのはかすり傷程度です。さすがは王子……大きな傷はありません」

 クリスは強いランスロットのにらみから逃れて目を背け、依然暗い表情のまま言った。

「ならどうして――?」

「さすがは刺客、ということです」

 煮えきらない彼の態度にじれったさを覚えたスーが尋ねると、クリスはやや苛立たしげに言った。そして、吐き捨てるようにつづける。

「敵は、剣の刃に毒を塗っていました……そう、毒ですよ」

 スーは途端、目の前がぐらりと揺れた気がした。

 ――毒……それは以前、スーが身をもって知った苦しみ。

「スーのときと同じ類の毒ですが……今回は解毒の薬草が少ない……この季節は、毒を相殺できるマヤナヤ草が手に入り難いんです」

 ぎゅっと唇を噛みしめ、クリスは自責の念を表すかのように拳で自身の膝を強く打った。

「明日にでも、僕は薬草を探しに行きます。政治のことは、しばらく大臣に任せておきましょう……ええ、僕からルドルフさまにお伝えしておきます」

 とにかく王子を安静に、とクリスは念をおして、すぐさま出かける準備をしに部屋をあとにした。



 薬草はどれくらいで見つけられるのだろう。アルは持ち堪えられるだろうか。もしまた、刺客が襲ってきたら――。

「座れよ」

 スーの思考はそこで停止した。

 ぶっきらぼうに言い、ランスロットはスーを椅子に座らせると、救急箱を引き寄せて床に座った。

 ランスロットを見下ろす形になり、スーはあわてたが、彼はそれを許さない。

「いいから黙って。もし万が一傷でも残ったら、アル王子に殺される」

 ニヤリと笑い、彼はスーの白い足にできたかすり傷を消毒しはじめた。ピリリとした痛みが走る。壁などで擦ったのか、いつの間にか足や腕には擦り傷ができていた。

(わたしなんて、怪我をしたうちに入らないのに――)

 ランスロットはどんな小さな傷でも見落とすまいと丁寧に調べ、治療していく。その手は思いの外やさしく、あたたかだ。

「だいたい、あのクリスって奴がおまえの治療もしてやればよかったんだ。俺は苦手なんだ、こんなこと……」

 まるで壊れ物を扱うような手付きでスーに触れ、ランスロットはクリスに毒づく。

 クリスはアルの一大事に急いだのだから仕方ない――そう言おうとしたが、なぜか言葉は落ちてこなかった。今この時間を、行為を、やめてほしくなかった。

(おかしいな……)

 スーはぼんやりしながら考えていた。

(どうしてだろう……やさしくされると、悲しくなる)

 あたたかい。そして心地よい。その反面、切なくて、どうしようもなく悲しかった。

 意味もわからず、スーの眼から一粒の涙がぽろりとこぼれた。

「どうした?!」

 ぎょっとして手を止めるランスロットに、スーはふるふると首を振った。

「なんでも……ありま、せん……わたしは……」

 やさしくされることが、どうしようもなく辛いのだ。罪悪感を感じずにはいられないのだ。

 わけのわからない感情がふっと湧き起こる。この城で、アル王子の召使として召されてからずっと、そんなことが頻繁になった。

 どうして、なぜ、わからない……そればっかりが幾度となく頭を駆け巡り、輪をなして何度も繰り返しスーの心を巣食う。抜け出せないクモの糸に引っかかって絡まってしまったように、答えのない問に混乱してしまうのだ。

 アルに関して、スーはいつもわからないこと、理解できないことばかりだった。


「怖かったな……」

 ふいにぽん、と頭に手をおかれる。立ち上がったランスロットは、子供を慰めるような手付きで、驚くほどやさしくスーの頭を撫でた。

 そんな彼の行為を意外に思い、思わず溢れていた涙も止まってしまう。

(とてもやさしい方なんだ……アルさまのご友人は――ランスロットさんは)

 どちらかといえば苦手だった彼に、ささやかながら親しみを覚えたスーであった。が、次の彼の言葉に、一気にそんなほんわかした感情は相殺されてしまった。


「いつかはこうなると危惧していたんだが――アルの奴、手がはやそうだから」


(えっ)

 スーはぴたりと動きを止め、目を見開いたままランスロットを見上げる。頭のなかは真っ白だ。

 少女が目にしたのは、天使のような微笑を浮かべた騎士だった。いつもはどちらかといえば無表情で胡散臭い笑みを見せる男が、今はスーの目の前で同情と慈悲をもってほほえんでいる。

 あっけにとられ、スーは開いた口が塞がらなかった。

(わたしは、憐れまれているの?)

 彼の背後から場違いな御光がさしている気がして、スーはある意味ぞっとした。

「平気さ。じきに忘れられる。愛のない行為は辛かっただろうが――いずれ疵は癒える」

(ああ、そんな……)

 スーは見たこともないほど柔く笑う好青年を仰いだ。

(ランスロットさんが、壊れた……)


 愕然とするスーをよそに、ランスロットはニコニコと微笑を浮かべたまま、彼女をとことんやさしい言葉で慰めはじめた。

 彼の言葉は耳に入ってくることはなく、スーはあっけにとられ、弁解するのも忘れて、ランスロットを見つめていた。



 このとき騎士に間抜けさを感じ、やはり王子の友人は一筋縄ではいかないのだと、スーは改めて思い知ったのだった。











あっれぇ〜?

シリアスというか、結構真剣な場面のはずだったのに……


ランスロットさんが登場したら、おや不思議。

いつのまにかコメディチックに……!!!(笑)


そっか、あいつは天然だったんだ……という発見←



しょうもないです(((^_^;)


まだこの勘違いはつづきます(爆)

それでは次回も、よろしくお願いします!


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